異世界へ
第4話 えっと……、どちら様?
誰かに激しく揺り動かされる。
「アル?アル!お願い。起きて!目を覚ましてっ!」
若い女性の金切り声が耳のすぐそばから聞こえてくる気がする。
どうしたんだろう、一体。
恋人が交通事故にでも遭ったのだろうか。
「アル!アル!アルぅ。アル……」
女性の声には次第に涙が滲んでいった。
可愛そうに。
恋人は死んじゃったのだろうか。
救急車は呼んだのかな。
アルっていうのが名前だとすると、彼氏は日本の人じゃないのかもしれないな。
「アル!どうした、アル!」
今度は若い男の声だ。
この声、どこかで聞いたことがあるような。
それにしてもアルって人は何がどうなっちゃったんだろ。
そう思って、俺は重い瞼をグッと開いた。
すると、いきなり「アル!」と誰かに抱きつかれた。
顔に当たるこの柔らかい感触は……もしかして女性のあれ?
おっぱいってやつ?
何、この展開。
そして、右手の甲の生温かい湿った感触は何だ?
俺を抱きしめていた女性は体を離し、顔をまじまじと見つめてきて「ああ、良かった。死んじゃったかと思った」と言って、再び俺の首筋に抱きついてきた。
鼻先を漂う細く長い金色の髪の束から柑橘の甘い香りがする。
「アル。びっくりさせるなよ」
横たわる俺の顔を覗き込んでくるのは……。
「瞬一?」
俺の声が聞こえなかったのか、瞬一はきょとんとした顔で俺を見る。
「琴美は?」
「ん?こと、何?」
訝しげな表情の瞬一は鉄製の兜のようなものを小脇に抱え、その肩、胸、腹まわり、膝は革の鎧で覆われていた。
腰に帯びている長いものは明らかに剣だ。
長く黒い柄が印象的で、まるで映画のポスターの中からそのまま出てきたような物々しさだ。
何、その格好。
と思ったが、自分を見下ろして俺も胸から腹にかけて鉄製の鎧を着けており、帯剣していることに気付く。
俺に抱きついていた女性は鼻をすすりながら、身を起こした。
照れたように笑うその瞳はしっとり潤んでいる。
見たこともない女性だった。
年齢は俺と同じぐらいだろう。
頬が土で少し汚れているが、大きな目がくりくりとしている。
笑うと、頬に小さなくぼみができて、……かわいい。
フードがついた群青色のローブのようなものを身にまとい、首から胸に下げたペンダントには赤い宝石が輝いている。
こちらはロールプレイングゲームに出てくる魔法使いのようだ。
「アル。大丈夫?」
女性は思わず見とれてしまっている俺の顔を両手で挟み「アル?」と問いかけてくる。
ち、近い。
彼女の唇がわずか十数センチのところにある。
顔が赤らむのが自分でも分かる。
それにしてもアルって何だ?
人の名前か?
俺のことをアルと呼んでいるように思えてならないが、俺の名前は鷲尾有也。
アルではない。
そして、その前に確認しておかなくてはいけないことがある。
「えっと……。どちら様?」
え?
その女性は俺が発した疑問に絶句した様子だった。
「もしかして、あたしのこと?」
彼女は若干引きつった表情で自分の胸に手を当て、恐る恐るという感じで問い返してきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます