第17話 デジャヴ

 鈴木さんがゆきだということを知り、彼女の姿をいつも見ていたくなった勇太は、できるだけ目を覚ましているように心がけた。退院が遅くなってしまうかもしれないが、そんなことは構わなかった。


「鈴木さん。あの御守り、もう一度見せてください」

「ええ、いいですよ。見ると元気が出るんでしたら、何度でも」

「ありがとう」


 ゆきはポケットの中から御守りを取り出し、勇太の手に乗せた。ビニール製の手袋越しに手が触れた。その時、電流のようなものが走り、かつての思い出が鮮明に蘇った。


「あっ、勇太さん……」

「ゆきさん……」


「あら、私あなたに会ったことがあるような……懐かしいような」

「そうです、僕もです。はっきりとあなたの手に触れたのは初めてではないような……」


「私もそんな感じです」


 もう一度しっかりと手を握った。するとゆきの表情が見る見るうちに変わった。勇太を旧友に会ったような瞳で見つめていた。


「ああ……あなたは」

「ゆき……」


 勇太は力を振り絞って、ゆきの手を握り返した。


「どうしても思い出せない。もどかしいけど。大切な経験をしたような気がするんだけど……」

「どこかで会ったような気がするだけでも、僕はいい」


「御免なさい」

「退院したら、会ってください。友達として……」


 三十歳になった今、高校生に交際を申し込む男子生徒のようなセリフを言ってしまった。


「一週間先か、二週間先か、一か月先かわからないけど……いいですよ。私ももっと話がしたい気持ちです」

「病気が治ったら、お好み焼きを食べに行きましょう」


「私の大好物を知ってるんですね。不思議な人。学校帰りにたまに友達と食べに行きました」

「この辺りでもありますよ。僕が見つけておきます」


 勇太の体力は次第に回復し、一か月後には退院できることになった。ここで会ったゆきが幻だったらどうしよう。勇太は彼女の連絡先を聞き、その場で電話した。彼女のスマホに着信があり、勇太の名前が表示された。


「私は現実の人間ですよ、勇太さん。ご安心ください」

「消えてしまうんじゃないかと思って……怖いんです」


「ほら、こちらからかけても通じるでしょう」

「ああ、声が聞こえる」


「ねえ、ダンスは続けているんですか?」

「いいえ、卒業したらやめてしまいました」


「もったいないなあ」

「まあ」


 今この世界にゆきがいる。それがたまらなく嬉しい。持ってきたワイシャツとズボンを履いてポケットに手を入れても何も入っていなかった。何度も確認したが、それを持っているのはゆきだ。あの時に唯一持っていたもので、今のゆきと繋がることができた。


「退院おめでとう!」

「綺麗な花束!」


「花屋さんで目を引いたから、これにしたのよ」


 クリーム色と赤の鮮やかな薔薇の花束。なぜこの花を選んだのかが僕にはわかった。自然公園の花壇で美しく咲き誇っていた花。それがこんな色のバラの花だった。それは覚えていないのだろう。無意識のうちにこれを選んでくれたのだ。


「バラは大好きだから、嬉しいです」

「よかったわ」


「じゃあまた。連絡します、必ず」

「ええ」


「必ず会ってくださいね」

「会いますよ!」


 目を閉じてももう死神の姿は見えない。これからは、ゆきが自分を好きになってくれるように努力しよう。彼女に会うのが生きる目的になった。


 勇太はしっかりとした足取りで、病院の門を出て、外の世界へ歩き始めた。久しぶりに見る太陽の光は眩しかった。



―――♦―――♦―――♦―――♦―――♦―――


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謎のウィルスによって異世界転移した三十歳サラリーマンが女子高生と同居することに 東雲まいか @anzu-ice

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