第14話 勝と龍馬とシグレ事件(3)
「なにーーー? てめーそれは俺様に言ってるのか?」
風貌の悪い5人組の男と、その男たちに倒されたであろう店員と、横でかばうように説明している店主らしき人がいた。
「本当に申し訳ございませんが、当店はギリギリの利益でやっております」
「掛け売りは致しておりませんので、どうかご了承願います」
店主は何度も何度も頭を下げ、理解を得ようとしていた。
「俺たちはなあ…禁門の変を乗り切り…」
「去年の第一次長州征伐でも幕府と戦う事を誓いあった、長州の倒幕の志士だぞ」
「その俺たちが、この次に来た時に絶対に払うって言ってるのが信用できねえのか? あ~~?」
男は乱暴な態度で店主と店員に言いがかりをつけている。
「あ~ん? それとも俺たちに喧嘩を売ってるのかあ?」
もう一人の男が刀を抜き、店主の胸倉をつかむと投げ飛ばした。
「ちょっとあなたたち、いい加減にしなさいよ!」
見るに見兼ねた舞は飛び出ると、横たわる店主の前に立ちはだかり両手を広げた。
「へえ~ねえちゃん、いい度胸やないか…」
刀を抜いた男はその手を伸ばすと…
刃を上に向け、その剣先を舞の喉元にあてがった。
「ん? 良く見ると結構可愛いじゃないか…」
ゆっくりと近づいてきた男は、うつむき目をつぶりながら横を向く舞の顎を、手で軽く跳ね上げた。
「なんなら、ねーちゃんがその体で、俺たちの代わりに払って行ってくれても良いんだぜ?」
男はそう言うと、剣を裏返し刃先を下に向けると、ゆっくりと舞の胸元で刀を止めた。
もう一方の手で、舞の浴衣の胸元を掴んだ瞬間…
「おいおい…天下の往来で、大の大人が女の子相手に刀抜いちゃあかんぜよ」
そこには、父が江戸から長崎まで搬送した海軍の総司令、勝海舟と…
ちじれっけに細い目をした、どこの地方なのか分からない、訛りの濃い男が立っていた。
「あっ!! 勝海舟さん!!」
サラは江戸から長崎に来る間、海舟の知識の豊富さに惚れ、毎日のように色々な話を聞きに行っていた。
「勝さん、舞を助けて!!」
サラは天の助けとの思いで、勝に懇願した。
「なにい? 勝海舟だと? 幕府の犬か…」
「そうと聞いちゃあ黙っておけねえな…」
もう一人が刀を抜くと、それに続くように残った3人も刀を抜いた。
「抜いたがや? 抜いた以上はこちらも容赦せんぜよ」
ちじれっけの男は、腰に差した刀をスラリと流れるような動作で抜くと…
剣先を目線の高さで止め、そこから相手を透かすように一点を見据えた。
と、一番前にいた男が斬りかかって来た。
手首を返し、抜刀術のような下から斜め上に斬り上げる太刀筋である。
ちじれっけの男は間合いを測ると、剣先から1cmと離れず、スっと後ろに瞬間移動したように交わすと…
流れるような足さばきで、相手との距離を詰め、その剣先を首で止めた。
「これ以上やるなら、こっちも本気で斬るぜよ」
男たちはその動きと、眉一つ動かさず全てを見透かされているかのような細い目で見つめる男の態度にただならぬものを感じ…
「こ…今度会ったらただじゃおかねえからなあー」
とお約束の文句を言うと、銭を放り投げて走り去って行った。
「ふう…もう舞さん、無茶ばかりするんだから…」
サラは緊張と恐怖で座り込んだ舞の傍に駆け寄ると、肩を抱きそっと立ち上げた。
「勝さん、本当に助かりました! ありがとうございます」
サラは深々と頭を下げて日本風にお辞儀をすると…
「お、サラさんも本当に日本人になってきたねえ~」
勝は冗談交じりでにこやかにサラに返した。
「実はねえ、サラさん…これから昔の長崎海軍伝習所跡地にある、幕府が買った最新の船を見に行くんだが…」
「一緒に来るかい?」
「行く~」
サラは2つ返事で即答した。
「舞さんも一緒に良いかしら?」
と付け加えた。
「サラさんのお友達ならもちろんOKだよ」
勝はこっちだよと人差し指で方向を指し、足を延ばそうとしたが…
「あ! まだカレー食べかけなの…」
「舞さんの紹介で初めて食べたんだけど、す~~~っごく美味しいの!」
「良かったら、勝さんたちも食べて行かない?」
とサラは店内に手のひらを延ばし促した。
「お、そうだなあ~… 龍馬、食ってくかい?」
「そうじゃの~…この匂いはたまらん…食ってくかい」
と、龍馬と名乗るちじれっ毛の男が答えた。
「こげなべっこいおなごと飯を食うのは恥ずかしかなあ~」
相席でサラと舞に向かい合って座ると、照れ臭そうに料理が来るのを待つ龍馬だったが…
サラと長崎育ちの舞には何を言っているのか、ほとんど理解できなかった。
「かあーたまらん…美味いぜよ!!」
ハフハフ言いながらカレーを頬張る龍馬を、舞はなぜかこの男が気になって見つめていた。
しかし、舞とは別に…他にも一心に見つめる視線があった。
「ふう~さっきの問答でお腹も膨らんじゃったわね…」
サラはさっきの出来事で空いてたお腹も、程よく一杯になっていた。
「残すのは勿体ないし…シグレも食べるかしら?」
あれ以来、サラが食事をする時は外で待っていたシグレだったが…
さっきあった出来事が全く目に入らないくらい、このカレーを一心不乱に食べる客たちを眺めていた。
「シグレーーー!」
「まだ温かいし、超美味しいから食べない?」
「ピ・ピェーーー!!」
シグレはこの声を待ってましたとばかりに、急降下するとサラの肩に止まった。
「はい、あ~~~ん…」
あの黄色い瓶が空になっている事に気づくものはいなかった。
「ピャ・ピャ・ピャ・ピャーーーーーーーーーーーーー!!」
またしても…
カチャカチャと食器とスプーンが当たる音しかしない、静かなカレー屋の中で…
鳴き方を忘れたひぐらしのような、シグレの断末魔がこだました…
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