俺と同期の天才美人ラノベ作家が〆切りを全然守らずに遊び歩いているのに俺より人気があるのはおかしいと思うんだ
あお
第1話 二筆流(にふでながれ)は捕まらない
◆第1話 二筆流は捕まらない
とある土曜の昼過ぎ。
『Bravo……ターゲットは見つかった?』
「こちらBravo。ターゲットは疾走した模様。机の上には閉じたノートパソコンとパチンコ雑誌が数冊……それに家賃と書かれた封筒が一枚」
『封筒の中身は?』
「空、ですね」
『行き先はどう考えてもパチンコ屋ね』
「しかしこの地域は結構パチンコ屋が多いですよ。どうやってヤツの行き場所を絞り込むんですか?」
『考えがあるわ。玲二先生――Bravo』
「それどうしてもやりたいんですか」
『いいじゃない。昨日映画で見たのよ。それよりパチンコ雑誌に付箋貼ってない?』
「ありました。なんすか、これ?」
『おそらく二筆先生――ターゲットの打ちたい台ね』
「ガバガバっすね」
『彼女は気になったところに付箋を付ける癖があるわ。そのページを開いてみて』
「了解です。――えっと『CRF俺物語』って台のところに付箋が貼ってありますね」
『なるほどね。それは最近出た新台ね。彼女がメールで送ってきたわ』
「なんでパチンコ情報を編集部に送るんですか」
『間違えたんでしょう。文章を見る限りレビュー文章だったわ』
「ブログでもやってんすかね」
『知らないわよ。それより大体ターゲットの潜伏先が分かったわ』
「急に戻りましたね。やっぱりガバガバじゃないですか」
『該当する台を多数導入した店舗はたくさんあるけど、その付近から徒歩で行くとなると数はかなり絞られる。ググったら一発よ』
「設定のガバ具合はスルーですか。まあ了解です。それでどこに行けばいいですか?」
『そこから東に800メートルのA店ね』
「なるほど。国道沿いの大型チェーン店ですね」
『ALPHA、その店舗へ急行して頂戴』
「俺高3ですよ? 入店したら怒られますって」
『いえ。入り口付近で待ち構えてればいいわ。どうせもうすぐ出てくるでしょうし』
「どうして分かるんですか?」
『原稿の最終章を今書いている、というメールが来たのが3時間前。それが最後の連絡なのよ。それから考えるに彼女が打ち初めてから結構な時間が経つわ。さらに家賃に手を付けたとなれば追加の軍資金も当然持ってない。諦めて帰路につくのは必定だわ』
「なんであいつすぐにパチンコ行くんだよ。それさえなければ美人で速筆の作家なのに」
『それさえ、なんて言っているあたりあなたも相当常識感覚狂ってきてるようだけど、この際それはいいわ。とにかく彼女を確保して原稿の続きを書かせて今日中に送らせて頂戴』
「それ俺の仕事なんですか!?」
『お隣さんなんだから当然でしょ』
「あいつが勝手に岐阜から都内に引っ越してきただけでしょ! しかも俺の家のとなりなんて」
『気に入られているのね。まあ運がなかったと思って諦めなさい』
「了解です……」
(くそっ。なんでこんなことになるんだ……こんなことならヤツの雪駄にGPSでも仕込んでおけばよかった)
「しょうがない。パチンコ屋に向かうとするか」
俺は編集との通話を終了すると、該当する店舗へと向かった。
国道沿いのその店は人気店で駐車場はほぼ満車。
さすが有名な大型店舗といったところか。
「どこが出口かわかんねよ……誰かに聞いてみるかな……。でも高校生がパチンコ屋から出てくる人に話しかけるなんて怪しいし、警察にでも連絡されたら面倒だよな。せっかく帽子を被って変装してきたんだから。ん……そういえば」
俺は思い出す。
日本は賭博が禁止されている。
しかしパチンコで稼げるのには理由がある。店内で玉を景品に変えてもらう。そして店の外にはたまたまその景品を買い取ってくれる古物商のお店がある。そんな話をテレビで見たことを思い出す。
