第21話 突然の別れ
――誰かの声が聞こえた。
子供っぽい、中性的な声。
最近、聞いたような声だが……誰だったかな……。
それより、もう朝か……今日は何曜日……いや、夏休みだから関係ない――。
そこまで考えたときに、ふっと、今がどんな状況だったか思い出して、はっきりと目が覚めた。
そうだ、シルヴィは……。
薄暗い遺跡の中、慌ててあたりを見てみると、彼女は、俺のすぐそばで、俺が貸してあげた黒いシャツを着て、すやすやと寝息を立てていた。
昨日高熱を出していたので、心配してそっとその狭い額に手を当ててみると、若干ほてっているようではあったが、かなりマシにはなってきていた。
ほっとしながら時計を見ると、もう朝の八時を回っていた。外はとっくに明るくなっているはずだ。
とはいえ、現状では体調を崩したシルヴィが外に出て動き回ることはできない。
かといって、俺だけだと、あの狼の群れに囲まれると命の危険すらある。
いや、新しい水を汲みに行くぐらいなら大丈夫か、もし狼に出会っても木に登れば……。
そんなことを考えていると、また声が聞こえた。
(……ショウ、そろそろ制限時間ニャ。あとちょっとで強制帰還させるニャ)
さっきも聞いた、子供っぽい、中性的な声。
「……トゥエル……トゥエルなのか!?」
そう、それはこの異世界へのゲートを開いた、自称神の化身の声だった。
そして叫んだその声に、シルヴィも反応して、少し驚いたように目を覚ました。
(そんなに大声出さなくても聞こえるニャ。頭の中で考えるだけで伝わるニャ。そんなことより、そっちの世界に長居しすぎだよ。もう丸三日だ。事前に説明した通り、君を一度強制的にこちらの世界に呼び戻すニャ)
その言葉を聞いて、そういえばそんなルールもあったな、と理解した。
「強制的にって……じゃあ、帰れるってことか?」
(そうだニャ。何かあって、こちらに帰ってこられないときの救済処置でもあるニャ)
トゥエルのその言葉をきいて、俺は、ある偶然? の一致に鳥肌が立つような思いだった。
「……あの、ショウさん……どうしたんですか……誰か……いるんですか……」
シルヴィが不思議そうに、あたりを見渡しながらそう話した。
まだちょっと目が虚ろな感じだ。
「ああ……今、俺をこの世界に導いた神の化身と話をしていた……強制的に元の世界に帰されるらしい」
「えっ……そうなんですか? ……えっと……じゃあ、ショウさん、帰れるんですね? それって、良いことなんですね?」
シルヴィは、混乱しながらも笑顔でそう言ってくれた。
「ああ……まるで、俺の小説の中の展開みたいだ……」
「……どういうことですか?」
まだ状況がよく把握できていない彼女に、俺は説明を始めた。
元の世界では、小説、つまり物語を書いて、それを本にしていたこと。
その話の中で、今の状況と同じような展開があったこと。
時空を超えて異世界にやってきた青年が、現地の少女と仲良くなる。
しかし、ある出来事がきっかけで、青年は元の世界に戻る術を失ってしまう。
青年と少女は、なんとか協力して彼を元の世界に帰そうと努力するが、どうしてもうまくいかない。
やがて青年は、その世界で生きていくことを覚悟し、少女と一緒に苦労して様々な苦難を乗り越えていく。
その結果、なんとかその世界で生き延びていける自信が付いたときに、青年は半強制的に元の世界に送り返されることが判明する。
そして彼は、彼女に見送られながら、笑顔で元の世界に帰っていく――。
シルヴィは、そんな俺の創作の話を、真剣に聞いてくれた。
「……それで……その……ひょっとして男の人は、もう女の子には会えなくなるのですか?」
シルヴィが不安そうな目で俺のことを見つめる。
彼女も、なんとなくそんなおとぎ話を耳にしたことがあったのかもしれない。
「いや……多くの物語ではそういう展開が多かったけど、俺はそうはしなかった。青年は、少女に約束するんだ……もう一度、かならず君に会いに来る、と……そして彼は、その約束を守った」
「……じゃあ……じゃあ……ショウさんも、また、この世界に戻ってきてくれますか?……私に……会いに来てくれますか?」
涙を浮かべ、心配そうに尋ねてくる、狼耳の美少女。
その表情は、たまらなく可愛く、そして切ないものだった。
「ああ、もちろんだ。約束する……絶対に君を迎えに来る!」
シルヴィと会話をしている間も、トゥエルの、もう限界だからすぐに強制帰還させる、という声が、頭の中に何度も聞こえてきていたが、俺は、もう少しだけ待ってくれ、と心の中で呼びかけていた。
「……はい……じゃあ、ショウさん、信じていますから……あ、でも、無理しないでくださいね、私は……一人でも、しばらくなら……大丈夫ですから……」
シルヴィが、精いっぱいの笑顔を見せてくれたところで、俺も彼女を安心させるためにできる限りの笑みを浮かべ、約束する、ともう一度宣言して……そしてそのまま、この異世界から姿をかき消した。
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