第33話
……状況確認の為アルギンが促したスカイの話はとても短かった。
スカイは近隣国の生まれで、物心つく前からずっと奴隷として生きてきた。それが今回『飼い主』がスカイを手放して、新しい主人に売り払われるところだった。
今回種が暴走したのは、『種』と一緒に売り払われるはずだったところにミュゼから救出され、手元に『種』があるままだったから。これまではずっと飼い主の手元にあったらしい。
それを聞いて、アルギンは納得していた。身近にいるプロフェス・ヒュムネとの話とも一致する。試しに、スカイの上着を脱がせたら背中の大部分に渡る葉緑斑があった。
「まぁ、種族はプロフェス・ヒュムネで確定だな」
種族が判明しても、特段これまでの業務に支障はない。最初から『そう』だと分かっていた方がやりやすいとも言える。しかし、子供とは聞いていたが、もうすぐ大人とも言うべき年齢――スカイの話では十四歳――だったことが一番の難点だ。このくらいの年齢が世間一般では一番扱いにくいとされる。
スカイは物分かりも良く、話も澱み少なく出来た。しかし遠慮というか引っ込み思案といか、これまでの境遇を考えれば当たり前だろうが妙におどおどしている所があった。
「スカイ、アタシ達はお前さんの世話を任されることになった者だ。身の回りの世話も、暫くはこの施設で行う。この男が同じ部屋に寝泊まりするから、何か不都合があったらこの男に言うように」
「ちょっと待ってください」
アクエリアが即座に異を唱えた。そのまま流れでゴリ押そうと思っていたアルギンが舌打ちをする。
「何故俺がつきっきりって話になったんですか」
「言っただろ、仕事内容は『世話』だ。言ってみれば、『エスプラス』であるプロフェス・ヒュムネを取り返そうとする輩が来ないとも限らないからな、護衛も兼ねろ」
「十番街でですか」
「以前はここいらでも貴族子女誘拐未遂とかあったからな。破格の売り物を取り返そうと企む奴もいるかも知れねぇだろ?」
「だったら護衛はアルギンでも良いじゃないですか。騎士が保護しに来るまでの時間稼ぎは出来るでしょう」
「じゃあアクエリア、お前さんが酒場回してくれんのか? 数日間閉店まで頼むぜ」
酒場の運営を言われては言葉が続かない。
アクエリアも多少は酒の知識があれど、店を切り盛りするには圧倒的に経営の経験値が足りなかった。
「……店の話をするのはずるいですよ」
「ズルかぁねぇよ。だって、コレがアタシの生業だからな」
そう言われては更に返す言葉が見つからなかった。アクエリアはアルギンのその仕事の延長で『仕事』をしているのだから。
二人が話している間、スカイはずっと不安げだ。それに気づいたアクエリアが、自分の折れ時を悟る。
「……追加料金請求しますからね」
「おーよ、しろしろ。ご期待に添えるかは全くもって不明だがな」
折れ時は互いの了承を以て完了した。アルギンはそのまま全てをアクエリアに任せるように医務室を出て行った。スカイは何のことか分からない顔をしていたが、アクエリアの言う事を聞かなければいけない状態になっているという事だけは解っているようだった。
「……僕は、どうすればいいでしょうか」
「……。」
不安そうなスカイの声がアクエリアの耳に届く。
その能力以外は通常のヒューマンと成長過程に殆ど変わりがないプロフェス・ヒュムネ。声変わりが終わったばかりのような少年特有の声が、不安なその心情を告げる。
「逆に聞きますが、何が出来るんです」
その言葉に、スカイは言葉を詰まらせて押し黙った。何か言いたそうに、しかしそれを悩むような表情で俯く。何か言うのかとアクエリアがスカイの言葉を待つことにした。数分根気強く待って、スカイの口から出たのは
「……、僕は……何もできません」
頼りない声で言われたその言葉に、驚くと同時に安心したアクエリアがいた。
何故口ごもっていたのかは聞けない。しかし、敢えて言わないという選択をしたスカイを尊重する。『なにをさせられていたのか』を、今の状態でスカイに聞こうとは思わなかった。
