TEEN EDGE

@oshiuti

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登場人物紹介


紫藤 アカネ(しどう あかね)


孤児のため本名ではない

特務機関六三九のエージェント。あまり他人に興味がない。

PDW仕様のアサルトライフル、9mm拳銃を使用するが、使用する火器にこだわりはない。最近はラーメンが好き



城戸 善治(きど よしはる)


六三九の係官の一人。アカネの雇い主である。

くたびれた中年男性にしか見えないが、元は国家特別情報局のエージェント

アカネと行動を共にする


深見 薫(ふかみ かおる)


六三九の総司令にして、国歌特別情報局局長。

筋骨隆々の偉丈夫で、女言葉を使って話す。

蛇に例えられることもあり、何を考えているかはよくわからない。


近藤淳(こんどう じゅん)


内閣情報庁所属の元軍人。少女たちを戦わせることに少なからず心を痛めている。

「今回の事件」を城戸たちとは別のルートで調べている


笹原カエデ(ささはら かえで)


六三九所属。武蔵第六高校二年生。アカネの元クラスメイトであり、アカネにあこがれを抱いていた。今回の件で武蔵高校を辞めたアカネに再開。愛憎入り混じる感情をぶつける。










TEEN EDGE




環太平洋戦争と呼ばれた、大きな戦争が終わってから数年がたった。

世界を巻き込んだその戦争はしかし、世界のカタチを大きく変えることもなく、

相変わらず大国は大国のまま。

世界の形は変わらない。ここ日本もそうだ。


・・・・圧倒的な治安悪化という、一点を除いて。






雨の降る路地の裏。黒い戦闘服に身を包み、覆面で顔を覆った小柄な影が一つ。

手には小型の突撃銃。身体には防弾チョッキと様々な装備。

覆面に覆われたその表情は、伺い知ることはできない。

「マッダーよりCP。待機位置に到着」

驚くべきことに、銃を持つその影が話すのは、鈴の音にも似た少女の声だ。

『CPよりマッダー。状況開始』

「マッダー了解」

くぐもった男の声が、少女に語り掛けると同時に、少女は弾かれたように動き出す。

動き出した少女が飛び込んだのは、小さな雑居ビルの裏口

手にした銃から、まるで空気の弾けるのような音が連続して鳴り響く。

「っ!?」

「ぉっぐ!?」

開け放たれた扉の向こうにいた二人の男が、体に穴をあけられて倒れ伏した。

死体と化した男たちの懐からは、拳銃がチラリと見えていた。

「CP。一階を制圧」

『継続せよ』

「了解。続行」

少女の飛び込んだ部屋は、コンクリート打ちっぱなしの殺風景な部屋。

足元に転がる、男たちの死体を気にすることなく、奥へと進んでいく。

「階下に向かう。通信状況悪化の可能性あり」

『定刻に迎えをやる。状況に変化なし』

「マッダー了解」

奥にあるのは、地下へと続く階段。

先ほどの男たちは、ここを見張っていたようだ。

「突入」

短く無線機に吹き込むと、少女は階段の下ヘ進んでいった。


階下には、小さな部屋がいくつかある。

手近な部屋に飛び込むと同時に引き金がひかれる。

最初の男たちを殺してから、まだ数分といったところで、襲撃されている側も、何が起こっているかは正確に把握できていないのだろう。

その部屋にいた男たちも、悲鳴を上げる暇もなく撃ち殺された。

「クリア」

そこまで来て、部屋の外が騒がしく動き始める。

この事態に気づき、対応を始めたのだろう。

「侵入者だ!」

「チクショウ!!殺せ!!」

銃を抜いた男たちが、部屋の外で待ち構える。

しかし、少女は慌てることなく、ドアを薄く開けると同時に手榴弾を放り投げた。

「なっ」

少女がドアを閉めて、部屋の奥に転がるように逃げるのと同時に、轟音が響く。

手榴弾の中に収められた炸薬が、紅蓮の炎と化して男たちを焼いた。

廊下に動くものがいなくなった時、ドアが薄く開き、中から先ほどの少女が出てきた。

「障害排除」

油断なく銃を構え、周囲を警戒する。

爆発によって引き裂かれた無数の死体が積み上がり、飛び散った血や内臓が廊下の至る所にこびりついている。

凄惨に彩られた廊下の奥には、他のより頑丈そうな扉が一つ。

一度銃の残弾を確認してから、少女はその扉めがけて進んでいく。

「対象に接近」

地下に入ってから、通信に返事はない。おそらく地下には何らかの通信妨害があるのだろう。しかし、少女の行動に変化はない。

「突入する」

固く閉じられた扉に、少女は腰のポーチから、灰色の粘土のようなものを取り出し、そこに小さな機械を刺し、扉に付ける。

そのまま距離をとると、取り出したリモコンのスイッチを押しこんだ。

その瞬間、扉に取り付けられた粘土のようなものが爆発し、頑丈な扉が軽々と吹き飛ぶ

煙と轟音の中、迷うことなく扉の奥へと進み、引き金を引く。

今度は連続した音が弾けるように鳴り響く。

「来たぞぉ!?」

「撃て撃て!!」

今度は敵も反撃をしてくる。少女の周りで銃弾が跳ね踊った。

しかし、少女はそれに臆した様子もなく、正確に一人ずつを片付ける。

爆発の煙の中では、少女の小柄な体を正確に撃ち抜くことは難しく、ましてやこれほど迅速な奇襲の前では、拳銃で武装した男たちもただ一方的に蹂躙されていった。




煙が晴れて、少女が弾倉を落とし、次の弾倉に入れ替えるころ。

部屋の中には体中に穴をあけられた死体がいくつも転がっていた。

「・・・制圧を確認、これより、」

通信機に話そうとした瞬間、少女は身をひるがえした。

別のところから、少女の銃と同じような、空気がはじけるような銃声。

少女が先ほどまでいたところに複数の穴が開いた。

「不明勢力が侵入、抗戦する」

扉の所から襲い掛かってきたのは、少女と同じくらいにの小柄な影だ。

「っふっ!」

強く息を吐くように、新たな敵は少女に接近し、蹴りを繰り出す。

銃撃に備えていた少女は、不意のその攻撃を、自身の銃で受け止める

「くっ」

少し呻くようにしながら、受け止めた足をはじき返し、受けた銃を投げ捨てるのと同時に腰から拳銃を取り出す少女

その時には、侵入者のほうはもう距離をとっている。

射撃、近接、射撃。この攻撃パターンは、少女が教えられたものと一緒だ。

蹴り方や撃ち方。これも少女に似ている、こいつは同じところで

『・・止!戦闘・・止!!・・・・中止!』

少女がそこまで考えたところで、無線機が鳴る

「不明勢力と交戦中・・・!」

何を言っているのだ、と少女は思う。だが、銃口の向こうの敵は、男の通信と同じタイミングで構えを解いていた。

「・・・了解。戦闘中止」

それを見て、とりあえずは指示に従うことにしたようだ。

拳銃をしまって、先ほど投げた銃を回収する。

その時に、先ほどの不明勢力が覆面を外した。

茶色の髪をショートボブにした、目のくりっとした少女。その姿は、どこか猫を思わせる。

そんな少女が、驚いたように目を見開く

「・・・紫藤・・・アカネ・・・・?」

どうやら、この少女はもう一人のことを知っているようだ

名前を呼ばれたらしき少女は、その顔を見て、不思議そうに顔をゆがめた後、

「・・・・誰?」

本当に心当たりがないのか、不思議そうにつぶやいた
















環太平洋戦争の主戦場はアジア地域ではあったが、その影響を受け、国内の治安が圧倒的に悪化した国がある。


それがここ、日本だ。


流入する移民と、遅々として進まない戦後処理。

そこに拍車をかける、戦後の混乱で国内に流通した武器や薬物。

様々な犯罪組織の誕生と過激化。政府への不満による反政府勢力の台頭。

武装化したそれらの勢力同士による武力衝突。

まるで内戦のような有様に。この国は陥っていた。



政府は過激化するこの抗争に対し、政府直轄の私兵を計画。

同年に施行された『特別児童保護法』に基づき、十代の少年少女による実行部隊を結成。


特別児童保護法とは、「未成年の犯罪や事件は、更生の可能性があるとし、これを一切公表しない」と定義されたものであり、これにより十代以下の犯罪はすべて警察と検察内でお処理されるようになったものである。

