凍る闘技場の決戦

 冬を統べる魔獣が咆哮を上げると、氷の世界が割れた。

 湖に張った氷が、魔獣の足元から黒騎士を目掛けて、真っ二つに裂け始める。


 見えない砕氷艦が突っ込んで来るかのごとく、氷塊をり上げながら黒騎士に迫るひび割れ。

 そして黒騎士の元まで到達すると、氷の足場はバラバラに崩壊した。


 浮力を失った氷の足場は黒騎士の重さを支えきれない。当然彼はその場を離脱する。

 その動きは全身鎧フルプレートを着ているとは思えない身軽な跳躍ちょうやくだった。


 しかし、次に黒騎士が降り立った場所も安全地帯ではない。


 突如かたむく足場。

 まるでテーブルがひっくり返されるかのように、巨大な氷の板が起き上がる。

 上昇する足場に持ち上げられた黒騎士が下を見れば、湖が獲物を丸のみにしようと大口を開けて待っていた。


 水は透き通っているはずなのに、底が一切見えない入り口。その深淵しんえんは怖いほどにひたすら青く、そして仄暗ほのぐらかった。




 ――れこそが、冬の王の真骨頂。

 冬の大自然そのものが、たった一人を相手に牙をく。


 そして……これは周囲に仲間が居ないからこそ可能な大規模破壊だった。


 やはり魔獣がさとった通り、彼にとって“守るべき誰か”は、ただのかせにすぎないのかもしれない。




 巨大な氷の板はそのまま反転し、黒騎士を冷たい湖に叩き落とすはず。

 それで全てが終わる――かに見えた。




 その瞬間、氷に大きな穴が開いた。

 氷を融かしたのはもちろん黒騎士の炎。ただし、それは巨大な腕の形をしている。


 完全に肉体を失ったからだろうか。

 黒騎士は黒い炎を文字通り、もう一本の腕のように、今まで以上に使いこなし始めたのだ。


 鎧の背中から生えたそれは、骨ばった人間の腕にも、風切羽の無い翼のようにも見える。

 あるいは、黒騎士に寄生した化け物が、その体の一部をさらしているのか……。


 起き上がった氷の足場はいよいよ垂直な状態を越え、今度は裏だった面が表になるよう倒れ始める。

 黒騎士はそのまま炎の腕を使って穴のふちつかみ、表側に姿を現した。

 ほぼ垂直な氷の壁に食い込んだ燃える爪は蜘蛛クモのように、宿主やどぬしの体が落ちないようしっかりと固定している。


 このまま氷の板を倒してもらちが明かない。

 急傾斜の足場をものともしない黒騎士の姿を見て、魔獣はそう判断したのだろう。


 魔獣が精霊に命じる。すると、黒騎士が穴をあけた氷の板はなんの前触れもなく砕け、バラバラに崩れ始める。

 空中崩壊した巨大な氷の板は、いくつもの氷がメートル大の塊として、冷たい湖面へ着水していった。


 崩壊に巻き込まれる黒騎士。

 さらに自由落下する氷塊のかげから、黒騎士を狙って氷の槍が突き出してくる。

 しかし、それを予測済みだった黒騎士は、落下する氷の塊を足場にしながら難なくかわした。


 その後も、落下する氷塊を跳び移り続け――最終的に目指すは、魔獣が立っている平地だ。

 最後の足場でひときわ大きなジャンプをすると、黒騎士は魔獣を目掛けて重力を利用した兜割かぶとわりを仕掛けてきた。


 それはまさしく英雄譚の一場面。黒騎士が巨大な黒い炎の騎士剣ブレードを振りかぶりながら、冬の魔獣を目掛けて頭上から落ちてくる。

 だが、それを確認するなり魔獣は、豪気にも氷の鎧で斬撃を受け止めようと身構えた。


 ガキィンと、何か硬いものが砕けるような音が響く。


 しかし、魔獣は倒れない。

 致命傷を与えられなかった黒騎士はさっと魔獣の正面から跳び退く。


「……まあ、そう簡単におぼれてはくれないよな!」


