第4話
中学校卒業後、俺はそれまでいじめていた奴らとは違う、遠く離れた私立W高等学校に入学した。ここでは、髪を染めることが常時認められており、白髪は――異彩は放っていたものの――いじめられることはなかった。だが、相変わらず染み付いた習慣から、まじめで地味な印象を持たれるように徹していた。
高校生になると同時に、コンビニでバイトを始め、半年後にはスマートフォンを手に入れた。それによって、俺には新たな趣味が増えた。それが、スマートフォンを使用した写真撮影だ。
俺は毎日家の帰り道、写真を収め、愉悦に浸りながら歩いていた。誰にも見つからないようにひっそりと……。
だが、それも高校三年生の二月下旬、クラスメイトの手によってばらされてしまう。
きっかけは、俺に告白をしてきた日野という女子を振ったことからだった。
放課後の校舎裏で、あっさりと告白を断った俺は、見事なまでに逆上されてしまった。もともと同級生の女子に関心を持たぬ雰囲気の俺が日野を振ることはクラスの誰もが驚かぬ事実であった。故に、日野を心から慰める者はいなかった。思えば、不幸の始まりはそこからだろう。
卒業式まで残り一週間を切ろうかという頃。日野は俺のスクールバッグからスマートフォンを取り出し、いとも簡単にロックを解除してしまった。当然だろう。日野は俺と唯一下校路を共にした日、俺が暗証番号を打ち出すところを見ていたのだから。とどのつまり、俺は完全にこの女子を侮っていたのだ。
体育の日の誰もいない教室。その日はたまたま施錠係がカギをかけることを怠っていた。日野はスマートフォンからカメラフォルダのデータを抜き出してしまう。ここからはどうやってロック付きのデータを閲覧したのか、俺にも詳しくは分からない。しかし、フォルダに大量に収められていた写真を見て、彼女は絶句したという。
写されていたのは黒髪ロングの小学生。正面を向いているものは少なく、ほとんどが後ろ姿。盗撮していることは明々白々だった。
俺の盗撮した画像はすぐにクラス中に広まることはなかった。その代わりに、日野は俺の盗撮写真を現像し、復讐劇に走った。かねてから俺のことを疎ましく思っていた男子らの一人に写真を渡したのだ。とりわけしおらしく男らに泣きついて、俺の性癖を暴き、成敗してほしいとでも頼んだのだろう。俺に振られることが必然であったとはいえ、日野はクラスではかなり美女として人気が高かった。引っかかる男子が何かを勘違いして愚行に走ってしまうのも自然なことなのかもしれない。
卒業式二日前。俺は男子三人ほどに呼び出されて、最上階の空き教室まで向かった。この時中学時代のトラウマが蘇ったことは、言うまでもない。
「おい。小川、ちょっとこっちに来いよ」
明らかにニタニタと意味ありげな笑みを浮かべるひょろりと細長い男子。興味もなかったが、のちに同じクラスの竹中であると知る。
「なんだよ」
俺は努めてぶっきらぼうな態度でやり過ごそうとした。
だが次の瞬間、俺は背後からすさまじい殺気と真一文字に走る激痛を感じた。カランと床に落下する音から察するに、恐らく金属バッドかなにかで殴られたのだと悟った。
あっけなく床に押しつぶされる俺を、三つの声が下品に嗤った。
竹中は、よだれまで滴りそうなほどニヤつき、俺の前で中腰になった。
「聞いたぜ、小川。おまえ、女児にストーカー働いていたんだってな」
「何のことだ」
俺は心当たりがなく、背中の痛みと竹中の表情に、気持ち悪さと吐き気を催していた。
竹中の横にいる、小太りの男子が戦慄く。
「とぼけんじゃねぇぞ!証拠なら、ここにある!」
小太りの男子がポケットから取り出したのは、日野が売りつけた、乃耶の写真だった。写真は乱雑にしまわれていたようで、すっかりあちこちにしわが寄っていた。それだけでも怒りがこみ上げそうになったが、小太りの男子はこともあろうに、写真を俺の目前に落とし、踏みにじって見せた。俺は発狂しそうなまでに内心、激昂した。
「……それ、どうしてくれるんだ」
「ほら、やっぱおまえの盗撮写真じゃねぇか」
竹中は高らかに笑いだす。ほかの二人もつられるように爆笑した。
「この犯罪者が!」
俺の頭の中が途端に冷えて固まってゆく。
まるでパズルゲームを行うように、理論が建てられてゆく。そして、一つの理論に至った。
そうか。俺は、犯罪者なのか。大切な人を陰で見守るというのは、罪なのか。
では、この世にはびこる正義など、すべて罪に置き換えることが可能であると。
「……お前たちには、その子が今どのような境遇にあっているのか、分かっているのか」
気が付けば、俺はまるで男子にたてつくように睨みつけていた。男子たちはより一層哄笑した。
「地べたに這いつくばりながら、なにヒーローぶってんだよ!」
「ストーカーの言い訳なんか、気色悪いぜ」
「ただのいきった白髪だと思っていたけど、想像以上にヤバいやつだな!」
再び開始された殴る、蹴るの暴行。久々に受けたのと、あの時の奴らよりさらにガタイのでかい高校生男子が相手だったので、俺はすぐに脳震盪を起こしかけた。
意識がもうろうとする中、かろうじて乃耶の写真を拾い上げ抱きしめていたのは、きっとそれだけ『友達』が大切な存在であったからだろう。
竹中は最後の蹴りを俺の後頭部にくらわした後、こういった。
「おい、明日の晩、その女児の家に案内しろよ。もちろん知っているだろう?」
「……断ったらどうする」
俺は腫れあがった頬をどうにか動かしながら訊ねた。竹中は俺の前髪をひっつかみ、心底愚弄するような目つきで覗き込んだ。
「俺たちの遊びに付き合えよ。日野ちゃんを笑いものにしたくらいなんだから」
俺は何も言わぬまま、目をそらした。
「なんだよ!文句あるのか!」
床に頭を打ち付けられ、俺は無理やり肯定する形になった。
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