弱点(上)

「――願わくばクイ・エスイン・ケイ御名をリス サンクティ崇めさせフィシェイトゥル・ノたまえーメン・トゥーム


天にディア・坐しますメアリ・エスト・片翼のエリーフィス・女神様よアーラ・ノスタ


出来アブ・アポス損ないのトロ・カイラ天のム・アーラ・使徒はディフィーチ

異界のアニマ・オペラ果てよりンティウム・イ呼ばれしーロス・ア・魂のフィネ・名をムンディ……」


浄罪のフラマ・デ・炎をプルガッシオ……薪をエトゥ・ウ焼べろレレ・フラマ黎明の・ウ・スクエ鐘が・アド・マ鳴りルム・オミ止む・エクス・までテルミナトゥ

我らがフラマ・デ・サ敵をルーテ・キャ焼きルディ・アル払いデンティアたまえ・オスティウム



 ――その歌うような声音こわねは、かつて聴いた聖歌隊のようであり。

 しかしつむがれるその願いは、寛容さの欠片も無いすべての神敵の殲滅で――。



片翼のディア・メアリ・エ女神様よスト・エリーフィス・アーラ

儚きプロプタル我等が・ノス・イためにンフィルミ 浄罪のフラマ・デ・炎をプルガッシオ


御名をサンクティフィ崇めさせシェイトゥル・ノーたまえメン・トゥーム……」

人ならベスティアざる・エコ身をルプス持ち・アク生まれゥド・ナー出るトゥム罪の・ピッ子らよカートル


天のディフィーチ使徒は・ディテルミーせめて・ネット・チルものカ・プロヴィ償いをデンティアム

我らがフラマ・デ・サ敵をルーテ・キャ焼きルディ・アル払いデンティアたまえ・オスティウム



 それぞれの小さな口から詠唱される、独善的な祝福の呪文。

 俺をぐるりと遠巻きに取り囲む、ツノの無い子供たちの群れ。

 断続的に飛来する、業火の魔術。

 心無き女神メアリの使徒たちが歌う、浄罪の炎の物語。

 それはまるで追複曲カノンのように、何度も何度も、何度も繰り返される。



浄罪のフラマ・デ・炎をプルガッシオ

罪のナートゥム・子らよピッカートル

女神様ディア・メアリ

我らがフラマ・デ・サ敵をルーテ・キャ焼きルディ・アル払いデンティアたまえ・オスティウム


罪のナートゥム・子らよピッカートル不確かなアリク・イ盟約はンチェルタ果たム・プロされるミジーモス

浄罪のフラマ・デ・炎をプルガッシオ

黎明のウ・スクエ鐘が・アド・マ鳴りルム・オミ止む・エクス・までテルミナトゥそしてエトゥ・総てのオミア・神意はデウス・一つとフィエリなった・ウヌム


彼らのディア・メアリ罪をも プラチェ・レ赦し・ディミッテたまえ・ペッカータ

我らがフラマ・デ・サ敵をルーテ・キャ焼きルディ・アル払いデンティアたまえ・オスティウム――……」



 バフォメット――地球ではかつて、牧神として崇められた存在。

 そして今では、異教徒たちの手によって、悪魔におとしめられた存在。


 その名を冠する種族の子供たちが、自らを奴隷におとしめた女神メアリの名を借りて放つ断罪の炎。

 壊された人形のようなその姿を、天使と呼ぶには悲しすぎよう。

 自我を、自由を奪われ、女神メアリの先兵となった子供たち――それは、あまりにも皮肉過ぎる光景ではないか。


 放たれ続ける火炎の魔術。

 子供たちは容赦なく俺に殺意を叩きつけながら、一歩いっぽ一歩いっぽ、じわりじわりと近づいてくる。


 気が付けば、すでにパイプを加えた中年軍人たちの姿は無い。

 どうやら、俺が炎に気を取られている間に逃げられてしまったようだ。


 俺は戸惑い、動けないでいた。

 子供たちを傷付けるわけにもいかないので、吹雪の守りはとっくに解除している。

 無抵抗状態だ。

 そして、この判断が正しいのか、俺には分からない。

 この場面において、どうするのが正解なのか。それこそ本当に神が存在するなら、是非とも道を指し示してもらいたいくらいだ。


 いっそ、殺してやることが救いなのか。

 しかし幸か不幸か、俺にはこの子供たちを救う手段に心当たりがあった。


 再生の秘薬エリクシル・アナスタシス――俺の血に、一滴の調律薬クリシセラムを混ぜて作る奇跡の霊薬。


 あれさえ飲ませれば、ひたいの宝石にほどこされた処置も回復するのではないか?