 だが、攻撃を防いだはずの魔獣は忌々しげにうなった。


 魔獣は黒焦くろこげた小さな切り傷を氷で修復しながら黒騎士をにらむ。

 残念なことにあと一歩、凍てつく鎧の強度が足りなかったようだ。




 どうやら、大雑把おおざっぱな地形破壊では、黒騎士を捕らえるのは難しい。とはいえ、これは正直、想定の範囲内である。

 だが、これ以上大規模な操作をしようとすれば、わずかながら時間がかかるだろう。

 黒騎士は当然、その隙を見逃してくれないはずだ。


 ならば結局、黒騎士を倒すには、直接的な殴り合いが必須……しかし、それは元々覚悟の上。

 魔獣にとっても決戦は望むところである。


 ゆえに魔獣は次の手を打った。


 突如として、魔獣を中心にますます深くなる濃霧。

 それは闘技場全体に広がっていき、魔獣の姿はだんだんと白一色の世界に呑まれていく。

 しかも、ただ視界が白く染まっていくだけでなく、感覚が狂わされているようだ――黒騎士はそれを理解した。


 本当はさらに加えて、触れた箇所の熱を奪う特性をもつ死の霧なのだが……あいにく魔術を焼き払う黒い炎の化身となった黒騎士には、全く効果が無い。


 ただし、無意味ではなかった。

 この殺意が高い霧を無効化し続けるために彼は、黒い炎を絶やさず燃やし続けなければならないのだ。


 それは黒騎士に一方的な消耗を強いると同義であり、持久戦なら魔獣が有利であることを意味している。


 よって、素早く勝負を決めたい黒騎士は、霧で姿を見失う前に思いっ切り踏み込み、剣の一振りで魔獣の首をねた。


 まさに、一瞬の出来事。


 斬り飛ばされた魔獣の首は、重力に従って落ちて行き……凍結した湖面にぶつかった衝撃でさらに砕けた。


 彼が斬ったのは氷の像。

 その正体は、いつの間にかすり替わっていただ。

 魔獣が復活できないよう黒い炎で火葬する心算つもりだった黒騎士はそれを見て、してやられたことを理解した。


 霧と雪を味方につけて、ほんの一瞬のうちに完全に姿をくらませる芸当。まさしく冬に潜む怪物だと言えるだろう。

 漆黒の毛皮――白銀の世界で暮らすにはちぐはぐな印象だった以前とは違い、今の魔獣は雪の世界の捕食者として立派に君臨している。


 その時、黒騎士の横で霧が不自然に揺らめく気配。

 真っ白な視界から飛び出してくる二連の氷柱つらら

 黒騎士は身を転がすようにそれをかわし、氷柱つららが飛んできた方向へすぐさま炎を放って反撃する。


 黒い火球が通り過ぎたあとは、霧が解除されぽっかりと穴が開いた。

 しかし……すでに魔獣の気配は無い。


 氷の剣が吹雪に乗ってつんざいてくるなか、周囲を旋回するように移動する、重厚で静かな気配。

 深い霧に紛れて、捕食者が黒騎士を付け狙う。


 黒騎士は飛んで来る氷の剣を切り払いながら、その場で魔獣が現れるのを待ち構える。そして炎を何時いつでも放てるように、鎧の内側で息を潜めさせた。




 ――そう。魔獣の思惑通り、黒騎士の炎は現在本領を発揮できない状態だ。

 半ば封じられていると表現してもいいだろう。


 もちろん燃やすための燃料いのちを補給した今、使おうと思えば先ほどまでの通り炎を出すことができる。

 できるのだが――その場合は、足場が不安定になる覚悟が必要だ。


 例えば、全身に炎をまとわせようものなら……結果は考えるまでもない。そのまま黒騎士は足場を失い、湖に落ちてしまうだろう。


 そして今の黒騎士は、鎧が核になっているとはいえ、炎そのものとなっていた。


 現状、鎧の中身は、完全にからだ。

 残っていた肉片や骨の欠片も、完全に燃え尽きてしまった。

