第16話 一つ目の巨人

「アル!アル!」



 テントの外からアンタレスの叫び声が聞こえる。



 俺は寝ぼけ眼を擦りながら「何?どした?」とテントの外に返事した。


 テントの外はすっかり明るくなっている。


 こちらの世界も太陽のように光り輝き、およそ一日の半分の時間、地上を明るく照らす恒星は一つだ。


 従って、もう朝なのだ。


 もしかしたら昼になっているかもしれない。



「入るぞ」


「どうぞ」



 返事をするや否やアンタレスはテントの中に入ってきた。


 そして辺りを見回し、「デネブはいないな?」と訊ねてくる。



「いないよ。いるわけないだろ」


「そうか。なら、いいんだ」



 アンタレスはほっとしたような表情でそそくさと出て行った。


 しかし、また、すぐ戻ってきて妙に厳めしい顔を見せる。

「気をつけろよ、アル。デネブはお前のことを狙ってるんだ。デネブと何かあったら、お前はヴェガ様を、ひいてはポラリス陛下を裏切ることになるんだぞ。そこんところをしっかりわきまえて行動しろよ。絶対にデネブに隙を見せるな」



「お、おう」



 勢いに押されて返事するとアンタレスは満足そうに頷いて姿を消した。



「何なんだ。あいつ」



 独り言を言いながら立ち上がると、足が何かにぶつかった。


 ぶつかったのはアスカロンだった。



 そう言えば、昨日はアスカロンの精に「ギリギリ合格」をもらい、撫でながら寝たんだった。



 俺はアスカロンを手に取った。


 あれは夢か現か。


 夢でなければアスカロンは鞘から抜けるはずだ。


 俺は左手で鞘を、右手で柄を持ち徐々に手に力を込めた。


 果たして、剣はするりと抵抗なく鞘から抜け、細身のロングソードが姿を現した。


 銀色に眩く輝く刀身は錆どころか、くすみ一つ浮かんでいない。



「おおっ」



 やっぱりあれは夢ではなかったのだ。


 アスカロンには精が宿っている。


 俺は座ったまま剣を振り被り正中線上を振り下ろした。


 軽い。


 さすがに竹刀よりは重いが、少ししなる感覚があるのは竹刀に似ている。


 空気を切る音が、昨日使ったノーマルの剣よりもはるかに鋭い。



「アル!来て!」



 テントの向こうからデネブの悲鳴のような叫び声が聞こえる。


 ただ事ではない雰囲気だ。


 俺は抜身のアスカロンを手にしたままテントを飛び出した。



 テントを出たら大きな目がそこにあった。



 一つ目の巨人が二体、俺を見下ろしているのだ。



 俺は腰が抜けそうになるぐらいに驚いた。


 どちらの巨人も身長は十メートルほどあるだろうか。


 ほぼ全裸に近い体は筋肉隆々で、それぞれ右手には大きな棍棒を持っている。


 あれに殴られたらひとたまりもないだろう。



「アル!あのキュクロプスに勝てる?」



 デネブは竈の近くで剣を握り臨戦態勢に入っているアンタレスの背後に隠れていた。



 俺はムリムリと首を横に振った。


 あの巨人から見れば俺たちなんていくら剣を振りかざしてもザリガニみたいなものだ。


 戦うなんてできるはずがない。



 アンサーは勇敢にも二体のキュクロプスに向かってガウッガウッと吠えたてているが、巨人の耳には届いていないのか全く相手にされていない。



 巨人はどうも仲違いをしているようだった。


 何のいさかいかは定かではないが、どうやらどっちが俺たちを食べるか言い争っているように見える。



 すかさず俺はテントの影に隠れた。


 今のうちに遠くへ逃げるのが一番ではないだろうか。


 川に飛び込み、流れに乗って懸命に泳げば逃げ切れるかもしれない。



「デネブ。魔法だ!」



 アンタレスは剣を構えたまま背後のデネブに向かって叫んだ。



「はぁ?何の魔法よ?」


「サイズだ。あいつらを小さくしてくれ」


「無理よ。魔法をかけるには相当近づかないといけないのよ」



 できるわけないじゃない、とデネブは怖がったが、俺はそれしか手はないと思った。



「デネブ!やってくれ。俺たちがあいつらの注意をひきつける!」



 そう言って俺はテントから躍り出た。

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