第9話 氷雪の夜

 小鳥を街で見かけなくなってから、三日が経った。蒼がソフィアに電話をして確かめた所によると、食事を摂らず自室に引きこもっているのだという。

「あの手紙のせいか。何が書いてあったんだ」

『どうして分かって…って、そうか。あんたもあの場にいたんだっけね』

 ソフィアの声はどんよりと暗く沈んでいた。小鳥のお母さんが重い病気だって、あの子の叔母さんが知らせてきたのよ、としかソフィアは言わなかった。蒼は顔をしかめた。

「小鳥の親って、小鳥をネグレクトしたんだろ。何で小鳥が、そんなやつらのことを気にかけなくちゃいけないんだ」

『あんたって、小鳥に関することはよく覚えてるのね』

 ソフィアはやや冷ややかに返す。蒼は見えていないと知りつつも眉間に深い皺を寄せる。

「あいつのことが心配なんだ。見舞いに行かせてくれないか」

『何度も言ったでしょう。今は駄目よ。すごく不安定で、私と母さんとかかりつけのお医者さんが交代でつきっきりなの。あんたみたいな不確定要素を近づけるわけにはいかないわ』

「そんな言い方をしなくてもいいだろう!」

 蒼はかっとなって声を荒げた。ソフィアは息を飲み、それから弱弱しく、ごめん、と謝った。

『私だって小鳥が心配でたまらないの。お願いだから、我儘言わないで』

「ソフィア。もう一度言うぞ。あの手紙に何が書いてあったのかを教えろ。それか、小鳥に会わせろ。おれはそのどちらかでいいと頼んでるんだ」

 蒼は、怒りと苛立ちで声が震えそうになるのを必死でこらえる。ソフィアはしばらく黙っていた。それからもう一度、ごめん、と呟き、電話を切った。




 閉じたカーテンの向こうからも、光は細く差し込む。締め切った扉の向こうからも、時折鳥の鳴き声や人の足音が聞こえる。けれどそれらは、今の小鳥にとってはひどく遠い、別世界のもののようだった。

 小鳥は薄暗い部屋のベッドの隅で膝を抱え、じっと壁を見ていた。虚ろなひとみには何も映っていない。胸の奥に空いた寒々しい穴が、全ての気力を吸いとっていく。あの日開いた手紙の、真っ白い虚無だけが、繰り返し心に浮かんだ。

 こんこん、とひそやかなノックの音と共に、翠さんが入ってきた。優しい声で話しかけてくる。

「小鳥、ホットミルクと野菜のポタージュを持ってきたわ。お腹が空いたら飲んでね。水分くらいは摂らないと、脱水症状で倒れてしまうわよ」

 小鳥は小さく身を縮めた。翠さんは、沈黙するその小さな背中をしばらく眺めていたが、お盆を勉強机に置くと、そっとベッドに寄っておもむろに少女を抱きしめた。お日さまとパンの香りのする大きな腕に包まれ、小鳥は反射的に身を固くする。耳元で、いつもより深みを増した声が囁いた。

「夫のリヒトが亡くなった時、一週間お店を開けられなかったの。それまで、お正月以外は一日も休まずにパンを焼いていたのにね。あまりに急だったから、心がついていかなかった」

 小鳥が、ほんのわずか顔を上げる。翠さんの顔は近すぎて見えなかったけれど、その声の中の何かが小鳥の心を揺らした。

「二人で使っていた部屋から、一歩も出られなかった。誰にも会いたくなくて、あの人が遺したパンのレシピや服を眺めて暮らした。私の両親や近所の人たちが、食事を用意したりソフィアの面倒を見てくれて、何とか少しずつそこから脱け出すことができたの。それでも、彼を喪った痛みは、あの日から一日たりとも忘れたことがないわ」