尤も、普通なら直ぐに国の保護下に入るはずのプロフェス・ヒュムネだ。安易に仲を深めない方が得策だとも思った。それでなくとも、日の光の下を真っ当に歩けないものばかりが揃ったあの酒場のギルドに所属するアクエリアでは、真っ当な成長の妨げになる、と考えた。
「それで良いんですよ」
アクエリアの言葉に驚いた様子のスカイ。
「子供に何かを望んだりはしません。ここにいる間、俺が付いている間、子供は子供らしく遊んでいれば良いじゃないですか」
「……子供……」
「貴方の事ですが、不満ですか?」
「いいえ、でも……」
スカイは少し戸惑いながら、しかし照れたように。
「……そう言われたのは、初めてです」
「……はじ、」
「あ、で、でも、僕遊び方わかりません。どうしたらいいでしょう」
子供らしくない、少し憂いを帯びていた表情が、微笑みに変わる。その笑顔に戸惑ったのはアクエリアだ。そんな感想と共にそんな笑みが見られるとは思わなかった。
子供の相手だと言われて受けた仕事だったが、子供らしくない面ばかり見せられている。初撃を食らったアルギンも、きっと同じことを思っているだろう。
戸惑いを隠しきれないアクエリアが、ポーカーフェイスに努めながら頭を掻いて、次に言うべき言葉を探していた。
「……明日、シスター辺りに遊び方でも聞いてみましょうか」
探した結果、アクエリアには最早そう言うしか脳内選択肢になかった。
アクエリアも、改めて考えると子どもの遊び方なんて何も知らない。アルギンの子供のあの双子は中庭の遊具でお茶を濁したが。
……少しは保育でも勉強した方がいいのか。アクエリアはそんな血迷った事さえ考え始めていた。
遊具。
シーソー。
ブランコ。
滑り台。
鬼事。
隠れ鬼。
追いかけ鬼。
色々な遊びをシスターは並べてきた、それはどれもスカイの年齢には釣り合わないはずだった。
しかしそのどれもを、スカイは好んだ。
「おにーちゃん、次鬼ー!!」
そう言って笑いながら駆けていくのはアルギンの双子の片割れ、ウィスタリアだ。
そのウィスタリアに、満面の笑みを見せて手を振っているのはスカイ。既に今日は、昨日を上回る表情の変化にアクエリアが戸惑っていた。
「……スカイ、楽しそうで何よりです」
アクエリアが何気なく言った一言だったが、スカイは突然肩を揺らして驚いていた。いや、恐怖していた。
「す、すみません! ごめんなさい!!」
「……。」
その言葉で、アクエリアはこれまでスカイがどんな生を送っていたか垣間見れた気がした。
抑圧されていたのだろう。そして、それに反抗心が出ないほどに根から『教育』されている。青い顔をしたスカイに、アクエリアが首を振る。
「スカイが楽しまないと、俺が困るんですよ」
「………え、あ、あの」
「楽しいなら良いんです。目いっぱい楽しんでおいでなさい、そして疲れて笑顔で眠りなさい。俺は危なくないなら止めませんから」
まだ戸惑ったままのスカイだったが、向こうから聞こえた双子や他の子供たちの声に、戸惑いながらも駆けていく。駆けて行った先で、楽しそうな子供たちとスカイの声が聞こえてきた。
アクエリアは無言で聖職者の服のまま、その子供たちの姿を見守る。暫くすると、その隣にシスターが並んできた。
「……お疲れ様です」
「……あー、はい」
顔を見ることもなく、言葉に気のない返事をする。
「本当にお疲れのようですね、アクエリア様。一度酒場にお帰りになられますか?」
「……酒場……あー、着替えは必要ですねぇ……。流石にずっと聖職服ってのは気が滅入りますから」
「ですがお似合いですよ。どうです、アクエリア様も神の教えを説く側に回りませんか?」
「……生憎ですが、俺は欲望まみれですのでそんな勧誘は結構です……よ………って」
そこで漸くシスターの方を向いた。
