第22話 強制送還

 ほんの一瞬、目の前が暗転し、そしてすぐにぱっと明るくなった。

 見慣れたはずの、けれど、懐かしくすら感じる、俺の部屋だった。

 足元には、ちょこんと白ネコのトゥエルが座っている。


「……やっと強制転移できたニャ。心配したニャ」


「……ああ、すまない、確かに心配かけてしまった……けど、またすぐ行かなきゃならない。シルヴィを助けないと……」


 そう言って部屋の中を見渡すが、例の異世界へと繋がる、光り輝くゲートはどこにもなかった。


「トゥエル、ゲートどこ行った?」


 俺は焦ってそう問いただした。


「まあ、ちょっと落ち着くニャ。ついさっきまで制限時間オーバーするまで異世界にいたんだから、少しは冷却期間を置く必要があるニャ」


「いや、俺はシルヴィと約束したんだ。必ず迎えに行くって!」


 自分でも高揚しているのが分かった。


「だとしても、具体的にどうやって、その女の子を助けるのかプランは立てているのかニャ?」


「……プラン? いや、向こうに行く方法は分かっているんだ、遺跡に行って白いLEDライトの光を当てて……」


「そのLEDライトはどこにあるニャ?」


 ……トゥエルに言われて気づいた……LEDライトどころか、荷物は全部、向こうの世界に置いてきてしまっていた。


「それに、君一人が行ったところで、また同じことになるんじゃないのかニャ?」


 確かに、その通りだった。

 俺一人がシルヴィに会いに行ったところで、彼女をアイゼンの館に戻す手段を持ち合わせていない。


「……そうだな……LEDライトをもう一度用意して……そうか、アイゼンと一緒に行けばいいのか! たしか、帰りの魔法はアイゼンなら使えるはずって言ってたし……うん、それでシルヴィも助けられる!」


 具体的に彼女を救える手段を思いついて、ようやく少し落ち着いた。


「ちょっとは冷静になったかニャ? ……じゃあ、ゲートの移動先を言うよ……でも、準備をしっかり整えることを忘れちゃだめだニャ」


「ゲート、移動したのか……ああ、分かった。即飛び込んだりはしない」


「うん、それでいいニャ……ゲートは、隣の部屋に移したニャ」


 ……意外と近くだったな……。

 俺が住んでいる部屋は1LDKだけど、リビングを寝室としても使ってて、もう一部屋は倉庫みたいになっていた。

 単純に、寝ながら大きなテレビを見たいという理由だったが……。


 ともかく、トゥエルの言葉を信じて隣の部屋へのドアを開けると、確かにそこには光り輝くゲートが存在していた。

 そしてその周囲に、俺が異世界に持ち込んでいたリュックや、それから出していたLEDライト、水筒、タオル、ケロリーメルトの空箱などが散乱していた。


「……これは……そうか、俺が帰ってきたから、持ち込んでいた荷物も強制的に転送されてきたのか……」


 そしてリュックのすぐ脇に落ちていた黒いシャツを見て、愕然とした。

 シルヴィに、着せてあげていたものだ……。

 俺はそれを手に取り、思わず抱きしめた。

 涙が溢れた。


「……俺は、こんな基本的な掟も忘れていたのか……たしかに注意されていたのに……そんなに数が多いルールじゃなかったのに」


「そうだニャ。向こうの世界の物は、こちらに持ち込めない。こちらから持ち込んだものは、君が返ってきたら強制的に返送される。そして、三日間一度も帰ってこなかったら、君自身も強制的に返送される……これだけニャ」


「……わかった。でも、やっぱり俺はなるべく早く、シルヴィに会いに行かないといけない。助け出す方法が分かったのならなおさらだ……あ、でも、すぐ食べられるものぐらいは持っていくか……」


 俺は棚に入れてあったケロリーメルトのメープル味を3箱、500ml入りのスポーツドリンクを2本、それに新しいタオルとシャツをリュックに詰め込んだ。

 LEDライトも、防災用にヘッドライトにもなるもっと強力なものを持っていたので、それもリュックに入れた。


 あとは、スマホやデジカメの充電につかうための電池を補完。とりいそぎ、すぐに準備できるのはこれぐらいだ。

 そしてそのままゲートに入ろうとして、またしてもトゥエルに止められた。


「一応、確認だけど……君は、あんなひどい目に遭ったのに、それでもまた戻ろうとするのかニャ?」


「あんなって……どんなだ?」


「帰ってこられるかもわからない場所に飛ばされたり、狼の群れに襲われたり、魔狼に変化する女の子を見たり、採取した食べ物だけで飢えを凌いだり……まあ、普通なら二度と戻りたくない状況のはずだニャ?」


「……知ってたのか……」


「正確には、記憶を読み取っただけニャ」


「うん、まあ……そう指摘されれば結構ヤバイことだらけだったかもしれないけど……それを言うなら、シルヴィの方がもっとひどい目に遭ったはずだ。そんな彼女が、俺のことを信じて待ってくれているんだ。行かないわけないだろう?」


「……まあ、本人に覚悟があるならそれでいいニャ……やっぱり、君はボクが見込んだとおりだニャ」


「見込んだ? どういうふうに?」


「見ていて飽きないニャ。猪突猛進で、怖いもの知らずだニャ」


「……それって、褒めてるのか?」 


「ニャハハ。一応、褒めてるニャ……冷静さも取り戻したみたいだし、頑張るんだニャ」


「ああ……行ってくる!」


 そして俺は、改めて異世界へのゲートをくぐった……俺のことを信じて待ってくれているシルヴィを、なんとしても助け出すために。

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