第44話 結末
圧倒的な存在感を誇る魔狼だったが、左足を少し引きずっている。
それを見て、その正体を確信した……シルヴィの変化した姿だ。
アイゼンの屋敷に留まっているという話だったが、多分心配になってこの街に来てしまったのだろう。
魔狼は、ためらうことなくヴェルサーガに襲いかかった。
その大きな顎で闇の妖魔に食らいつき、振り回し、上方に放り投げた。
ヴェルサーガの肉体は天井に激突し、そして落下して、床面に激しく叩きつけられた。
それで俺も、アイゼン、ソフィア、ミクも、全員動けるようになった。
ただ、魔狼の口元から、わずかながら出血が見られる……おそらく、ヴェルサーガの爪にやられたのだろう。
そしてこれだけ派手に攻撃を受けたにも関わらず、ヴェルサーガは立ち上がろうと上半身を起こした。
そこにアイゼンの、発動間近だった、丸太ほどもある巨大な氷柱が襲いかかる。
やや下方からすくい上げるようにヴェルサーガの体を貫き、持ち上げ、そのまま壁面に串刺しにした。
さらにソフィアが、ヴァンパイアロードの頭部、首、両腕、両足に、それぞれ一本ずつ正確に矢を放ち、射抜き、壁面に縫い付けた。
さすがのヴェルサーガも、意識朦朧となっているように見えた。
俺もせめてものサポートと、指向性の高いLEDフラッシュライトを最大光量に設定し、その不死の王に純白の光を浴びせ続けた。
それでも、まだヴェルサーガは蠢いている。
恐るべき生命力……いや、闇の力か。
ここで、ふと、全身に鳥肌が立つようなざわつきを感じた。
慌ててその気配を感じた、右斜め後方を見てみると、ミクが、とてつもなく高密度で、直径二メートルに及ぼうかという規模の雷球を練り上げてた。
ヴェルサーガが大ダメージを受けたことにより、あの闇の結界が消えていたのだ。
「そうだ、ミク……今こそ敵を討て!」
目を真っ赤にして涙を零し、怒りの形相を浮かべていたミクは、俺の言葉にうなずき、そして右手を差し出して、そのすべてを解き放った。
今までに体感した、どんな音響よりもすさまじい爆音と共に、強烈な紫電がほとばしり、ヴェルサーガの体を直撃した。
「グオバララァァァァァ――」
化け物とも、魔獣ともつかぬ断末魔の叫び声が響き、その体は炎に包まれ、蒸発し……そして何かがドサリと床に落ちた。
そこにあったのは、無残に焼け焦げた、小さな一匹のコウモリの死体だった。
アイゼンは、そのコウモリの死体を氷漬けにした。
あと数時間で夜が明ける。
その朝日に照らせば、ヴェルサーガは完全にこの世界から消滅するということだった。
ようやく、決着が付いた。
多少の負傷者はいるものの、全員、無事に生きている。
それだけで、我々の完全勝利だった。
ここで、魔狼が元の姿に戻った。
例によって、作業服がはじけ飛んだ後の、全裸の美少女が立っていた。
一瞬、その美しさに目を奪われたのだが、
「……あの、ショウさん……服を着るので、向こうを向いていてくださいね……」
と言われて我に返り、後ろを振り向いた。
と、そこにミクが駆け寄ってきて、俺に抱きついた。
「……ショウ……」
彼女は、俺の名前を短く一言だけ言って、泣き続けた。
自分が暴走してしまったために、アイゼンや仲間を危険に巻き込んでしまったこと。
そうなると分かっていたのに、皆が助けに来てくれたこと。
結果的に、仇討ちができたこと……。
いろんな感情が入り交じって、枷が外れてしまったのだろう。
なぜ、抱きついた相手が俺なのか、やはりさっぱり分からない。
しかし、悪い気分ではない。
俺も彼女の肩を軽く抱きしめて、気が済むまで泣かせてあげた――。
その後の処理は、アイゼンがすべて行ってくれた。
例のコウモリは、朝日を浴びてその肉体は完全に消滅し、後には、非常に高純度の真っ赤な魔石だけが残った。
後に、それは王宮魔術師団によって「ヴァンパイアロード」ヴェルサーガのもので間違いないと鑑定され、大賢者アイゼンの名声はますます高まることとなった。
また、そのヴェルサーガが住んでいた館は、この地方の領主の命によって、その日の日中に完全に焼き払われた。
もちろん、そこには領主と顔見知りだというアイゼンの働きかけがあったことは言うまでも無い。
すべてを見届けて、俺たちはアイゼンの館へと帰った。
シルヴィの口の怪我は軽傷で、アイゼンの治癒魔法によってすぐに治った。
ただ、足の怪我が悪化したので、またギプスを作り直し、数日はおとなしくするように言われていた。
ミクは、やはり暴走して皆を危険に巻き込んでしまったことを一番気にして謝っていたし、また、アイゼンに叱られもしていた。
けれど、それは俺が予言していたことであり、仕方の無いことだったのかもしれないと、なぜか俺が悪者扱い? され、ちょっと俺が拗ねると、皆笑っていた。
