第4話 百合に挟まれるロボット

街道から外れ、獣道を突き進むこと10分。

森の開けた一角、モンスターどころかプレイヤーとすらすれ違わない場所に〈星遊びの洞穴〉はあった。

横穴に風が吹き込み、まるで獣の唸り声のように聞こえてビビりそうになるが、同時に眠れる開拓者精神が目覚めそうにもなる。

しかしそんな時こそ一度冷静になれ、俺。


「指差し点検開始!」


【盾使い《シールダー》】たる大楯の装備ヨシ!

動き方は大丈夫!

スキルの使い方もチェック済み!

アイテムも数こそ多くないがクリアする分には足りる、はず!


「オールオッケー!いっちょ気張っていきますか!」


初期装備の大楯を右手にしっかり保持して、俺はぽっかりと口を開けた洞穴へと足を踏み入れた。

そして、俺はここがどうして〈星遊びの洞穴〉の所以を知った。


「確かに、これは星たちが遊んでいるように見えるな」


天井や壁、地面から漏れ出した星明りのような淡くて優しい光が洞穴を彩っていた。

光は不規則に色を変え、本来見えない夜空を洞内の中に広げている。


「光源はこれっぽいな」


星明かりを辿っていくと、微かに土くれから顔を覗かせた水晶とぶつかった。

ラメが入ったような粒子が浮かんだ結晶は、見る角度によって色合いを鮮やかに変化させていく奇麗な逸品である。


「ゲームだからこそできる表現なのか?いや、でもここまでくると……」


あまりに浮世離れした美しさにため息が出てしまう。

神秘的ですらある水晶に触れるなんていけないことだ。

そう思っているはずなのにこの手は自制が効かずに伸びていってしまう。

だって、これは……!


「コンパウンドで磨けば絶対いいクリアパーツにできるだろこれさぁ!」


思い切りへし折り、回収!

プラモデルにおけるロマンパーツと言えば、メッキとクリアパーツ!

扱いに注意こそ必要ではあるが、プラキットに触れた者ならば興奮を覚える禁忌の存在!

王道な胸へのワンポイントとして装備されるのも格好いい!

外装全てをクリアパーツに置き換え、うっすらと内部フレームが透けて見える奴なんて挑発的なエロスすら感じさせる!

そんなクリアパーツに使えそうな水晶がこんなにたくさんあるなんて!

この世界にプラモがあるかは知らないが、ないならないで利用方法を考えてやるさ!


「MMO最高ッ!」


アイテムパックの余裕などお構いなし、入り口から10メートルほど掘り進んだ。

その時だった。


「ひやあああああああああああああああ!?」

「……女の悲鳴?」


俺は水晶をポーチに放り込むと、声のほうへと駆け出した。

採掘に夢中で気が付かなかったが、微かに風を切る音と断続的な甲高く鋭い音が聞こえてくる。


「誰か戦ってるみたいだけど」


俺の呟きに答えるように、モンスターと戦っている二人のプレイヤーの姿が見えてくる。

一人は、オオカミを思わせる耳と尻尾が特徴的な美少女。

服を切り裂かれ、血を流しながらも、果敢に槍を振っている姿はかなり格好いい。

槍の彼女がクールで格好いい系なら、もう一人は対照的に可愛くキュート系だ。

如何にも神官ですと言わんばかりの装いに身を包んだその子は壁に背を預け、青ざめた顔をしながらも槍の子に回復魔法を使っている。


「るァっ!」

「あわわわ……」


一生懸命戦っているのは見てわかる。

だが、彼女たちが相手取っているのは、とびきりデカいクモ。

リアルではまずお目にかかれないラージサイズが3匹ともなれば、形勢は不利だ。


「しまっ――!」


そのうちの一匹が槍の一撃をかいくぐり、後衛へと迫る。

彼女の腰まであろうかというサイズのクモからの突進に、神官の彼女は杖を握りしめて完全にフリーズしている。

男の俺ですら目を背けたくなるルックスだもんな、あれ。


「≪アイアンクラッド≫ッ!」


だからって、見捨てるのは論外だけどな!