これを隠れ蓑に、戦災孤児を保護、訓練し結成されたのが、

『法的に公表されない、特別児童法で保護された少年、少女兵士の部隊』

通称「六三九」である。

十数年前に設立されたこの部隊は、国の暗部で、血なまぐさい仕事をこなしている。 





しかし、政府の管理の下、子供たちに特別な訓練を施し、政府直属の『仕事』に使う。


文字にすれば常軌を逸した、あまりにも非道な部隊・・・・




・・・・・だが、その非道の中でしか生きていけないものも、いたのだ








紫藤アカネは、寝巻のTシャツとジャージ姿で、きしむパイプベッドの上で目を覚ました。


ベッドに散る長い黒髪。均整の取れた顔立ち。

肉食獣のようにスラリとした、筋肉のついた身体。

開かれた眼はくりくりと柔らかいが、視線は冷たく、天井を静かににらむ。


むくり、と静かに起き上がり、枕もとの拳銃を手に、部屋を見まわした。

武骨で大きな木箱がいくつかと、彼女の寝ていたパイプベッドだけの簡素な部屋だ。

部屋に異常がないのを確認して、部屋の床に降りる。

そのまま拳銃を片手に、寝室を出た。


先日の雑居ビルで激しい戦闘を繰り広げた「六三九」の一人、紫藤アカネ。

それが、彼女の名前だ。

先日の剣呑な雰囲気は鳴りを潜め、のんびりとした、気の抜けたのような空気の中、アカネは台所に向かった。


簡素なキッチンとテレビ。机や椅子、クッションすら無く、これまた武骨な木箱と、

キッチンのところに野営用の食器がおいてあるだけの部屋だ。

アカネはそこから、使い込まれたキャンプ用の鍋と、コンパクトなまな板にアーミーナイフを取り出す。

そのまま冷蔵庫から野菜やら肉やらを取り出し、手を洗う。

そして取り出した材料を刻んで、適当な調味料、材料と一緒に鍋へ。

そこへさらにインスタントラーメンを加える。

「・・・これくらいか」

灰汁など取らず、火が通るまで煮込む。

「よし」

それまでの時間に、テレビをつけて、昨日も整備した拳銃をばらす。

本格的な整備は終わっているので、練習というか暇つぶしだ。

適当にテレビをつけて、床の上で拳銃をばらしていく。

話題のお菓子のこととか、最近流行の曲とか、テレビの話題は相変わらず、アカネにはよくわからない。

これくらいのノイズの中で銃を組み立てる。暇つぶしであり訓練だ。

わからない話が三つ目くらいになったところで、銃の分解と再組み立てが終わり、煮えた鍋から水が噴きだす。

コンロの火を止めて、野営用のアルミ皿に、野菜と肉、麺でできたよくわからない煮物をぶち込んで、床の上に胡坐をかいて口へ運ぶ。

味は・・・まあこんな物だろう。食べられないものではない。

それに熱い。体が温まる。これは携帯食料では得られない。

ざくざくと、口に運ぶ速度は止まらない。

半分ほど食べた位で、玄関の扉が開いた。そのまま、足音がこちらへ向かってくる。

「・・・おう。ただいま」

ふらふらしながらに入ってきたのは、中年の男だ。

背は高く。すらりとした体躯にはそこそこに筋肉がついている。

がっちりしすぎた印象はないが、弱そうな印象も受けない。

その視線は柔らかいが、瞳は疲れ切ったように濁っている。

この男こそ、先日の戦闘の際にアカネに指示を出していた男だ。

「お帰り。城戸」

城戸 善治。彼こそ、アカネの雇い主であり、彼女を「使える」人間だ。

崩れたスーツ、かすかな酒と煙草の匂い・・・

夜通しどこかに出かけていたのだろうが、アカネには興味がない。

「何食ってんだ、それ」

ふらふらしながら、城戸は少女の手元の更を指さす。

「朝ごはんのラーメン。城戸も食べる?」

言うが早いが、少女はもう一つのさらに彼の分を盛り付ける

「朝からかよ・・・少しでいいぞ」

「野菜は大事だ。食べたほうがいい」

城戸の言葉などどこ吹く風で、アカネはかなりの量を盛り付けた。

「そうか・・そうだなぁ・・・」

皿に盛られた謎のラーメンを、とりあえず城戸は口に運ぶ。

「おぅ・・・目の、さめる、味だな・・・」

決して美味しくはなさそうに、それでも一口ずつ減らしていく。

「栄養はたくさんあると思う。食べて食べて」

自分の分は平らげて、冷蔵庫からミネラルウォーターを二本取り出して、一本は城戸に、一本は自分用に。

ぱきっ、と封を開け、喉を鳴らしてアカネは水を飲む。

「ああ、この後出かけるぞ」

アカネの500mlのペットボトルが空になったあたりで、城戸が声をかけた。

「・・・どこへ?ラーメン?」

「飯はいま食ったろうが。昨日の襲撃の件だ。直々に説明があるってさ」

いぶかしそうなアカネに、気合で手元の料理を半分は片付けた城戸が答える。

一口ごとに眉をひそめてはいるが、残さず食べれそうだ。

「・・・あの侵入者のこと?」

アカネは昨日の戦闘を思い出した。


アカネの戦闘の邪魔をした、不明勢力。

戦闘スタイルも「六三九」で教えられるマニュアル通りの動きだった。

あれは確実に、アカネと同じ「六三九」だろう。

「あの件の説明と、それから新しい仕事の話だとさ」

そのまま城戸は残りの麺と野菜と肉をかき込んで、水を飲み干す。

「・・・同席しないとダメか?」

むっつりと、あからさまに不機嫌な表情になったアカネが聞く

「当事者なんだからそりゃあ来ねえと・・・行きたくない気持ちもわかるが」

への字口で、全力の抵抗をアピールするアカネに、諭すように言う

「とりあえず準備しろ。俺はシャワー浴びてくる・・・味付け、もう少し考えろ」

そのままシャワールームに消えた城戸に、責めるような視線を向けてから、

皿と鍋をさっさと片付けて、寝室で着替えを始めた。


Tシャツとジャージを脱いで、木箱の中から制服を取り出す。

女子高の制服だが、どの高校の物とも違う。

これこそ、「六三九」所属の証明であり、少女の戦闘服の一つである。

「これを着るのか・・・」

少女はこの制服があまり好きではない。デザインが、とかではないが。

とりあえず制服を身にまとい、スカートを短く調整する。スカートの下には軍用の迷彩ズボンとブーツを履いて、ホルスターを太ももに。

腰の後ろに、鞘に入れたナイフを装備して、反対側の太ももに予備弾倉。

今回はこれくらいでいいだろう。

手慣れたもので、これだけ装備するのに15分弱。もう少し早くはできるだろうが、

行きたくない気持ちのほうが今回は強い。その分だけ少し手間取った気もする。

「準備できたか?」

向こうの部屋から城戸の声がかかる。

「出来た。いけるよ」

玄関に向かうと、そこにはシャワーを浴びてきっちりとしたスーツに着替えた城戸がいた。

「久々だなぁ。制服姿も」

「この格好、嫌いなんだよ」

むくれるアカネと一緒に玄関を出て、カギを閉める。

「六三九は制服での侵入と制圧がメインだぞ?カモフラージュだってあるんだ。お前みたいなのが珍しいんだぞ」

玄関を出て広がるのは、雑多な街の風景。

繁華街の古いマンション。ここが二人のセーフハウスだ。

「スカートは落ち着かないんだ」

アカネがスカートの下に着ている迷彩ズボンについては、城戸は何も言わない。

「そういう仕事が来たら着てくれりゃあいい」

そのままマンションを下る。エレベーターはついていないので、階段で下がるしかない。

「・・・そういう仕事は、取ってこないでほしい」

下に停めてある、普通の軽バンに二人は乗り込んだ。

「努力するよ・・・シートベルト締めてくれ」

見た目は普通だが、色々改造されている。アカネや城戸の「仕事」に使えるように支給されている特別仕様の車だ。

「・・・毎回思うけど、もう少し見た目のいい車とかないの?」

「高いんだ。」

「なるほど」

エンジンがかかり、車が動き出す。

窓を流れ始める景色に、アカネは目をやる。

「スマホでも見たらどうだ?」

「・・・何が楽しいのかわからない」

「そうか」

他愛ないやり取りの中でも、アカネの手は太ももの拳銃に触れている。

これは警戒と言うより、少女の癖のようなものだが

「そろそろつくぞ」

車は繁華街に入り、街の奥、歓楽街のほうへ向かう。

流れる景色が薄汚いビルばかりになったころ、その景色の中の一軒のラブホテル。

速度を落として、そのラブホテルに入っていく。

「・・・・毎回、ココにお前と入るのは抵抗があるんだよなあ」

「よく行くんじゃないの?」

「お楽しみの時はな。んでも今日は仕事だしお前だし・・・」

「そういうものなの?」

「そういうもんだよ」

相変わらず会話はくだらないが、油断することのない視線は周りに向けられ、常に警戒を解くことはない。


車をホテルの一階部分にある駐車場の奥に止めて、車を降り、

音もなくホテルの自動ドアをくぐって、そのまま部屋へと向かう。

ホテルの中を行く中年の男と女子高生。

ここだけ切り取れば完全に援交の現場だが、アカネの履く迷彩ズボンと太ももに下がった銃が、異質の空気を放つ。

「いつもの部屋だ」

「了解」

エレベーターに二人で乗り、城戸が懐からカギを取り出した。

そのまま操作盤の下についているカギ穴にいれて、回す。

扉が閉まると同時に、一階からしか表示のないエレベーターが地下に下り始めた。

「ここに呼ばれたってことは」

「そういうことだろうな」

自然と城戸の表情が硬くなる。アカネのほうはめんどくさそうな顔のままだ。

エレベーターが下りて、扉が開く。

ラブホテルの内装とはまったく違う、コンクリート打ちっぱなしの廊下。

簡素な金属製のドアがいくつかあり、そのうちのひとつへ城戸とアカネは向かう。

がちゃ、とドアを開けて、部屋に入る二人。

その瞬間、その部屋には女の絶叫が響いていた。

「あああああああああ!?」

「しゃべったほうがいいわよ?黙っててもどうしようもないもの」

殺風景な部屋の真ん中には、簡素なパイプ椅子。

そこに、縛られて座らされている女が一人、と、

丁寧な女言葉でしゃべりながら、身動きできない女に、煙が出るほどに熱したはんだごてを押し付ける男が一人。

筋骨隆々な体を、窮屈そうにスーツに押し込んで、この状況でも柔らかく微笑むその顔は、ただただ不気味だ。

「DFFの口座が8個増えてたわ。貴女のお小遣い?それとも組織ぐるみ?」

DFFはテロ組織の一つだ。日本国内でも活動する組織であるが、最近は完全に政府や城戸たちのような組織に利用されるだけの「操り人形」と化している。

「じらない!?じらないがら!?やべで!?ああああああ!?ぐああああ!?」

悲鳴を上げた口に、男ははんだごてを突き入れてかき回す

さらに大きく、それでも言葉にならない悲鳴が部屋に響く。

城戸は眉をひそめて、アカネは退屈そうに目の前の凄惨な光景を見ている。

「女鳴かせるのはシュミじゃないの。だまって」

はんだごてを咥えさせたまま、男は思い切り女を殴りつけた。

女は椅子ごと床に吹き飛び、血まみれになってうぐうぐとすすり泣く。

「あら?来てたのね。二人とも」

急に男が二人のほうを向いた。

「・・・どうも」

「こんにちは」

城戸は嫌そうに、アカネは無関心に挨拶する、

「すぐ終わらせるわ。少し待って」

男の手には拳銃が握られている。

いつ出したのか、アカネですら見えなかった。

すすり泣く女に向けられた拳銃から、乾いた音が数度響き、女の体に吸い込まれる。

女の身体に赤黒い穴が空いて、ビクンと跳ね、動かなくなった。

「片づけなさい」

男が命じると同時に、黒服の男たちが入ってきて、女の死体を担ぎ上げていった


「顔をバーナーで焼いて、DFFに送ってやりなさいな。アタシ達に逆らうことが、どういううことか。これでわかるでしょ」

黒服の男たちはその言葉に頷くと、女を担いで消えた。

「お待たせしてごめんなさいね。長引いてしまって」

どこか色気すら感じさせるような仕草で近付いてくる男。

「・・・相変わらずですな、深見さん」

「城戸くんも、相変わらずいい男ねぇ。アカネちゃんも、今日も可愛いわよ」

「ありがとうございます。」

血と硝煙、焦げた匂い。部屋の中に立ち込めるそれらを、そこにいる全員が気にした様子もない。

「ここじゃあお茶も出せないし、座るとこも何もないからね。奥の部屋に行きましょ」

深見と呼ばれた女言葉の男が部屋を出る。

二人も、そのあとに続いた。


そのあと入った部屋は、先ほどの殺風景な部屋とは違い、応接用のソファーとテーブルが用意された綺麗な部屋だ。

「今お茶をいれるわ。座ってて」

部屋にあるティーセットをつかい、手慣れた様子で紅茶の用意を始める。

その所作は、先ほど人間を一人撃ち殺したものとは思えない。

「それで、さっきのは?」

深見に城戸が声をかける。先ほど殺された女のことだ。

「DFFの会計担当でイロよ。物資とか情報を横流ししてたみたい」

返事をしながらも、その手は止まることはない。

「昨日襲撃した所も?」

「そ、あの女の横流し先ってわけ。裏にも色々いるみたいだけど」

昨日アカネのこなした襲撃は、あの女が横流しした組織に対する見せしめの意味もあったのだろう。『徹底的にやれ』と指示されていたことを、いまさらながら思い出した。