 まだ、助けられる。

 その可能性に考えが至ってしまった俺にはもう、この子たちを殺す選択肢はなかった。

 しかし、それは希望であると同時に、俺にとってのかせとなる。

 下手に希望が残っているせいで、俺はその子供たちに成すすべなく、紅蓮ぐれんの炎にその身をかれ続けていた。


 だが、それで構わない。

 どうせ、俺は死なないのだ。

 取りあえず今は、耐え続ければいい。


 俺がひたすら耐え抜いて、魔力切れになれば、きっとこの子たちも退いてくれるはず。

 生きてさえいてくれれば、あとで俺がどうにでも助けてやることができる!


 ――しかし、現実は俺の想像をはるかに上回って残酷だった。



 パキッ。



 炎が燃え盛る轟音ごうおん狭間はざまで、俺の耳が聞き取った何かが割れる音。

 それは、使い終わった魔石が割れる音に聞こえた。


 限界を超えた急な魔力消失のため、物質の結晶構造が外界との魔力差に耐え切れず、ひびが入り砕け落ちる。

 その小さな魔石は、一際小さなバフォメット族の子の、そのひたいにあった。


「…………え?」


 無言のまま倒れる、小さな人型。

 闇色の空にかえりゆく、救われぬ魂。

 何が起きたか理解しようとしている間に、視界の片隅でまた一人、別の子が糸の切れた操り人形のように事切れた。


 ひたいの宝石が小さい子から、順に力尽きて倒れていく。

 折り重なる遺体。

 その石畳の上に倒れ伏すしかばねたちを踏み越えて、他の子たちは前へ進む。


 信じられない気分だった。

 奴らにとって、メアリス教国にとって、バフォメット族の子供は、その命は、多少高価であるにしても――そう、使い潰しても惜しくない程度のにすぎなかったのだ。


 俺には理解できなかった。

 感情的にはもちろん、子供を戦場に駆り出すこと自体がありえない。

 だが、常識的に考えても、軍事コスト的に考えても、絶対おかしいに決まっている。

 子供一人を産み育てるのにどれだけの時間がかかる? どれだけの費用がかかる?

 それをまさか、初めから兵器として運用し、そのまま使い潰す心算つもりだったなんて、誰だって夢にすら思わないだろう?


 間違っても、俺の認識が甘かったなんてことはないはずだ。

 なにより、何度考え直しても、子供を使い潰しの兵器扱いするなんて、どんな世界でも許されることではないはず。


 しかし、俺の目の前にある現実は変わらない。

 人の命が湯水のように消えていく。それが戦争。

 世間では少年兵、少女兵なんてものも珍しくない。

 知識としては知っている。

 どれだけ目をらそうとも、それは地球でも変わらない事実だったのだから。


 だが、俺が生きていたのは、表向き平和な時代の平和な国、平成の日本だった。

 目の前で命を『消費』される子供たちの姿に耐性があるはずもなく、ここが戦場だということも忘れて……自身を焼く炎の熱さすらも忘れて、ただ呆然と立ち尽くす。

 そのショックは、一人の子供が俺に駆け寄っていることにも気が付けないほどであった。


 とてとてっと、おぼつかない足取りで、火炎魔術の集中砲火をすり抜けるようにやってきたその子――彼女は、まさかの女の子だった。

 不意に正面から抱き着かれ、俺はハッと意識を取り戻す。

 まずい。

 このままでは、この子まで炎の巻き添えになってしまう。

 俺は咄嗟とっさの判断でその女の子を腕に抱え込み、おそい来る爆炎からかばった。


 間一髪で、炎と女の子の間に割って入る俺。

 なんとか間に合ったようだ。


 火炎の猛攻から女の子を守ることに成功した俺は、火傷痕を再生させながらほっと一息つく。

 女の子は俺に守られながら、じっと俺の目を見つめ……その小さな口を開いた。



「――憎悪にフラマ・オデ燃えるィウム・アー昏きテル・テ炎よネブリス



 その瞬間、女の子の体からき出すように燃え上がる黒い炎。

 それは、あの黒騎士が使った呪いの炎と同じものであった。


 英雄の末裔まつえいにしか使えないはずの黒い炎。

 不死であるはずの俺をも殺しうる、魔術を焼き滅ぼす黒い炎。


 火力は本物オリジナルに遠く及ばないものの、真正面から黒い炎を浴びせられた俺は、頭から胸、そして腕にかけて真っ黒に焦がされる。


 そして、全身から黒い炎を放った女の子は……俺の腕の中で物言わぬ炭のかたまりとなった。



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