第2話 二筆流は作らない

 ある土曜の昼下がり。

 隣人で同業者である二筆流(にふでながれ)は当たり前のように俺の部屋にいた。

 リビングの椅子に腰掛けて、テーブルの上の飯を食っている。

 もちろん作ったのは俺だ。


「お前、なんで当たり前のように食ってるんだよ」

「ん、ああ。玲二の料理は美味いよ」

「いや、料理の感想を言えってことじゃなくてさ」

「代金? すまんパチンコで使っちまった。……体で、いいか?」


 二筆はわざとらしく浴衣の前を開ける仕草をする。

 天才少女作家の二筆流は小説を書くことに関しては、その名の通り天才的だ。

 しかし奇をてらってるのか、服装は黒い浴衣に白足袋、赤い番傘を持ち歩いている。髪も黒髪で腰までのロングヘアーでスタイルと顔立ちはいい。モデル並みと言っても過言ではない。

 ……だが生活は自堕落極まりなく、印税の殆どをパチンコなどのギャンブルにつぎ込んでしまう。

 編集とやり取りが楽になるということで、実家の岐阜から東京に出てきたこいつは、あろうことが俺が仕事場として借りている平屋のよこのボロアパートに引っ越してきて、やれ「エアコンがない」「部屋が狭い」「飯を作れない」と理由をつけては俺の仕事部屋に転がり込んでくるのだ。

 俺は今高3で、二筆は2つ上なのだが、全然人生の先輩という気がしない。


「そうでもねぇよ! なんで自分の家があるのにわざわざ俺の家にきて飯食ってるんだよ!」

「いやー、キッチンが狭いのと料理苦手でさー。だからそうめんだけでも助かるよー

「だけ、っていうなら食わなくてもいいんだぞ」


 俺は二筆が食っている面が入った器に手をかける。


「ごめんごめん! 感謝してるって! こうして飯が食えるだけでも東京に出てきてよかったと思うよ」

「お前は小説のために上京してきたんじゃないのか?」

「それはそれ。これはこれだよ。ごちそーさん」


 やつは俺の分まで食べきると、台所へ持っていき洗い始める。

 そのぐらいはしてくれるかと一安心。


「お前って普段どんな食生活してんの?」

 二筆が淹れてくれたお茶を飲みながら聞いた。

「あたしは基本的に外食だぞ。料理できないし」

「やっぱりか……簡単なのも作らないわけ?」

「んー、本当にたまにだな。気が向いた時に食材を買ってくる。でも家に帰った頃には自炊する気力なんてなくなって、食材はだいたいだめになる。運良く賞味期限が切れる前に作る気になれば、まぁ作るかな、ってぐらい」

「お前らしいな」

「そうか?」

「なんかお前の創作スタイルが出てる気がするよ。思いついたけどプロットにしたら全然違って、それで提出したらおっけー貰って書き出したけど、結局違う話になる、みたいな感じする」

「なんだよそれ。お前あたしのプロット見たことないだろ」

「ないけど編集の安西さんからはよく聞くよ。愚痴とワンセットでさ」

「げ、あの編集なに言ってるんだよ」

「安西さん言ってたぞ。『二筆先生ったらプロットと全然違う内容の原稿上げてきたんですよ! 一致しているのはキャラクターだけ! しょうがないから1巻はそれでオッケーだしたんだけど、次の二巻どうなったと思います? ダメ出しされるのが怖いからってプロットたったの四行なんですよ? 起承転結があるから大丈夫ですよね? って。全然だいじょうぶじゃないわよ! これじゃあ編集会議通らないじゃないですか! しかもメールしても反応ないし、電話すると後ろでパチンコ屋の音するし、全然仕事にならないんですよ! ……まぁ結局出来上がってくる作品はすっごくいいので本にはなるんですけどね。……でもいい加減まともな流れで本作りたいわよ。カレーのレシピでググったらサバの煮つけの作り方が出てきて最後のページではちゃんと美味しいカレーになってるってもうワケわからなすぎでしょ……』ってさ」

