第3話 姫宮舞子は止まらない
スマホをいじっていて、しばらく開いていないWeb小説のブックマークを見つけてしまった。
懐かしすぎて開いてみる。
まるで日記のような文章。
体裁も整ってないしルールも守れてない。
だけど作家としてのあたし二筆流の始まりは間違いなくここだったな、って思った。
そういえばメイともあまり連絡を取らなくなったな。
記憶はおぼろげになってもスマホはしっかりと覚えている。
「ほんと、懐かしいなぁ」
◆数年前
「姫宮さんってこんな感じだよね」
昼休みに、自分の席で本を読んでいると、クラスの女子数人に囲まれた。その中の一人がスマホの画面をあたしの眼前まで突き出す。
その画面には、ネットのスクショっぽい画像が写されていた。
見知らぬ女だ。
それを見たほかの数人が、
「わかるー。姫宮さんってアレだよね? ニコ動とかで配信やってそう」
「黒髪ロングの女、マスクで顔隠しがち」
「今日の姫宮さん、画像とそっくりだよね」
「精神科の薬やサプリをわざと映り込むとこにおいてメンヘラアピール的な?」
「なんか夜中に配信はじめて、三時頃に終わってそっからブログ書いて朝寝てそう」
「眠そうな目をしてるのはもしかしてそうなん?」
口々に好き放題言っていた彼女たちだが、別の女子たちに呼ばれると、スマホ女を筆頭に、ぞろぞろとそちらへ行ってしまった。
正直不愉快だったけど、しょうがないとも思った。
高校に入学直後、風邪で欠席。
それが長引いて一週間も休んで来てみれば、クラス内でのグループ分けはだいたい固まっていて、あたしは完全にぼっちになっていた。
クラスの端のほうに、一番下と思われるグループが男性アイドルの雑誌を広げているが、価値観を共有できる友達がいるだけそうとうマシだ。
つまりあたしは、
休み時間も、
昼飯も、
昼休みも、
掃除当番ですら、ぼっちが確定してしまったのだ。
中学時代はあたしもスマホ女みたいに、グループの中心で心地よく過ごしていたから、彼女たちのさっきの行為に、明確な悪意がないことも十分わかる。
ただ入学してすぐに風邪をひき、病み上がりでマスクをしている私が、ちょうどいい暇つぶしだったんだろう。
たぶん、今後は話題に上がることもないだろう。あたしが彼女たちの機嫌を損ねなければ、だけど。
まだ午後の授業まで時間はある。
あたしは屋上に向かい、ドアノブに手をかけゆっくり開ける。
鉄扉独特の重みと一緒にゆっくり体を進ませ確認する。よし、だれもいない。
長椅子が等間隔で数脚ならんでいて、あたしはその一番端の、さらに端っこに腰掛ける。
大きなため息とともに、
「あぁぁぁぁぁ……やらかしたよなぁ……」
と大きくつぶやく。
「ほんとあたしのばか! 無能! 雑魚! なんで風邪なんか!」
ここ数日抱えていた後悔が、一気に吹き出してきた。
「くっそなんで!!」
悔やんでも、自分を責めても時間は返ってこない。
高校生になってテンションが上がり、ちょっと夜遅くまで遊び歩いていたあの日の自分をぶん殴りたい。
一時の油断が三年間を決めてしまった。
「あーマジだりぃ……教室戻りたくねぇ。帰るかなぁ」
中学時代は不良、とまではなかったけど、先生の手を焼かせたことはたくさんあった。
高校になったら少しは改めようとは思っていたけど、ここまで来ると新しく友達もできそうにないし、実質詰んでるとも言える。
「別にぼっちが問題児になるだけだしなぁ」
両親は帰りが遅いから、自分が昼過ぎに家にいても別にいいだろと思って椅子から立ち上がると、スマホが震える。
「誰よ?」
そこには中学時代のクラスメイトの名前があった。
「アキじゃん。久しぶりだな。確かアイツ西高いったんだっけか」
中学時代、あたしと同じでクラス内の別グループの中心的だった子だ。
お互い目立つ存在だったから、連絡先を交換して、よくカラオケやマックに行ったっけ。
LINEを開くとアイコンからの吹き出しに、
アキ『舞子! 久しぶり! 高校どう?』
という一文が元気に踊っていた。
中学生活で培った脳内翻訳機にかけた結果、
舞子、久しぶり。高校でもちゃんとグループに入れた?
