第4話 恋愛ごっこは突然に

葵は真っすぐに私を見ていた。


おそらく彼女は真剣なのだろう。


でも付き合うって……


もしかして葵は女性が好きな人なのかな?


もうわけが分かんない。


「急にそんなこと言われても……」


「付き合うって言っても本当に付き合わなくていいから。


その……恋愛ごっこでいいの。」


葵が私から目を逸らして、恥ずかしそうにうつむいていた。


「私ね、趣味で小説を書いているの。


それで恋愛小説が書きたいんだけれど……


今までに恋愛をしたことがないから。」


「え……それで恋人役がどうして私なの?


恋愛するなら普通は異性とでしょ?」


「男の人ってなんか怖いから……


だからお願い!」


「意味が分かんないし。」


私は部屋の真ん中にある小さな机の前に座った。


「そもそも恋愛小説を書かなくて良くない?


恋愛したことないならさ。」


葵がムッとした様子で「そんなことないもん。」と言った。


「私自身が恋愛したことないからこそ、自分が書いた小説を読んでドキドキしてみたいの。


でも何を書いたら良いのかさっぱり分からないし、ちょっとくらいは恋の経験が必要で……」


「マジで意味わかんないし。


もう私寝るからおやすみ。」


「分かった!じゃあ、もういいんだね!


明日、教室中にばらまくからね!」


あ……


私は弱みを握られていたんだ……


あの写真を広められるのはまずい。


私はあの頃の自分とお別れするために、女子高に入ってここまでキャラチェンした。


そして一人暮らしまで始めたんだ。


私は今までの努力を泡にしてしまうの?


それならばいっそのこと、恋愛ごっこをした方がマシだ。


そもそも恋愛経験ゼロの女性が相手なんだし、どうせ笑顔で適当に会話しておけば問題ないはずだし。


私は決心した。


「分かった。付き合うよ!」


葵は顔を笑顔で輝かした。


「私の恋人になってくれるの?」


「うん……」


「やった!これからよろしくね!」


葵はそう言って、私の隣に腰を下ろした。


「恋愛ごっこするんだから写真消してよね。」


「恋愛ごっこって言うの禁止にする。


何か冷めちゃうよ。」


「ごめん……」


て、なんで私が謝ってるの?!


「分かってくれればいいよ。


あと写真は小説が完成したらちゃんと消すから。」


「ちょっと待って?!


小説ってどれくらいで完成するものなの!?」


葵が「分かんないよ。」と言って笑った。


「マジで……」


「凛ちゃんが協力してくれたらすぐにできるよ!」


「協力って何したらいいのよ……」


「私をドキドキさせて。」


葵はそう言うと、そっと私の手を握った。


「ちょっと!」


葵が私の声を無視して、肩にもたれかかってきた。


私の肩に葵のサラサラな髪が触れる。


とても良い匂いだった。


シャンプーの甘い香りが髪に残っているのかな?


「凛ちゃん?」


「どうしたの?」


「好き。」


「何言ってんの……」


「恋人なら普通でしょ?」


私は全身がくすぐったい気がした。


今まで他人に好きと言われて、こんなにも照れくさかったことがあったかな?


「ちょっと恥ずかしいよ。」


「もしかしてキュンとした?」


「そんなわけないし。」


葵は「ふーん。」と言って笑った。


「えい!」


葵が私に抱き付いてきた。


私は急に抱き付かれたので、バランスを崩して後ろに倒れてしまった。


「ごめん!頭打ってない?」


「大丈夫。でも……」


「でも?」


私は自分におおかぶさる葵を見て、不覚にも胸をドキドキとさせてしまった。


「凛ちゃんのまつって長くて綺麗だね……」


葵はそう言うと、私の唇に顔を近づけてきた。


そしてお互いの唇と唇が触れ合った。


私は新しい恋人との初めてのキスに気が動転してしまった。


この日はもうまともに目も合わせられないだろう。


でもどうしてこんなに気が動転しているの?


たかがキスくらいで……


こうして私達の特別な女子高ライフは新たな幕を開けたのだった。

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