第31話 異世界の歓楽街
アイゼンの屋敷は広く、地下室も複数存在する。
俺の部屋とゲートで結ばれている部屋の他にも、同じような石造りの空間を持つ地下室があった。
そちらは幾分明かりの数も多く、部屋自体の広さも倍以上の大きさだった。
そこに立っているのは、俺とミクの二人だけ。アイゼンに頼まれ、一緒に薬草を買いに行くのだ。
時刻は夜21時を回っている。こんな時間に街まで買い物を、と言われてどうするのかと思ったのだが、そこはアイゼンが作った魔法陣を使用するのだという。
俺たちが今立っている部屋からは、リエージェ国内の複数の拠点に転移することができるらしい。
それならば遺跡の魔法陣と似たような魔法なのだと思ったのだが、向こうからもこちらに帰ってこられるらしく、そういう意味ではアイゼンのそれの方が優れているように考えた。
しかし、前にも言われた通り、定期的にメンテナンスが必要であり、かつ、発動時には幾分転移者の魔力を吸い取られるらしいので、魔法技術としての総合的な性能はかなり劣るらしい。
とはいえ、アイゼンの魔法陣だって、この国で使用できるものは10人もいないほどの超高等魔法だという話だった。
ちなみに、それを教えてくれたのは途中まで見送ってくれたエルフのソフィアだ。
ミクは基本的にあまり喋らず、そういう意味では、今二人っきりの状況はちょっと気まずい。
彼女は相変わらずメイド姿だ……買い物に行くならそれもあり、か。
だいたい、こんな小柄で年頃の可愛い女の子を、夜の街へ俺と二人っきりで送り出していいのだろうか……という思いもしたのだが、彼女は強力な雷撃魔法の使い手だ。俺のことなんてまったく警戒する必要がないのだ。
シルヴィの時もそうだったが、逆に俺が護衛される立場なのかもしれない。
俺のそんな思いをよそに、メイドのミクは真ん中あたりに描かれた魔法陣に俺を招き入れ、すぐ側に立って、小さく呪文を唱えた。
ふっと体が軽くなり、次の瞬間には、先ほどとは雰囲気が異なる、やや薄暗く、大分狭い、おそらく地下室へと転移が完了していた。
その部屋の扉には鍵がかかっていたが、それもミクが短く呪文を唱えると解除された。
狭い階段をミクの後に続いて上ると、そこそこ豪華な作りの建物であることが分かった。
ただ、アイゼンの屋敷に比べればずっと狭く、また、装飾なども最低限のシンプルなものではあったが、例えるならば貴族の別荘、というような、品の良さが漂っていた。
さらに案内されて廊下を歩くと、二階へと続く階段があったが、それはスルーしてなお進み、そして立派な玄関のドアを、やはり呪文を唱えて開けると、そこはもう商業地区だった。
石畳の大きな道路の両脇には、大小さまざまな建物が並んでいる。
ところどころに街灯が存在し、オレンジ色の光が灯っている……あれはガス灯なのだろうか、それとも魔法なのだろうか。
この時間帯だというのに人通りは多い。
目につく範囲内では人間しかいないのだが、いかにも商人、という雰囲気の太ったオジサンが接客していたり、立派な剣と鎧で武装した戦士風の男が歩いていたり、宿屋らしき建物の前で呼び込みをする少年が居たり、と、雰囲気こそ全く異なるものの、その喧騒は現世界の歓楽街のようでもあった。
ちなみに、これらの様子は、俺の肩にストラップマウントでつけたウェアラブルカメラによって、すべて撮影されている。
「……薬屋はこっち」
相変わらず必要最小限のことしか話さないミクに案内されて、キョロキョロしながら歩いていく。
石橋のところまで歩いたところで、その美しい光景に目を奪われた。
下に流れるのは、幅10メートルほどの川……いや、運河だろうか。
その緩やかな流れの水面に、街灯の光が反射して、ずっと向こうまで続いている。
建物の窓からこぼれる光がそこに加わり、さらに細長い船が人を乗せてゆっくりと進んでいる。
俺はしばし立ち止まって、その光景に見入った。
「……なるほど、これは幻想的だ……アイゼンさんは、これを見せたかったんだな……」
「……綺麗……」
すぐ隣のミクがつぶやいたのを、俺は意外に思って彼女の顔を見た。
あまり表情の変化はないものの、俺と同じく、その光景を見入っていることだけは分かった。
「えっと……ミクは、何度か来たことがあるんだよな?」
「うん……でも、昼間しか来たことなかった」
そういえば、そんな話だったな……。
やっぱり、わざわざ夜に薬草を買いに行くように指示したアイゼンの本心は、俺のこの光景を見せるための配慮だったんだろうな。
と、二人で少しの間、川面を眺めていると、ガラの悪そうな男三人が声をかけてきた。
ちょっと酔っているようだ。
「よう、お二人さん……熱いねえ、一緒に夜の運河を見つめるなんて……俺たちが、もっといいところ紹介してやるから、一緒に行かないかぁ?」
男たちの中でもひと際体の大きな、左頬に大きな傷のある屈強そうな男がそう声をかけてきた。
彼は剣も装備している。
面倒なことになったな、と思い始めた。
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