第14話 夜のテントにて

 野宿は想像以上に快適だった。


 デネブの魔法で温かい食事はとれたし、風呂にも入ることができた。


 コップに汲んだ川の水を温度系の魔法で温め、サイズ系の魔法でコップごと大きくすれば立派な露天風呂の出来上がりだ。



 湯に浸かりながら見上げる夜空は美しかった。


 星の数は俺の田舎町も負けてはいないが、月ぐらいの大きさの星が五つも現れたのには驚いた。


 流れ星がそこかしこを走り、赤や青や緑のオーロラのような淡い光の帯が上空から垂れこめる。


 そして美しいのは空だけではなかった。


 川底にはビー玉ぐらいの大きさの青い光が幾つも輝いて水を滲ませ、幻想的な雰囲気を醸し出した。


 苔の一種だということだが、これを見られただけでもこの世界にきてよかったと思うほど美しかった。



「アル。入ってもいい?」



 テントの中でまどろみかけていたら、すぐ外からデネブの押し殺したような声にならない声がした。


 慌てて上体を起こし、「え?どうしたの?」と小声で問い返す。



 同じパーティーの一員とは言え男と女だ。


 夜中にテントという狭い空間に二人きりというのは問題があるのではないか。


 それとも、こちらの世界では異性との距離感について俺の感覚は非常識なのだろうか。



 俺の問いかけを無視してテントの入り口を開き蝋燭の灯りと共に現れたデネブは昼間とは違う淡いベージュのローブ姿だった。


 やはり胸には赤い宝石のペンダント。


 どうやらデネブにとってこのペンダントはなくてはならない大事なもののようだ。



「毛布、持ってきたの。テントだとどうしても夜中は寒いから」



 なるほど。


 これはデネブの気遣い、優しさなのだろう。


 変な勘繰りをしてしまっていたことに恥ずかしくなる。



「ありがとう。助かる」



 俺が笑顔で手を伸ばすと、デネブは毛布を俺に手渡しつつ、そのまま自然にテントの中に入ってきた。



 デネブが座ると急にテントの中が窮屈な感じがしてきた。


 温度も少し上がったような気がする。



 今日という長い一日を乗り越えて、デネブとは気心の知れた安心できる仲間のように思えている。


 しかし、こうして限られた空間に二人きりで向かい合うと、やはり落ち着かない気分になる。


 デネブの方はいたって平然としているが。



「疲れてない?」



 デネブが自分と俺の間に手を置いて少し体をこちらにずらした。



 近い。


 デネブの顔がすぐそこにある。


 俺は思わず腰を引いた。



「ま、ま、ま……」



 慌てた俺は言葉が渋滞してしまう。



「ん?ま、がどうしたの?」



 デネブの声が耳にこそばゆく甘く潤んで聞こえる。



「魔族ってさ、俺たちがテントにいる間、襲ってこないとも限らないよね。俺、見張りしてようかな」



 立ち上がろうとする俺の手首をデネブが引く。



「大丈夫よ。ケルベロスを倒した後で魔液を集めてたでしょ。糊を水に溶かしたものにあれを混ぜてテントの周辺にまいてあるの。それで、魔族はテントの中のあたしたちのにおいには気付かないわ」


「そうなんだ。そのためにあの緑色の魔液ってのを集めてたんだね」


「そうよ」



 デネブの顔がさらに近づいてきている気がする。


 俺の左手首はデネブの右手に掴まれたままだ。



「デネブ?」


「アル。あたし、アルって呼んでていい?それともワシオユーヤの方がいいの?」


「ど、どっちでもいいよ」


「じゃあ、アル。あたし、アルのワシオユーヤの話をもっと聞きたいの。アルはチキューでは彼女はいたの?」


「彼女?」



 デネブの唇がいつの間にかすぐそばにある。


 このままでは唇と唇が重なるのは時間の問題に思える。



「そう。彼女」


「いた、かな。うん。いたな。だから、ちょっと……」



 デネブと距離を取ろうにも、しっかり腕を掴まれていて身動きが取れない。


 そして逃れられない雰囲気もある。


 デネブの全身から甘い良いにおいが漂ってきて、ずっとそばにいたい気持ちになるのだ。



「彼女とはどういうことするの?」



 デネブが上目遣いで声を潤ませて訊ねてくる。



 その仕種に俺はますます困惑する。


 デネブが可愛く見えて仕方がない。


 これも魔法なのか?



「え?どういうことって?」


「彼女と会えないと寂しいでしょ?だから、今日はあたしがアルの彼女の代わりをしてあげたいなって。彼女にしてもらうと嬉しいことある?教えてくれたら、あたしがしてあげる」



 いつの間にか俺は横倒しにされていて、デネブが俺の体の上に上体を預けてきている。


 豊かな胸が二の腕に押し付けられていて得も言われぬ快感に気が遠くなりそうだ。

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