私は無事にグループ入りできて順調に友達を増やしてるよ。
舞子もそんな感じかな?
という感じだろう。
マウントとかそこまでではないけど、少なくともあたしの状況を聞き出して、優劣を付けたいのは見えてくる。
さて、どうしたものか。
少し考える。
既読が長ければ、それっぽいことを書いてもウソと分かってしまう。
本当であれば彼女同様、グループを作って、あたしが気持ちよくなることだけを言ってくれるクラスメイト数人で固める予定だった。
だけど、それすら叶わずアイドルオタより下の階層にいるこの状況、どう打ち明けたらいいものか。
「うーん。まぁ今後会うこともなさそうだし……ほんとのこと書くかぁ」
それで馬鹿にさて不通になれば、それはそれ。
かえって気が楽だ。
定期的にこんなLINEよこされても、毎回疲れるだけだし。
あたしは座り直すと、スマホを両手でもって打ち始める。
舞子「正直やらかした」
アキ『何があったの?』
レスが早い。かなりこちらの状況に興味があるみたいだ。
舞子「入学そうそう風邪ひいて一週間休んで、グループ作れなかった」
アキ『あー』
今度はレスが遅い。
どうやらこれは想定外らしい。
そうだろう。
多分、今のあたしの状況は、中学のあたしを知っている人であれば、想像しづらいことだと思う。
あたしだってそうだ。
半ばヤケになってスマホに文字を打ち続ける。
舞子「ドルオタよりも薄い存在よ。ってかクラスの女からいきなりネットの画像見せられて『この人姫宮さんに似てるよねー』とかからかわれるし。クッソ腹立つ」
アキ『それは……その、なんかごめん』
舞子「べつにいいよ。アキも忙しいだろうからあまり気にしないで」
遠回しにもうあたしに関わらなくていいよ、と告げる。
このLINEはこれで終わって、つぎに会うのは成人式か同窓会かな、と思った。
アキ『そっか。なんかごめんね』
舞子「いや、いいって」
ほんとうにすまない気持ちが伝わってきたが、そこにそっけない言葉を打ち込んでしまった自分が少し嫌になった。
思えば高校に入ってから良いことがなくて、やさぐれていたのかもしれない。
それに冷静に考えれば、中学時代の同級生が久しぶりに連絡をくれた。
真意はどうあれ、嬉しいことだ。
あたしは淀んだ思考を入れ替えるため、深呼吸をする。
舞子「色々上手くいかなくてちょっとイライラしてた。ごめん」
アキ『いいって』
アキ『でもそっかー。舞子でもそなことあるんだ』
舞子「マジ後悔」
舞子「あの時に帰りたい」
アキ『後悔先に立たずだねー』
舞子「いわないで」
アキ『ごめんごめん』
少し間が開く。
話題がなくて困ってるのか。
アキ『じゃあ舞子って今はぼっちで暇人なの? 部活は?』
舞子「ぼっち言うなよ。そうだけど。部活は入らないよ。ってか今から部活入ってももうグループできてるっしょ」
アキ『たしかにね』
舞子「だから暇よ」
アキ『暇だった小説書かない?』
小説? ……書く?