隣で退屈そうに深見のほうを眺めるアカネには、そんな事情など関係ないのだろうが。

「・・・それで、何で『かち合った』んですか?」

「それは、『本人』達から説明させるわ」

深見がその言葉と同時に、二人の前に紅茶を出す。

「もうすぐ着くはずよ」

誰か来るのだろうか。そうなると自己紹介とか色々あるわけで、なんにせよ面倒くさいことにはなるし、時間も取られる。

報告終わらせてさっさと帰る、というわけにはいかなくなって、城戸は肩を落とした。

「・・・はぁ」

アカネのほうは、もうこれ見よがしに退屈そうだが、深見はそれを気にした様子もない。

にこにこと微笑みながら目の前に座る男は、深見 薫。

現在の「六三九」の総責任者にして、国歌特別情報局局長。

長い肩書だが、要は、「国営殺し屋集団」の親玉である。

城戸が「現役」だったころからの上官であり、アカネと共に「仕事」を行う城戸の支援を行ってくれている。

実戦においても裏仕事においても、相当な実力を持つ男だ。

「調子はどう?アカネちゃん。ひどいことされてない?」

「普通です。特に何もありません」

城戸と話すときには一切使わない敬語で、アカネは無表情に答える。

「そう?困ったら言ってね。力添えはするわよ?」

「ありがとうございます。その時は相談します。」

深見はずっと微笑みを崩さないし、アカネは無表情のままだ。

けれど不仲なわけでもない、これが適正距離といった感じ。

この二人は本質的に似ているんじゃないか、となんとなく城戸は思う。

「それに、武蔵にいたころよりは、楽です。」

「そうよねぇ・・・あなたは特に」

深見の表情が、本当に少しだけ緩んだように見えた。

「遅くなりました」

部屋の空気が完全に沈黙したくらいで、部屋の扉がノックされた。

「入りなさい」

「失礼いたします」

深見の勧めと同時に、部屋に入ってきたのは二人。

一人は若い男だ。生真面目そうな顔と、短く刈った髪。

身体は鍛えられており、荒事に慣れた雰囲気がある。

もう一人は、アカネと同じ年くらいの少女だ。「六三九」の一人だろう。

茶色の髪をショートボブにまとめ、鋭い視線をこちらに向けている。

筋肉のつき方とその視線は、どこか猫を思わせる。

そして、少女が、昨日アカネとかち合った『不明勢力』だろう。

「内閣情報局実行部、近藤 淳です」

背筋を伸ばして敬礼する近藤。姿勢や体つき、雰囲気から見て軍上がりなのだろう。

「六三九所属、武蔵第六高校二年三組。笹原 カエデです」

自己紹介とともに、陸軍式の敬礼をする笹原という少女。

猫のような丸い瞳は、険しい視線に歪む。

アカネは、そんな少女に困惑したような視線を送っている。

「特別情報局外部委託室、室長の城戸 善治です。先日は失礼しました」

「・・・同じく、外部委託室の協力員、六三九の紫藤 アカネです」

二人のぎこちない自己紹介に、近藤とカエデは視線を外さずに見つめてくる。

こういう「真面目」な手合いには、城戸もアカネも弱い。

居づらい空気に支配された部屋で、とりあえず向かい合って座った。

「先日は、コチラの情報伝達ミスで、すみませんでした」

最初に口を開いたのは近藤だった。

「内閣情報室でも、DFFと接触している勢力を確認しており、鎮圧のための作戦行動が同じ日になってしまいまして」

申し訳なさなどなく、ただ淡々と語る近藤

「極秘作戦であったため、どことも連携をとらなかったのが仇となりました」

近藤が説明し始めたのは、先日の襲撃の件だ。

「極秘作戦?」

城戸がいぶかしげに聞く。極秘といったって、同じ日時に同じ施設を襲撃しているのだ。

『そういうコト』は根回しをして、主要な者以外にバレない様に行うから極秘作戦なのであって、現場でかち合うなんてのは下の下である。

「状況の管理ができていないところで極秘といわれても。」

城戸の嫌味に、近藤が首を振った。

「あくまで内閣情報室で動いただけです。別部署が、まして特別情報局が『これ』に気づいてるのは予想外でした」

「これ?ってのは」

「内閣情報局に裏切り者がいます」

近藤のその言葉に、場の空気が一度固まった。

「テロ組織であるDFFを通じ、諸外国に武器を売っている人間が、私の所属する内閣情報室の中に居ます。これを暴くのが、今回の私の任務です」

「なるほどねえ」

近藤の言い分だと、その裏切り者の調査の一環で、あの襲撃につながったという事だろう。

「こっちはDFFの中の別の動きを追ってた。主流派とは別の動きをしている連中があそこを根城にしているのを確認して、今回の作戦になったわけだ」

先日の状況は結局のところ極秘作戦同士の情報伝達ミス。というのが近藤の言い分なわけである。


城戸が深見に目配せをして、深見が頷いた。

とりあえずこの件は、このまま進めていくようだ。

「それで、ここに集まったということは」

「そういうことよ。外部委託室はこの二人に協力して、事態の収拾を図りなさい」

深見の言葉に、近藤と城戸が頷く。城戸のほうは非常に嫌そうな空気ではあったが。

「そのうえで、共同作戦の打ち合わせをするわよ」

そう来るとは思っていた。

城戸は基本一匹狼タイプだ。誰かと組むというのは嫌いである。

けれど、上司である深見がこう言うならば仕方ない

「・・・了解です」

渋々うなずく城戸。近藤は何のためらいもなく引き受けて、深見のほうを見る

「で、こっからは上の話。若いのはそっちで仲良くなってなさい」

急に深見がそんなことを言い出して、関係ないと思って話を聞き流していたアカネは、いやそうな顔をした。

先ほどの大して長くもない話の間ずっと、対面に座ったカエデがずっとこちらを睨んでいるのだ。

「・・・特に話すことは」

「わかりました」

露骨に避けようとするアカネを無視して、カエデは部屋を出る。

「・・・城戸」

「行ってこいってば・・・」

城戸も城戸でめんどくさそうだ。お互いに憐れむような視線を送り合ってから、アカネはとぼとぼとカエデについて部屋を出た。

「・・・それは脱いでけ。あと銃」

流石に迷彩ズボンのまま、ここ以外のところに行くのはまずい。

「・・・・うげ」

さっきよりも渋い顔をして、アカネはその場で装備を脱いだ

「なっ!?」

その動きに一番驚いたのは近藤だ。急に脱ぎだした姿に、一瞬動揺を浮かべ、それを恥じるようにすぐに押し黙った。

部屋の隅にある、荷物用の机に迷彩ズボンと銃を放っていく。

「ナイフだけは持ってっていいぞ」

流石に隠せる武器くらいならいいだろう。止めたところでアカネは持っていくだろうが。

「わかった・・・」

やる気のないアカネの声に、相当参っているのを感じる。

「金持ってる?」

「ない・・・」

城戸は財布から五千円札を取り出して、アカネに渡す。

「行きたくないなぁ」

「俺も帰りてえよ」

自分たちにしか聞こえない声でぼそぼそとつぶやき合って、けれど流れには逆らえないから仕方なく。

アカネはカエデの後を追って部屋を出て、城戸は部屋の椅子に座りなおした。

「準備はできた?じゃ、お話を始めましょう」

アカネとカエデが出ていくのを見送って、深見が今後のプランを話し始める。


せめて帰りにラーメンくらい食わせてやろう。城戸は心の中で決めた。




部屋を出たアカネとカエデの間に流れる空気は重たい沈黙であった。

これはカエデが先ほどからアカネに一方的にぶつけてくる苛つきめいた感情に問題があるのだが、そんなことはアカネにはどうしようもない。

興味のないスマホの画面を点けたり消したりしながら暇をつぶす。


そうしてるうちに、ラブホテルの裏口から外に出た。周りはラブホテルと風俗店と飲み屋。

当然この時間には開いていないし、人影もない。

そのまま二人は、ビルとビルの間に入る。

そこで、カエデの足が止まった。

「・・・・覚えてる、私のこと?」

不安そうに、カエデが口を開いた。

「いや、えーと・・・わからない」

向こうは一方的にアカネの事を覚えているようだが、こっちには記憶がない。先日の襲撃で邪魔をされたくらいしか覚えていないし、名前すらまだ曖昧だ

「・・・いいの。成績もクラスで一番下だったし、こっちこそごめん」

重たい空気に、アカネはめんどくさくなる。

「聞きたいことがあるの。あの時のこと」

そう切り出したカエデの瞳に、決意の光が宿る。

少女の中で、何かを決めたのだろう。

「なに?」

どうでもいいことを聞かれたらぶん殴ろう。

アカネはそう決めた。

「なんで、武蔵をやめたの・・・?なんで、ここにいるの・・・?」

拳を握りしめて聞くカエデに、アカネは拳を握った。

「やっぱり、あのことが、原因で・・・」

あのこと、それならわかる。アカネが武蔵を『やめたことになった』理由だ。

「ああ、なんだ。そういうこと」

その質問はくだらなくない。アカネは拳を解いた。

カエデの言う『武蔵』正式名称、武蔵第六高校は、六三九の養成機関にして実行部隊である。小、中と様々な技術を叩き込まれた六三九たちは、高校に着任して様々な実戦に投入される。

成人になり、特別児童保護法の範疇から外れるそのときまで、政府の私兵として使われる。

アカネも当然ここの所属だったが、一年と半分を過ごしたときに、『それ』が起きた。

「あの日のことね。覚えてるよ」

そのことなら、忘れようもない。

それは、一年経たないくらい前のことだ。

武蔵第六高校を脱走した「六三九」がいた。

たまに起きることだし、そう驚くことでもない。

けれど、この脱走兵狩りには、当時、優秀な成績を叩き出していた「六三九」のメンバーが投入された。

その中で脱走兵全員を狩った「六三九」がいた。

それが、アカネだ。

「逃げてるやつを、一人ずつ。もう名前も覚えてないけど」

深夜の森と悲鳴、荒い息、赤外線ゴーグルに浮かぶ影。

あの日のすべてが、アカネに気づかせてくれた。

「5.56軽衝で。狩っていった」

あの夜は、本当に・・・

思い出すだけで、アカネの心が昂る。

その事件の後、脱走者を討ったことでクラスで避けられたり、とかはあった気がするが。

その時に才能を見いだされたアカネは、城戸と組まされ、現在、武蔵第六高校とは別の指揮系統にいる。

「・・・つらかった?」

思い出を楽しんでいたアカネに、カエデが予想外の質問をぶつけてきた。

「え?」

何を言っているのだ。

自身と同じ実力を持つ獲物を、全力で狩る。この行動のどこに辛さがあるのか。

「大人に、言われて、無理やり・・・」

カエデはもう、アカネの言葉は聞いていない。

説明するのも面倒になって、アカネは黙った。

「・・・それなのに、また、こんなところで殺し合いをさせられてるんだね?」

成る程。これはこういう奴か。

アカネは妙に納得した。

「あー、まぁ、うん」

もう会話がめんどくさくなったので、適当に受け流す。

「よし、今日は遊ぼう!私たち二人で!友達になろう!」

「え、あ、ちょっと・・・」

そのままカエデに引っ張られ、カフェなどが並ぶ表通りまで出た。

カバンを持ってないところを除けば、仲良しの女子高生二人が学校をサボっているくらいにしか見えない。

「なにか食べたいものある?甘いものとか」

カエデの提案に、アカネは困る。地下にいた時間なども含めると半日は終わっていて、

時刻はもう昼時であり、朝の煮物はもう腹に残っていない。

腹も減り始めている。好きなものでも食べたいところだが、甘いものは好きではない。

「・・・ラーメンかな。肉たくさんのやつ」

とりあえず思い付いたいま食べたいものを口にする

「却下よ。もうちょっと可愛いモノ思い付かないの・・・?女子高生だよ・・・?」

ジョシコウセイ。朝の興味ないテレビにも出てきた、聞き慣れない単語。いまのアカネは学校に行っていないのだから、ジョシは当ってるがコウセイは違うんじゃないかと思う。

「私は腹すいたんですけど・・・」

完全にアカネとは違う生き物になったカエデに対して、アカネは敬語になる。

カエデはジョシコウセイなのだろう。メイクやネイルもばっちりで、飾り気のないアカネとは違う。

「フツウの女子高生はそんなの食べないわよ」

カエデがため息をついて、歩きだした。

アカネはそれに遅れないようにとりあえず付いていく。




結局たどり着いたのは肉のカケラもないパンケーキの店だった。カラフルな看板、色とりどりのメニューが踊る店内に、カエデは堂々と、アカネはおどおどと入っていく。

「ここ。美味しいんだって。今朝のテレビにも出てたの」

アカネが一片の興味すら抱かなかった朝の番組は、ここのことをやっていたらしい。視界の端で見たような気がしないでもない。

「そうですか・・・・」

腹が減っているのに、なぜ甘いものなど食うのだ。

もっとガッツリしたものが食いたい。メニューに載った、薄くて食いでが無さそうな写真を見ながら不思議に思う。何故こんなもので、全トッピングにチャーシューを増したラーメンより高いのだろう。アカネは非常に不思議だ。

