秘密兵器

 遠目で見てもその男は、他の者とは一線を画す立場であることが分かった。

 そこらにいた軍人とは、服装やシルエットが明らかに異質だ。


 戦場であるにもかかわらず、薄暗い街灯の下で呑気にパイプを咥えた中年の男。

 その体つきはお世辞にも、戦場に命を賭ける兵士のそれではない。

 上質な軍服には高級そうなマントと、輝く白銀の飾緒しょくちょにいくつもの勲章。

 そいつはまさしく、俺が探し求めていた“この町を支配する一番偉そうなやつ”だった。


 そして、そんな男を守護するは、総勢二十名以上の騎士たち。

 武器をそろえた画一的な集団ではない。

 それぞれの得意武器を装備した少数精鋭だ。


 この世界風に表現すれば……星の加護を多めにもった英雄といったところか。

 その様相は、明らかに俺を待ち構えている。


 俺は直感的に奴らの狙いを把握する。いい加減俺が、指揮官狙いで動いていることがばれていても不思議ではない。

 偉そうな格好で釣って、のこのこ釣られた俺を袋叩きにする計画か?

 パイプを咥えた男も、適当なおっさんに、お偉いさんの衣装を着せただけなのかもしれない。

 だが……それが罠の心算つもりなら、俺は正面から食い破るのみ!

 周囲の戦士――推察するに、メアリス教国内でもトップクラスの戦力。それをここで潰せるならば、それはそれで俺にとっても好都合なのだ!

 俺は奴らの待ち構える広場に向けて駆け出した。


 まず突進してきた俺を迎え撃つため、前に出てきたのは馬鹿みたいに大きな盾を持った騎士だった。

 重装歩兵の上位互換のような鎧を身にまとったそいつは、見るからに「防御に全振りした守備特化です」といった格好だ。


 俺は遠慮なくブチ殺してやるつもりで、そのまま突っ込む。

 そして俺たちがぶつかる直前、奴は盾を大地に突き刺して――正確には、石畳の隙間にねじ込んで、俺を迎撃するためのを作り上げた。


 衝突する魔獣おれと盾持ちの騎士。

 装飾に悪魔の瞳バフォメット・アイが組み込まれた盾は、その保有する魔力を全て防御に回し、俺を真正面から受け止める。

 頑強なミニチュア要塞と化した大盾持ちは見事、魔獣の突進を耐えきったのだ。

 その盾の背後には、刀剣持ちの騎士たちが待ち構えていた。


 遠目に控える騎士たちは魔術を使用していた。俺の氷柱つららを警戒してか、炎属性の魔力で妨害工作を行なっている。

 その膨大な魔力を補っているのも、複数の悪魔の瞳バフォメット・アイだった。


 騎士たちが魔獣を罠にはめて、ニヤニヤと見下すような笑みを浮かべている。

 相変わらず、奴らの情報共有は完璧なようだ。

 それゆえにが難しくなる。

 不殺のスタンスをつらぬこうと思ったら、かなり苦戦するだろう。


 ――だがお前ら、勘違いをしていないか?

 俺が厄介だと思っていたのは、事故死以外でなるべく立ち回っているからであって。

 つまり――こうなるんだよ、本来ならばな!


 俺は周囲の地面に膨大な凍属性の魔力マナを流し込み、炎属性に占領された空間からゴリ押しで支配権を手に入れる。

 そして、俺を中心に咲き誇る氷の華。

 地面から突き出した氷の剣山が、全方向に鋭く突き刺さる。


 どうせなら、雪の結晶に比喩ひゆしたほうが美しかっただろうか?

 流石にこんな、ありふれた適当な全方位攻撃。ほどんどの騎士は多少傷を負いながらも、問題なくかわす。

 だが一人だけ、俺の首を切り落とそうと嬉々として剣を振りかぶった間抜けな馬鹿が、そのまま凍てつく花弁につらぬかれて、それは鮮やかに真っ赤な花を咲かせた。


 目を見開いて驚く騎士たち。かぶとやフードで顔が見えない者たちも、その下で似たような表情をしているはずだ。

 数個の悪魔の瞳バフォメット・アイが秘める膨大な魔力。それを利用した戦場の属性支配。

 空間を火属性の魔力で満たされれば、凍属性の魔術は使えなくなる――そんな無茶苦茶な、効率も頭も悪い物量作戦。


 普通なら実現不可能という欠点に目をつぶれば、属性支配は効果的な戦術ではある。

 それを反則チート染みた魔力量で――少なくとも二人以上のバフォメット族の命を対価にして実現したメアリス教国。

 さぞや世界の支配者気取りで、いい気分だったに違いない。


 だが、それが正面から破られたのだ。

 自分たちが絶対的に優位だと思い上がっていた奴らを、地面に叩き落とす感覚。

 これが愉快でたまらない!