舞子「どゆこと」
舞子「いみわかんないんだけど」
アキ『ウチのクラスで流行っててさ。スマホの投稿サイトに書く短いやつ』
舞子「アキってそんなだっけ?」
アキ『ぜんぜん』
アキ『感想文とかキライだったし』
アキ『でもこれはこれで楽しいよ』
アキ『数人でグループ作って見せあって、』
アキ『ちょっと恥ずかしいけど、知らない人からいいね貰うとテンションあがる』
アキ『友達といいねの数で競うの流行ってる』
アキ『それはそれで疲れるけどね笑』
のりのりで話してくるアキは本当に楽しそうだ。
正直中学時代のウチらなんて、放課後カラオケ行ったりマック行ったりする程度。
小説なんて書きそうな雰囲気は全然なかった。
だけどアキは今そうやって高校生活を楽しんでるんだ。
人はちょっと会わなければ変わるんだな、って思った。
文章のことはよくわからないけど、変わらずアキが楽しんでる姿は、正直うらやましかった。
舞子「書けないよ。やったことないし」
アキ『私も最初はそう思ったよ』
アキ『でもみんなでやれば怖くない!』
舞子「だから友達いないってば」
アキ『あ、』
舞子「あ、じゃないっての」
アキ『じゃあ私に見せてよ。私も見せるから』
少し考えて、
舞子「どうしてあたしのなの?」
アキ『というと?』
舞子「どうしてあたしに勧めるのかなって」
アキ『うーん、』
また少し間があって、
アキ『ほんとはね、』
アキ『舞子がどんなグループに入ってるか聞きたかった。気になってたの』
舞子「うん」
アキ『だけど違うって分かって、』
アキ『なにか話題探さないとなーって思って、』
舞子「うん」
アキ『それでスマホだ! って思った』
舞子「なんでよ」
アキ『だってLINEとかめっちゃ返信はやいじゃん』
アキ『すぐ来るし、今もそうだよ。レスの流れがとまんない感じ』
舞子「それはあんたもじゃん」
アキ『そうかもだけど、私もそう思ってるもん。それに、』
アキ『マックでもめっちゃ真剣に画面見てたし、』
アキ『だから文字打つの好きなのかなーって』
そんな細かいとこまで見てくれてて嬉しかったから反射的に、
舞子「ありがと」
アキ『なにそれ』
舞子「なんとなくよ」
それから話題をもどし、
舞子「文字打つのは別にキライじゃないよ。ただ返信はすぐしたいだけ」
舞子「性格」
アキ『そうなんだ』
アキ『てっきり文字打ちが特技かって』
舞子「なにそれ」
アキ『だってスマホも二台持ってたじゃん』
アキ『だからいっぱい連絡くるのかなーって』
舞子「いや、台数関係なくない?」
アキ『でもインパクトはあったよ。普通二台持たないって』
アキ『それも印象にあったから勧めてみた』
アキ『暇人なら書かない?』
舞子「言い方!」
アキ『ごめんごめん笑』
アキ『投稿サイトのアドレス送るから、気が向いたら。あ、あと私の作品ページも一緒に送るから、気に入ったらいいねしてね!』
舞子「わかった」
アキ『よろしくねー』
1分ほど既読を眺めてスマホをしまう。
「小説ねー」
アキと一緒で感想文は苦手だったし、そういう文章を書こうと思ったことすら無い。
でも中学の時に、友達がスマホで小説を読んでいたのを見せてもらったことがある。
小説なんて太宰とか芥川とか、そういう人が書くものだと思ってたから、スマホのを読んだ時はちょっとびっくりした。
今は誰でもこんなことしてるんだなーって。
「書く……か?」
アキの送ってくれた作品一覧を開いて流し読みする。
文学のそれとは明らかに違うけど、さっきのLINEみたいな軽いやりとりの文章が続いている。
面白いかはわからないけど、共感できることはけっこうあった。
日記感覚で短い更新がたくさん続いている。
気づけば数タイトルを読み進み、予冷に気づく。
あたしはダッシュで屋上からの階段を駆け下りて、教室に寄って自分のカバンを引ったくるように掴むと、学校から飛び出した。
見慣れた道をひた走る。
ゆっくり流れる本鈴があっという間に遠ざかる。
別に走る必要はない。運動だって得意じゃない。
ただ自信がなかっただけだ。
もしあのまま教室に戻ってしまったら。
もし歩いて帰る途中、何かの誘惑に負けて寄り道をしてしまったら。
一瞬でも日常に舞い戻れば、挑戦しようと思い立った自分に戻れなくなりそうで。
だから今は景色を頭に入れたくなかった。
振り返らないのが唯一の正解だと、その瞬間ぐらいは信じようと思った。
家について二階の自室に到達する。
机の上を見る。
いつもどおりごちゃごちゃだ。
それらを全部ダンボールにぶち込んで、マスクも外してゴミ箱に投げ捨てる。
机、椅子、スマホ、あたし!
よし!
…………。
「小説 スマホ 書き方でググるかな」
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