第20話 看病
遺跡の強制転送魔法陣によりこの地に飛ばされてから、三日目。
シルヴィは前日の提言通り、一人で海岸沿いに西方向へ探索の旅に出た。
持って行ったのは、前日にとっておいたバナナのような果実と、俺がこの世界に持ち込んでいた少々の砂糖、それと貸してあげた水筒だ。
ちなみに、俺は遺跡の中に閉じこもったまま。
迂闊に外に出ていて、狼の群れなんかに襲われたら、シルヴィ抜きでは生き残る自信がない。
食べ物は、やはり前日にとっておいた果物類と、焼き魚の残りがある。
また、飲み物は沢の水を、太い竹みたいな植物を切ったものにたっぷり溜めて何本も持ち込んでいるので、しばらくは大丈夫だ。
すぐに致命的なことになる状況ではない……しかし、時間をつぶすのが大変だ。
シルヴィがいるのといないのでは、時間の流れ方が全く違う。
話し相手がいない、というのもあるが、やっぱり未開の地を彼女一人が探索しているというのは心配だ。
あの戦闘能力ならば大丈夫だとは思うが……。
そんな彼女の動画や写真を、スマホ、デジカメの画面で見てみる。
……うん、やっぱり相当な美少女だし、細身ながらスタイルもいい。
それに、表情がすごく豊かだ。
この地に来てからの写真、動画だけでかなりの分量がある。ネットにアップしたら、かなり人気が出そうだな……。
そんなことを考えながら腕時計で時間を確認すると、まだ八時過ぎだった。
時間が過ぎるのが異常に遅い……。
ブラウザでネット小説を読むことも、もちろんできない。
スマホでゲームをしようにも、ネットに繋がっていないのでできないものが多い。
完全インストールしているゲームならできそうだが、バッテリーを消費するのがもったいないし、何より、今も懸命に生還のための探索を続けているシルヴィに申し訳ない。
そう考えると、俺ももう一度、何か手掛かりになるものがあるのではないかと、遺跡の隅から隅まで何度もチェックを試みていた。
しかし、やはり手掛かりは見つからなかった。
――長い長い一日が過ぎ、夕方になったころ、シルヴィが帰ってきた。
服はあちこちが泥で汚れ、綺麗な栗色の髪がボサボサになり、手は荒れ、顔にいくつか擦り傷ができていた。
そしてその表情は、明らかにそれとわかる作り笑いだった。
何十本もバナナが付いた房をお土産に持ってきてくれて、凄いでしょうと引きつった笑顔を浮かべて、
「半日かけて西側の行けるところまで行って、帰りはちょっと内陸の方も通ってきたのですけど、残念ながら人里は見つかりませんでしたー! でも、明日は東側を探してみますね!」
と、報告してくれる。
彼女が、こんなになるまで頑張ってくれたのに、俺は一体、この安全な場所で、いったい何をしていたのだろうか……。
自分の情けなさと、彼女のつとめて明るくふるまう姿に、何とも切なくなって……。
「……よく頑張って調べてくれたな……俺が何にもできないのに、こんなになるまで頑張って……疲れただろう。ゆっくり休みなよ」
そう言って抱きしめた……すると彼女は、こらえ切れなくなったのか、俺に強く抱きついてきて、そして泣きじゃくった。
ひとしきり泣いた後、彼女が採ってきてくれたバナナに砂糖をかけて、二人で食べた。
「水も食べ物もあるんだから、焦らず、ゆっくり生き抜こう……俺は君と一緒なら、ここでずっと一緒に過ごしたって大丈夫だから」
と、本音を言ったのだが、それでまたシルヴィは泣いてしまった。
「ごめん、君は帰りたいよな……」
「……違います、嬉しいんです……こんな目に遭ってるの、私のせいなのに……ショウさん、優しいから……」
こんな状況なのに、そんなことが言えるなんて、シルヴィの方こそ、優しい心の持ち主なんだな……。
そして二人で、明日からは一緒に探索の旅に出よう、と決めた。
しかしその夜、シルヴィは高熱を出した。
この熱帯で、これだけ高い熱を出す……何かの熱病にかかったのではないかと、ゾッとした。
しかし、彼女はそれほど苦しそうなそぶりは見せず、相変わらず笑顔を浮かべる。
俺はただ、自分にできることを考え、それを実践した。
この状況では、そのできることは限られている。
水を飲ませ、彼女の要求に応えて手を握り、励まし続ける。
一つだけ持ち込んでいたタオルで、彼女の顔の汗を拭いてあげる。
体の汗も拭いてほしい、と言われたときは少し焦ったが……たしかに、汗でべっとりと張り付くシャツのままだと気持ち悪いだろうと思い、それを脱がせて、シルヴィの体を拭いてあげた。
当然、薄明りの下とはいえ、裸を見ることになってしまうが……彼女は、少し恥ずかしそうにしながらも、俺に感謝の言葉をかけてくれた。
そして俺のシャツの方がまだマシだろうと思い、着せてあげると、シルヴィは安心したように眠った。
俺の、その場しのぎの看病が少しは実ったのか、あるいは、彼女の野生の抵抗力が勝ったのか……翌早朝には、シルヴィの熱は大分下がり、すやすやと落ち付いた寝息を立てていた。
その様子に、一睡もできなかった俺も安心して、まどろんでしまっていた――。
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