長い金髪を頭の上部で一纏めにした髪。人の好さそうな笑顔を浮かべた胡散臭い顔。シスター服を纏った細い身体。黙っていれば美人と言われるアルギンと、どこか同じ雰囲気のその表情。
「……貴女でしたか………」
シスター・ミュゼだ。
「ちょっとこっち寄る用事が出来てなぁ。そしたらマスターからアクエリアんトコついでに寄ってくれって頼まれたんだよ。マジで疲れてんな」
先ほどまでの口調は何処へやら。笑顔も掻き消え、何やら荷物の入った袋を押し付けられる。
「……なんですか、コレ」
「マスターから預かってきた。着替えその他諸々が入ってるらしい」
「あの人、俺の部屋に勝手に入ったんですか!?」
「さあ。そこまでは聞いてねぇしワタクシ興味ねぇっす。文句あんならあの人に直接言ってくれると私はとってもとっても有難い」
適当な返しに、半ば脱力しながら荷物を受け取るアクエリア。見られて困るものは見える範囲に置いてはない筈だが、着替えを勝手に漁られているのだ、どこを見られたか分かったもんじゃない。そんな力の抜けたアクエリアの様子に、ミュゼが笑いながら何かを差し出す。
「まーまー、一服どうよ」
煙草だった。茶色の紙で巻いてある煙草が入った小さな箱。アクエリアはそれをじっと見て、それからミュゼとそれを見比べるように視線を動かす。
「……ミュゼさん、喫煙者だったんですか」
「私は神の与え賜うた世界の全てを愛しています。それが煙草だろうと酒だろうと、神が生み出した奇跡の全てをありがたく頂戴します」
「都合のいいことばかり言って」
アクエリアが、その煙草に手を触れた。しかし、その煙草を押し戻すようにして、手に持つようなことはしなかった。
「……シスター、この施設は禁煙ですよ」
眉間に皺を寄せて多少我慢した様子のアクエリアだが、その姿にミュゼが目を丸くした。
「……吸わないの?」
「吸いませんよ。一応俺は仕事でこの格好をしてる。貴女もシスターなら聖職者らしく振舞ってくださいよ」
確かにアクエリアは聖職服を着ているのだが、その言葉が心から意外そうな表情のミュゼ。ミュゼの中では躊躇わず煙草を吸うアクエリアの姿が浮かんでいたのだろう。戸惑うように煙草の箱をしまいながら、まだ眉間の皺が取れないアクエリアを見た。
「……アクエリアにそんな事言われるなんて思ってなかったなぁ」
「……どういう意味です、それ」
「いーや、何でもない」
ミュゼが一歩を踏み出す。
「ま、あんまり無理すんなよ」
「……無理はしていません。させられてるんです」
「本当、そのうちどこでも構わず煙草吸うようになっちまうぞ?」
踏み出した先で、ミュゼが振り返った。
「これは、預言だぜ」
その顔に浮かべた笑みは、アクエリアの中でアルギンのそれと被った気がして息を飲んだ。どこか似ていると思わせられるのは、二人ともが混じりのエルフだからかも知れない。
そんな頭の中の考えを振り払うように、ミュゼに向かって手で追い払う仕草をした。憤慨したミュゼが眉を顰める。
「そんなことするなら、もう荷物も持って来ねぇし話し相手にもなってやんねぇ」
「勘弁してください、俺は疲れてるんです。労わられるならまだしも、茶々を入れられるのは止めて欲しい」
「そーかよ」
若干怒った様子の、けれど半分は怒った振りだけのミュゼが歩いて帰っていく。もうアクエリアを振り返って見たりはしない。
アクエリアは、ミュゼに妙に懐かれてしまっている気がしていた。ここまでミュゼが話しかけるのはアクエリアと女性陣しかいなかった。今では酒場の面子に慣れたミュゼも、本当は心細いのかも知れない。『アルセン出身』と言っていた彼女だが、その素性は未だ不明のまま。記憶混濁を疑われているが、彼女はそれ以上を誰にも語らなかった。
「……煙草、貰っておけば良かったですかね」
誰ともなく呟いたアクエリア。
あの時煙草を吸っていたら、もう少しミュゼは側にいて、もう少し話が出来ていたのかも知れない。
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