第8話 シグレ事件(2)

「はあ~びっくりした…」

未だに信じられない表情の町娘は深呼吸をする。

少しの時間を置き、ようやく落ち着きを取り戻したのか、自己紹介をしてきた。


「私はすぐ隣の呉服問屋の娘で舞って言うの…今29歳よ」

「あなたたちは?」


「私はサラ! 27歳…父が貿易商でオーストラリアから来たの…」


「へえ~オーストラリアって国があるのね…」

「その国ってどれくらい遠いの?」

「私、日本から離れたことないから分らないわ」


日本から離れた事がないと言うより…

他の藩すら行ったことが殆どない舞には、全くの未知の世界だった。


「ん~距離は分からないけど、ここまでたどり着くのに、船で30日ちょっとかかったの…」

サラはこれまでの旅を簡単に説明した。


「うわ~実感わかないけど遠そう…」

「ところで、この奇妙な鳥は?」

舞はシグレが気になって仕方なかった。


「この鳥はシグレって言うの…ん~~なんて言うのかしら…」

「私を守ってくれてるんだけど…きまぐれのように、たま~に喋るときもあるわ」

サラはトキの存在を隠すように、あやふやに答えた。


「ん?そう…? さっき、気まぐれで喋ったようには聞こえなかったけどなあ…」

「ま、いっか…」

「そう言えばサラさんて、外国人なのに黒髪だし日本語上手なのね~」

舞は異国の人とは言え、黒髪で日本語を悠長に話すサラに親近感を覚えていた。


「ええ、母が日本人で小さな頃から少しは話せたんだけど…」

「通訳の関係で、ここ最近猛勉強したの…」

サラは、はにかみながら笑顔で答えた。


「へえ~サラさんてあったま良いんだ!」

「私は何をやっても物覚え悪いしトロいから、サラさんみたいな人、凄く羨ましいなあ~」

「ねえ、長崎にはいつまでいるの?」


「ん~本当は5日くらいの滞在で出発する予定だったんだけど…積み荷の処分に戸惑っちゃって…」

「今、父が取引相手を探してる最中だから、いつまでになるか分からないの…」

サラは父が今、積み荷の買い手を探している事を簡単に説明した。


「そうなんだ~…積み荷って何なのかしら?」


「小麦と羊毛…後は途中で仕入れた、砂糖やカカオ、民族品とかかな…」

サラは自国から持ってきたもの、途中で仕入れたものを詳しく伝えた。


「じゃあ、私が父に相談してみようか?」

「うちって、製糸業もやってるから、そんなに高くなければ買ってくれるかも知れないわ」

「それに、いま長崎ではカステラが大人気なのよ」

「父の知り合いに、砂糖と小麦なら欲しい人がいるかも知れない」


「ええーーー舞さん良いの? すっごく助かる~」

サラは立ち上がると、舞の両手をそっと握りしめた。


「今日の夜、父が戻ったら聞いておくから、また明日来てもらえるかな?」


「分かったわ! ありがとう舞さん!」


「いえいえ! あと、せっかくだからコレも食べて行って!」

「ここの抹茶あんみつ、すっごく美味しいのよ~」

「あんこが特別製で、この辺じゃ有名なんだから…」


一口運ぶと、甘すぎず程よい塩加減…

小豆の香りが、抹茶と共にフワっと口に広がる…

「うわ~本当に美味しい…」


「でしょ!」

舞は少し自慢げに言った。


「シグレも一口、アーーーン…」

別皿に添えられた抹茶と共に、あげてみた…


「あ、それは…ダメ…」

「私だけの為に出してくれる、口直し用のワサビ…」


「ピャ・ピャ・ピャ・ピャーーーーーーーーーーーーー!!」

暮れなずむ街に、鳴き方を忘れたひぐらしのような、シグレの断末魔がこだました…

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