俺が彼女と付き合ってから
第37話 過去と向き合って、ついに。
「ただいまー」
「ただいまー!」
二人の声が玄関から聞こえてきた。
「お帰りなさい、あなた。ご飯にする?お風呂にする?それとも……」
一度やってみたかった定番のネタ。さぁ、陽輝、恥ずかしがってね!隣に陽奈ちゃんがいてもうちは気にしない!
「じゃあ翠で。俺の部屋にあとで来てくれ」
「わ、た、し……って、えぇ?うちなの?!」
うちと言われて顔が赤くなる。このネタを振ったのはうちだけど、陽輝が乗ってくるなんて思ってもなかった……!
「まぁ、冗談だ。そんなに顔を赤くすんなよ〜」
どこか幼い雰囲気を持って笑う陽輝。今までこんな笑顔は見たことがなかった。いつもどこかで冷静さを持っていつつ笑っていた陽輝が……
「う、うるさいよ!……部屋で待ってるからね。あとで来てね……」
冗談と言っていたけれど、うちからしたら都合がいいことに気づいたので部屋に向かう。看病しに行った時に部屋の場所は知っているので迷わず行ける。
「……お兄ちゃん。ちゃんと責任とりなよ?」
「何のだよ……冗談って言ったんだがな」
「お兄ちゃんはそんなんだからダメなんだよ……バカ」
階段を登る時に背中から聞こえてきた話に苦笑しつつ心の準備をしながら陽輝の部屋へ行った。
◇ ◇ ◇
「ねぇ、何か言うことは?」
うちが部屋で待つこと三十分。やっと陽輝はきた。まさかこんなに待たされるとは思ってなかった。
「一応待たせたのは悪いと思ってるが、俺は冗談って言ったからな?」
「聞こえませんでしたよーーー」
「嘘つくなよ……何で俺の部屋にまだいるんだ?もう帰らねぇと明日に響くぞ」
——— 今しかない。うちの思いを伝えるチャンスは。覚悟は決めている。どうなるかはわからない。でも、うちは信じる。
「あのね?この写真見て思ったことがあるんだよね」
飾ってある写真を指差して話す。
「これか?この写真がどうしたんだ?」
「黒木くんと、陽輝と映ってる女の子に、陽輝はボールをあげたんだよね?」
確か合コンの時に聞いた話。ボールを上げた、それも大切なやつ。
「あぁ、あげたぞ。それで?」
「その女の子は、ボールを貰ったからバレーを始めたんだよ?それで頑張って頑張って……頭は悪いけどバレーに関しては上手くなって、選抜にも選ばれたんだよ」
「……何で、知ってるんだよ。翠は、俺が想い続けてる子を知ってんのか?」
少し威圧的に、陽輝は言ってくる。どこか必死にもなっている気がする。
「ついこの前、知ったよ。ちゃんと確認も取れた。黒木くんと話して、わかったんだ」
「……そうか。情けないかもしれないが、俺は名前だけは今でも思い出せない。だから、教えて———」
「思い出せないのは当然だよ。陽輝さ、その子との思い出も何一つ覚えてないんじゃないの?」
「っっ!!……何で知ってんだ……」
遮るように言ったことに対して、陽輝は驚きと苦しみ半分ずつあるような表情をした。
「陽奈ちゃんから聞いたんだよ……事故のことも、その後に起こったことも」
「事故に何の関係が……」
「陽輝。よく思い出して。目を背けないで、事故の時何があったのか」
こっから、正念場になるだろう。うちがどれだけ陽輝を支えられるか、陽輝が過去と向き合えるか。
「父さんが、交通事故で死んだ……いや、違う?父さんはその日仕事はなくて、俺と遊ぶ約束をしてたはず……なら何で……」
俺は翠に言われ、あの日のことを思い出していた。
翠に言われた、目を背けないで、という言葉。それを聞いた時に何かの鍵が開いたような音が頭の中に鳴り響いた。
次々に頭の中に流れてくる情報。それらが俺に何があったのかを教えてくれた。そう、あの日にあったことは———
父さんが死んだ日、俺は公園で遊んでいた。珍しく父さんの仕事が休みで、いろんなことをして遊んでいた。
その帰り道だ。信号を渡っていた時に一台の車がこちらに向かってきていた。俺は父さんと話すことに夢中で気づいていなかった。
俺が気づいた時にはもう目の前に来ていた。その時の運転手の顔は覚えている。焦っている表情。目玉が飛び出してきそうなほどに目を見開いて口も大きく開けていた。
頭の中で一瞬よぎった。あぁ、死ぬ、と。だけど実際は違かった。背中に強い衝撃を感じて、俺は前に飛ばされた。と、同時に後ろからドン!という衝撃音が響き、俺は道路とぶつかった。
手からぶつかって、かなり痛かった。だがそれよりも気になることがあった。俺が今多少の怪我で済んでいるのは、誰のおかげなのか?
考えればすぐわかった。隣を歩いていた父さんが突き飛ばして、車から避けさせたんだと。
じゃあ、父さんは?どうなったんだ?
