第32話 一触即発

 せっかくメイド姿の(無表情だが)可愛い女の子と二人で川面を眺めていたのに、ガラの悪い男三人に絡まれるという嫌な展開。


「ショウ、早く薬草買いに行こう」


 ミクは、俺の右手を引っ張るように歩き出した。


「まあ、ちょっと待てよ!」


 頬に傷のある男が、ミクの前に立ちふさがった。


「せっかくいいところ教えてやろうと言ってるのに、そんな態度はないだろう?」


 ニヤけながらミクの体に触れようと手を伸ばしてくる。

 表情の変化に乏しいミクも、若干嫌悪感をにじませたように思えた。

 気が付くと、俺は男の手首をつかんでいた。


「……なんだキサマ。やろうってのか?」


 ドスの聞いた声で凄んでくる……どこの世界でも、こういう奴はいるようだ。


「いや……まだ警告だけだ。これ以上、俺たちにかかわるな。ケガだけじゃ済まなくなるぞ」


「……てめえ……」


 なんか、余計にキレたようだ。


「まあ、落ち着いてくれ……こんな街中でやり合ったって、お互いに損なだけだろう?」


 すでに、周囲からは怪訝な表情で見られている。

 行きかう人々は眉をひそめ、俺達から距離を取っている……若干、期待しているような眼をした者もいるが。


「……テメエが俺たちとやり合えるとでも思っているのか?」


「なぜやり合えないと思うんだ?」


 その俺の言葉に、男は眉をピクリと動かした。


「さっき言っただろう、ケガだけじゃ済まなくなるって……俺だって無暗に暴れたくないさ。けど、場合によっちゃそうせざるをえない時だってある」


「……俺らは三人いるんだぜ?」


「ああ、だからだよ。手加減できなくなる……一人も三人も関係ない。繰り返すが、ケガさせたくないんだ……いや、ケガだけじゃ済まないか」


 それだけ言うと、俺は男の手を離した。

 その後ろに控えていた、少し小柄な目つきの悪い男が、


「おい、やべえぜ……なんか全然怯んでないぞ……相当場慣れしてやがる」


 と小さく言葉にすると、その隣の小太りの男も、


「ああ、全然びびってねえ……腰に何か武器みたいなの持っているし、肩には変なもの付けてるし……魔道具でも持ってるんじゃねえか?」


 小声で話しているつもりかもしれないが、元々がでかい声のためなのか、ちゃんと聞こえている。


「……まあ、あんたらの言う通り便利な道具を持っているっちゃ持ってるけどな……そういう問題じゃないんだ。レベルが違う」


 俺は余裕の笑みを浮かべた。

 別にそっちからかかってくるなら仕方がない、という最終警告のつもりだった。


「……ちっ、興ざめしたぜ……こんなガキどもからかっても仕方ねえ。行くぞ」


 男たちは周囲にも悪態をつきながら帰っていった。

 それを見た多くの人たちは安堵の表情で、そして一部の者は不満そうにその場を立ち去っていき、また元の人々が行きかう繁華街の光景に戻っていた。


「……ショウ、ひょっとして強いの?」


 ミクが、少しだけ意外そうに聞いてきた。


「俺が? いや……多少ボクシング……拳闘を練習したことがある程度で、素人に毛が生えたようなものだよ。まあ、それでもあの酔っ払い一人ぐらいなら相手はできたかもしれないけど、三人一度に飛び掛かられたら絶対やられてたな」


 高校時代、ボクシングの映画を見て感動し、半年ほどジムに通って練習したことがあるが、その程度だ。

 ロードワークの代わりに、クロスバイクで毎日走っているのはその名残だ。


「……だったら、どうしてあんなに強気だったの?」


「うん? だって本当に戦いになったりしたら、ミクが魔法で黒コゲにしてただろう?」


「……なんだ……」


 ちょっとがっかりさせてしまったか?


「街中で攻撃魔法使ったら捕まる……結構重い罪」


 ミクは無表情でさらっと恐ろしいことを言った……そういうものなのか? いや、そうでないと確かに危険だ。

 今さらながら、ヤバイところだったって気づいてしまった。


「……でも、嬉しかった……ありがと」


 めずらしく、ミクが感謝の言葉を言ってくれた……ちょっと嬉しい。それだけで報われた気分だった。


 その後、アイゼンに指定された薬草は問題なく買うことができた。

 ちなみに、それは手さげ袋に入れて、俺が持ってあげている。

 ちょっとしたハプニングはあったけど、綺麗な景色は見れたし、後は帰るだけだ……と思っていたら、目の前に、20代後半ぐらいの、痩せた背の高い男が一人立っていて、俺たちの進路を塞いだ。


 夏の夜だというのに、黒いコートを羽織っている。

 やけに肌の色が白いのも気になった。

 また変な奴に絡まれたのか……と思った。


 こいつも、目つきが悪い……っていうか、獲物を狙う蛇のようで、気持ち悪い……いや、寒気すら感じてきた。


「……見つけたぞ……何度か残り香は感じていたが……夜にこの街に来たのは初めてじゃないのか?」


 その男は、ミクだけを見つめながら変なことを口走った。

 ひょっとして、ミクの知り合いなのかと思って彼女の様子を見て、ぎょっとした。


 表情の変化が乏しかったはずの彼女が目を見開き、ガタガタと震え……左手で俺の腕を掴んできた。


 そしてその右手には、バチバチと、魔法による雷撃の塊が生まれようとしていた――。

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