「わ、どれも美味しそう」

メニューをみて、カエデは嬉しそうだ。どれにしようか真剣に悩んでいる。

あーでもない、こーでもない。呟く姿は、より幼く見える。

「・・・・うわぁ」

盗み見たメニューに出てくるものは、チョコにバナナにアップルに…アカネの分かりそうなものは一つもない。とりあえず大体甘ったるいのは想像がついた。

「決めた!アカネはどれにする?」

さっきまでの空気などなかったかのように、カエデがメニューを差し出す。

急に名前で呼ばれるのも驚いた。どうやら、カエデの中でアカネは勝手に友達認定されたようだ。

「同じやつで・・・わかんないし」

わかんなかったら同じもの。城戸の教えがここで役に立つとは。感謝と共に、早くこの時間が終わることを祈らずにはいられない。

「そうなの?じゃあこのアップルシナモンクリームチーズ2つね。わあ、楽しみ!」

何だか訳のわからない名前だ。銃の型番のほうがよっぽど簡単じゃないか。

「すいませーん」

店員を呼んで、注文するカエデの方を見る。

指先、視線、仕草。

なるほどなあ、とアカネは思う。

「楽しみだね!パンケーキ!」

そんなアカネの様子に、カエデは気付いていないようだ。目をキラキラさせながら、携帯で店内を撮ったりしている。

「・・・ちゃんと、ジョシコウセイなんだね」

アカネが思わず呟くと、カエデは驚き、そのあと嬉しそうに微笑んだ。

「そ、そうかな?そうかあ・・・・ありがとう」

えへへ、とはにかむカエデは可愛らしい。

人殺しを生業とする六三九の一員とは、到底思えない。

「ネイルも、メイクも、頑張ってるから・・・普通かな?可愛いかな?」

カエデの言葉から漂う、「女」の匂い。

これはもう、間違いないだろう。

「まあ、可愛いんじゃないかな。あんまり詳しくないけど」

照れるカエデに、気づかれないように冷たい視線を一瞬だけ向ける。

「ど、同世代の子に、そういわれるのは、なんだか照れるね・・・」

そんな他愛ない会話を、若干嫌気がさしながらアカネがこなしていると、

注文したものが運ばれてきた。

「わ、わぁ、おいしそう!」

「うへえ・・・」

嬉しそうなカエデを後目に、アカネのほうは、どうやってこれを無理やり平らげるかを考えて、憂鬱になった。





情報の報告を終えて、地下の応接室では一度休憩に入っていた。

今後どうするか。それが今からの議題だ。


その前に一服、ということで、灰皿を出して、煙草に火をつけていた。

深見は報告があると言って、一度席を外している。

「そういえば、紫藤でしたか。あの少女」

ふいに近藤が、アカネの名前を出した。

「六三九の脱走事件では、かなり活躍したと聞きましたが」

そっちのほうで、アカネは名が売れているようだ

「ええ。頼れる相棒ですよ。あれ以降、自分と組んでいます」

いつも仏頂面で、今この時間は生贄にされている相棒の顔を城戸は思い出す。

「『虎の城戸』がまさか、六三九の少女と組むとは」

虎。それは、戦争中に情報部にいた城戸のあだ名だ。

情報部でありながら、暴力的な手を多く使うことからつけられた。

「・・・懐かしい話をご存じで」

「陸軍にいて、それを知らん奴はおりません」

近藤がにやりと笑って、城戸は面倒くさくなった。

確かにいろいろやってそう呼ばれるようになったが、そう持ち上げられるものでもない。

「・・・なるほど。」

「紫藤アカネは、どう制御してるんです?」

近藤の質問が、アカネのほうに向いて城戸は一安心した。

「制御、ですか?」


「ええ。情報は拝見しました。あれだけの戦闘センスの塊を、どう制御しているのか、と不思議でして」

近藤はアカネに興味があるようだ。

「模擬戦で負かしたんですよ」

その時のことは覚えている。六三九の教育役の軍人や現役が、模擬戦でアカネに倒されていく中、城戸はアカネを倒した。

といっても、フェイントだらけの姑息な手で、ではあるが。

そこからあアカネはなぜか城戸に懐き、今もこうして組んでいる。

「紫藤アカネを?すごい。流石、虎の城戸ですな」

そのあだ名はむず痒いのでやめてほしいのだが。

とりあえず話を変えてやることにする。

「カエデさんでしたっけ?彼女もかなりの実力者では?」

「それはそうですが・・・多少問題もありまして」

カエデのことにすり替えて聞き返す。近藤は困った顔をした。

「懐いてくれるのは嬉しいのですが、自分にはやはり制御が難しい。六三九は優秀ですが、なかなか感情のコントロールに手を焼きますな。あれでも年頃の少女なわけですから。プレゼントなど、毎度悩みます」