「あーそんなことあったかも。ってかプロットって面倒だよな。なくても書けるし」

「プロット作るのが面倒なのは認めるが、普通はないと書けないし、編集も必要としてるから、要るんだよ」

「そうか? 『牛丼作る話です』で伝わるだろ?」

「伝わんねーよ! これだから速筆天才作家二筆流大先生の言うことは」

「おいおい。褒めるなよ」

「……事実なのが悔しんだよなぁ……俺もそこそこ速い方なのに、俺よりもっと速いしネットじゃ『月間二筆』なんて呼ばれてるしな。連載休みがちな週間漫画家より刊行ペース速い小説ってどんなだよ」

「執筆が速いのはプロットを書かない分、原稿に集中できるからなんだよな」

「物理的にはそうかもしれんが、それで迷惑してる人もいることを忘れるな。俺まで被弾してるじゃねーか。もしかしたら他の作家にも愚痴言ってるかもしれないぞ?」

「あははー。かもなー」

「幸いSNSでお前のこと面倒とか言ってる同業者は見てないから、犠牲者は俺だけだと信じたい」

「あたしも見たいことないなー。ってか編集から『二筆先生は絶対にTwitterやらないでくださいね』って言われてるし。それだけ原稿書いてほしいならプロットぐらい許してほしいよな」

「いやそれ絶対意味違うから」

「ま、別になんでもいいけどね。飯もプロットも作ってるヒマがあったら一秒でも早く小説を書く。それだけだよ」


 その瞬間の二筆はなんだかかっこよかった。

 生活はめちゃくちゃで浴衣に足袋に番傘とうふざけた格好。

 自炊も苦手で外食ばかり。

 自活レベルは皆無に等しい。

 他にもギャンブル好きだったり色々欠点はあるけれど、数多ある欠点を立った一本の筆で帳消しにするこいつのシンプルな「小説を書く」という発言には説得力があった。


「どうした玲二?」

「いや、なんか無駄にかっこいいなって思っちまった。結果出してるやつはやっぱすごいわな、って」

「玲二だってデビューしたころは天才って言われてただろ」

「その言い方するなよ……まぁ今は確かにちょっと調子落としてるけど」

「でも玲二もすごいよ」

「どこがだよ?」

「あたしが上がりこんでお前の分の飯を食っても怒らないところ」

「いや、内心結構おこだけど?」

「え? そうなの?」

「怒ったって無駄ってわかるから言わないだけ」

「あははー、それはその……ごめん。今度パチンコで買ったら焼き肉おごってやるよ」

「普通に原稿料入ったらでいいだろ」

「だって新台入れ替えで使っちゃうだろ?」

「その発想はおかしい」


 俺は大きくため息をつく。

 でもなぜかこの感じは嫌いじゃない。


「あと玲二はなんだかんだ世話してくれるだろ。この間だって肉じゃが届けてくれたじゃん。マジ助かったんだぜ?」

「あ、あれはただ作り過ぎちまって、冷蔵庫も小さいから鍋が入らなくて……別にお前のために作ったわけじゃねーから」

「おーおーツンデレか?」

「うっせ」

「でも本当に玲二が良いやつで助かったよ」

「そうか?」

「だってここまでしてくれる知り合い、玲二ぐらいしかしらねーもん。玲二が家に上げてくれたり、飯をたまに食わせてくれるから、あたしは心置きなく執筆できるんだ」

「たまに? あと俺はお前の母親じゃないぞ」

「第二のふるさとってか? いい加減飯ぐらい作れよな。外食ばっかりだと栄養偏るぞ」

「そうしたらまたここに来るよ」

「おまえなぁ……」

「仮に玲二と出会ってなくてもあたしは多分、飯はつくらない。大事なのは分かってるよ。でもそこに割く時間もったいないから。だって書きたいし。だからあたしは多分これからも飯は作らないかなー」

「さいですか。頼むから栄養失調で搬送されるとかはやめてくれよ?」

「気をつけるよ」


 そう言うと彼女は立ち上がり颯爽と去っていく。

 玄関に見える彼女の真っ黒な後ろ姿は、いつみてもかっこいいなと、俺は思った。

 ドアが閉まる音を聞くと、


「二筆に食われた飯、もっかい作るか」

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