 翠さんは、小鳥の髪と頬に優しく頬をくっつけた。

「時間が解決してくれるなんて、簡単に言ってごめんなさいね。でも小鳥、これだけは覚えていて。何があっても、いつでも、私とソフィアはあなたの傍にいるわ」




 翠さんがいつ部屋を出て行ったのか、小鳥は覚えていない。次に彼女が我に返ったのは、窓ガラスに何かが当たる音がしたからだった。二度、三度とその音は続く。ついに小鳥はのろのろと立ち上がって、カーテンを開けた。庭に立っていた人物が不機嫌そうに見上げ、「遅い。寒い」と文句を言った。

「蒼、くん…?」

 コートの上に黒いマフラーを何重にも巻きつけ、鼻の頭を赤くした蒼は、その強く光る眼差しで小鳥をしばし見つめてから、何も言わずにずんずん階段を上がってきた。明らかに凍えきった様子の少年を追い返すわけにもいかず、小鳥は深呼吸を一つしてから扉を開いた。

「ひどい顔してるな、ゾンビみたいだぞ」

 入ってくるなり容赦のない蒼に、小鳥の口元が思わずぴくりと動く。この数日間で小鳥に話しかけてきた人は皆、真綿でくるむような態度だったというのに、蒼ときたらいつもとまるで同じだ。

「久しぶりに会って、最初に言うことがそれ…?」

「本当の事だろう。…傷つけたなら謝る。今、むしゃくしゃしてんだ。今日はえらく寒いし、ソフィアにはずっと門前払いくらってるし」

「ソフィアが…そう…」

 小鳥はソフィアの心を想い、そっと息をつく。ソフィアにも蒼にも申し訳なく思う一方で、どこか他人事のような気もしていた。

 たった数日で見る影もなくやつれてしまった少女を見やり、蒼は腹に力を込めた。ここからが本番だ。ソフィアが部活から帰って来るまで、おそらく後少しだろう。

「お前、何でそんなことになってるんだよ。せっかく、春よりだいぶましな顔になってきてたのに。あの手紙のせいか?誰からだったんだ」

「蒼くんには関係ない」

 反射的に、固い声で小鳥は言い返していた。あまりに真っ直ぐ切り込まれて、とっさに心を鎧で覆う。蒼の顔が、傷ついたように歪んだ。

「関係なくないだろう?!こんなに一緒にいて、色んなこと話したのに、俺があんたを心配しないと思ってたのか。あいにく、俺はそこまで人でなしじゃない。なあ、抱え込んでばかりじゃロクなことにならないぞ。何をぶつけても、俺なら壊れたりしない。そこまでやわじゃない。小鳥の思ってることを、全部ぶつけてみろよ!」

「勝手な事ばかり言わないで。蒼くんの心配なんか、最初からしてないわ。私は、私が壊れるのがこわいの!」

 小鳥の喉から、斬り裂かれるような叫びが上がった。蒼が愕然と沈黙する。小鳥はきつく拳を握りしめる。

「そんなに知りたいなら教えてあげる。白い手紙をよこしたのは、私のお母さん。北海道の港町にある精神病院に入ってる。タイプで打った手紙は、私の叔母さんから。お母さんが病院を脱け出して、海に飛び込んだって。何とか引き上げることはできたけど、昏睡状態だって。もしかしたら、もう目覚めないかもしれないから、皆で今後のことを決めなきゃいけないから、私に北海道へ来いって、そういう手紙よ。これで分かった?満足?!」