近藤は近藤で、いろいろと苦労しているようである。

もっとも、城戸には縁遠い悩みではあったが。

「それはそれは・・・大変ですな」

「男所帯あがりには、女性相手、まして少女は、たいへんです」

近藤が、ははは、と相好を崩して笑う。

「なれぬことをするのはいつも大変ですな」

「戦闘のようなもので、誰も助けてくれませんので。自分で何とか乗り越えておりますよ」

コイツが苦労してるのは、恐らくそういうう部分だけじゃないのだろう。

城戸は感じ取ったが、何も言わなかった。

「・・・はい、休憩終わり。詰めるわよ」

戻ってきた深見の声に、二人は背を伸ばした。

次の作戦は、三日後に実行。

日時が決まると、三人は詳細を詰めていった。



















地下室へ向かうエレベーターには、げんなりしたアカネと、きらきらと元気そうなカエデが乗っている。

結局二人は三時間ほど、普通の女子高生のような遊びをして、地下に戻った。

そのころには、作戦の話し合いは終わり、次の方針も決まっていた。

地下室の奥、応接室に五人が集まって、顔を突き合わせる。

「・・・つーわけで、次回の作戦は三日後。裏切り者が拠点にしてる港湾部の施設を施設を、俺、近藤さん、アカネ、カエデちゃんで強襲して、手掛かりを探す」

城戸が面倒くさそうに説明をして、他が頷く。

「アタシはバックアップ。処理の準備とかしておくわね」

鶴見もさすがに疲れたのか、声には覇気がない。

「アカネとアタシは、先行して隣接する施設で待機。作戦時刻になり次第、その施設から侵入、障害を排除するんですね」

カエデが冷静に確認する。急になれなれしい呼び方をされたアカネは戸惑ったが、言及しても面倒くさいので無視することにした。

「えー、待機時は、制服で、隣接する、ショッピングモール・・・うわあ」

いやそな声でアカネが言う。

あのスカートの制服姿で仕事をしなければならない。それは今回アカネにとって一番の苦痛だ。

「城戸さんと自分は、別ルートから侵入。障害排除後の施設を調査し、証拠を見つける」

近藤はよどみなく確認をし、ちらりとカエデのほうを一瞥した。

カエデのほうも視線を返すが、それに何の含みがあるのだろうか。

「作戦開始は三日後。では、各位解散」


鶴見が最後に話を締めくくり、顔合わせ兼作戦会議は終わった。







全員部屋を出て、ラブホテルからは散っていく。

城戸とアカネも、軽バンに乗り込んで、ホテルを出たあたりで、一緒にため息をついた。


「まじかよ・・・共同作戦かあ・・・」

「確実に抑えるってことかなあ・・・深見さん」

城戸はあの後の会議漬けに、アカネは女子高生ごっこに、疲れ果てていた。

「いやもう腹減った・・・何か食おう」

「ラーメンラーメン。肉入りのやつ。」

アカネが死にそうな声で絞り出す。

甘い、腹にたまらないモノばかり流し込まれ、塩気のあるものを身体が欲している。

「お前も大変だったな・・・」

そんな様子を感じとて、城戸もさすがにアカネをねぎらう

「肉入りラーメンより・・・あんな薄いもんが高いなんて・・・おかしい・・・」

アカネのつぶやきは弱々しい

「ああ・・・そういうやつか」

城戸にも、なんとなく女子が好みそうな店はわかる。

そして、近藤とカエデの空気。

あの二人は「そういうこと」だろう。

「・・・城戸」

疲れ果てた体を急に起こして、アカネが言う

「おう」

その視線に、城戸もスイッチを入れた

「あれは駄目だ。使えない」

その言葉で、城戸はすべてを察した

「そうか。」

「うん」

二人の間に、一瞬だけ、だが確かに、殺気が流れた。

「・・・じゃあ、とりあえずラーメンだな」

「そうしよう・・・お腹空いた・・・・」

やり取りがいつものくだらないものに戻る。

行きつけのラーメン屋は、もうすぐだ。


















ぽたぽたと、お互いの身体から汗が滴る



短い髪を振り乱しながら、男の上で、少女の身体が跳ねる。



「・・・・好きだよ・・・すっと」



大きな瞳を潤ませながら、少女はせいいっぱいの言葉をつぶやいた。




この時だけ、この時だけ少女は甘い夢が見られる。



「・・もう少しだ、もうすこしで、君は自由になれる。そしたら、一緒に・・・」




「うん。ありがとう・・・私は、普通になりたい・・・」


蕩けるような甘い声で、少女は男の胸に縋りつく



「ああ。ぜったいに、君を幸せにする・・・ここから、救い出して見せる・・・・」



ショートボブにした茶色の髪を、男の手が撫でる。


「きっと、救って見せる・・・君を・・・」


夜は深く、二人をとがめる者はいない。

暴虐の世界に、立ち向かう二人の甘い時間が、過ぎていく。







三日後





港沿い、再開発された貨物港の中、

観光地として整備された、BGMのうるさいショッピングモールの中で、アカネは辟易していた。

「つぎはこっちこっち!ほら、これかわいい!!」

「ま、まってよー」

カエデは元気にいろいろな店の中を飛び跳ねている。

二人とも武蔵第六高校の制服で、少し大きめのスクールバックを持ち、ショッピングモールの中にいるふっつうの女子高生の中にしっかりと紛れ込んでいた。

「ほら、これ!アカネ絶対似合うよ!!試着しなよ!!」

「い、いいよー、にあわないよー」

アカネのセリフは非常に棒読みだが、これが精いっぱいなのだから仕方あるまい。

二人は、大型ショッピングモールの中心部にいる。

このまま店内を見るふりをしながら、このショッピングモールの搬入口近くに行く。

そこから隣接している港湾施設に侵入。そこにいる人間を無力化する。それが仕事だ。

侵入経路から一番近い女子トイレに装備一式は隠してある。

時間になったらそれを纏い、引き金を引きに行く。

それが、これほど待ち遠しいとは思わなかった。

きらきらと様々なものを見るカエデに、アカネはついていけない。

「ほら、次はここだよ!こんなのも出てるんだ!すごい!」

色とりどりの服に目をやるカエデだが、その視線は一っ俊だけ周りを見る。

警戒と索敵。これは「六三九」の基本だ。

身体に染み付いたその動きは、いくら普通の女の子に近いカエデでも隠すことはできない。

「す、すごいね、こんなに、あるんだ」

その動きに少し安心して、アカネはへたくそな芝居を続ける。

はたから見たら、茶髪でショートボブのカエデはそこそこおしゃれな女子高生だろうし

黒髪で地味なアカネは、少女からおしゃれを教えてもらっているように見えるだろう。

周りでは、カエデのような声のトーンで女子高生たちがおしゃべりをしている。

「スカートとかは、あまりはかないんだよね?」

「・・・ズボンのが、楽だし」

アカネも何とか調子を合わせるが。それがまた難しい。

第一、興味がないのだ。

「もったいない。足綺麗だし、出したほうがいいよ!!」

カエデの言葉はストレートだが、アカネはそれを喜ぶことはない。

この足は、動いて走れればそれでいい。

「ネイルとかもしてないもんね、アカネは」

これから買うのであろう、折りたたんだミニスカートを抱えた女子高生とすれ違うカエデ。

カエデの視線が、無意識のその女子高生を追うのを、アカネは見逃さない。

「わ、私も、ネイルとかは、してないけどさ」

ネイルなどは引き金を引く時の邪魔にしかならない。

だから、カエデの爪は、きれいにマニキュアで塗られている。

カエデもそれはわかっているのだろう。本当に戦闘の邪魔になるような「おしゃれ」はしておらず、状況が始まれば動けるように『なっている』

「それもあんまりかなぁ・・・」

「そっか・・・あ、べ、別のところに、いこう!」

カエデの言葉が急にぎこちなくなる。

周りにいる、普通の女子高生たちと、アカネとカエデの演じるジョシコウセイ

深く、埋められない溝が、そこに横たわる。

その溝が、見えたのだろう。

速足で、その場を立ち去る。

「おーい、まってー」

そんな溝など、アカネの興味の中にはない。

作戦開始まではあと三十分ほど。

それまでは、この普通ごっこを続けるのが任務だ。




カエデが足を止めたのは、ショッピングモール右端のフードコート。

搬入口まではすぐそこだ。

適当に空いているテーブルに二人は座る。

「お腹空いたね、なんか食べようか!」

一瞬見せた陰りはなくして、カエデが言う。

「・・・そうしようか」

アカネがたじろぐ。甘いものは得意ではないのだ

「ほら、クレープとかあるよ!あっちはパフェだって!」

明るく話すのは、演技なのかさっきのせいか。

「いろいろ、あるんだねえ」

アカネの目は、それ以外の大盛りラーメンとかチャーシュートッピング倍増とかのほうに行く。あっちのほうが美味そうだ。とアカネは思った。

「あ、あれ!テレビでやってたスイーツだ!」

まあアカネの希望は叶わない。知ってはいたが、やはり肉が食いたい。

コレが終わり次第、城戸に連れて行ってもらおう。アカネはそう決めた。

「おいしそうだねえ・・・」

やる気のない演技にも疲れてきた。早く終われ。内心イライラしている。

「・・・やっぱ、だめだね」

急に、カエデが声をひそめた。

その呟きは、目の間にいるアカネにしか聞こえない

「・・・何が?」

いや、分かっている。結局、二人とも、見た目はともかく、

本質的には一切この空間になじめていない。

それが、どうしたのだろう。

元来「六三九」とは、そういうものだ

「普通じゃないんだよね、やっぱり」

他の人間もいるところでこういうう話をするのはどうかと思うが、彼女たちが殺しを生業にするモノであることなど、周囲の誰も分からないだろう。

その会話にアカネは乗っかってやる。

「そりゃあそうだよ。無理だもの」

アカネとカエデの目が同時に動く。周囲への警戒、時刻を見て、経路を確認

一瞬で二人はそれを済ませる。

「・・・本当は、こんなこと、したくないのにね」

カエデのその言葉には、アカネは答えない。

「何も食べない?だったら、ここで待つけど」

「・・・うーん」

カエデはどうしようか決めかねているようだ。

とりあえずラーメンに興味を惹かれるアカネはソワソワする。

残り時間を考えると、さすがに頼むのは難しそうだ。

もう少し早ければ頼めたのに。アカネは悔しそうに目を細める。

「もしさ、」

そんなアカネに、カエデが口を開いた

「・・・大人たちから逃げて、普通になれるとしたら、どうする?」

声を潜めた、真剣なカエデの問い

「・・・なんのこと?」

アカネは聞かないふりをした。つまり、それは。

「何でもない、忘れて!」

カエデはそれ以上語らず、結局フードコートで飲み物だけ買って、二人は時間をつぶした。

カエデを見るアカネの目に、一瞬だけ、殺気が流れる。

「・・・だろうよ」

アカネのつぶやきは、誰にも聞かれずに空気に流れた。




作戦開始時刻



アカネとカエデの二人は、搬入口近くの女子トイレに向かう。

途中のコインロッカーから、大きめのスクールバックを取り出して、

人目につかないように移動する。

誰にも会わずに個室の中に滑り込み、準備する。

カバンから出てきたのは、まず、先日の襲撃でも使った突撃銃。六三九用にカスタムされた、M4ベースのショートタイプ・アサルトライフルだ。少女たちでも扱えるよう、弾も特別製の、5・56mm軽量衝撃弾と呼ばれる物に変更されている。これは、銃弾の火薬を減らし、弾頭を特別なものにすることで、反動を抑えながらも命中した際の衝撃ダメージを倍増させる、という弾丸だ。

折り畳み式の肩当てを伸ばして、弾倉を叩き込み、チャージングハンドルを引いて装填。

銃声をなくす消音器を、銃口にねじって取り付ける。

化粧よりマニキュアより、手慣れた動作だ。

そのまま、チェストリグと呼ばれるポーチや弾倉入れのついた軍用ベストを身体に付ける。

今回は持ってこれるものの関係上、防弾ベストやズボンはない。スカートから足をさらすことになるので、足への被弾が心配だが、任務であれば仕方ない。

通信機をつけて、喉元に骨伝導の小型マイクをつける。

今日抱えて回っていたスクールバックのほうから、煙幕弾と、拳銃とナイフを取り出し、チェストリグに装備する。拳銃のほうもスライドを引いて初弾を装填。安全装置だけ掛ける。予備弾倉を弾倉入れに入れて、準備は完了。

