第10話 突然の訪問

うどんを食べ終わったサラは、急げとばかりに父の元に戻った。

ジョージはグラバーさんと大きな取引を契約し、そのお礼にとグラバー邸にてお世話になっている。


サラの話を聞いたジョージは、今日はお店のご主人たちが在宅であるとの事で…

「ぜひともお会いしたい、これから早速ご挨拶だけでも行って来よう」


と、呉服問屋に向おうとした時、突然ドアをノックする音が響いた。

「はい、どうぞ」とジョージが返事するとドアが開き…


扉の向こうにはグラバーさんが立っている。

「コルトレイン社様に、お客様がお見えになっております」

グラバーさんの脇には、茶見世と呉服問屋のご主人、それと舞も立っていた。


両ご主人はグラバーさんと親交が深く、店で仕入れる物の大半はグラバーさんからだった。

そのグラバーさんと大きな取引を決め、お屋敷に滞在されているとの事を舞から聞き…

是非ともこちらからご挨拶を、と伺った次第なのである。


わざわざ出向いてくれた3名に、ジョージは深々と挨拶をした。

「ジョージ・コルトレインです。 こちらは一人娘のサラで、通訳兼秘書もしています」

「どうか宜しくお願い致します」


丁寧な挨拶をしたジョージに、呉服問屋のご主人が続いた。

「私は舞の父親で、呉服問屋の倉本勘兵衛と申します」

「こちらが、その舞でございます」


というと、隣の舞がニコっと微笑みサラに軽く手を振った。

「こら、ちゃんとご挨拶なさい」

勘兵衛が躾が行き届いていない娘を恥じるような仕草で言った。


「倉本勘兵衛の娘、舞です。 よろしくお願いします」

日本のお辞儀文化を、温かく感じたジョージだった。


茶屋のご主人も続いた。

「倉本家の隣に住む、茶見世屋の主人、坂井喜一郎と申します」

坂井さんも深々と頭を下げ、ジョージに敬意を表した。


「ここではなんですので、どうぞ奥へ」

と、ジョージは3人を部屋の中に招いた。


そして…

「サラ、ここは退屈だろうから舞さんと散策でも行ってはどうかね!?」

と提案した。


「そうね~そうしよっか?」

二人は目を合わせると、相槌を打ち玄関の方に向かった。


途中、大広間を通り抜けようとした時、舞は壁際に置かれたピアノに目をやった。

「すごーい、これがピアノって言うのね…」

舞は興味深そうに色んな角度から、ピアノを観察している。


「ちょっと弾いてみようか…?」

この前のコンクールでは散々だったが、あれは課題曲が難しすぎただけ。

普通に弾けば、やはりサラは他の人より遥かに上手かった。

ただ、ラ・カンパネラだけは二度と弾く事はないだろう…


「すごーい、サラさんとても上手…」

サラはショパンを弾いてみたが、舞が知っている曲が良いだろうと…

母が桜の下で良く歌ってくれた、あの日本の曲を弾いてみた…


「さくら~ さくら~ やよいの空は~ 見わたす限り…」


「あっ! これは!!」

舞はすぐに気づくと、サラのピアノに合わせて歌い始める。


どこか甘く…か弱くも力強く、幼い子供のような声も併せ持つ、舞の響きのある声…

ピアノを弾く手にも力が入り、サラもそれに合わせて一緒に歌い始める…


オペラ歌手のような高音だが、その音色はとても柔らかく、優しく…

誰もが魅了されるような、チャーム魔力を持つ美しい声だった。


これには舞も驚いた!!

舞自身、歌が大好きで誰にも負けないと思っていたのだが…

その舞が、引き込まれそうになるような声を聴いたのは初めてだったのである。

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