第23話 驚愕
ゲートをくぐり、アイゼンの館の地下室に出現する。
すぐにその部屋を出ると、廊下の石畳を走ってくる複数の足音が聞こえた。
「……ショウ殿! 無事だったか……シルヴィはどうしたっ!」
先に目の前に現れたのはエルフの女騎士、ソフィアだった。
「シルヴィは今、離れた場所にいる。これから迎えに行くんところだ」
「離れた場所だと!? 貴様、どうして一緒じゃないんだ!」
ソフィアの目はかなり血走っている……無理もない、丸三日以上行方不明だったのだ。
「ソフィア、まあ落ち着け。ショウ殿だけでも帰ってきて、しかも、シルヴィを迎えに行くと言っておるのじゃ。今までのまるで手掛かりがない状況に比べればずっとマシな状況じゃろう」
あとからやって来たアイゼンがそう言ってソフィアをなだめる。
「……そうですね……ショウ殿、申し訳ないが急いでシルヴィのいるところまで連れて行ってくれないか」
ソフィアの目はまだ厳しいままだが、多少は落ち着きを取り戻したようだ。
「まあ、そう慌てるでない。順序というものがあるであろう……ショウ殿、端的に教えてほしいが……まずはシルヴィは無事か?」
アイゼンが冷静に尋ねてくる。
「……今のところ命に別状はないと思うけど、昨日はかなり高い熱を出していました。今日もまだ疲れが残っている様子です」
「……っ!」
ソフィアが、キッと俺のことを睨む。
「ふむ……それであの娘は、今、どこにいる?」
「遺跡……この屋敷の近くの遺跡から、どこか遠くの遺跡に、俺と彼女は転送されてしまったのです」
「……なんと……あの『ジャミルの門』が稼働したというのか……いや、しかし、あれを発動させるには、今となっては失われた高度な魔法が必要なはずなのじゃ。儂でも使えぬほどのな」
「いえ、使ったのは魔法ではありません……これです」
俺はそう言って、ポケットに入れていた小さなLEDライトを点灯させた。
「なっ……まさか、そのような純白の光が、これほど簡単に……」
今まで冷静だったアイゼンが、目を見開いて驚いた。
ソフィアも同じような表情だった。
「あの遺跡の祭壇みたいなものにこの白い光を当てると、突如魔法陣が出現して、俺達二人ははるか遠くの別の遺跡へと飛ばされてしまったのです」
「……なるほど、そういうことじゃったか……すまぬ、まさかそのような御業を持っておるとは思わなんだ……月までも到達できる技術をもつ並行世界の方じゃ、そのぐらい造作もないことであったか……」
アイゼンが申し訳なさそうにそう話す。
「……では、それを使えば我々もそこへ行けるということか?」
ソフィアが会話に割り込んできた。
「ああ、その通り……いや、むしろ一緒に来てもらわないと困る。俺達だけじゃここに帰ってくる術を持たなかった」
「……今、ショウ殿が帰ってきているではないか!」
ソフィアはまだ苛立っている。
「そう、俺だけは、トゥエルの力で強制的に元の世界に帰還させられたんだ。こちらの世界に連続で居られる3日間の期限が過ぎたから、って。それで今、改めてゲートを通って今、ここにいる。アイゼンさん……あなたなら、そこまで行けばソフィアを連れてこの館まで帰ってこられるのではないですか?」
「うむ、屋外に出られるのであれば、じゃ。ただし、そなたのいる並行世界までは無理じゃがのう」
「それなら、大丈夫です。屋外には出られますし、並行世界というわけでもありません」
遺跡間の転送に、俺の荷物の移動制約は発生しなかった。それはつまり、現世界に繋がっているものではないことを意味する。
「うむ……では、『ジャミルの門』に急ぐとするか。ミク、すまないがお前はこの屋敷で留守番をしていてくれ。シルヴィのこと、心配じゃとは思うが、この屋敷を空にするわけにもいかん」
「……承知しました」
いつの間にかアイゼンの側まで来ていたメイドのミクに、彼はそう指示を出した。
彼女は、相変わらず無表情で了承の言葉だけを返した。
老人であるアイゼンは、目的の場所まで馬を使う。俺も乗せてもらうことになった。
ソフィアは自分の足で走るという。さすがに一頭の馬に三人も乗れないか……。
アイゼンに、
「あの遺跡まで転移できる魔法はないのですか?」
と尋ねたところ、そもそも転移できる魔法陣の構築は自分が所有する土地に限られ、しかも相当な日数をかけて準備しなければならないという。また、維持にかかる魔力も少なくはない。
だが、一度作っておけば、屋外であればどこからでもその魔法陣に戻れるのだという。これが「帰りは簡単」と言われる所以(ゆえん)なのだろう。
アイゼンの操る馬の後ろに乗せてもらい、草原を駆け抜ける……しかしかなりスピードが出ている上に相当揺れ、俺は落ちないようにしがみついているので精いっぱいだ。
ちなみに、ソフィアはというと……軽やかに、まるで空を飛ぶかのように走ってくる。
二人乗せているとはいえ、馬の走る速さに遅れないとは……さすがエルフだ。何か魔法を使っているのかもしれないけど。
さっそく遺跡の中に入り、例の祭壇に白色LEDの光を当てる。
前回同様、幾何学的な文様がびっしりと刻まれた、薄緑色の淡い光が、俺たちが乗っているステージ上を取り囲むように幾重にも出現した。
「おお……これが古代の……」
アイゼンがそう感嘆の言葉を上げると同時に、俺たちは音もなく別の遺跡へと移動した。
―――その少女は、遺跡の壁に腰をくっつけるようにして三角座りをしていた。
顔を伏せ、額を膝に当ててじっとしていて……ひょっとしたら、寝ているのかもしれないと思った。
上半身には少し汚れた白いシャツ……無くなった俺の黒いシャツの代わりに、自分のものを着ていた。
髪はぼさぼさで、首筋や腕など、見えている範囲だけで数か所の擦り傷があった。
狼耳はだらんと下がり、フサフサの尻尾もぺたんと床に置かれただけで、ピクリとも動いていなかった。
「シルヴィ!」
俺は、大きな声で彼女の名前を呼んだ。
ビクっと、彼女は顔を上げ、こちらを見て……アイゼン、ソフィアと共に並んで立っている俺を見て、二、三秒、きょとんとしていた。
しかしすぐに涙を溜めて……すっと立ち上がり、勢いよく走ってきて……そしてアイゼンやソフィアにではなく、俺に抱きついてきた。
「……ショウさん……信じてました! 絶対に来てくれるって……」
「ああ……言っただろう、約束は絶対に守るって!」
俺も涙をこらえることができず……そして彼女を抱きしめた。
シルヴィは、そのまましばらく、俺に抱きついたまま泣きじゃくった。
その様子を、アイゼンとソフィアは、今日一番の驚愕の表情で見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます