第15話 剣の精

「ア、ア、アンタレスは?」


「心配ないわ」



 デネブはペンダントの赤い石を握りながら笑った。

「ぐっすり眠らせてあるから」



 眠らせてある?


 眠っているじゃなくて?


 アンタレスに何かしたな。


 しかもそのペンダントを握るのは魔法を使う時じゃないのか。


 俺に何か魔法をかけようとしているのか。



「失せろ。尻軽女」



 不意に若いが棘のある、デネブとは別の女性の声がテントに響いた気がした。



 え?



 俺とデネブは一瞬見つめ合った後、辺りをキョロキョロ見回した。


 と言ってもテントの中なのですぐに見終わってしまう。



「目障りだ。出て行け」



 また同じ声が聞こえた。


 俺とデネブは声がした方を向いた。


 そこには宝剣アスカロンが横たわっている。


 そのアスカロンの上にぼんやりとだが何かが浮かび上がってくるのが見えた。



 デネブが小さく舌打ちしたのが聞こえた。



「仕方ないわ。今日は帰るね、アル」



 デネブの声に先ほどまでの潤みは一切なくなっている。


 甘い雰囲気もたちどころに霧散した。


 能面のように表情を消して、デネブはそそくさとテントから出て行った。



 何だ?


 一体何が起きているんだ?



 アスカロンの上にはいつの間にか女性の座っている姿があった。


 金色の長い髪が真っ直ぐ胸のあたりまで下りている。


 その胸はブラジャーのようなもので覆われているだけで肩も腹も白い陶器のような滑らかな素肌が見えている。


 腰回りは短いスカートを身に着けていて、そこからまた生の美脚がすらりと伸びている。


 彼女は胸に垂れた髪を手で背中に押しやり、射抜くような流し目で「抜きたいか?」と言った。



「はい?」



 登場していきなり下ネタ?



「だから、剣を抜きたいのかと訊いているのだ」



 ああ、そういうことか。



「はい。抜きたいです」



 そう答えたものの、彼女の露出度の高い格好に目のやり場に困りすぐ俯いてしまう。

「あのぉ、どちら様ですか?」



「我が名はアスカロン。剣の精である」



 剣の精?


 この世にそんなものがあるのか?


 しかし、ここは俺の知っている「この世」とは言えないか。


 この女性はまさにアスカロンの上に浮かび上がって現れた。


 いかにも精という存在らしい出現の仕方だ。



 不意にアンタレスの言葉が思い出される。


 アンタレスは、アスカロンに訊いてみろ、と言っていた。



「どうして今日僕は抜けなかったのですか?」


「まずはお前の腕前を確かめたかったからだ。初めて会ったその日に簡単に体を許すような真似をするわけないだろう」


「体を許す?」



 そういう発想になる?


 そもそも剣なんだから鞘に収まっていては意味がないじゃないか。



「お前なぁ。鞘から出たら私は裸なんだぞ。下手な奴に裸の私を扱われてたまるか」


「すいません」



 剣の身になったらそういうものかもしれない。

「で、結果はどうだったでしょうか?」



「まあ、ギリギリ合格というところだな。お前、最近、日ごろの鍛錬を怠っているだろ。もっと精進しろ」


「はい。すいません」



 さすがは剣の精だ。


 ここのところ竹刀を握っていなかったことがばれている。



「それから、夜は女を近づけるな。寝るときは私を抱き、優しく撫でながら寝るように。分かったか」


「はい。分かりました」



 返事をすると精はスッと消えた。



 俺は恐る恐るアスカロンの隣に身を横たえ、半信半疑ながらも言われた通りその柄や鍔や鞘をゆっくり撫でまわしながら眠った。

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