「するとその古物商? の店……かどうかはわからないけどそのあたりにいると捕まえることが出来るよな。よし探して張り込んでみるか」
店の外をぐるりと回り、それらしき場所を見つける。
「あったあった。店から出てくる客が手にしているのが多分景品だな。よし、この柱の影に隠れて待っていよう。もしあいつが見つからなかったらその時はしょうがない。そもそも俺の原稿でも〆切りでもないしな。編集部には申し訳ないけど、これは二筆の問題だし」
俺は柱に影をひそめる。
勝負に一喜一憂する客がひっきりなしに出てくる場所なので案外気づかれないようだ。
「二筆はどこに行くにも黒い浴衣に白足袋雪駄。晴天でも赤い番傘を持ち歩く変人だ。出てきたらすぐわかるはず」
彼女の特徴的な雰囲気はすぐにわかるはず。
あとは自動ドアを見張っていればすぐに発見できるという寸法だ。
身を潜めて十数分。
「きた!」
俺はスマホを取り出し編集部の安西さんへと電話する。
「見つけました」
『よくやった。状況は』
「手には景品をいっぱい持っています。おそらく大勝したのではないかと」
『珍しいこともあるものだな。次回作は〆切り通りに納品されるのか?』
「俺もそれを願います。で、どうします?」
『無論、当初の予定通り確保だ。換金して油断したところがチャンスだ。ただここで声をかければ他の客やパチンコ屋の店員に通報される可能性がある。人気の少ない大通りに出るまで尾行して、取り押さえろ』
「了解」
『検討を祈る。ではこちらも準備する』
そうして電話は切れた。
「準備? 一体なんの? もしかして原稿を取りに来るつもりだろうか。ってか書き上がってればいいけど……」
俺は二筆の観察を続ける。
換金所らしい古物商の前で、やつは満面の笑みで札束を数えている。
あんな大金、俺だってめったに見たことがない。
「財布にしまってあるき出した。……よし」
俺は二筆が歩きだしてしばらくしてから後を追う。
歩幅を合わせ、足音を同調させ気付かれないように。
そうして大通りを曲がり、小道に入る。
人通りは少ないし、雪駄に浴衣だ。瞬発力は皆無に等しい。
いまだ!! ……悪く思うなよ!
俺はダッシュで一気に距離を詰める。
数メートルを瞬時に詰め、背後に迫り羽交い締めしようとする。
二筆流は控えめに言っても美しい美人だ。
身長は170センチある俺に匹敵するし、艶のある黒髪は背中まで流れている。
顔立ちもよく、まさに美人と表現するに相応しい。
黒い浴衣に白足袋雪駄、そして真っ赤な番傘と奇抜なスタイルではあるが、そんな中にもぶれない強さと美しさが備わっている。そして何より小説の才能が抜群だ。同期でデビューした俺とはまったく比べ物にもならない。神様は不平等だとすら思い、嫉妬心すら生まれてこない。
そんな彼女を後ろから羽交い締めにするには、一瞬のためらいもあったが、騙されてはいけない。
彼女はズボラで部屋は片付けない、朝は起きない、食事は作らない、放っておけばカップ麺ばっかり食べる。お金にもだらしなく家賃は滞納しがちだし、俺に借金するし、何より原稿よりもパチンコをしている時間が長い。
外見の良さと小説の才能を全て私生活で相殺するのが、
二筆流(にふでながれ)なのだ。
やはり神は平等なのかもしれない。
とにかく俺は彼女に〆切りを守らせるべく確保しないといけない。
「二筆でぇええええええええ!!」
この距離なら確実に抑えることが出来る。そしたら安西さんに再び電話をすれば解決だ。
だが。
「あれ!?」
俺の両腕は中空を捕まえる。
「よう、玲二。どうした? あたしを後ろから捕まえようだなんて。しかもこんな人通りの少ないところで……もしかして、そういうコト、シタイのか?」
ひらり、躱された。
ふふーん、と妖艶に笑う二筆の表情を見て、
「お前、気づいてたな!」
「当たり前だろ。執筆中のサボりは限界まで周りに気を使うべきなんだよ」
「安西さんから電話が来たよ。原稿をメールしてくれってさ」