 最後は悲鳴に近かった。小鳥は蒼のコートを掴み、滅茶苦茶に揺さぶった。蒼は棒立ちになったまま、その手を掴むことも払いのけることもできずにいた。

 小鳥がその場に崩れ落ちる。そして、呻いた。

「どうして皆、私を傷つけるの。もう嫌だよ…描いても描いても、絵を汚されるのは…こんな世界、もういたくない…」

「ソフィアや翠さんは、お前を心から好きで、心配してる」

 ようやく蒼は、かすれ声を出した。小鳥は頭を両腕で抱え込み、駄々をこねるようにかぶりを振った。

「違う、私を癒して守ってくれるのは、薙だけ。でもあの人はいない。薙に会いたいよ、薙の絵を、綺麗な絵を描きたいよ」

 それを来た瞬間、蒼の中で何かがぷつりと切れた。

「なぎ…そいつが、お前の好きなやつか?お前を置いて行ったのか」

 小鳥は答えず、動かない。凶暴な衝動が込み上げ、蒼は吠えるように叫んだ。

「いなくなった男にいつまでもすがってんじゃねえよ!大体、お前の片思いだったんだろう。そんな不毛な恋のために現実を捨てるのはやめろ。時間の無駄だ」

「不毛?無駄?蒼くんに、何が分かるの。薙は私のことを大切にしてくれた。薙といる時だけ、私は生きられた。それに、それに、キスだってしたんだから!」

「本当に?そいつからしたのか?どんなキスを?どこにしたって?」

 蒼の声に嘲笑が混じる。一瞬恐怖を覚え、けれど激情を止められずに、小鳥は言った。

「キスっていうか、口移しで水を飲ませてくれたの…!」

 わずかな沈黙の後、蒼が笑いだした。いつもの彼とはまるで違う、耳障りで嫌な感じのする声だった。

「そんなもの、キスの内に入るかよ。そいつとの間にあったことは全部、お前の妄想だ。そのせいでお前がこんな状態になるなら、さっさと忘れちまえ!」

 小鳥が、ゆらりと立ち上がった。乱れた髪の奥から覗く目はどこまでも昏く、底なしの淵のようだった。顔も手も、雪のように白い。

 その時になってようやく失言を悟り、蒼は口をおさえた。自分は今、何を言ったのだろう。心も身体も弱りはて、傷ついた少女に、どれだけの言葉のつぶてを投げつけたのだろう。謝ろうと口を開きかけた蒼の額に、飛んできたペンケースがぶつかった。

「出て行って。出てって、出てって、出てってよおぉぉぉぉ!!!!」

 小鳥が絶叫しながら、手あたり次第に部屋の中の物を投げつけてくる。絵の具、枕、人形、はては本や鉛筆削り器が身体にぶつかり、蒼は両腕で頭を庇うのが精一杯になった。階段をドタドタと駆けあがってくる音がし、扉を激しく叩く音と共にソフィアの「ちょっと、小鳥?!何が起きてるの。お願い、開けて」という取り乱した声が開ける。

「やっべ…!」

 蒼はとっさに窓に駆け寄った。ここは二階だが、下は幸い草地だ。ここにいるのが見つかったら、間違いなくソフィアに半殺しにされる。窓枠に足をかけ、蒼はためらうことなく身を躍らせた。

 翠さんはまだ店に出ているようだった。唇を噛みしめ、何度も小鳥の部屋の方を振り返りながら、蒼は駆け出す。大通りに出て、坂を駆け降りる間も、開け放たれた窓から聞こえてくる少女の苦悶の叫びと慟哭が、いつまでも蒼につきまとってきた。




 夜になると冷え込みはますます強くなり、雪片が舞い始めた。むせび泣くような音を立て、風邪が木々を揺らしている。蒼は自室のベッドに寝転び、見るともなしに外を見ていた。

(どうしてうまくいかないんだろう。俺は小鳥を傷つけてばかりだ…)

 暖かくて静かな部屋でぼうっとしていると、どうして自分が我を忘れるほど激昂したのか理解することができる。

(俺は、嫉妬したんだ。なぎ、とかいう、今も小鳥の心の真ん中に居座っているやつに)

 決して叶わない恋と知りながら、たった一人を想い続ける。そんな悲痛な思考を蒼は理解できないし、したいとも思わない。舞台の上では幾度となく悲恋や心中を経験したが、それは蒼のものではなかった。

『人の生命いのちのどうなろうと、それを私が知る事か!…恋には我身の生命も要らぬ』

『生命のために恋は棄てない。お退き、お退き』

 頭の中で声が響く。稽古中の、戯曲『夜叉が池』に登場する竜の姫の台詞だった。

(俺が演じる役だけど、むしろ小鳥みたいだ。あいつも、できるものなら蛍になってでも、惚れた男の元へ飛んで行くだろう。だとしたら、さしずめ俺は、鐘撞きの妻の百合ってところか。人形の代わりに小鳥の描いた絵を抱いて歌うんだろう…)

