第33話 焦燥

「ミク、落ち着け! 魔法は厳罰なんだろう!?」


 俺は必死になだめようとした……しかし、俺の声など聞こえていないかのように右手の魔力を強めていく。


「ふん、無駄なことを……」


 男はそう言うと、自身もミクに向けて左手をかざした……すると、さっきまで青白い電撃がスパークしていたものが、まるで男の手に吸い取られるように消えてしまった。


 これには俺も驚いたし、ミクもまた、先ほど以上に目を見開いて驚愕していた。

 若干、顔が青ざめている。


「ククッ……しかし、その若さでここまで雷撃が練られるとはな……さすがは大賢者アイゼンの弟子の娘、か……いや、今はおまえも直接の弟子だったか? よくそこまで成長したものだ」


 こいつ……ミクがアイゼンと関りを持っていることを知っている……いや、それどころか、俺の知らない情報まで……。


「この男からはほとんど魔力を感じぬ……ただの付き添いか? 奇妙な道具を身に付けているが、それも魔道具というわけではあるまい」


 男は、俺のこともジロリと見つめてそう言った……それだけで背中に冷たいものが走った。


「俺としては、今すぐお前たちを無理にでも館に連れていきたいところだが、ここで騒ぎになることは好ましくない。おとなしく従ってもらえないだろうか?」


 周りの人間には比較的落ち着いた、穏やかな声に聞こえたかもしれないが、当事者、つまり俺達には、聞く者を屈服させるような冷たい響きがあった。

 また、従わねば力ずくでも、という意思のようなものも感じられた。


 うすら笑いを浮かべ、蛇のような眼、異様に白い肌、真夏なのに黒いコート、そしてミクのことを知っており、さらには彼女の発現しかけた魔法を吸い取る能力を持つこの男……絶対にヤバイ奴だ!

 ミクがこれだけ怖がり、今も震えていることが、そのヤバさを裏付けていた。


 こうなると、できることは限られてくる。

 逃げるか、従うか、戦うか。


 従う、という選択は取りたくない。


 逃げるか戦うだが、獣人のシルヴィならともかく、あまり体力のなさそうなミクだと、逃げてもすぐ追いつかれそうだ。


 戦うのはもっとヤバい。ミクの魔力を吸い取るところを、先ほど見たばっかりだ。

 おそらくこいつも魔法が使えるだろう。


 魔法は厳罰……いや、それどころではない。

 こいつは……この目は、街中だろうが抵抗すれば容赦なく殺す……そんな狂気じみた冷酷さを感じてしまう。


 ならばやはり従うしかないのか。

 こいつの言う館についていって……だめだ、雑談して帰ってくるだけのはずがない。


 これって、ひょっとして、詰んでいるのか?

 いや……まだ、戦えないと決まったわけじゃない。逃げ切れないと決まっているわけでもない。


 俺は、腰に下げていたあるものを手に取った。

 それを男の目線にまで持ち上げる。


「何のつもりだ? そんな細く小さな棒を武器にするつもりか? それとも、何かの魔道具なのか? そうは見えないが……まあいい、俺を楽しませてくれ」


 完全に俺のことを小ばかにした、余裕の表情だ。

 たしかに大した仕掛けじゃないし、ほんの一瞬の目くらましにしかならないが、現世界と比べればずっと薄暗い夜の街だ、数十秒は効果があるはず……。

 俺はそう考えて、そのLEDフラッシュライトを最高光度で、男の目の前で点灯させた。


「うぐおおっ!」


 予想外に効果があり、男は、両手で目を抑えてうずくまった。


「ミク、今だっ! 逃げるぞっ!」


 成り行きを呆然と見つめていた彼女だったが、俺の一言で我に返ったのか、一緒に走り出した。

 周囲の野次馬たちも、騒然としていた。


「……なんなんだ、あいつは! まともじゃないだろうっ!」


 俺の言葉に対して、ミクは無言だ。

 ただ、彼女にしては珍しく、ひどく焦燥したような表情に感じられた。  

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