「ああ。分かっている。今書いているところだ」
「それ、3時間前にもメールで同じこと言っただろ」
「そうだが?」
「本当はまだ出来てないんじゃないのか? それで時間稼ぎのためにパチンコ屋に姿をくらました」
「バカを言わないでくれ。あたしはクライマックスを良いものにするために取材に来たんだよ」
「パチンコ屋にか?」
「ああ。最後に犯人はパチンコ屋の換金所で追い詰められ、自殺を図ろうとするが、主人公に引き止められるんだ。実家のおっとさんが泣いてるぞって。そのための取材さ」
「泣いているのは編集部だ。ついでにこのことを知ったら、実のおやじさんも泣くんじゃないのか?」
「親父? あたしの? あの人なら今頃パチンコ屋に行ってるんじゃないかな。日課だから。やれやれ。私も追われずにパチンコを楽しみたいよ」
「だったら先に原稿を提出したらどうなんだ? 順番が違うだろ」
「だから原稿のためにパチンコ屋に来たんだと言っているだろう。わからないやつだな」
「家賃まで手をつけて打たなくてもいいだろ。どうせお前は本を出せばたちまちに多額の印税が入ってくるじゃないか」
「……お前、あたしの家に上がったのか?」
「安西さんから鍵を貰ったよ。お前の原稿がいつも遅いから隣人として監視するようにって」
「おま、その合鍵であたしが寝ている時に侵入してお楽しみしようってことなのか……」
「話を聞けよ!」
「まあお前があたしに気があるなら、やぶさかではないぞ? あたしも岐阜から東京に出てきて寂しかったからな。互いに身を寄せ合い体を温め慰め合おう。コンクリートジャングルは現代人には厳しすぎる」
「嫌だよ。どうせ炊事・洗濯・掃除当番になるのが見えてるから」
「カンの良いガキは嫌いだよ」
「いいから部屋に戻ろう。今ならまだ間に合う。お前なら書けるだろう?」
「はぁ……わかったよ。ここまで熱心に追いかけられたら、逃げれないからな。すまなかった、玲二」
「ったく分かれば良いんだよ。だいたい俺も自分の原稿もあるし、学校もあるんだ。あまり手間をかけさせないでくれよ」
「帰ったら速攻で仕上げる。2時間ぐらい遊んでしまったからな。今何時だ?」
俺は腕時計を見る。
「今? えーっと午後の4時過ぎだけ――しまった!」
「はははっ! あたしから気をそらすとは間抜けめ!!」
俺が腕時計をチラッとみたその瞬間、二筆は猛ダッシュで走り出す。
あっという間に俺との距離は開き、もうすぐ黒い点になろうかという勢いだ。
「あのやろう……! ってか雪駄なのにどうしてあんなに速いんだよ!」
「今まで黙っていたが、高校の時は陸上部のエースだったんだ! 昔とった杵柄とはこのことよ!」
「お前に負けていった選手たちを悔やんでも悔やみきれねぇ!」
「どうだ玲二。あたしに追いつけるか? お前は根っからのインドア派でロクに運動もしてないだろ。そしてあたしはジムにも通っている。つまりフィジカルの勝負に出た時点でお前の負けは確定していたんだよ!」
「はぁ……はぁ……く、くそぉ……お、おいつけん……」
俺と二筆の差はどんどんと広がっていく。
このままだと完全に逃してしまう。
小説でも負けて体力でも負けて……やっぱり神様は不平等だ。
「はーはっはは。余裕の勝利。さて、パチンコも大勝ちしたし、もう1軒、打ちに行くか」
高らかな笑い声とどこまでも原稿を書かない宣言が遠くに聞こえる。
その時だった。
『二筆先生!! あなたは完全に包囲されています!!』
どこからともなく――いや、俺と二筆の上空からたくさんの声がした。安西さんだ。
見上げると黒い塊が羽音を轟かせながら二筆を囲っている。
「ど、ドローン!?」
映画で見たことがある。
米軍が紛争地域に投入して敵を一掃するシーンなんかでよくあるやつだ。
「だけどここは街中……ひと気がないとはいえ流石にこれはやりすぎじゃ」
俺はスマホを取り出すとコールする。