朝の準備をする女子高生のような手早さで、人殺しの準備を終える。

「終わった?」

アカネが隣の個室に声をかける。衣擦れの音と、ガチャガチャとした物音。

いぶかしんだアカネは、鍵のかかっていなかった隣の個室のドアを開けた。

「わわっ!?」

そこには、驚いた様子で固まる、下着姿のカエデがいた

「・・・・何してんの?」

着替えにここまで脱ぐ必要はないだろう。アカネはいぶかしんだ。

「この前、プレゼントしてもらった下着があるの」

今カエデが身にまとっているのがそのようだ

「こちのほうが、気合入るから・・・もう少し待って」

そんなもんで変わらんだろう。とは思うが、アカネはカエデの好きにさせることにした。

作戦開始時間には、まだ余裕がある。

そここから数分

下着を変えて、アカネと同じ準備を終えて、カエデが出てくる。

その目は、もう、殺気を隠そうとしない。

「マッダー、準備よし」

「メイプル、準備よし」

二人の声が通信機に吹き込まれる。

待機している近藤から、返事があった。

『こちらCP1。CP2は移動中のため、指揮はこちらがとる』

『こちらCP2。指揮権をCP1に。こちらは移動を開始する』

CP1が近藤、CP2が城戸だ。

今回は近藤の指揮で作戦行動を行うようだ。

「マッダー了解」

「メイプル了解」

通信機ではどうしても会話にノイズが入る、そのため、聞き間違いがないようにコールサインと呼ばれるあだ名のようなものでお互いを呼び合う。

マッダーがアカネ、メイプルはカエデだ。

センスがない、とアカネはいつも思うが、他に思いつかないのでこれでいい気もする。

『マッダー、メイプル、侵入を開始せよ。障害は任意排除・・・気を付けてな』

最後の余計な一言に、アカネはげんなりして、カエデは嬉しそうだ。

「了解」

とりあえず一言だけ返して、二人の影は女子トイレから出る。

搬入口に続く従業員用の出入り口に近づき、静かに扉を開ける。

少女たち以外には誰もいない。そのまま二人静かに進んでいく。

従業員の休憩時間に合わせて作戦開始時刻を選んだので、人影はない。

静かに、迅速に、搬入口から外へ。

港湾ならではの潮風が頬を撫で、海のにおいがする。

目標地目と鼻の先で、この施設とはフェンスで仕切られているだけだ。

そのフェンスは下の方が破れていて、銃を持っていても少女たちなら通れる。

「目標に接近」

カエデの報告が通信機に吹き込まれる。

二人は音もたてずにフェンスの下をくぐる。

ここには警備の人間など配置されておらず、裏口側に人がいるのが見えるくらいだ。

「メイプル、マッダー、建造物に侵入します」

カエデの言葉を皮切りに、音もなく二人は走る。目標は裏口側。

「状況開始」

カエデが銃を構え、ショッピングモールからは完全に影になった裏口を狙う。

二人の位置から裏口までは、作業用のフォークリフトや通常の車両がいて、隠れる場所には困らない。

身を隠しながら二人は裏口へ進む。お互いがお互いの背中を、前を。

一人が視線を向けていない方向をもう一人が見る。

まるでずっとやってきたかのような、完璧な連携。

あっという間に裏口近くまで二人はたどり着く。

そこには突撃銃を持った男が立っており、あたりに視線を配っている。

だが、小柄な少女たちのいる物陰には気づかない。

男が視線を外した春化に、カエデが素早く引き金を引く。

空気のはぜるような音がして、男の身体に穴が開いた。どさり、と倒れた男を無視し、二人は施設の中に踏み込んだ。

「侵入に成功。」

『CP2了解。障害を排除せよ』

カエデと近藤の会話はそれだけだが、カエデの所作で何となくアカネには「わかる」

だが今はそんなものは無視して、施設の奥に踏み込む。

裏口から入ると、コンクリートの殺風景な廊下奥に窓。両側には小さな部屋がいくつかある。

すべての階が同じ構造である。と作戦前に説明されている。

「一つずつ抑える。マッダー。援護を」

「・・・了解」

切り込み役はカエデがやるらしい。

一番手は自分がよかったのだが、取られたらもう仕方ない。渋々ながら、アカネはカエデの援護に回ることにした。

目の前の扉を、カエデが静かに開ける。

急に開いた扉に、男たちが驚いた眼でこちらを見る。

その手には拳銃があるが、少女たちには向けていない。

こちらが少女であること、襲撃されていること。それらに彼らはまだ対応できていない。

扉が閉じると同時に無言で二人は引き金を引く。空気の弾ける音が連続する。

防弾チョッキすら着ていなかった男たちは、一瞬で体に無数の穴をあけられ、死体と化してその場に折り重なる。

「次」

流石に男たちの倒れる物音がして、施設に警報が鳴る。廊下にはすでに何人かいるようで、

物音が部屋の中にも響く。

「こっちからはどうする?」

「二人で挟もう。」

そういって、カエデは部屋の窓から外に出る。先ほど見た、廊下の奥の窓からはさむつもりだろう。

挟みやすいようにしなければならない。こちらに注意を引くために、アカネは折り重なった死体から銃を奪う。

『メイプル移動中』

「マッダー了解」

安全装置を外して、弾倉を確認。一発も発射されていない。

廊下の足音がゆっくり、確実にこの部屋に近づく。

勢いに任せて突っ込んで来ないのは冷静だ。

『到着。いつでも』

「カウント3で仕掛ける」

『了解。3・・・2・・・1・・・今』

カエデのカウントに合わせて、アカネは部屋の中で拳銃を発砲。

連続して三発撃ってから、扉を開けて廊下に転がり出て伏せる。

銃声に驚いた男たちが、アカネのほうを見ている。

それと同時に廊下の奥の窓が割れ、カエデがそこから飛び込んでくる。

身体の小さな少女にしかできない芸当だ。

飛び込んできたカエデと、地面に伏せるアカネが同時に引き金を引く。

響く空気の破裂音。

手前と奥の男が倒れ、突然の状況に男たちはでたらめに銃の引き金を引く。

男たちの手にした銃から銃弾が飛び出すころには、二人はもう移動している。

別の部屋に飛び込み、その部屋の中で銃を連射するアカネ

廊下の男たちを片付け、近くの部屋に飛び込むカエデ

すべての場所に死体があふれ、各部屋も一つずつ潰されていく。

5分ほどの時間が過ぎて、一階は完全に制圧された

「メイプル。一階を制圧。被害なし」

カエデの報告が、アカネの耳元に聞こえる

「マッダー、こちらも被害なし」

アカネも通信機に報告を入れる。弾倉を変えて、弾を装填。

『CP2了解。引き続き制圧に当たれ』

『・・・こちらCP1、移動を完了。指揮は引き続きCP2へ』

と、城戸の声が通信に入った。

二人が制圧した後、城戸と近藤がこの施設を調査する。今回はそれが目的だ。

『CP2了解。二人とも、上階へ』

「「了解」」

二人が無線機に吹き込んで、また戦いが始まる。





四階建てのその拠点は、カエデとアカネによって血まみれにされていった。

突入から三十分もたたないうちに、そこは制圧された。

DFFのテロリストが相手では、二人の六三九を、殺しだけを叩き込まれた少女たちを止めることができない。

「こちらマッダー。完全制圧を確認」

四階の最後の部屋を制圧して、アカネが通信を入れる。

『CP2了解。向かう』

『CP1も了解』

近藤の居場所はわからないが、四階からはいつものバンが見えた。

ゆっくりこちらに向かってきているので、城戸もじきに此処に着く

「・・・終わったね」

「一応ね」

まだほかにもいるかもしれないが、目標の施設の制圧はここまでだ。

「・・・このままさ、」


突撃銃の弾倉を変えながら、カエデが言う


「二人で、どこか遠くに、ふつうになれるところにいってさ」


弾倉が変わる、安全装置は外れたままだ

アカネはもうカエデの言葉を聞いていない。

こうなることは、『わかって』いたが

もう少し遅いタイミングだと思っていた。

「邪魔な大人を、殺して、信頼できる人と、友達と」

アカネも銃の弾倉を変える。

金属音が鳴り響く

「まともな、女子高生に、なるの」

カエデは止まらない。ゆっくりゆっくり、近付いてくる。

「普通の!!!!どこにでもいるような、普通の子に!!!!」

カエデがその言葉を言ったときに、

通信機から、轟音がした。

窓の外で、いつものバンが爆発していた

「おわっ!?」

思わずアカネが叫ぶ。こうも堂々と仕掛けてくるものか。

爆発の中に人影は見得ないが、確認は後だ。

今は目の前のことをやる。

「さ、大人はいなくなったから!!」

その光景に驚くでもなく、カエデが距離を詰めてくる

「いっしょに!いこう!!」

カエデが、アカネに手を差し伸ばす

それは、自由への逃避行で

この殺し合いからの、解放なのだろう。


だから、


「行かねえよ。クソアマ」

アカネは、その場を思い切り飛びのいて、引き金を引いた

連射に設定した突撃銃から、無数の弾丸がカエデのいたあたりを引き裂いた。

数発が、カエデがだらりと持っている突撃銃に食い込んだ。

これで、あの突撃銃は使えない。カエデの武器は拳銃だけだ。

「くっあっ!?」

カエデが呻く。突撃銃は壊されたが、カエデにダメージはない。

アカネは部屋の奥に逃げる。拳銃だけになっても、カエデは戦意の衰えた様子がない。

「・・・断るんだね、やっぱり」

地面に金属のぶつかる音がした。カエデが突撃銃を捨てたようだ。

通信機と部屋の向こうから、カエデの声がする。

アカネは、通信機をむしり取って投げ捨てる。

それと同時に、カエデが腰から煙幕弾を投げた。

「悪い大人は、もういない」

煙が満ちる部屋の中、腰から拳銃を抜くカエデ。銃口が、アカネを探す。

「もう、戦わなくていいんだよ」

カエデは油断なく視線を配りながら、アカネのほうに近づいてきた

「やだね、そんなの!」

アカネは突撃銃の弾倉を交換。すぐさま単発で、カエデのいる辺りを撃つ。

煙幕の奥、避けるために影が動いた。

しかし制服姿で、防弾ベストもない。あまり深追いはできない。

「なんで!!なんでよ!!」

激高したカエデの声は、アカネの耳につく。

拳銃の弾がアカネのほうに飛んでくる。どれも当たらない。狙いが甘い。

「私たちは、普通の女の子になれるんだ・・・!」

その言葉こそ、カエデを縛る呪縛なのかもしれない。

「無理だって!今更!」

発煙弾をピンを引き抜いて投げる。

ようやく晴れてきた室内が、また煙に閉ざされていく。

「貴女だって、こんなこと、したくてしてるワケじゃ無いでしょう!?」

煙の向こうから響くその声が、アカネの怒りに触れた。

「・・・今、なんて?」

最初らわかっていた。コイツは、そういう女だ。

獲物を追い詰めるべく、頭の中は冷たく冴える。

声は反響しているが、先ほどの動きから、カエデの隠れているのは対角線上の柱の裏。

もちろん向こうも予想しているはずだ。照準は合わせているだろう。

「殺しも!暴力も!もうたくさんでしょう!?こんな世界、間違ってる!!」

カエデの言葉はだんだんと自分に言い聞かせるような響きに変わっている。

「一緒に逃げよう、アカネ!!私たちは、まだ、戻れるんだ!」

その言葉は、確かに魅力的に映るのだろう。

・・・こんなことは辞めたいと泣いて、心を壊せるような奴らには。

だが、

紫藤アカネは、


『違う』のだ


「はっ・・・あっはっはっはははっはは!!」

思わず自分の口から洩れた笑い声に、アカネ自身が一番驚いていた。

こんなにも、おかしくって笑ったのは初めてだ。

「な、なに?」

煙の向こうから、カエデの困惑したような声が聞こえる。

「本気だとしたら、相当おめでたいよ。カエデ」


ようやく名前が憶えられた。

これほど面白い奴だったとは思わなかった。


アカネの顔が、喜びに歪む。

銃を連射に切り替えて、引き金を引く。

5・56mmの殺意が吐き出され、壁を抉った。

突然の射撃にカエデが飛びのき、体制が崩れた。それでもカエデは反射的に撃ち返した。

カエデの手元の突撃銃は、アカネの動きを阻害するだけの弾丸を正確に吐き出す。

「撃ち返せるんだね!カエデ!」

「なにが!?」

ああ、気づいていないのだ。コイツは。


銃声に対して冷静に対応し、確実な効果をもたらす戦術をとり、作戦の遂行を優先できる。


「何でもないよ!」


そんな「ジョシコウセイ」が、「女子高生」になれるわけなどないのだ

もう、私たちは戻れないところまで沈んでいる。

足掻いたところで、沈むだけ。

「楽しくなってきた!!」


むしろ、この状況を楽しいと思う。

命のやり取り、すべてを用いて死ぬことを拒否するこの瞬間

これが誉で、これが悦び。これを快楽となす。

『六三九』は、本来、そうあるべきだ。

だから。

「なれないんだよ、カエデ」

泣きながら、怯えながら引き金を引くものは、いらない

「何が、何を言ってるの!?私は、ただ普通に!?」

「なれないよ」

煙幕が晴れ始め、アカネがカエデの対角線の柱の裏にいるのはわかった。

アカネは柱の裏で、必死に笑いをかみ殺す。

こんなにおかしいことが、あるだろうか


物陰からのアカネの言葉に、カエデの動きが止まる。

「もう、なれないんだ」

心の底から嬉しそうな、この状況を楽しむようなアカネの言葉


カエデは、心の底で悟る。

今、対峙しているのは『ばけもの』だ

懐柔など出来ない。ただ喰らうことを至上とするモノ

「ひっ」

恐怖に指先が動く。銃を抱え、構える。

「・・・・怖いのに、構えられるじゃないか」


『ばけもの』が笑う。カエデとは絶対に相容れない「はず」の生き物がそこにいる。



怯えて泣きじゃくる少女の部分とは裏腹に、少女の中にもあるのだ。


訓練を受け、ここに来ている時点で、引き金を引いた時点で


「ちが、うちがうちがうちがうちがう!!!」

ほとばしる言葉は否定でも、カエデの体が勝手に動く。

弾切れになった突撃銃を捨てて拳銃に持ち替える。

ちがうこんなことができるのはちがうわたしはふつうの

腰の後ろのナイフを取り出す。


わたしはふつうのおんなのこでそうなれるはずでもどれるはずだ


アイアンサイトで狙いを定め、アカネの方向に銃口を向ける。


わたしはわたしはふつうふつうふつうのおんなのこでおんなのこにじょしこうせいなんだ


「ああああああ!?」

ほとばしる感情が、カエデの指を動かして引き金を引いた。

それと同時に、アカネが部屋の出入り口に駆け出す。

離脱すると判断したのだろう。カエデが出入り口に向けて発砲。

拳銃弾が金属製のドアを何度もノックして、鈍い音が響き渡る。

だが、アカネは出入り口には向かっていない。

途中で壁を思い切り蹴って、強引に方向転換。手にした銃をカエデに向かって放り投げる。

「あぐぁっ!?」

六三九仕様で軽いとはいえ、二キロはある銃だ。

膝を立てていたカエデは、それを腹にぶち当てられ、うめき声をあげた。

「っらぁっ!!!」

方向転換の勢いのまま、アカネの飛び膝蹴りがカエデの頭に刺さる。

「うがゃっ」

まるで蛙のような声がして、アカネはさらに楽しくなる。

倒れこんだカエデの首をつかんで立たせ、銃撃で割れた窓にカエデの身体を押し付ける。

「ほら、こんな風になっても」

カエデの手が自身の腰のあたりを探す。武器を探しているのだ。こんな、取り押さえられたれた状況でも。

「ぐっ・・・う・・・」

「アンタは、戦おうとする」

それは、少女がアカネと同じものだという証拠だ。

窓に押し付けられ、四階の高さにさらされるカエデ。

それでもまだ、目は死んでいない

なにか、おかしい

アカネの脳裏に何かが引っかかるが、行動は止めない

「・・・わかったでしょ」

首をねじり上げ、カエデの胸に、アカネの肘が埋まった

こちらを見下ろす形になるたカエデの表情は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。

「同じだよ。アタシたち」

割れて飛び散ったガラス片に、アカネの顔が映る。

その顔は、美しく美しく、笑っていた。

さらにねじり上げる、より強く、肘がカエデの胸に埋まる。

制服のシャツ、ブラジャーの硬さ、乳房の柔らかさ。

その中に、一点の違和感を覚えた

「お前っ!?」

気づいて一瞬力が抜ける。

その瞬間、カエデが両手を広げて、アカネに抱き着こうとした。

「クソがあっ!」

掴まれる前に、カエデを窓から突き落とす。

カエデの片手が、窓に引っかかる。

アカネは太ももからナイフを抜いて、その手を刺した。

力を失い、自身を支えきれなくなって、カエデが窓から落ちていく

その顔は、確かに笑っていた。

「クソったれ!!」

見つめている暇はない。慌てて窓から離れて、柱のそばでうずくまる。

それと同時に、カエデの死体が爆発した。

大切そうにつけていたカエデの下着に、パッドの代わりに仕込まれていたのは、

カエデともう一人くらいは巻き添えにできるだけの、プラスチック爆薬だった。

間一髪。もう少し遅れていたら、カエデと合い挽き肉になっていたところだ。

「・・・っぶねぇ、趣味悪すぎ・・・」

どうにか回避したアカネだが、警戒は解かない。

銃を引き抜き、ナイフと一緒に構える。

カエデがあなら、黒幕は間違いなく、

その時、部屋に数発の銃声が響いた


「今ので、何で生きてやがるんだよ・・・オイ・・・」


アカネの手にしていた拳銃とナイフが、正確に吹き飛ばされた

反射的に飛び退いて、柱の裏に身を隠す。

「っ!?・・・なるほど。アンタが黒幕ってわけね」


まだ煙の残る部屋に無数の足音が響き、部屋の中に数人の男が入ってくる。

その中で、今アカネを撃った男。


この事件の黒幕であり、カエデを使ってアカネを始末しようとした人物。


それこそ、近藤であった。


「使えねえ・・・始末しろって言ったのによ・・・・」

別人のような荒い口調で、近藤はアカネの隠れる柱を睨む。

「起爆からのタイムラグで、まさかぶん投げられるとはよ・・・・」

口調から察するに、カエデの死体を吹き飛ばしたのも、どうやらこの男のようだ

「まあいい、飼い主と同じところに送ってやる」

近藤の言葉を皮切りに、アカネを囲んでいる男たちが、油断なく拳銃を構え、ゆっくりとアカネの隠れる柱を囲もうとにじり寄る。どうせ近藤に雇われたチンピラだろうが、この状況だとまずい。