 そうさ、所詮しょせんお前らの戦争なんて、俺がで手加減してやっているから成立しているお遊びにすぎないのだ!

 問答無用で皆殺しを実行に移さないだけ、有情だと思ってもらいたいね!!


 さあ、もう一発ぶちかますか。

 現世とお別れの準備はできているか、悪党共?


 調子に乗った俺は、大技を仕掛ける準備をする。

 たぎる俺の中の魔力。凍てつく大気。


 騎士たちは逃げることなく、俺にそれぞれの武器を向ける。

 職務に忠実。見上げた心持ちである。


 だが、普通の兵士ならともかく、お前らみたいな特権階級に慈悲は無い。


 絶望して死ね。


 ――その瞬間、世界が凍りつく。


 息が凍る。霜が降りる。

 空気中の塵が凍りつき、街灯の光を受けてキラキラと輝く。

 俺の目の前にあった盾が凍り付き、周囲に居た騎士たちが一瞬のうちに動かぬ氷像となる。


 これがゲームの技だとしたら、一撃必殺の絶対零度アブソリュート・ゼロといったところか。

 現実にはどの程度の温度が下がったか知らないが、人体が一瞬で凍りつくのだから相当な低温だったはずだ。

 まあ、凍っているのは体表近くだけだがな。


 俺は邪魔なオブジェを蹴散らすため、尾でぎ払うように、ぐるりと体を一回転まわす。

 高速スピンを決めると、周囲は一気に片付いた。


 美しく砕け散る氷の華。

 対して、尻尾のトゲに引っ掛けられた氷像たちは、赤いシャーベットのように削られ、石畳の上に倒れてバラバラにみにくく砕ける。

 そして、まだ凍っていなかった中心部分からは、真っ赤なブラッド・シロップがポンプのようにあふれだした。


 果たして、凍りついた彼らに、意識が残っていたかどうかは分からない。

 ただ、意識を失っていれば、それはとっても幸運だっただろう。俺が言えるのはそれだけだ。


 これで人数的には大体、半分くらいに減った。

 残ったのはパイプを咥えた中年軍人と、その護衛の騎士たち――そう思った矢先、複数の爆轟ばくごうが俺を襲う。


 考えてみれば当たり前のことだが、炎属性の魔力で満たされた空間というのは、言ってしまえばガソリンがぶちまけられた密室のようなものだ。

 水や凍属性の魔術だと抑制されるが、炎属性の魔術ならば相乗効果で、その威力が跳ね上がる。


 奴らはきっと初めから、こっちの効果も狙っていたのだろう。

 その爆轟は、俺を巻き込んで大爆発を引き起こした。


 消し炭となる騎士たちの死体。

 俺は絶対に死なないとはいえ、想像していなかった大火力には驚かされる。

 伏兵か?

 騒がしい戦場で気配を隠しやすいとはいえ、見通しのいい広場での潜伏とは、なんとも大胆な作戦。

 だが現に俺は、魔術を食らうまで気が付かなかったわけだ。奴らの不意打ちは大成功だったと言えるだろう。


 しかし、無駄である。

 むしろお前らは、俺を無意味に苛立いらだたせただけ。

 炭化した毛皮を再生しながら、俺は炎の揺らめく周囲を見やる。


 そして、魔術を放った伏兵たちの姿を確認して――その予想だにしていなかった姿に、俺は動きを止めた。




 複数の方向から放たれた業火の魔術。

 その炎を放った人影はどれも有り得ないほど小さく、そして戦場に立つにはあまりにもひよわだった。


 その年端としはは、せいぜい五歳前後に見える。間違っても、十歳には満たないだろう。

 ガリガリにせ細った幼い外見からは、その子たちが男の子であるか、女の子であるかさえも区別がつかない。


 まるで幽鬼のように、俺のほうへ歩み寄る子供たち。


 褐色の肌。


 白い髪。


 横向きの瞳孔。


 ヤギのひづめをもつ足。


 ぎ落とされたツノは、二度と伸びることは無い。


 そして、不気味に光るひたいの宝石には、人為的に手を加えられた痕跡があった。



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