 ほんのわずかでも肉体が残っていた頃ならともかく……現在の状態で水の中に落ちてしまえば、その時は致命傷じゃ済まない。


 ゆえに黒騎士は、黒い炎で立ち込める霧を払うこともできないし、あられを投下してくる猪口才ちょこざいな精霊たちを焼き尽くすこともできないのである。


 しかし、いくら巧みに抑えているとはいえ、鎧の中で燃える熱は伝導する。立ち止まった足元の氷が、少しずつ融け始めていた。


 戦場の主導権イニシアティブは、徹底して魔獣が握っている。

 そもそもこの不安定な足場は、常人なら滑ってまともに動けないだろう。

 そういう意味だと、流石は人類最高峰の騎士だと彼を褒めてやるべきかもしれない。


 とにかく、この氷の闘技場は、黒騎士にとって最悪の環境だった。




 黒騎士にとって圧倒的不利な状況。

 だが魔獣が手心など加えてくれるわけがなく、彼のほうもそれを承知している。


 どちらかが息絶えるまで、この戦いは終わらない。


 そしてついに、背後の霧の中から、襲いかかってくる気配が。

 黒騎士は先行して黒い炎を――自分を模した炎の幻影を放ち、続いて自身も迎撃に出る。


 先ほどの巨大な腕と同様、今度は炎で自分自身の全てを再現したのだ。


 炎の騎士と鎧の騎士。

 疑似的な分身の術は容赦ようしゃなく、襲撃者を返り討つ。


 二本のブレード、二人分の斬撃で、あっさりと粉々になる魔獣――の氷像。よく見れば、氷でつくられた操り人形だった。


 だが、今さら気付いても遅い。

 ジーノの泥沼の時とは違って、核を持たない炎の幻影は対象の見分けなんて付けられない。動作のほうも踏み込んで数度切りつける以上の複雑な行動はできなかった。

 役目を果たした炎の幻影は形を失い、ただの黒い炎として霧散する。


 その瞬間、白く深い霧の向こうで、蒼く輝く双眸そうぼうが静かに揺らめいた。


 霧の中から飛び出してきたのは、黒騎士が知る魔獣の姿。

 別方向から襲いかかってきた魔獣の不意打ち。

 黒騎士は辛うじて盾で受け止めたものの、それ以上はすべなく弾き飛ばされる。


 そんな氷の上を転がる宿敵を、押さえつけるように跳びかかってくる魔獣。

 巨体が降り立った重みで、氷がビシッとひび割れた。


 しかし、逃げる黒騎士に魔獣の攻撃は僅差で届かず、体勢の立て直しを許してしまう。

 それでも魔獣は鉤爪を振り、尾を薙ぎ払い――まるで発狂したかのように怒涛どとうの連撃を繰り出し続ける。


 かわし続ける黒騎士。

 一瞬たりとも気を抜くことができない激しい攻防。

 しかしその最中さなか、黒騎士は妙な違和感におちいっていた。


 確証はない。

 だが、今まで戦ってきた魔獣とは、途中から明らかに攻撃のが違う。


 これではまるで……そう、


 理性をほぼ失っているからこそ察することができた微妙な差異。

 き出しの魂だからこそ得られた、超直感的な境地。


 ぬぐいきれない違和感によって、黒騎士の剣捌けんさばきがわずかににぶる――それとほぼ同時に、背後の空気が揺らいだ。


 黒騎士は自身の直感に従って振り返る。

 すると彼は、自分の目を疑った。


 深い霧の中から姿を現したのは、頭部を修復した最初の氷像。

 ただし、像にすぎなかった氷のけものは、血肉がかよい、半分は本物の魔獣と化していた。




 ――冬の王は不死身の魔獣だが、それと同時に氷の怪物だ。

 つまり、雪と氷さえあれば、彼は好きに肉体を作り直すことができるのである。


 そのうえ、やろうと思えば、捨てられた肉体でさえも動かせる――そう、かつて斬り落とされた尾を、大剣に作り替えた時のように。




