第2話 内気な絵描きと自由奔放な歌うたい

 翌朝、青白い顔をした小鳥が朝食にほとんど手をつけないまま外出するのを見届けた翠さんとソフィアは、顔を見合わせてため息をついた。

「母さん、やっぱり小鳥、何か落ち込んでるみたい。昨日はすごく調子よさそうだったのにね」

「焦りは禁物よ。でも、今夜もご飯を食べなかったら、ちゃんと理由を聞かなくちゃね。あの子は繊細だから」

 翠さんは哀しそうに眉を下げた。初めてここへ来た日とは比べようもないほど回復したとはいえ、小鳥の『調子』はまだまだ良くない日も多いのだ。

 ソフィアは、小鳥の食べ残した皿を見つめた。

「あの子の痛みを、少しでも代わってあげたいな。あんなに可愛くてお行儀のいい子が、あんな思いをしなくちゃいけないなんて、ひどすぎるもの。私、おせっかいかな」

「そんなことないわよ。ソフィアがそう思って傍にいること自体が、小鳥ちゃんの大きな支えなの。だから、諦めたりしないで。今は、あなたが小鳥ちゃんのたった一人の友達なんだから」

 翠さんは娘の肩をしっかりと抱きよせ、励ます。ソフィアの顔に、ようやく笑みが浮かんだ。

『ソフィアの笑った顔、すき』

 いつだったか、そう言って小鳥が初めて笑ってくれた時の、はにかんだあどけない笑顔が思い出される。

(うん。あなたが好きと言ってくれた笑顔で、ちゃんと今日も笑うよ。だから、早く元気になってね、小鳥)

 空を見上げて、ソフィアは心の中で呟いた。




 真っ直ぐあのお屋敷へ戻る勇気は、どうしても出なかった。小鳥は港へ赴き、海沿いの長い遊歩道を何往復もして時間をつぶした。そして、明治時代に開港記念に造られたという、街の名物の時計台が十二回鐘を打つのを聞いてから、ようやく重い足をお屋敷街の方へと向けた。

(スケッチブックを、とってこなきゃ。あれだけは、絶対になくしたくない)

 何度も自分に言い聞かせ、萎えそうになる足を無理やり動かす。そうしてついに、小鳥はあのお屋敷へたどり着いた。周囲に人の気配がないのをよく確認し、いつものようにそっと忍び込む。庭を横切る間に何度も立ち止まり、耳をすませたが、辺りはしんとしていた。

 テラスの扉から身体を滑り込ませる時、小鳥の心臓は早鐘のように高鳴っていた。息を殺し、爪先立って、昨日何時間も座っていた場所へと進む。

 そこには、何もない空間がぽっかりと広がっているだけだった。

 目の前が真っ暗になった。小鳥は立っていることもできず、その場に崩れおちる。手を伸ばし、床をむなしくさぐる。だが、何度床に触れても、手近な木箱の中や板切れの隙間を覗き込んでも、昨日小鳥が置き去りにした物は一切合切がかき消えていた。あの少年が持ち去ったとしか、考えられなかった。

(どうしよう…あれがなかったら、私…どうしたらいいか分からない)

 小鳥の口から、ひきつった喘ぎが漏れた。

 絵を描くこと。それは、もうずっと前から、小鳥の生きがいであり、喜びであり、唯一の誇りだった。そしてそれは、あのスケッチブックに全て刻みつけられていたのだ。それが、自分の臆病な行いのせいで、一瞬にして消えてしまったのだ。

 目の前がすうっと暗くなり、小鳥はうずくまる。このまま消えてしまいたかった。

(ううん、そんなこと考えたらだめ。だって約束したから、あの人と。でも、もう力がでないの…)

 冷えた指先を握りしめ、小鳥はなんとか身体を起こそうとする。記憶の彼方から囁く懐かしい声に縋ろうともがく。

 その時、窓がガタンと揺れた。

 重いものがドサリと床に落ち、ガサガサと布のこすれる音がする。そして、聞き覚えのある声が、ぎょっとしたように叫んだ。

「うわっ、何やってんだよ、あんた?」

 あけすけな物言いに、小鳥の身体がぴくりと反応する。うっすらと開いた目に、こちらへ駆け寄ってくる人影が見える。それから大きな温かい手が小鳥の肩に触れ、ぐいと抱き起こした。

「えーっと。生きてる?身体が冷凍庫みたいなんだけど」

「…生きてます」

 思わず返事をしてから、小鳥は初めて相手の顔をはっきりと見た。

 最初に視界に入ったのは、長い睫毛に覆われた漆黒の瞳だった。それから、白く滑らかな頬。艶のある薄い唇。中性的に整った美貌を持つ、けれど紛れもなく、小鳥と同じ年頃の少年がそこにいた。