そう、みんな笑ったのだ……ミクを含めて。
とはいえ、ソフィアやシルヴィのように、満面の笑みというわけではなく、少し微笑む程度だが……それでもほぼ完全に感情を失っていた彼女に取っては、格段の進歩だった。
そして今回の一件で、俺は非常に貴重な動画を手に入れることができた。
回しっぱなしにしていたウェアブルカメラに録画されていた、ヴァンパイアロードと大賢者パーティーの決戦映像。
さすがにミクが拘束されているシーンを公開する気にはならなかったので、実際には彼女が拘束を解かれた後の場面以降だ。
いきなりヴァンパイアロードの頭が射貫かれるショッキングなシーンから映像はスタートする。
額に矢が刺さったまま笑みを浮かべて立ち上がる闇の妖魔。
大賢者の周囲がオレンジ色の光に包まれ、いくつもの鋭利な先端の氷柱が打ち出される。
それを躱し続けるヴァンパイアロード。
反撃とばかり放たれる黒い塊、それを避け続け、無効化するパーティーメンバー。
形勢不利な妖魔が、背中からコウモリのような羽を生やして空中に舞い上がる。
それをエルフが射貫き、落下する。
さらに追い打ちを掛け、勝敗は決したかと思われたところで、ヴァンパイアロードが奇妙な術を使う。
動きを封じられた大賢者、エルフ、魔法使いの少女。
さらに新たに出現した、手下のヴァンパイア。
絶体絶命のシーンで、巨大な魔狼が出現し、ヴァンパイアを弾き飛ばして形勢は再逆転。
丸太のような氷柱で壁に串刺しにされ、最後は魔法使いの少女による極大の稲妻を受け、黒焦げのコウモリとなって果てた闇の王――。
俺はそれを、「ヴァンパイアロードVS大賢者とその従者たち」というそのままのタイトルで動画サイトにアップした。
今までの動画で話題になっていたこともあり、公開と同時にすさまじい勢いで再生回数が上がっていく。
前回のスライムとの戦いなど問題にならないクオリティ、緊迫感、派手なバトル、完璧な逆転劇が話題を呼び、各テレビ局でも次々と放送、そして海外にもその映像は広まり、公開一週間経たないうちに、全世界での再生回数は一億回を突破した。
コメントには映像に対する絶賛と、撮影方法についての議論が多数書き込まれていた。
特に魔狼の正体が、あの美少女である獣人なのかどうかは論争が沸騰した。
また、このことに対して、某巨大掲示板に専用スレッドが立つほどの騒ぎとなり、ワイドショーなどでも世界的な熱狂が伝えられ、「ショウ」は一躍、時の人となった。
何度か、俺自身のテレビ出演のオファーも来たが、それはすべて断った。
だって、「どうやって撮影・作成したんですか」っていう質問されるのはわかりきっていたし、それに答えることもできないからだ。
「企業秘密です」の一点張りで逃げることも考えたが、下手に顔出しして目を付けられるのも嫌だった。
ともかく、その再生回数の多さと、「ショウ」名義の過去に出版した小説が注目を浴び、売り上げが伸び、再重版がかかり、実際に収入が入ってくるのはまだかなり先ではあるものの、金銭的にもかなり報われる結果となったのだった。
また、どういうわけか、白ネコのトゥエルは、姿を現さなくなった。
しかし、例のゲートは展開されたまま……ひょっとしたら、チュートリアル期間は終了した、ということなのかもしれない。
――あの激闘から、約二週間後の午後。
俺はアイゼンの館で、新しく持ち込んだモンブランケーキを披露していた。
この試食会に参加していたのは、俺のほかにソフィア、シルヴィ、ミク。
アイゼンは、なにやら重要な用ができたとのことで不在だった。
そこで話題に出たのは、このケーキがおいしいということのほかに、「俺の小説がこちらの世界の予言になっている」ということについてだった。
俺は、確かに似ている部分はあるけど、設定も大幅に異なるし、細部も全然違う展開になっていることも多いと告げたが、それでも、彼女達は今後自分たちがどうなるか知りたいと言って聞かなかった。
特に興味を示したのが、意外にもソフィアだった。
その理由というのが、
「シルヴィもミクも、ショウ殿の小説に似た展開に巻き込まれた。ならば、自分もそうなってしまうのではないか」
という、もっともな心配だった。
そこでまず、自分の小説がどういうものか、簡単に内容を告げた。
ヒロインは、全部で5人登場すること。3人は歳が近く、2人はかなり年下であること。
そのうち、4人は最初から比較的主人公と仲良くなるのだが、1人だけ、主人公に対してちょっと怒りっぽい女の子がいること。
「む……確かに、それは私に近い女性かもしれないな……その娘は、どんなトラブルに巻き込まれるんだ?」
ソフィアの目は真剣だ。
