第18話 どんな精だった?
「魔液で魔族には見つからないんじゃなかったの?」
俺は不満混じりにデネブに訊ねる。
「それは夜のある程度暗い時間帯の話よ。こんなに明るいんだから、においが分からなくても目が見えれば見つかるに決まってるじゃない」
なるほど。
そりゃそうだ。
「さっき、キュクロプスが気持ち悪いぐらいデネブに懐いてなかった?あれも魔法?」
「そうよ。スイートキッスって魔法。かかればあたしのことが好きで、好きで仕方なくなるの」
「へぇ。魔法って便利だな」
「だけど」
アンタレスがぐったりと椅子に凭れる。
「キュクロプスが相手では、さすがに朝飯前とは言えないな」
「まぁな」
俺たちはまだ朝ごはんを食べていなかったが、疲れて腹も減っていなかった。
昨日夕飯を食べたテーブルに突っ伏したまま誰も立ち上がろうとはしない。
アンサーが空腹を訴えるようにデネブの足下で「クーン」と泣く。
デネブは少し体を起こし「ごめんね、アンサー。これでも食べて」と億劫そうに雑嚢から豆を取り出し、魔法をかけて大きくした。
どうやらそれは何かの干し肉だったようで、アンサーは猛然とそれにむしゃぶりついた。
デネブの顔色はまだ青ざめていた。
「あたし、朝は苦手なのよ。それなのに朝っぱらからアンタレスに叩き起こされるし、キュクロプスとは戦わなきゃいけないし、魔法を使って消耗するし。もう最悪」
デネブは「はぁー」と盛大な吐息を漏らし、もう一度テーブルに突っ伏した。
とても「早く朝ごはん作ってくれよ」とは言えない。
「何で、デネブを叩き起こしたんだ?」
アンタレスに訊くと、アンタレスは椅子の背もたれに体を委ね、「昨夜、こいつが俺に魔法をかけて眠らせたからだよ」と言った。
「ああ。そういうこと」
デネブはガバッと身を起こし「いいでしょ。結局、何もなかったんだから」と怒った口調で言い放って、またテーブルに伏せた。
「何もなくて良かったよ。俺は近衛隊隊長の息子として、王と王女のためにアルを守らなくちゃいけない使命がある」
冗談かと思ったがアンタレスはいたって真面目な顔をしているので、俺はさすがに呆れて言葉が出てこなかった。
デネブは顔を伏せたまま、俺の気持ちを代弁するように「大げさな奴」と言った。
「それにしても、アスカロンの切れ味はすごいな」
アンタレスに言われて、そう言えば、と思い出した。
「あまりに手応えがないのにスパッと切れてるから、俺もびっくりだよ」
「アスカロンの精に認めてもらったってことだな」
「そういうことなのかなぁ」
俺はアスカロンを鞘から抜いて太陽の光にかざしてみた。
キュクロプスの巨体を斬っても刃こぼれ一つしておらず、凛とした光沢が眩しい。
「どんな精だった?」
「どんなって言われても……」
妙に色っぽくて、高飛車で、だけどどこか甘えん坊で。
その時テーブルと椅子が揺れた気がした。
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