 少年は、小鳥の肩をしっかりとつかんでその場に座らせた。小鳥はされるがままになっていた。血の気のない顔は人形のように虚ろだったが、透明なガラス玉のような目は少年をじっと見つめていた。それを確かめ、少年は慎重に口を開いた。

「あんた、昨日の子だよな?それは合ってる?」

 小鳥は微かに頷く。少年は、深くため息をついた。

「全く、心臓とまるかと思ったぜ。女の子が1人でこんな所に来たら駄目だろう。どれだけ危険なことしてるか分かってんの?ここ、たまにホームレスのおっさんとか泊ってるんだぜ。子供でしょっちゅう来るのなんて俺だけだと思ってたのに…おーい、聞いてる?」

 小鳥は無表情のまま、全く反応を示していなかった。その視線は、少年の肩にかけれられた白いトートバッグに注がれていた。それに気づき、少年はバッグを外して差し出した。

「悪かった、先にこれを返すべきだったな」

 太陽が昇るように、小鳥の表情がさあっと明るくなった。無言のまま、奪うようにバッグを受け取り、ぎゅうっと胸に抱きしめる小鳥を、少年は奇妙な眼差しで見やる。

「あんたさあ。こういう時、普通はお礼言うもんじゃないの?ホームレスとかタバコ吸いに来る不良に盗られないよう、わざわざ俺が家まで持ち帰って、しかも返しに来てやったんだぜ?あんたがいるかどうかも分かんなかったのにさ」

「ありがとう」

 小鳥が素直にお礼を言うと、少年は毒気を抜かれたように黙り込んだ。ややあってから、意を決したように顔を上げ、率直に尋ねる。

「もしかして、なんだけど。坂のパン屋の、相原さんちに下宿してるのって、あんた?」

 小鳥の驚きの表情は、肯定と受け取られたらしい。少年の肩の力が、ふっと抜けた。

「いや、名前か住所が分かれば届けてやれるかと思って、その、バッグの中身をちょっとだけ覗かせてもらったんだよ。そしたら、翠さんとソフィアの名前が出てきたから。俺、昔からあそこんちでよく晩飯を食わせてもらってるんだ。翠さんは俺の名付け親。で、こないだから女の子を一人世話することになったって聞いてたから」

(見たの?手紙を?スケッチブックも?)

 小鳥の声は潰れたように喉に引っかかって、出てこなかった。バッグを抱きしめる手に、自然と力が入る。それには無頓着の様子で、少年は小鳥の目を覗き込んだ。

「俺の名前、水谷蒼みずたにあおい。あかね高校の二年生。あんたは?」

 人の持ち物を勝手に調べるような人に、教えたくない。そう思って、いつものように俯いてやり過ごそうとして、けれど小鳥は目をそらすことができなかった。小鳥の返事を待っている蒼の眼差しは、あまりに真っ直ぐだった。何のてらいもない、強い意志がそこには宿っていた。まるで、小鳥の全てを見透かそうとするかのように。

「……こ」

「こ?」

 全身を震わせながら、ごく小さく囁く少女に、蒼は全神経を集中させた。

「ことり。園崎、小鳥、です…」

「小鳥、か。いい名前だな。あんたにぴったりだ」

 小鳥は今度こそ深く俯いてしまった。蒼は、小鳥の人生で出会った中でもかなり率直、もっと言えばあけすけな態度の人物だった。

「あの、水谷、くん…」

「蒼でいい」

「蒼、くん。スケッチブックの中身、見たの?」

 すると蒼は、ぱっと目を輝かせて身を乗り出した。

「ああ、見た。あんた、すごいな!めちゃめちゃ絵が上手い。プロかと思ったよ。あれ全部、自分で描いたんだろ?」

「う…うん」

「すごいな。後で、もう一回見たい。小鳥さえよければ」

 小鳥の頬が熱くなった。

(どうしよう。こんなに褒められたの、初めてかも)

 蒼が続けて何か言おうとした時、外から人の話し声がした。思わず二人は身体を固くする。それはただの通行人だったようで、声はすぐに遠ざかったが、蒼は厳しい表情をしていた。

