雪と炎に沈む王国(上)
憤怒と憎悪と、
その
ネナトの町を襲う局地的な異常気象。
かつて魔獣が“吹雪の結界”と
風に舞う氷の刃は、冷たい殺意に
もはや近づく者を
それらは執念深く獲物を追い立て、周囲の壁や石畳ごと巻き
とはいえ、ある程度はきちんと相手を選別している。なにも無差別に
雪と氷に閉ざされれば、
世界を管理する側の立場となった冬の魔獣。
つまり、信仰を受けるべき存在となった今の彼には、
滅ぼすべきは、片翼の女神を
あるいは信仰すべき
冬の魔獣に問われれば、精霊たちが声なき声で、偽りの女神を信仰する愚かな人間どもの居場所を
思案に
かつて
「……なるほどな。こういった使い方もできるのか」
その中央で魔獣は天に腕を伸ばし、冷たい風の流れに
この雪と氷の世界において、全ての
冬の世界が
そして、冬は死の季節。
狙われた獲物は、絶対に
露骨に
その怒りは
兵士たちの中には、少なからずそれを
レヴィオール王国における“戦争”は、すでに終わっていた。
今現在行なわれているのは、冬の魔獣という
それは魔獣にとって、文字通り
だが、いつまでも雑魚と
もうすぐそこまでソフィアが連合軍を引き連れて来ているはずだ。それまでに終わらせて、この地を去らなければ……。
――ふと思い出す、記憶の中で一番幸せだった日々。
心優しい少女の、
それは最後の花弁が
かつて魔獣は、ソフィアの未来を想って決別の道を選んだ。だからこそ、合わせる顔が無いと思っていた。
それなのに、
「……そうだ、故郷を取り返したんだ。ソフィアはきっと、喜んでくれる!」
返り血に
他人を思いやる心の大半を失って、残すはバラの花弁一枚分の欠片。それ以外の全てがドス黒い感情に汚染された胸の中。
その中で唯一輝いている、最後の心の
魔獣が
「だが、このまま会っても片手落ちだな……せめて王都を、城を完璧に取り戻してからでないと」
だって、ソフィアはこの国のお姫様なのだから。
その
魔獣は鼻歌交じりで、彼女の故郷に
まるで主人に気に入られたい飼いネコが、せっせとネズミの
そこに在ったのは、純粋な善意と好意だった。
彼の思惑が実現されれば、間違いなく
* * *
時間の経過とともに、災厄の被害は拡大していく。
凍てついた
場所は変わって、そこはネナトの町から僅かに北西、広大な湖の北側。
かつてレヴィオールの王都とされていた町。
戦う兵士たちの声は、もうすでに聞こえない。
ただ静かに、終焉のシナリオをなぞるように、一つの国が雪と氷に沈んでいく。
不幸なメアリス教徒たち。
彼らがこの無慈悲な空模様から逃れるためには、丈夫な石造りの建物に引き
さもなくば、女子供とて容赦なく、氷の
これは、この地に
(なにが……いったい何が起きている。どうしてこうなった!?)
ブタのように肥えた
その建造物はレヴィオール王国の元王城である。
もっとも高貴な者が住んでいただけあって、この付近では間違いなく一番丈夫な建物だ。
メアリス教国が占拠してからは要人の宿泊施設として利用されていた。そして、その中で最も良い部屋を割り当てられたのがこの
暗い部屋の中、明かりも灯さず、豪華なベッドの上で
まさに、裸の王様である。
(クソ、クソッ! なんで由緒正しき
悪徳領主か、あるいは悪代官のような外見であるその男。彼は心中で理不尽な怒りに悪態を
しかし、ふざけた態度だが頼りになった中年大佐はもう居ない。
彼は
ついでに言えば、その事実を彼はまだ知らなかった。
氷の
そこから外を垣間見ることはできないが、今この瞬間にも凶暴な冷たい殺意が叩きつけられる音が聞こてきた。
そしてまた、バキッと破壊音が
正体は窓を塞ぐ家具の木材が割れる音だ。外から飛来した氷の塊が突き刺さったのだろう。
このままでは、塞いだ窓が突破されるのも時間の問題かもしれない。
こんなものが、自然現象なわけがない。明らかに何者かが行使した魔術だ。
ましてや天候操作ともなれば、行使したのは並の術者ではあるまい。
そう言えば、何人もの魔女たちが連合国側に味方したとの
「クソッ! どいつもこいつも役立たずが! なぜよりにもよって吾輩が! 貧乏人どもめ、吾輩は上級聖民なのだぞ!? 死ぬなら貧乏人同士で勝手に死ね!!」
生まれて初めて味わう、財力も権力も意味をなさない状況。今日までは安全圏から他人を
それなのに一転して、何か恐ろしい人智を超えた存在に命を狙われる恐怖。
その恐怖に耐え切れない
しかしそれも長くは続かない。
突然ぞくりと、寒気がしたからだ。
それは欲望と
何かが近付いてくる。誰だ?
見張りの兵士ではない。人間の兵士が、こんな恐ろしい気配を振りまくはずがない!
寒気が止まらない。
体の震えが大きくなってくる。
そして吐いた息も白く
どんどん冷えていく部屋の中。
聞こえて来る、大きな生物の足音。
その気配が近付くごとに徐々に部屋が凍りつき、扉と床の隙間から這うように
そしてついに、乱暴すぎるノックを
ばら
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