 半獣半氷な状態の怪物は、自身の尾を大剣のように見立て、全身を使って黒騎士に斬りかかってきた。


 魂無き肉体と魂の宿る氷像、前後からの挟撃。

 黒騎士が間一髪かんいっぱつかわすと、尾の斬撃は背後から襲ってきた空っぽの肉体諸共もろとも叩き切り、凍らせ、そして粉砕してしまう。


 直感により、黒騎士はなんとか敗北をまぬがれることができた。

 だが、魔獣の連撃は終わらない。


 その衝撃の余波か、あるいは魔獣が操作したのか、黒騎士の足元で割れる氷。

 さらに宿敵を沈めようと、魔獣が前脚を叩きつけてくる。


 壮大に巻き上げられる水飛沫みずしぶき。魔獣からあふれる冷気により、そのままの形で凍りつく。


 しかし、黒騎士に攻撃は当たらなかった。

 黒騎士は魔獣の腕を紙一重かみひとえで回避すると、浮かぶ流氷を足掛かりにする。そして、驚異的な身体能力で足場が安定した場所へと復帰したのだ。


 生還した黒騎士が転がり込んだのは魔獣のふところ――ついでとばかりに黒騎士は、くらく燃える炎の騎士剣ブレードを斬り上げる。


 肉が焼ける音が混じった、鋭い斬撃音。

 惜しくも心臓かられた黒い炎が、魔獣の左肩部分を完全に炭化させた。


「ゴガアアッ!!」


 不意の痛みにえる魔獣――いや、違う。これは簡易的な詠唱だ。


 大きく開いた魔獣の口。

 強大な魔力により、その中が青白く光って見える。


 直後、魔獣が凍てつく息吹ブレスを吐き出し、息吹ブレスの触れた黒騎士の足元から氷の槍が突き出してきた。


 魔獣を中心に展開される氷の剣山。

 ただの氷が金剛鉄アダマンタイトの鎧を貫ける可能性は低いが、この魔獣が相手では油断できない。

 黒騎士はこれ以上の追撃を諦め、回避に専念する。

 その際、黒い炎の巨腕を振るい、炎で魔獣のよこつらをフックの要領でぶん殴った。


 質量を持った炎の衝撃が、魔獣の頭部を右側から焼く。

 魔獣の頭部が一部炭化。

 眼球や嗅覚器を、一時的に使えなくすることに成功。

 魔獣が氷で黒焦くろこげになった損傷箇所を修復させながら鉤爪かぎづめで反撃するも、黒騎士は後方へ飛び跳ねる。


 視覚が潰されたためか、定まらない魔獣の狙い。

 だが、定まらないならばと言わんばかりに、魔獣は氷の息吹ブレスき散らし、周囲をさらに凍らせた。


 全方向、さらに広範囲へと広げられていく串刺しの領域。

 連鎖的に足元から突き出してくる氷の槍。そして吹雪に舞う氷の刃も、無差別に周囲を切り裂く。

 平坦だった氷の足場が、見る見る間に姿を変えた。


 視界が悪く、頭上と足元からの同時攻撃。

 黒騎士はそれらを回避かいひや迎撃し続けながらも、しっかりと反撃の機会をうかがう。


 忘れてはならない。逃げ続けたところで、黒騎士に勝利は無いのだ。


 そして荒れ狂う刃の吹雪と氷の槍の隙間、針を通すような穴の先、黒騎士はついに突破口を見つけた。


 だが、そこへ到達するためには、危険な道を抜けなければならない。一歩間違えれば逆に鎧ごと切り裂かれるだろう。

 しかし黒騎士は躊躇ためらうことなく跳躍ちょうやくし、魔獣を目掛けて前へと進み出る。


 ――まさか、それこそが用意された罠だなんて、事前に察することは、まず不可能だった。


 着氷した瞬間、まずはジュボンと、どこか間抜けな感覚ともに、黒騎士の足が湖面の氷を抜ける。


 冷たい水が黒騎士の鎧に触れると、一瞬だけジュワッと音を立てて蒸発。

 その音に驚く間もなく、周囲の薄氷もばらけて黒騎士を湖底へ沈める落とし穴となった。


 それは、あえて用意された攻略ルート。

 黒騎士の戦闘能力を逆手に取った巧妙な罠だ。