「最後のチャンスだ。来る気はなねえか?普通の生活に戻れる」

その言葉には嘘の匂いしかしない。自分の部下を自分で吹き飛ばすような男だ。

「よくわかんないけど、見逃してくれるわけではないんでしょ?」

「少しばかり、仕事を手伝ってくれればいい。今よりは自由にしてやらあ。」

ナイフと拳銃は吹き飛ばされた。カエデに投げた突撃銃はもう少し向こうで、取っている間に撃ち殺されるのがオチだ。

「八方ふさがりだね、まったく」

アカネには打つ手がない。けれど、その表情は曇ることはない。

「出て来い。それともこのまま死ぬか」

「殺されるのわかってんのに、行くわけないでしょ」

近藤の言葉に、アカネは返した。

少女の雇い主は、優秀だ。

「そうか。なら、そ」

そ、の発音をした所で、近藤の手から、赤いものが噴き出した。

乾いた銃声と、それを構える中年の男が一人。

「いやあお見事。時間かかっちまったよ」

そこに立つのは、今日爆発で吹き飛んだはずの城戸だった。

「お前・・・!?」

急に現れた侵入者に男たちの視線と銃口が向く。

「ドンパチは得意でなあ!」

そう叫ぶ城戸の手には二挺の拳銃。

吐き出される弾丸は、アカネのいる辺りだけ避けてばら撒かれ、二人ほどを貫いた。

「遅い!」

アカネが一声叫ぶと同時に物陰から飛び出し、手近にいた男の首に思いきり体重をかけ、脊椎をたたき折る。

「無茶言うなよアカネ!!」

また一人男の頭に風穴をあけた城戸が、アカネのそばに近づいた。

突然の状況だが、近藤やその部下は柱の陰に逃げ込んで態勢を立て直している。

「でも間に合ったから許す!」

死体から銃を奪ったアカネが笑う。凄惨なその笑顔は、何より楽しそうだ

「そりゃどうもぉ!」

城戸は別の死体から銃と弾倉を奪う。

ここまでは想定していなかったのか、拳銃くらいしかない。

「懐柔するか相打ち。そういう手はずだったんだな・・・身体に爆薬まで仕掛けて」

苦々しげに言う城戸に、近藤は答えない。

「ま、ウチのアカネは優秀でね。お前ら如きの手には負えなかったってことだ」

「ええい!殺せ!」

物陰から近藤の声がして、部下の男たちが襲い掛かる。

それを目にした二人の瞳に、悦びの色が宿る。

「はじめるぞ!」

「はじまるぞ!」

先ほど落としたナイフをまず回収し、それで一人の喉を搔き切り、銃を奪うアカネ

奪っていた銃で、正確に体に数発撃ちこむ城戸。

奪った銃を手近な男に叩き込むアカネ。そこで弾が切れるが、死体を盾に、近付いた城戸が、別の銃をアカネに渡す。

その隙に近づいた男に、アカネがナイフを投げつける。

腕を切り裂かれ怯んだところを、城戸の銃撃がとどめを刺す。

別の男が銃を構える。

盾にしていた死体を城戸が投げつけ、男が怯む

その男に横から、アカネが銃撃を浴びせる。

ピンク色の脳漿と、赤い血が床のコンクリートを彩っていく。


二人が動くたびに、次々と男達が倒れていく。

アカネが踊るように、城戸は食らいつくように

銃口が吠え、ナイフが輝く。

二つの影が、楽しむように、歓喜とともに死をばらまく。



気づけば、そこには死体と、近藤だけがいた。



「お仲間は死んだぜ。出て来いよ」

血まみれの部屋の中、城戸がにやりと言った。

「くっ、そ、そんな・・・」

どうにか手を考える近藤に、アカネが近づいていく。

その手には、回収したナイフがある。

「めんどくさい。もってこう」

「く、くるなくるな!くるな!」

怯える近藤の銃口は、狙いが定まらない。

泣きながらも確実に引き金を引いていたカエデにすら及ばない。

「撃てないでしょ。あんたは普通だもん」

そのまま、ナイフが近藤の四肢に順番に突き立てられる。


「ぎゃあああああああ!?」

絶叫が響くが、誰も気にするものなどいない。

「これで完全に動けない」

「止血はしとけよ。まだ使うから」

痛みで倒れ伏した近藤を、アカネが拐取した医療キットで止血して、城戸が担ぎ上げる。

「行くぞ、アカネ」

「うん」

アカネはあたりに散らばった装備を回収して、二人は部屋から出る。

「・・・迎え呼ばないとなあ」

「そういえば、車吹っ飛んだんだっけ。」

「面倒くさいなあ・・・」

血と硝煙のにおいを纏って、それでも会話は和気あいあいとしている

「いつ・・・から・・・」

「最初からかなあ。『こういうの』が、本来の仕事だし」

担ぎ上げられた近藤に答えながら、城戸は懐から携帯電話を取り出す。

「深見さん。状況終了です。迎えを」

『あら。いつもどうり正確ね。迎えに行くわ』

電話の向こうで、深見はいつものように微笑んでいるのだろう。

しかも自ら来るというのは予想外だ。車を吹き飛ばされないようにしておけばよかった。

「あー、了解・・・」

手足を撃たれた近藤はすでに気を失っている。いつまでも抱えるわけにもいかないので、

地面に放りだす。

「この後は?」

アカネが聞いてくる。多少の毛が張るようだが、全体的には問題なさそうだ。

「いつもんとこに、これを届けねえとなあ」

これとは近藤のことだ。これから、こいつには「報い」の時間が待っている。

「まだ一仕事あるのかあ・・・」

これで帰れると思ったのか、アカネはがっかりと肩を落とした

「すまねえな・・はあ」

城戸は懐から、タバコを取り出して火をつけた。

「あ、ずるい」

「吸えないくせに何言ってんだ」

深く吸い込んで、ニコチンを吸収する。

ここまですべてが『台本』どうりだ。あとは答え合わせをしてやるだけ。

「・・・もうひと頑張りしますか」

「お腹空いたなあ・・・」

近付いてくる後処理の車列が見える。

到着したその車列の中の一台に、城戸とアカネは乗り込み、後ろに近藤を積み込んだ。

「さ、仕上げだ」

城戸のつぶやきに、アカネがめんどくさそうな顔をした。








ホテルの地下室。先日女を撃ち殺していた拷問部屋


近藤が目を覚ますと、椅子に縛り付けられていることに気づいた

「なっ」

動こうとしたときに、首元に冷たい感触を感じる

「動かないで。しゃべれなくするよ」

そう声をかけたのは、近藤の椅子の後ろで、首にナイフを突きつけるアカネだ

「あら、起きたの?お寝坊さんなんだから」

視界の端にいる深見が、いつもの調子で話しかける。

「よう。調子はどうだい?『裏切り者』さん」

そして、城戸だ。にやにやと笑いながら、近藤の前に立っている。

「な、何だ、これは!?」

「もうお前に聞くことはなんもないんだけどな」

城戸の表情は、笑い顔のまま崩れない。

「種明かしくらいはしてやろうと思ってね」

きっかけどころか、最初から穴だらけだったのだ。

急に動き始めたDFF。怪しい資金繰り。実戦能力のない内閣情報室はともかく、

環太平洋戦争以降、この国で様々な活動をしてきた特別情報室を騙すには、あまりにも稚拙な犯行。隠されてはいたが、深見や城戸の目を誤魔化すには足りなかった。


「ネタはあがってんのよ。近藤さん」

クスクスと笑いながら。深見が話す。

「アンタたちと城戸君が顔合わせた日にいたDFFの女。アイツからたどったの」

その言葉に、近藤の顔が驚きに満ちる。

「書類上では全部あの女に押し付けてアンタはトンズラ。そのはずだったのにねえ?」

顔を伏せた近藤に、深見は嬉しそうだ。

「他の情報を消すために、口説いた六三九の娘を使ってDFFの拠点を強襲。一度外国に逃げて、取引の金と六三九の娘を護衛に外国で贅沢暮らし。いい計画ね」

「な、そ、それは!?」

近藤が口を開くが、アカネにナイフを首筋に押し付けられて黙りこくった。

「最初の襲撃、カエデちゃんとウチのアカネが最初にかちあった奴だ。お前らがあそこを強襲するのがわかったうえで先手を打った。警告としてな」

あそこで手を引いておくなら、すべてを白紙に戻し、大人しく消えるならばそれで良し。

そういう警告だった。

「あそこで、カエデちゃん開放して、お前だけ逃げてりゃよかった。それなら追わなかった。」

城戸は続ける。

「ロリコンかよお前は。若い身体にはまったか?アレを海外に持ち出そうとしたときに、お前も消すことが決まった」

だが、近藤はその警告にすら気づかず、行動に出た。

それは、破滅の引き金だった。

「カエデちゃんのほうは、アカネと「会話」させた。そこは女だしなあいつも。すぐに気づいたよ。『手遅れ』だってな」

アカネは「鼻が利く」こういう事態においても、だ。

幸せそうに、愛おしそうに語っていた。とアカネは言っていた。

そして、その表情を浮かべた六三九は、すべて帰ってくることはない。

逃げるか、裏切るか。

武蔵高校にいたころから、吐いて捨てるほどある話だ。

「あんなガキはべらして、何が嬉しいのか知らねえがよ」

『そうなった』六三九は、すべて、城戸とカエデが始末してきた。

それが、今回のような、情報の流出や六三九そのものの破滅をもたらすことを、

すべて、知っているからだ。

「そっからの今日だ。俺もアカネも排除して、どさくさに紛れて逃げる。

お前の頭の中では、そういうプランだったんだろうが、最初っからバレバレでな。

アカネんとこに勝ちを確信したつもりで出てきたのは、笑いこらえるの大変だったよ」

最初の襲撃の時点から、もう近藤が裏切り者であることも、この国を逃げ出すことも、カエデを連れて行こうとしたことも、すべて掴まれていたのだ。