痛みを気にしてる余裕はなく、周りを見渡せば血塗れで倒れている父さんを見つけた。周りの人は、騒いでいた。だがどうでもいい。今は父さんが生きていればいい。
すぐに俺は駆けつけた。たった数メートルがものすごく長く感じた。父さんのそばに着いた時、まだ生きていた。
「父さん!死ぬな!死なないでくれ!」
「……陽輝。無事でよかったよ……陽奈と、母さんを任せたぞ……」
その一言を言って、父さんは動かなくなった。
そのあとは覚えていない。気がついたら病院のベッドの上に俺はいた。一応頭を打っていたらしく、念のために入院することになってた。
ベッドの上で考えた。何故あの時もっと早く気づかなかったのか。何故足を動かせなかったのか。何故———。
ずっと考えるうちに、壊れた。何もかも忘れたくなって、忘れようとした。父さんを殺した俺に幸せになる権利はないと思った。
気がついた時には忘れていた。父さんの身に起こったことも、あいつとの思い出を。
忘れていたんじゃなくて、心の奥底に鍵のついた箱でしまっていただけだった。
その箱は開いた。だから、あいつの名前もわかる。今までの思い出もわかる。父さんとの思い出もわかる。死んだ理由もわかる。
また狂いそうになる。相手が悪いと分かっていてもあの時何かできたんじゃないのかって。
理由をつけてあいつの名前を、思い出を忘れていたことは最低なんじゃないのかって。
そう考えるたびに、また、壊れそうになる。
だけど———
「陽輝。今までよく頑張ったね……」
俺を包み込んでくれる人がいて、支えてくれる人がいる。そして、父さんの最後の言葉を思い出す。
母さんと、陽奈を頼む。
頼まれているのだから、壊れている暇はない。これからも思い出すたびに苦しむのだろう。
だが、それは決して俺だけが悪いわけじゃないともうわかっている。だから気にしすぎることもないのだとわかる。
今度父さんの墓にでも言って、ちゃんと伝えるべきだ。助けてくれて、ありがとうって。
「翠、いつまでそうしているつもりだ」
全てを思い出した俺は、前のようにならずに済んだ。途中で危なくなったが、俺の頭を抱き抱えている目の前の女の子のおかげで何とかなった。
だが、離す気配がない。ずっと顔に柔らかい感触がある。……いい匂いがして、落ち着いていられる。離れがたいと思うが、そういう訳にもいかない。
「無視すんなよ。俺はもう平気だ」
「本当に、大丈夫?」
「あぁ、もう平気だよ。ちゃんと向き合ったさ、弱かった自分にな。それより……早く頭を離してくれないか?」
「………エッチ」
「いやお前が……」
俺は悪くない。絶対に悪くない。
やっと解放された頭。少し寂しいとも思ってしまう。まぁ、しょうがないか。
「とにかく、全部思い出した。……いつから知っていたんだよ、翠」
「どっちのことかなー?」
ニヤニヤしている翠。きっと、俺が全部思い出したということを聞いて期待でもしているんだと思う。
さんざん俺はあいつが好きだって言ってきたのもあるからなぁ……。
「両方教えろや」
「そんな言い方はないでしょー……事故のことは看病しに行った時、君の初恋相手は……二人でデートした時かな?」
クネクネし始めたぞこいつ……気持ち悪いな。だけど……そんな姿でさえ愛おしく思える俺もいる。
「そうか……待たせただろ。悪かったな」
「気にしてないよ!陽輝も大変だったんだし……それで、思い出したってことは期待してもいいんだよね?」
「何のことだ……と言いたいが、まあそうだな。……こんな流れはあんまり良くはないと思うが……」
一呼吸入れて、言う。
思い出したあいつは、目の前の女の子なのだから、気持ちは伝えるべきだ。数年間、積もりに積もった思いを。
「ずっと、ずっと、好きだった。お前のことが。名前も顔も思い出も途中で全部失ったけれど、それでも好きだった。こんなダメな俺でも、俺と、付き合ってくれるか?」
「うん!もちろん……いいに決まってるよ!うちも、ずっとずっと好きだったんだから!」
飛びついてくる翠。それをしっかりと受け止め抱きしめ返す。
ここまでくるのに長かったと思う。離れ離れになって、忘れてしまって、忘れたまま出会って、仲良くなって、そして結ばれるまで。
本当に、翠に感謝しかない。
ありがとう、翠。
だけど……付き合い始めたことが、クラスメイトにバレたら俺、どうなんのかな?と不安になった俺もいることは秘密だ。
なんとかなる。多分。
読んでいただきありがとうございます。
上手くまとめられた自信はありませんが、とりあえず一章完結です。
次からは、週1で、投稿します。理由としては学校生活により時間が足りずらくなったことと、もう一つ作品を出そうと思っていて、それの確認等に時間がかかっているためです。
とりあえずここまで読んでいただいた方、応援してくれた方。本当にありがとうございました。
これからも頻度は下がりますが、この作品を読んでいただけると幸いです。
週1は、今のところ水曜か、日曜のどちらかにしようと思ってます。
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