 とりとめもなく思考が乱れる。その時、充電中だった携帯がけたたましい音を立てて鳴った。ぎょっとして飛び起きた蒼は、表示された名前に顔を強張らせる。

「…もしもし。ソフィアか?」

『蒼、小鳥を知らない?!』

「はっ?おい、どういうことだ」

 電話の向こうで、ソフィアは泣きじゃくりながら叫んだ。

『部屋からいなくなっちゃったの。小鳥が、どこにもいないの…!』

 数秒後、蒼はコートを引っ掴んで外へ飛び出した。




 暗闇に舞い散る白い雪は、無数の羽根のように見えた。

 体温も五感も奪い去る冷気に身をさらし、雪の降る空を見上げていると、彼に抱きしめられているような気持ちになる。

(今ここに、あなたが本当にいてくれたならいいのに。私を空へ連れて行ってくれたらいいのに)

 小鳥は、両腕を差し伸べて微笑む。一人きりで、高い所に立って、遮るもののない空を見上げていると、別れてから今までで一番彼を身近に感じた。

(あなたがすぐ傍にいるのを感じるのに、見えないの)

 雪が目に入って痛い。小鳥はぎゅっと目を閉じ、そうして軽やかに一歩踏み出す。彼の腕に抱かれてワルツを踊ったあの時のように、自分にも翼が生えていると想像しながら。

(薙。こんなに呼んでいるのに来てくれないなら、私がそっちに行くね)

 心の中で呟いた時、小鳥は遠くから微かに自分を呼ぶ声を聞いた。

 微かに眉をひそめ、小鳥はかぶりを振ってそれを払う。けれどその声は、必死に小鳥に追いすがってくるようだった。

(誰の声…?なんだか、知っている気がする…)

 うつを半ば離れていた小鳥の思考が、ふと乱れて地上へ引き戻される。同時に、背後で大きな物音がし、激しく息切れしてがらがらに掠れた声が、彼女を呼んだ。

「小鳥!」

 弾かれたように振り向いた小鳥の目に映ったのは、全身で息をしながら必死に廃屋の屋根に這い登ってきた蒼だった。

「…ひどい格好」

 小鳥は呟いて、くすりと笑った。いつもは艶やかに流れる蒼の長い髪はぼさぼさにもつれ、蒼白な頬にはりついている。コートもジーンズもあちこちに土や葉っぱがこびりついていた。

「お前こそ…おかしいって」

 蒼は寒さと疲労と恐怖にしわがれた声を絞りだす。目の前でくすくす笑っている少女は、蒼と同じく氷のように血の気の引いた肌を剥きだしにし、手足にはあちこち擦り傷ができて血が滲んでいた。廃屋の屋根に、無理やり登ろうとすれば、誰だってそうなる。ここは、二人が最初に出会った空き家だった。小鳥は、薄いブラウスと膝丈のスカートしか身につけていなかった。靴すら履いていない足が、あまりに痛々しい。みぞれの混じった北風が強く吹き、白い袖が翼のように翻った。

 蒼は、恐かった。小鳥がこのまま本物の小鳥のように飛び立ってしまいそうで、恐くて怖くて仕方なかった。

「小鳥、頼む。そこから降りてくれ。俺が悪かった、何百回でも謝るから。だから、一緒に降りよう。一緒に、帰ろう」

 小鳥は笑うのをやめ、澄みきった大きな目で蒼を見つめた。穏やかで静謐なその眼差しに、蒼は寒気を覚えた。

「何で?」

 軽やかに発せられた問いは、蒼を打ちのめした。小鳥は柔らかな声で追い打ちをかけた。

「この下には、痛いことや悲しいことしかないのに、どうして降りなきゃいけないの。それより私は、薙に会いたいの。今すぐ。もう耐えられない。薙のいない世界で、もう一度頑張って生きようとしたけど、やっぱり駄目だった。蒼くんの言う通りよ…薙は最初から、私のことを傷ついた小鳥としか見てくれてなかったの。だから、私は、自分で薙を追いかけるの」

「駄目だ行くな!」

 蒼は声を振り絞り、必死に腕を伸ばした。屋根の端に立った小鳥は、今にも足を踏み外してしまいそうだった。すぐにでも彼女に駆け寄り、抱きとめたい。けれど、着のみ着のまま極寒の街を散々走り回った蒼の身体は、意思に反してもうほとんど動いてくれなかった。

(それでも、諦めたくない…死なせたくない…!)

