第20話 宝剣には魔法が効かない
俺はヘカトンケイルと五歩程度の距離を保って向かい合った。
俺はアスカロンを両手に持って正眼に構えようとした。
が、左手で握ろうとしたアスカロンの柄がない。
手元を見ると、アスカロンは小さいままで、巨大化した俺の手の中ではまるで黒ひげ危機一髪のおもちゃのナイフのようだ。
「デネブ!アスカロンだけ大きくなってないぞ」
武器がなければ戦えない。
柔道か空手の経験でもあれば良かったが、素手では戦い方が分からない。
そもそも格闘技の素養があったとしても、手が十本もある相手と戦うのは圧倒的に不利だ。
「ごめん。あたしの魔法はまだアスカロンの力を制御するほどの実力がなかったみたい」
「アスカロンには魔法が効いてないってことか」
「そういうことになるわね」
俺は手の中の小さなアスカロンに焦りが募った。
どうすればいい?
「俺にも、だ」
言われてデネブは「簡単に言わないでくれる?これ、すごく疲れるんだから」と文句たらたらだが、アンタレスも巨大化させた。
しかし、案の定アンタレスの手にあるフルンティングも大きくなっていない。
「やっぱ、だめか」
「仕方ないでしょ。宝剣には強力な精が宿ってるんだもん。二対一になったんだから十分戦えるでしょ!」
デネブはそう言うが、ヘカトンケイルには顔が五つ、手が十本あり、一体で五人分だ。
俺とアンタレスで挟み込んだが、有利になった感じは全くしない。
しかし、ヘカトンケイルも巨大化した二人を腹背にして闇雲に動こうとはしない。
キュクロプスより知力を感じる。
「デネブ。雑嚢の剣を」
「アルまで人遣い荒いわね」
デネブは文句を言いながらも雑嚢からノーマルの剣を取り出し地面に置いて巨大化させた。
俺は素早く片手でその剣を拾い上げ、「行くぞ」とヘカトンケイルに挑みかかった。
俺の剣をヘカトンケイルは二本の手に持った棍棒で防ぎ、もう二本の腕で左右から俺の腹を殴ろうとしてくる。
すんでのところで避けてもう一度斬りかかるが、同じことの繰り返しだ。
その間、アンタレスは短いフルンティングを手に懐へ飛び込もうとするが、棍棒を振り回されて近づけないでいる。
さらに巨石を投げつけられ、アンタレスは「うわっ」と反射的に尻もちをついて避けた。
好機と見たのかヘカトンケイルはアンタレスに棍棒を振りかざして襲い掛かった。
そのためヘカトンケイルの上体が反った。
足元に隙が生まれている。
俺は懸命に足を踏み込み、ヘカトンケイルの膝元に潜り込むようにして足を薙ぎ払った。
俺の剣は巨人の右膝に食い込んだが、次の瞬間剣先が枯れ枝のように折れて弾け飛んだ。
緑の魔液が少し飛び散ったが、決定打にはなっていない。
ここを逃してはいけないと思った俺は折れた剣を放り捨て、おもちゃのような大きさのアスカロンを前方に押し出してさらに踏み込んだ。
と、その時、背筋が急に寒くなった。
小さなアスカロンでもその切れ味は抜群で突き刺したヘカトンケイルの膝に風穴ができたが、ハッと見上げると一つの顔が何やら呟いている。
そして十本の手のうちの一つが何か小さなものを握っているのが見えた。
その姿はデネブが魔法を使う時と同じだ。
ヘカトンケイルの振り上げた一本の手から急に炎が噴き上がる。
それが俺に向かって投げつけられようとしている。
俺は魔法の力で生まれた火炎が自分のがら空きの脇腹に襲い掛かる様子が簡単に想像できた。
やられる、と思ったが、俺の体は伸びきっていて避けようがない。
「ハァッ」
デネブの気合いが辺りに響いてヘカトンケイルの巨大な炎が立ち消え、その手は風を巻き起こして俺の髪を靡かせただけで終わった。
ヘカトンケイルは右足が使えず体勢を崩す。
危機から脱した俺はヘカトンケイルの足下から飛び上がり、半ばでたらめにアスカロンを舞わせた。
まるでアスカロンが自分の意思で勝手に動いているようでもあった。
やがてヘカトンケイルの巨体は至る所から緑の液体を噴出させ、地面にくずおれた。
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