「眼の前のドローン、安西さんなんですか?」
『玲二先生か。いかにも。操縦は私がしているが、支援は我らが稲妻文庫編集部が提供だ』
「こんなの持ってたんですね……」
『〆切りを守らない作家への最終兵器として導入された。私も使うのは二筆で数人目だ』
「編集って大変なんですね……」
準備ってこれのことだったんだ。
『玲二先生こそ、よくやってくれた。玲二先生が二筆先生を会話して引きつけてくれたおかげで準備する時間を稼ぐことが出来た』
「最初からこれが狙いだったんですね」
『ああ』
大量のドローンはじわじわと二筆の包囲網を狭めていく。
「くそっ! 汚いぞ! 女の子ひとり捕まえるのにこんなことをするなんて! この非道編集め!」
『二筆先生が〆切りまで原稿を提出してくれさえすれば、こんなことをする必要なんてないんですけどね。でも今日という今日は本当に本当に〆切りなんです。どんなに伸ばしても23時59分が限界なんですから』
「まだ6時間以上あるじゃないか!」
『反省していないようですね』
「ち、違うんだ! 今日は新台入れ替えの日で今日を逃すと――」
『FIRE!!』
その声と共に、複数のドローンから弾丸が発射された。
うわー、まじで打ったよ、あのひと。
「まじかよ!!!!!! ありえねーだろ!!! あの編集!!! 死ぬ!!!! あたったら死ぬって!!!!!!!」
二筆は走るも人の速度じゃどうにもならない。
最後は番傘を広げるも、もちろん意味も無い!
「うわあああああああああああころされるぅうううううううううううううう」
着弾の瞬間、俺も目を覆った。
が。
爆発音もなく、何かが開く音だけが静かに聞こえる。
恐る恐る目を開くと、二筆が網に捉えられていた。
「へ?」
『はっはっは。驚いたか? 稲妻文庫ドローン専用のネットランチャーだ。対象に直撃する直前で網が展開され、動きを封じ込めるのだ。殺傷能力はゼロだが、動きは完全に封じ込めることが出来る。……さて二筆先生』
その声が徐々に近くなってくる。
「安西さん?」
「やあ、玲二先生。本当にご苦労さま。実は君の端末にGPSが入っていてね。後を追いかけて影からドローンを操縦するタイミングを狙っていたのさ」
「まさか俺も尾行されていたのか」
「敵を欺くにはまず味方から、ってね――さて、二筆先生」
俺との話もそこそこに、安西さんは二筆の前へと進み、網に囚われへたり込んでいる彼女を見下ろす。
「やー、安西編集様。いや、これには深いワケがありまして……」
「別に理由なんてどうでもいいです。こちらとしては〆切りまで原稿さえ上がってくれれば、二筆先生がパチンコで破産してもまったく問題はありません。というわけで言い訳は結構」
そう言って安西さんはカバンの中からノートパソコンを取り出し彼女に差し出す。
二筆の部屋にあったやつだ。
「さ、二筆先生。原稿を書いて下さい」
「え……ここで?」
「はい、ここで。網を外したらまた逃げそうですし」
「あの、ここ、道路デスヨネ?」
「そうですが何か? 大丈夫です。簡易テーブルとクッションも持ってきましたので」
そう言うと安西さんはテーブルとクッションを彼女が捉えられているネットの中へと滑り込ませる。
「では私は近くのスタバでMac広げて仕事をしているので、完成したら教えて下さい。あ、玲二先生。二筆先生が逃げないようにしっかり見張っててくださいね」
そう言うと安西さんは颯爽と立ち去ったのだった。
「なあ玲二」
「なんだ二筆」
「〆切りは絶対に……守れよ?」
「……そう、だな……」
夕方の寒空の下、あまりにも不憫な二筆に俺は上着を貸してやる。
原稿が出来上がるまでの数時間、公道でネットに囚われ原稿を書いているシュールな絵面を俺は眺め、教訓として胸に刻んだのだった。
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