第7話 日本へ…シグレ事件(1)
あれから約5か月が過ぎ、【1865年】、6月10日…
コルトレイン社では大掛かりな取引の為、毎日が忙しくその準備に追われていた。
というのも日本が開国し、はや12年が過ぎた。
最初の頃は色々と物騒な事件が多いらしいとの事で取引を見送っていたが、
ここ最近は減り、国自体もかなり安定しているとの情報を得ていたのである。
そうなればオーストラリアのほぼ真北に位置する日本ほど、貿易に便利な国はない。
自国の物はもちろん、東南アジアを経由しながら向かう事により…
様々な国の貿易品を1度で運ぶことが出来るからである。
コルトレイン社も、社が所有する中で1番大きな船を2隻用意し日本に向かう事となった。
その中でサラも日本語を猛勉強し、通訳として帯同する事となったのである。
もちろんその肩にトキから授かった鳥、シグレを乗せて…
「ねえシグレ? あなたの産まれた国って日本なんでしょ?」
「どんな国かしらねえ~」
とサラが問いかけるが、シグレは無言だった。
シグレは、丘の桜の前以外では、トキが実体化する際の鍵ともなる…
要は丘の桜が咲いている時期であれば、シグレを通して別の場所でもトキを呼び出す事が出来るのである。
勿論、シグレ自体も話すことは出来るんだが、あれ以来ずっと無言を続けていた。
と言うより…ただ単に返事するのが面倒な、トキの性格に似ていたのである。
「全く、毎日毎日小うるさい娘だな…」
シグレは心の中で呟いた。
しかし…
なぜか伝わってしまった?のだろうか…
「あなた分かってるのかしらねえ~、いい加減に喋らないと御飯上げないわよ…」
鬼の形相でサラがポロっと声にした。
「ピェ?」
と一鳴きしたシグレ…
「こ…こえええーーー」
角が生え怒りのオーラをまとったサラに気づかれないよう、心の底深くで呟いた。
【1865年】、6月15日…
ついにサラを乗せたコルトレイン社は、日本へ向かう。
途中、パプアニューギニア、インドネシア、シンガポール、ベトナム、香港、台湾、長崎、堺、を経由。
そして最後に江戸に向かうという、片道約40日の大航海である。
【1865年】、7月18日…
一行は約1か月の航海を無事に終え、日本で最初の地である長崎に到着していた。
当時の長崎には、あの有名なグラバー園で知られる、グラバー商会のトーマス・ブレーク・グラバーなど…
沢山の有名な貿易商社が集まっている。
コルトレイン社も、長崎で様々な取引を成立させ、貿易網の拡大を狙っていった。
まずジョージはサラを連れ、グラバーとの接触に臨んだ…
そして上手く約束を取り次ぐと、グラバーとの食事会の際、現状の日本について色々な話を聞いた。
現在の日本は、幕府というものが支配していること。
しかしそれを倒そうとしている、討幕派というものがある事。
そして何より、武器(軍需品)と食料を必要としている事などである。
ジョージは、自国から鉛、亜鉛、銅などを多少持ってきてはいたが…
それ自体が重く2隻程度では当時の貿易にはあまり向いていなかった。
その為持ってきた物は、羊毛、小麦が大半を占め、それ以外は途中に寄って仕入れた貿易品が殆どであったのである。
軍需品の材料となる、鉱物資源はすぐに売れたが量も少ない為、稼ぎは微々たるものであった。
長崎で売れないものが、堺や江戸で売れるわけがないと考えたジョージ…
滞在期間を延ばし、四方八方に情報網を張り巡らせ、どうにか売れないものかと尽力を注いでいた。
とある晴れた日の夕刻…
サラは少し慣れたのもあり、肩にシグレを乗せ長崎の街を散歩していた。
夕刻とは言え、日本の夏は蒸し暑い…
自国を出発したのが真冬だった事もあり、暑さ対策に万全ではなかった。
小料理屋?
茶屋と言った方が良いだろうか?
その店のものであろう、川沿いの柳の木の下にある長椅子に座り一息ついた。
「ふう~本当に暑い国だわ…」
サラはため息をつくと、お店のメニューのようなものを手に取った。
しかし…いくら勉強して来たとは言え、一般的な会話が殆どであり、茶店の品物までは全く分からない。
お店の人に、「涼しくなるものを頂けませんか?」とだけ伝えた。
待つこと数分…
黒いスープに浸かった、半透明の麺料理?らしき物が運ばれ提供された。
サラは恐る恐る、その麺らしきものを口に運ぶ…
「ん…?? 酸っぱあああ~~!!」
とほんの一瞬思ったが、なぜかサラは酸っぱい物が好きだった。
「美味しい~~♪ 体も冷えて最高~~♪」
日本って最高に美味しいものがある事に気が付いたサラは…
「はい、シグレもアーーーン…」
サラはシグレに、一口上げてみた。
「ピャーーーーー!!」
トキから授かった、話す事も出来る特別な鳥とは言え、味覚はやはり鳥…
刺激が強かったらしい…
シグレはあまりの酸っぱさに飛び上がり気絶してしまった…
とその時…
どこからともなくクスクスっと笑い声が聞こえた。
その様子を見ていた街の娘が、こっちを見ながら笑っていたのである。
薄いレモン色に、ピンクの蓮の花をあしらった浴衣を着た、サラと同年代くらいの女性だった。
その女性が近づいてきて、気絶しているシグレを手に取ると…
「大丈夫?」
と、ツンツンと頬をつつく…
「ピェ…ピェ~~…」
気が付いたシグレが…
頬を赤く染めウルウルしながら、街の娘を見ている。
「いや~~ん、なにこの鳥…凄く可愛いわ~~」
町娘はなんとも言えなく愛らしい表情のシグレを見て言った。
「うへへ…おみゃあさんも、めんこいなあ~」
「…」
「え?」
「キャアアアアアーーーー!! 鳥が喋った~~~!!」
ビクっと手を離されたシグレは、そのまま心太の器の中に落ち…
酢の湯に浸かり…
本日2度目の気絶をする…
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