 魔獣は自分の元へと至る道筋を用意し――その一部分だけ足場が割れやすいように、極端に氷を薄くしていたのである。


 凍る湖に、黒騎士は足から沈んでいく。

 その様子を魔獣の双眸そうぼうが、霧の向こうで蒼く揺らめきながら見据みすえていた。


 先ほどの火傷は、とっくに修復されていた。


 ――【崩壊せよ】――。


 さらにグオンと、獣の鳴く声。

 たったの一言、精霊せかいに命令を下す龍のドラゴン・言霊ヴォイスが、凍る闘技場に響き渡る。

 その声に応えるかのごとく、空のほとんどをおおう氷の闘技場の壁が一部、音を立てながら崩壊して落ちてきた。


 まるで氷山の一角が崩れて落ちたかのごとく、巨大な氷の塊が押しつぶそうと頭上から迫り来る。


 確実に殺す手段。

 逃げ場など存在しない、面による制圧。


 しかし、その刹那せつなの出来事。

 黒騎士は全身から炎を噴き出すと、その反動をって腰まで沈んだ水の中から離脱したのだ。


 勢いに乗って黒騎士は、闘技場のほぼ反対側まで移動する。さすがにそこまで氷の塊が落ちてくることはない。

 それはたとえるなら、暴発した銃か、もしくはジェット噴射のような緊急回避だった。


 刺すように冷たい湖の水で濡れた体――熱とは真逆の性質に晒された肉体を、無理やり燃やす負担は想像を絶する。

 ましてや、多少軽くなっているとはいえ自身の質量を飛ばすほどの炎だ、せっかく回収した燃料いのちが大量に消費される。


 もちろん、なるべく使用すべきではない最終手段だ。

 しかし切り札をきった甲斐かいもあって、消滅寸前の状況から抜け出した黒騎士。


 噴き出した炎の勢いは黒騎士自身にも制御不能。

 さらに熱で溶けかけた氷の表面のせいで、流石の黒騎士も盛大に滑って転ぶ――しかし、ぐるんと体を回転させ、油断なく体勢を立て直した。


 視線の先には、身をひるがえした魔獣。

 取り逃がした獲物を仕留めようと、一瞬で巨大な氷の槍を生成し、大型弩砲バリスタのように飛ばしてくる。


 それを見た黒騎士も、空中に生み出した巨大な黒い炎の槍を投げ放って、魔獣の攻撃を迎え撃った。


 衝突する氷と炎の槍。

 その切っ先が触れ合うと同時、大量の白い湯気と共に水蒸気爆発が起こる。


 周囲を震わせる轟音、そして爆風。


 二本の槍はそれだけを残し、完全に互いを相殺そうさいし合って、消滅した。




 ――互いの攻撃が跡形もなく消え去り、沈黙が流れる。

 聞こえてくるのは吹雪の音……宙を舞う氷の刃は旋回し、隙をうかがう。


 爆発によって一時的に霧が晴れた空間。最初のように、再び正面から向き合う騎士と魔獣。

 互いに呼吸を整える――厳密に言えば、双方ともに“呼吸”はもはや必要ないのだが、互いに攻めるタイミングを見計らっていた。


 ここまでくれば、二人の間に言葉を交わす余地などないし、必要もない。


 黒騎士が雄叫びを上げ、魔獣が負けじと咆哮を上げた。

 押し込められた鎧の内側から溢れ出す憎悪の黒い炎と、全方向から包囲する冷たい氷柱つるぎの吹雪がぶつかり合う。


 そしてほぼ同時に、彼らは動き出す。


 結末を霧が再びおおい隠すなか、二つの影が交差する――!






 ――その瞬間、くもり空の向こう、宇宙そらの果てがまばゆかがやいた。


 まるで巨大な柱が落ちて来たかのように、空から降ってきた光。

 周囲に大気を切り裂く轟音が響く。


 それは分厚い雪雲に穴をあけ、魔獣と黒騎士が戦う氷の闘技場をまたたく間に呑みこんでしまった。



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