自身のVITを上昇させるスキルを使用して、クモの前に滑り込む。

見た目の大きさに反して、ダメージはさほどじゃないらしい。

吹き飛ばされることもなく盾で受け止め、被ダメージは0だ。


「大丈夫?」

「はっ、はひっ!大丈夫しゅっ!?」


激しくビビっていらっしゃる。


「援軍か?」

「余計なお世話じゃなければ、な」

「いや、助かるぜ!」


にかっと歯を見せて笑った槍の女の子の隣に並んで盾を構えなおす。


「っしゃぁ、行くぜオラァッ!」


彼女の猛々しい鬨の声を合図に、戦闘が再開された。





ビギナー向けだけあって、数的有利さえなくなればこちらの物だった。

俺が防ぎ、槍の子が鋭い一撃を見舞い、少しでもHPが減れば神官の回復魔法が飛んでくる。


「これで最後!」


盾で受け止めたクモをそのまま地面とサンドイッチにする。

ぱりん、と砕ける音がして、巨大なクモは光の粒子になって消滅する。

合流して2分、大グモは残らず掃除された。


「お疲れ!いやぁ、アンタが来なかったら二人ともデスペナってたぜ!」

「うん、感謝するなら背中を叩かないでくれ」


クモの体当たりより痛いんだが。


「悪ぃ悪ぃ。けど、感謝の気持ちはホントだぜ。な、ルーチェ?」

「え、あ、うん……」


ルーチェと呼ばれた神官の女の子は、曖昧な返事一つだけして俺をじっと見つめている。


「おい、あんまりメンチ切んなよルーチェ」

「ち、違うよ!気分を悪くしたらごめんなさい!」

「気にしなくていいよ。〈エクスマキナ〉は珍しいみたいだし」


〈エクスマキナ〉の所属数が一番少ないとはマギアナさんから聞いていたけど、街中と、そして首都からここに来るまで〈エクスマキナ〉との遭遇数は事実ゼロだった。


「っと、名乗らないとな。アタシはウェンディで、こっちがルーチェ。【BW2】はさっき始めたばっかの初心者だ」

「これはご丁寧に。俺はふ……じゃない、ヒュージ。俺も今日始めたばかりのビギナーだ」

「は、はじめましてっ!」


プロのロックバンドも真っ青なヘッドバンキングを披露する神官少女、もといルーチェさん。

首が痛くならないのだろうか。


「ヒュージ、アンタ一人なのか?」

「ああ。知り合いがちょっと都合が付かなくなってね」

「ふぅん。なら、丁度いい」


ウェンディはルーチェの肩を抱き寄せると俺の顔を指差す。


「こうして会ったのもなんかの縁だ。アタシらと一緒のパーティ入れよ」

「「ええええええええええええ!?」」


不思議なことに俺とルーチェさんの声が奇麗に重なった。

ウェンディは理解できない、なんて顔をしてるし!


「んな声上げるような難しい話か?アタシはガチ前衛だし、ヒュージみてぇな盾持ちタンクが居たほうがルーチェのフォローもやりやすいって事だけだろ」

「で、でもカスミちゃんそんな急に!」

「おうおうリアルネームで呼ぶな、コラ。そんな悪い子にはお仕置きだ」

「ぴぃぃぃぃぃっ!」


ウェンディの本名はカスミっていうのか……。


「ヒュージはどうよ?」

「そうだな。まずはルーチェさんを解放してあげなよ」


こめかみを両拳で締め上げられ、悲鳴を上げるルーチェさんが気になって話が入ってこない。


「アンタも一人でゲームやるの味気無ぇだろ?アタシらみたいな美少女と冒険できるなんて男冥利に尽きるってもんじゃねぇか?」

「確かに二人ともかわいいけど、自分で言っちゃ世話ないだろ」

「ひゅえっ!」


しかし、ウェンディの説明は理にかなっている。

VRMMOだけじゃなく、多人数でプレイするゲームの醍醐味は協力することにある。

一人で黙々と遊ぶのも一つのプレイスタイルだが、コミュニケーションを取りながら遊ぶことこそVRMMOの魅力の醍醐味であり、その満足感は筆舌に尽くしがたい。

それが二人のように見目麗しいキャラクターとなら文句さえない。

だけど……。


『弟君、お姉ちゃん以外の女の子と勝手にパーティ組まないようにね。約束を破ったら、が・く・こ・つ♡』


記憶の水底に沈めたシーンが這い上がり、俺の心をブルーに染める。


「……顎の骨、かぁ。やっぱり痛いよなぁ」

「骨がどうかしましたか?」

「こっちの話」


顎骨を無くすのは惜しい。

だが、折角の二人の好意を無下にするのはかなり心苦しい。

特にお互いにMMO初心者だ。

コミュニケーションの最初の一歩が躓くなんて、後々トラブルの根になりかねない重要な局面なのは間違いないだろう。

ならば、ここは互いに傷つかず、あと腐れない断り方をするのがベターだ。


「ウェンディ、百合に挟まりたがる男の話を聞いたことがあるか?」

「知らんけど、突然どうしたおい」

「AとBの二人の女性の関係性において、男性が登場するシーンというのは間々ある。マイノリティ、マジョリティ問わずその男が不必要であると意見するのは当然のことなんだ。これはポリコネ的に男性の存在が物語区分において、」

「つまり、アタシらじゃダメってことらしいぞ、ルーチェ」

「数式を飛ばして答えを出そうとするんじゃない!」


ウェンディがわざとらしく肩を落としてみせると、ルーチェさんは「そっか」と短く頷いた。


「しょうがないよ、かs……ウェンディちゃん。ヒュージさんにも都合があるし、助けてくれただけでも十分だよ」


その表情はどこか寂し気で、なぜだか此方まで切ない気持ちになってくる。

ちょっとやめてくれよ、なんだこの微妙にシリアスな空気。


「そうだよなぁ。一期一会の出会いだけどしゃーねぇよなぁ、次またどこかで会えるかもわからねぇけどなぁ」

「なぜ煽るウェンディ……ッ!」


ウェンディのケモノ耳と尻尾がこの瞬間、悪魔の物にすり替わって見えた。


「ヒュージさん、助けてくれてありがとうございました。戦闘中は動転していてちゃんと言えなかったですけど」

「あ、いや、そのシリアスめいて言うことじゃないから」

「それで、ですね……」


杖を握りしめ、顔を上げて俺を見上げる。

濡れた黄玉トパーズの如き目に見つめられると、言葉に詰まる。


「もし、もしですよ。次に会うことがあったら、今度は一緒にパーティ、組んでほしいです。私、楽しみにしてます」

「う、うぐ……ッ」


花が咲くとはこのこと、寂しさを覆い隠すように咲き誇った満開の笑顔に俺の罪悪感が悲鳴を上げる。

逃げ場を求める俺は、釣り上げたオオカミ耳のアバターとばちりと目線があった。

奴はにんまりと、口角を釣り上げると――


「ウェルカム、ヒュージ」


高らかに勝利宣言を上げた。


【ルーチェからパーティに誘われました。参加しますか?YES/NO】

【参加が許諾されました。ヒュージがパーティに参加します】

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