 伸ばした手が震えている。おそらく人生で一番情けない姿をさらしていると分かっている。それでも、蒼は手を伸ばすことをやめなかった。

 小鳥は、そんな蒼をじっと見下ろしていた。何で、ともう一度小さな声で訊ねた。

「何で、蒼くんはそんなに私に構うの?お互い傷つくだけだって分かってるのに。今までもずっとそうだった。…ねえ。何で?」

 蒼の顔が、くしゃりと歪んだ。次の瞬間目にしたものを信じられず、小鳥は息を飲み、驚愕し、そしてその感情が、彼女の凍りついた心に亀裂をもたらした。蒼が、泣いていた。

「お前のことが、好きだからだっ!」

 魂の叫びが、冬の嵐を貫いて小鳥の心に突き刺さった。蒼が、立ち上がろうとしてよろめき、転び、それでも這うようにして小鳥へ近づく。小鳥は、動けないでいる。

「小鳥。俺は、お前が好きだ。大好きだ。好きだから、生きてほしい。俺を置いていくな。ここにいてくれ。なぎのことが好きでもいいから、俺を好きにならなくてもいいから、生きてくれ!」

 ひっ、と小鳥の喉が鳴った。蒼は涙だらけのぐしゃぐしゃの顔で、思いきり手を伸ばし、ついに小鳥の足を掴んだ。

 下の方で、騒がしい声がする。見下ろすと、ソフィアと翠さん、それに消防士と警察官らしき人が何人も、こちらを指しながら何か叫んでいた。小鳥は、無意識のうちに逃げるように後ずさった。

 次の瞬間、バキリと大きな音を立てて、小鳥の足元が崩れた。バランスを失い、よろめき、小鳥の身体はふわりと宙に投げ出された。

 言葉にならない声で絶叫しながら、蒼が身体を投げ出して思いきり手を伸ばす。仰向けに倒れ込みながら、小鳥が彼を見上げる。そして、何も考えられないうちに、彼女は手を伸ばし、自分へ真っ直ぐに差し伸べられた手を掴んでいた。

 痙攣する手で、少しずつ少女をたぐり寄せながら、蒼は何度も小鳥の名前を呼んだ。

「小鳥、小鳥、ことり」

「あお、い、くん…」

 呆然と、小鳥が返す。その途端、息もできないほど強く抱きしめられた。翠さんやソフィアの、柔らかくて温かな羽毛のような抱擁とは違う、痛みを伴うそれだった。小鳥の首筋を、蒼の熱い涙が濡らす。よかった、と泣きじゃくる声が耳元で聞こえる。

 限界だった。小鳥の喉がひくりと鳴り、口元が震えだす。身体の奥深くにずっと燻っていたマグマが、ついに小鳥を突き破って噴き出した。

「うわぁぁーーーっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!お母さんごめんなさい、会いたい、会いたいよ、薙、あぁーーーっっ!!!」

 支離滅裂に泣き叫ぶ小鳥を、蒼がいっそうきつく抱きしめる。溺れる人のように、小鳥は彼の肩にしがみつき、激しく泣いた。

 屋根に梯子がかけられる。消防士の人達が登ってきて、二人を毛布でくるみ、下へ降ろしてくれるまで、小鳥と蒼はずっと抱きあっていた。ついに声も枯れ果て、喘ぎながら、小鳥は空を仰いだ。涙の膜越しの世界は、無数のダイヤモンドを散りばめたような白銀の輝きに満ちていた。

(ねえ、薙…汚いばかりだと思っていたけど…やっぱり世界は、綺麗みたいだよ…)

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