第13話 カレー事件の前兆

次の日の朝、ジョージは朝食を取りながらサラに向かって言った。

「サラ…少し急な用事が出来てね…長崎にはもう2~3か月ほど滞在する事になった」

「サラも色々と街を見てみるといい…」


突然の予定引き延ばしと、いまいち様子のおかしい父を気に留めたが…

「舞ちゃんと毎日会えるわ…」

と、すぐに心は楽しみの方に入れ替わっていた。


早速、お昼が回る頃にサラは舞のいる茶屋に向かった。

今日はそこまで混みあっておらず、サラに気が付いたお店のご主人は…


「舞ちゃん、いつもありがとー」

「今日はもう良いから、サラさんと買い物でもしておいで~」


「喜一郎さん、お疲れさまでした~」

「んじゃサラちゃん、行こうっか」


と店を後にすると、1本先の大通りの方に向かった。

そこは長崎一の繁華街…

色々な服や家具、小物売りの商店や、八百屋、魚屋…茶見世のような、屋台風の食事処がある。

貿易商も多いことから人通りも激しく、九州のどこよりも賑わっていた。


「サラちゃん、何か食べてみたいものある?」

舞は和食に馴染みのないサラに、色々なものを食べさせてあげたかった。


「う~ん…そうねえ…」

しばし考えたサラは、ピン!と何かを閃いたのか口にした。


「私、日本に行く前に聞いたことがあるんだけど…」

「日本のカレーって、世界のどこよりも美味しいって聞いたの…」

「1度食べてみたいなあ~」


「へえ~そう言われてるんだ? それならここね!」

舞は『トキのサクラ』と書かれたお店の前で止まった。


「優しい味わいの日本風の野菜カレーなんだけどね…」

「日本ダシの旨味と、野菜の甘みの後に広がる、ガツンと来る辛さが本当に癖になるのよ」


「へえ~聞いてるだけでお腹が減ってきたわ」

舞とサラはお店の奥の方に座ると、トキのサクラ、オリジナルカレーを2つ注文した。


ふと店内を見渡すとサラはある事に気づいた。

ほぼ満席に近いにも関わらず、皆が無言で黙々と食べているのでかなり静かだったのである。


「ああ~入った瞬間に感じた違和感はコレね!」

と思った瞬間、注文したカレーが運ばれてきた。


「は…早い!!」

椅子に座って1分も経たず、出てきた料理の提供の早さにサラはとても驚いた。


「なるほど、これなら話をする暇もないわね!」

と言ったが、舞は何を言ってるのか相変わらず理解できなかった。


そして、熱々の硬めに炊かれたツヤのある御飯と一緒にパクリ…

「う…美味い!!」

最初は甘いのに、噛めば噛むほど後からくる辛さ…

これは誰でもハマる!!


「でしょう!? チキンと野菜のトキのサクラ、オリジナルあまからカレーは最高よ!!」

舞はサラが美味しそうに食べるのが嬉しかったんだろう…

自慢げに、今日1番の笑顔で答えた。


「でも、もう少しだけ辛い方が好みだわ…」

サラは辛い物も大好きだった。


「ならこれを少し入れたら?」

舞はそう言うと、テーブルの隅にある黄色い粉が入った瓶を手に取った。


「色は全く辛く無さそうだけど、見た目以上に凄~~く辛いから、入れすぎには気を付けてね!」

そう言うと舞は、自身のカレーにも少~しだけかけてから、サラに手渡した。


サラがカレーに、その黄色い粉をかけようとしたその時…

店の外から『ガチャーーーン!』という、食器の割れる音と共に、かすれた男の大きな声が響いた。

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