第19話 ヘカトンケイル

 ハッとデネブが体を起こす。



 アンサーがガウガウと吠え始める。



 ズシーン。

 ズシーン。



 遠くから地響きが聞こえてきて俺たちは顔を見合わせ「また?」とうんざりした声を出した。


 この音はキュクロプスの巨体が歩いている時と同じものだ。



「逃げようよ」



 デネブが眉を八の字にして「あんなの、もうこりごり」と逃亡を主張する。



 しかし、アンタレスは目に険しさを漂わせ、「いや。やる。ここで逃げても、どうせいつかは戦わなきゃいけない」と立ち上がった。



「そんなこと言って、またあたしに魔法をかけさせるつもりなんでしょ?」


「当たり前だ。他に戦いようがあるか」


「駄目だわ、こいつ。頭おかしい」


 デネブは吐き捨てるように言って、俺を見た。

「アル。逃げよ。こんな戦闘馬鹿は放っといて」



「そうしたいところだけど、もう無理みたいだよ、デネブ」



 アンサーの吠え方が激しくなる。



 デネブが振り向いた先には巨人が一体。


 明らかにこちらをロックオンしてまっしぐらに駆けてくる。


 恐るべき視力だ。



 デネブは盛大なため息をついた。



「一体だ。やれるぞ」


 アンタレスがデネブの肩を励ますように叩く。

「またメロメロにしてやれよ」



「はいはい。分かりましたよ」



 デネブは「壊されないように」とテント、テーブル、椅子を豆に戻して雑嚢に回収した。



 アンサーが元気いっぱいに巨人に向かって駆け出す。


 しかし、近づいてきた巨人があまりに想像とかけ離れていたのか、不安そうにこちらを見る。



「あれ?一つ目じゃないな」



 アンタレスが首を傾げて言うが、目が一つとか二つとかの問題ではない。



 やってきた巨人はキュクロプスと同じぐらいの大きさだが、顔が幾つもあり、手も一、二、三……十本も生えている。


 その手にはそれぞれ棍棒もあれば、巨石もある。



「キュクロプスじゃなくてヘカトンケイルじゃん。顔が五つもあるわよ。死角がないから近づけないわ!」



 ヘカトンケイルは走りながら巨石を投げてきた。


 まだ距離はあると思っていたが、ヘカトンケイルには射程距離なのか。



「飛べ!」



 俺は声を限りに叫んで真横に飛んだ。



 近くで巨石が墜ち、腹這いになった自分の体が振動で揺さぶられるのを感じた。


 背中に土塊や石が飛んでくる。


 少し顔を起こすと世界はもうもうとした土煙に包まれていた。



「だ、大丈夫か?」



 俺は自分の状態も分からない中で、「アンタレス!デネブ!」と闇雲に叫んだ。


 二人の姿は土煙のせいで見えない。


 俺は……取りあえず特に痛いところも、動かないところもない。


 周囲を警戒しながら体を起こし、足下に転がっているアスカロンを拾う。



「俺は大丈夫だ」



 視界が晴れ、アンタレスはきびきびと立ち上がり、体の土埃を払ってヘカトンケイルに向き直ったのが見える。


 彼はゆっくりフルンティングを抜いて足場を固めた。



「あたしもなんとか」


 デネブは体を起こし、キョロキョロと左右を見渡した。

「アンサー!」



 デネブは瞠目して四つん這いのまま移動する。


 その先には倒れたまま動かないアンサーがいた。



「アンサー?アンサー!」



 デネブが抱きかかえて呼びかけてもアンサーはぐったりとしていて目を開かない。


 デネブが耳をアンサーの口元に近づけ、そして肩の力を抜く。

「良かった。息はしてる」



 アンサーの体を点検し「傷もなさそう」と呟いた。



「脳震盪でも起こしたんだろうな」



 俺がアンサーの様子を見ようとすると、「おい!今はヘカトンケイルだ!」とアンタレスの叫び声が俺の頬を打つ。



 確かにそうだ。


 ヘカトンケイルはどんどん近づいてくる。



「どうする。アル」


「この体格差は圧倒的に不利だな」


 そう言ったときに、俺は一つの案に辿り着いた。

「デネブ。俺に魔法をかけてくれ」



「何の魔法よ」


「サイズだよ。俺をあいつぐらいに大きくしてくれ」


「なるほど。あいつを縮めることができなきゃ、こっちが大きくなるってことね」



 デネブはペンダントを握りその石に意識を集中するように目を閉じた。


 そして手を俺の方に開き、何かをぶつぶつと呟いてカッと目を見開くと俺の体が見る見る巨大化した。



「アル。石だ!」



 アンタレスが叫ぶや否や、俺はヘカトンケイルの方を向き、飛んできた石を片手でキャッチした。


 今度はその巨石を思い切り投げ返したが、ヘカトンケイルが棍棒で殴りつけ、巨石は粉砕された。

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