第6話 受付のおじさん、現る

 頭をきつく締め付けられている感触に意識が戻ってくる。


 薄く目を開いたら、一面群青色だった。眼前の大きな二つの膨らみは……先ほどの女性、デネブの胸に違いない。


 彼女が俺の頭を抱えるようにして何か処置をしてくれている。



「あ。アル!大丈夫?」


「あ、ああ」



 デネブの豊満な胸から慌てて目を逸らす。


 後頭部の、先ほど血がついたあたりに手をやると、布が何重にも巻かれている感触があった。



「本当に大丈夫?一応、傷口を小さくする魔法をかけて止血したし、包帯も巻いたけど、一度ちゃんとお医者様に診てもらった方がいいかも」



 目に涙を浮かべたデネブの言葉に俺は曖昧に頷いた。



 魔法って何だ?


 これは夢の世界じゃなかったのか?


 だとすれば、一体ここはどこなんだ。



 眼前の出来事が理解できなくて俺は混乱する。


 確か、……恵里と瞬一に呼ばれ、……琴美が待つプラネタリウムに行き、そこで星空を見ているうちに眠ってしまって……。


 それがどうしてこんなところに。



 デネブの向こうには見たこともない緑の平原が広がっている。


 遠くにはこんもりとした森があり、広くなだらかに流れる川がある。


 明らかに俺や琴美や瞬一が住んでいる山間の田舎町ではない。


 そして背後には煉瓦のようなものが積み上げられてできた高い壁。


 その奥には田舎町の小さな天守閣とは似ても似つかぬ、世界遺産にも登録されていそうな欧風のいかめしい古城があった。



「城の中が騒がしい。ヴェガ王女が魔族にさらわれたってもっぱらの噂だ」


「それ、あたしも聞いた。本当なの?アンタレス」


「どうやら本当ら……」



 俺の横で胡坐をかいて座っていた瞬一が急に立ち上がる。

「ポラリス陛下!」



 瞬一の視線を追いかけて、顔を向けると、そこには威風堂々と重厚な紫色のマントを靡かせ馬に跨る初老の男性がいた。


 額を覆う白銀色の冠のようなものは眩く輝くものではないが、時代の積み重ねを感じさせる気品のあるものだ。


 背後には鉄の鎧をまとった騎馬隊と平服の従者を引き連れている。



「あれ?受付のおじさん?」



 俺は指で目を擦ってもう一度馬上の人を見た。


 やはり、プラネタリウムの受付のおじさんだ。


 おじさんが言っていた面白い趣向ってもしかしてこのコスプレのこと?


 だとしたら、趣向の域を超えていると思うけれど。

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