近藤が、悔しそうにうつむく。

「残念だったなあ。うまくいかなくてよ」

結局、近藤は罠にはまって食われたのだ。

それだけのことだ。

「ホント、六三九に手を出したのが間違いだったなあ。そこさえなけりゃ、まあまだ見逃してやれたのによ」

城戸がため息と一緒に言葉を紡ぎ、近藤が奥歯をかみしめた

「一緒に・・・」

「うん?」

急に近藤が言葉を発した。

「一緒にすんじゃねえ!クソ化け物共が!!」

近藤の叫び声が、地下に響いた

「武器とヤクで稼いで!逃げるだけのぼろい仕事なんだよ!!なのになんだこれは!!」

血走った近藤の目が、全員を睨みつける

「あのバケモノみたいなメスガキが!全部台無しにしやがった!!あのクソアマ!!」

そこまで行たところで、拳が、近藤にめり込んだ。

城戸が思い切り近藤を殴り飛ばしたのだ。

「テメエがあの子に言えた義理かよ。」

椅子ごと吹き飛んだ金剛に向ける城戸の視線には、怒りはない

「ハタチにもならんガキ抱いて。そのまま騙して捨てて、挙句死体まで消し飛ばしてよ。立派なだなオイ」

それは憐れみとあきらめにも似た視線だ。

自分に殴る資格が無いことは、城戸が一番わかっている。

「なんで、お前にカエデが派遣されたたと思う?」

吹き飛んだ近藤に、城戸が話を続ける

「『そういう話』についていくようになった六三九はな。処分するんだ」

事も無げに、城戸は事実だけを告げる。

「愛だの恋だので使えなくなった六三九と、裏切り者の処分。それが、ウチの仕事だ。あの子がお前のところに行った時点で、二人まとめてこうなることは決まってた」

その言葉に、近藤の表情はどんどん沈んでいく。

「くそっくそくそくそっ!使えねえ人形よこしやがったんだな最初っから!」

欠けた奥歯でしゃべり辛そうに、それでも近藤は叫んだ

「自爆までさせたのに仕留めれねえ!!クソ使えねえ化け物よこしやがって!!」

「ねえ」

吹き飛ばされた近藤に近づき、アカネがその顔を覗き込む。

「あの子、下着の爆弾気づいてたよ」

淡々と話すアカネに、近藤が信じられない、とでも言いたげな視線を向ける。

「あの子は、そういう愛し方しか知らないから。殺されても、あんたについてった」

アカネが片手でナイフを弄ぶ。

「使い捨てにされることも、あんたが一人で逃げることも、気づいてたよ」

その言葉に、近藤は、

唾を、吐き捨てた

「ふざけろ!!ふざけろふざけろ!!クソ化け物!!あのアマ!!クソ!!お前らも狂ってやがる!!逃げもしねえで死んだだと!!ふざけんじゃねえ!!クソが!!」

その激高は、誰に向けたものか。

まあ、それはアカネにはどうでもいい。

「そう、ばけものだよ、私たち」

屈みこんだアカネが、近藤の耳のそばで、甘くささやく

「だから、だからね」

ナイフが、耳と近藤の顔を切り離すべく、肉に沈んで、血が出る。

近藤の悲鳴が響く。


「お前みたいな『人間』は『ばけもの』の、餌なんだよ」


そのまま、耳にかみついて、残りの肉をかみちぎった

「・・・まず」

悲鳴を上げる近藤の耳が、地面に吐き捨てられた。

深見も城戸も、静止などしない。

この後、近藤は報いを受けてから消される。

手始めがこれなら、優しいモノだろう。

「そういうことよ。残念ねえ近藤さん。アタシ、あんたの顔好みだったのに」

深見が指を鳴らして、黒服の男たちが現れる。

この後、どれほどの責め苦があるのか、近藤には想像に難くない

「しね!!しねくさればけものども!!しねえ!!しねえええええええ!!!」

担ぎ上げられても、近藤はまだ叫んでいる。この後言葉すら出せなくなることは分かっているのだろう。

「そうだな。最低だよ。それに乗っかったお前もな」

そのまま近藤は扉の向こうに連れていかれた。

もう、生きて会うことすらないだろう。

「・・・・とりあえず終わりね。お疲れ様」





深見の言葉に二人は肩の力を抜く

「やれやれ。今回も大変でしたな」

「私は久々に、歯ごたえあって楽しかったよ。あの子の名前忘れたけど」

何の悪意もなく言ってのけるアカネと、気にもしない城戸。

「そうねえ。いつもより鉄火場多かったわねえ。ま、お金には色付けてあげるわ」

深見の報酬の話に、城戸は聞こえないふりをしつつ内心は大喜びだ。

「とりあえず今日はお疲れ様。帰っていいわよ」

そういわれ、二人ともエレベーターに向かう。

「あ、城戸君はちょっと待って」

引き止められた城戸に、アカネは憐れみの視線を向けながら、自分はさっさと部屋を出た。

「・・・・なんですか、深見さん」

アカネの足音が聞こえなくなって、地下の部屋に城戸と深見だけになる。

いつになく、深見の目は真剣だ

「おためごかしはしないから、聞くわね」

深見の目が、いつもより鋭くなる

「あの子は、より強い『ばけもの』になってく。いつまで飼えるの?」

それは、アカネのことだろう

戦うこと以外に、興味を失っていく、あの少女

けれど、それは、

「・・・勘違いしてますよ」

「どうゆうこと?」

城戸は言葉を続ける。

「俺も、あんたも、アカネも。みんなです。みんな、おんなじ『ばけもの』だ」

その言葉に、深見は驚いた顔をした

「そうよ。自覚があるのね?」

城戸も、彼自身も、もう別に殺していくことにも、近藤のような存在にも、使いつぶされるカエデとかいう少女にも、興味はない。

「けど、俺はね」

城戸の濁った瞳に、一条の光が走る。

それは情熱でも正義感でもなく、ただの狂気の光だ

「俺はあいつが、どこまで、どれだけの『ばけもの』になるか。それが、見たい」

自身の興味のために、アカネを使う。

それが、城戸の結論だった。

「ぷっ」

それを聞いた深見が、目を白黒させた。

その答えは、予想していなかったのだろう。

「あははっははっははは!最低!!近藤なんかよりよっぽどど最低よ城戸ちゃん!!」

二人しかいない地下室に、深見の笑い声が響く

「ああ、なるほどね、私も、それを見せてもらうわ・・・ああ、おかしい」

腹をおさえて本気で笑う深見を、城戸も少し笑う。

最低だろう。だが、この興味は、どうしても止められない

「もしも、あの子か、城戸ちゃんのどっちかが」

ようやく笑い終えた深見が、言葉を続ける

「なれ果てて『ばけもの』すら生ぬるい、『ナニカ』なったら、どうするの?」

その言葉にはもう、面白がる空気はなく、事実だけを聞いている。

「その時は」

それこそ、わかりきったことだ。

「その時は、どっちかがどっちかを殺すだけです」

確信とともに放たれた城戸の言葉に、深見はまた笑った。






襲撃は夕方で、拷問室にいたのもあって、外はすっかり暗い。

城戸が駐車場に出ると、鍵を持って行ったアカネはもう車に乗っていた

「おう」

運転席に乗り込むと、城戸のほうをアカネが一瞥する

「深見さんなんだって?」

「別に、世間話だよ」

「そっか」

鉄火場から直にここまで来ているのだ。

お互いもう疲れ切っているし、汚れもひどい

とりあえず煙草を咥えて、火をつける。

「・・・帰るか」

「お腹が空いた。何か食べたい」

もうへとへとだったが、そういわれてしまうと空腹を自覚してしまう。

「確かに・・・腹減ったな」

死んだフリにドンパチに、体は動かしたのだ。カロリーが欲しい。

服は血みどろで、そこら中汚れているが、後ろには着替えもある。

「ラーメンがいい。肉のたくさん入ったやつ」

「・・・この時間にかあ」

悪くはないが、城戸の年になると少々重たい気もする。

「あ、そうだ」

アカネが、世間話のついでのように話し始める

「今日、楽しかった」

弾んだ声で、本当に楽しそうにアカネが告げる。

「割と強かったしあの子。名前なんだっけ?」

その笑顔は、年相応の、それこそ普通の女子高生の顔。

けれども、少女はもう、城戸と『同じ』だ。

誰のせいでもなく、少女は少女の意思で、そう成った


「・・・そいつはよかった。満足できるのなんざ、久しぶりだろ」

「そうだね。こんなに面白いのは久しぶりだよ」

この後、これがどうなってくのか

それとも、城戸のほうが先に成れ果てるのか

それは、まだ誰にもわからない

「・・・なあ」

「うん?」

楽しそうに拳銃をいじり始めたアカネに、城戸は声をかける

「もしも、だ」

こんなことを聞くのも、バカバカしいのだが。


まあ深見のせいだ。質問そのものに深い意味はない。


「もしも、俺とお前の、どっちかが、本当に右も左も分からなくなったら、どうする?」


咥え煙草で、事も無げに聞く城戸に、間髪入れずアカネが答える。


「その時は、どっちかがどっちかを殺すよ」


さも当たり前のように、そう言った。


その言葉は、刃のように鋭く、城戸の心に突き立った。


「当然じゃん。私たちは、そういうモノだもん」

なんの疑問もなく言い切ったアカネに、城戸は思わず笑う

「はははっ・・・そうだな。そうだよな」

「そんなんより、ラーメンラーメン」

「・・・行くか」

他愛ない会話を終えて、車が出ていく。

いつもの軽バンが、二匹と一緒に、街の闇へ消える。

闇から闇へ、二人は行く。


その成れの果てを、見るために。

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