「えっと……ああ、その娘には大きなトラブルはないよ」
「……そ、そうなのか……それを聞いて安心した」
彼女はほっとため息をついた。
「えっと、ソフィアは、その、悩みとか無いのかい?」
最近は、彼女のことも呼び捨てにし、ため口で話をするようになっていた……彼女が、それを望んでいたからだ。
「……どうしてそんなことを聞くんだ?」
「小説の中でのトラブルは、深い悩みが原因で起こることが多かったから、一応聞いておこうと思って」
「……そういうことか……だったら、一応話しておくか……実は私は、純粋なエルフではない。正確には、ハーフエルフなんだ」
彼女は、真剣にそう打ち明けてくれた。
「え、そうなんだ……でも、なんでそれが悩みになるんだ?」
「……驚かないんだな。まあ、ショウ殿はこの世界の一般常識は持ち合わせていないから仕方ないかもしれないが……ハーフエルフは、人間にも、純粋なエルフにも疎まれる存在だからだ……まあ、私はアイゼン様直属の騎士と言うことで、誇りは持っているがな」
……なるほど、この館に住むものは皆、心に傷を負っていると聞いていたけど、ソフィアもそれで、過去に相当傷ついていたのかもしれないな……。
そこにシルヴィが割り込んできた。
「えっと、それで……その五人の女性達のうち、誰かと恋愛関係になったり……ひょっとして、結婚しちゃったりするんですか?」
耳をピコピコ、尻尾をフリフリ、目を輝かせて、彼女はそう質問してきた。
「ああ、俺の小説の中では、主人公は最終的に五人全員と結婚するんだ」
――俺の何気ない一言に、女性陣3人は、一瞬目が点になった。
「……ちょ、ちょっと待て! シルヴィやミクはともかく、なんで私まで結婚しないといけないんだ!」
ソフィアが真っ赤になって反論してきた。
「い、いや、あくまで空想の話で……それに、誰もソフィアがその一人だとは言ってないじゃないか」
「そうですよ、ソフィアさん。『ちょっと怒りっぽい女の子』っていうだけで……って今、ソフィアさん怒ってるみたいですけど……」
シルヴィに突っ込まれ、何も言い返せなくなるソフィア。
「……ショウの世界では、何人もの女の子と結婚できるの?」
ミクが素朴な疑問を聞いてきた。
「いや、今は男も女も、一対一でしか結婚できない。何百年も前の話で、それもよっぽどお金か権力がある人の場合の話だよ……ちなみに、この国ではどうなんだ?」
「この国も、基本的には一対一ですが、今言われたようによっぽどお金か権力がある人の場合は、何人もお嫁さんにできますよ……偉大な予言者で、平行世界の語り部であるショウさんなら、それは可能だと思いますよ! 私、立候補します!」
シルヴィが、いきなり爆弾発言をしてきた。
「……私も、ショウとなら……」
ミクまで、そんなことを言い出す……それも、顔を赤らめながらなのだから、ちょっとこっちがドギマギしてしまう。
「くっ……そ、そもそも、その小説と私たちが一緒とは限らないだろう……そういえば、その、年下の二人っていうのはどういう娘なんだ?」
ソフィアがちょっと焦るようにそう聞いてきた。
「ああ、その子達は双子で、今話題に出てた、ちょっと怒りっぽい娘の、実の妹たちだよ」
俺の一言に、ソフィアはふっと笑みを浮かべた。
「……やっぱり、それは空想の産物だな……少なくとも、私と同一人物じゃない。私には妹などいない。ましてや、双子などあり得ないからな」
大分、余裕が出てきたみたいだ。
と、ちょうどそのとき、食堂の扉を開けて、アイゼンが入ってきた。
「おお、皆揃っておるな。ちょうどよかった……訳あって、この館に、新しい仲間が増えることとなった……さあ、入ってきなさい」
アイゼンに誘われて登場したのは、まだ12,3歳ぐらいに見える、耳の尖った、顔がそっくりな二人の美少女だった。
「ユンです……よろしくお願いします……」
「リンです……よろしくお願いします……」
はにかみながら揃って挨拶する二人……むちゃくちゃ可愛い。
しかしいきなり二人も仲間が増えると聞かされ、俺も含めて皆、少し固まった。
「この娘達は、ソフィアと同じハーフエルフ、しかも極めて希な双子なんじゃ。これからは家族と思って……特にソフィアは、実の妹だと思って、仲良くしてやって欲しい」
「……えっ!? 実の妹……双子!?」
ソフィアは、真っ赤になって明らかに狼狽していた。
その様子に、シルヴィとミクは、顔を見合わせて笑ったのだった。
~ おわり ~
異世界の動画や写真をSNSにアップしたら、思いのほかバズりました! エール @legacy272
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