「小鳥。あんた、しょっちゅうここに来てるのか?」

「うん、何度も」

 どうしてか、小鳥は素直に答えていた。思い返せば、この時から小鳥は、蒼に心を許し始めていたのだった。

 蒼は少し考えるようなそぶりを見せ、やがて流れるような動作で立ち上がった。

「真面目な話、この屋敷は決して安全な場所じゃないんだ。俺は男だから自分の面倒見れるけど、小鳥はもう来ない方がいい。約束してくれ」

「え…でも、ここは静かで草や花が沢山だから、気に入ってるのに」

「なら、代わりに俺のとっておきの秘密の場所を教えてやるよ。滅多に人が来ないし、花が沢山咲いてる、綺麗な場所だ」

「ほんと?」

「ああ。嘘なんかついてないぜ」

 小鳥はこくりと頭を動かした。

「分かった。約束する」

「いい子だ」

 蒼の目が優しく細められた。じゃあ今から案内するよ、と言って歩き出す蒼の背を、小鳥は追った。



 表通りに出ると、日差しの強さに小鳥は思わずふらついた。蒼も「今日は暑いな」とぼやいている。太陽の下で見ると、改めてその美貌が際立った。滑らかで白い肌に、髪を長く伸ばしているので、少し服装に趣向をこらせば少女にも間違えられるだろう。

 昔、やはり古い屋敷の前で、日の光の白々と差し込む道で、中性的な容姿の少年に出会った。

(あ、既視感デジャヴ

 くらりと眩暈がした。

 蒼が怪訝そうに、立ちつくす小鳥を見やった。

「あんた、時々そういう腑抜けた顔になるな」

「腑抜け…って、ひどい」

「あはは。ほら、さっさと行くぞ」

 音楽的な笑い声を響かせ、蒼はひらりと身を翻した。その遠慮ない物言いに、小鳥はなぜか悔しくなった。

(やっぱり全然違う。誰も、あの人にはかなわないんだから。何で既視感なんか感じちゃったのよ、もう…)




 お屋敷街の外れの一角は、外国人墓地だった。あかね野の開港以来、この街を新しい故郷と定めその発展に尽くしてきた外国の宣教師や商人たちが、ここに葬られている。百年以上が経過した今では献花や手入れのためにわざわざ訪れる人もほとんどおらず、苔むした墓石や雨風にさらされた十字架を風だけが撫でていった。

(女の子って、墓地を怖がるものだと思ってたのに、そうでもないんだな)

 さくさくと歩きながら、蒼はそう考えていた。振り向くと、小柄でひどく痩せた少女が、カルガモの子供のようについてくる。彼女はとても大人しくて気配を感じさせないので、蒼はここへ来るまで何度か振り向かずにはいられなかった。目が合っても、声をかけられても、小鳥はあまり反応しない。そういう、暖簾に腕押しタイプの人間は嫌いだったはずなのに、蒼はなぜか彼女に構わずにいられないでいる。彼女が口を開くまで辛抱強く話しかけ、あまつさえ自分の大切な隠れ家に案内しているのだ。

 あの絵を見てしまったから、そうせずにはいられなかった。

 墓地の隅には、打ち捨てられたあずまやと元薔薇園らしき土地があった。かつてはここで育てた薔薇が、墓前に供えられていたのだろう。けれど世話をする人がいなくなった今、そこには薔薇だけでなく、薄青の勿忘草、赤と白のケマンソウ、雪のように白いガーベラ、マリーゴールドの茂みなどが自由に咲き乱れていた。まるで色とりどりのパレットのようだ。

「ここが、俺のお気に入りの練習場所。観光客も地元の人間も、ここまで来ることはほとんどない。少し大声を出しても墓石しか聞いてないし、このあずまやは一応屋根があるから…」

 話し続ける蒼の横を、ふわりと小鳥がすり抜けた。折れそうに細い指先で、花びらに触れ、震える吐息を漏らす。野性の花園に心を奪われたその様子に、蒼は微笑んだ。

「私、本当にここへ来ていいの?自由に絵を描いていいの?」

「ああ、構わないぜ。…けどその前に、もう一度あんたの絵が見たい」

 小鳥は、ゆっくりとバッグを肩から外してスケッチブックを取り出した。ややためらいながら、両手で蒼に差し出す。

「大切に…扱ってね」

 消え入りそうな声に、蒼は黙ってうなずく。色とりどりに咲き乱れる花に囲まれ、立ち昇る馥郁とした香りにわずかな眩暈をおぼえながら、蒼は静かにそれを開いた。


 まず目に飛び込んでくるのは、青色。どこまでも深く透明な、碧い水の世界。その中央に、薄布をふうわりとまとった少女が佇んでいる。渦巻く長い髪は白銀、半分閉じられた瞼から覗く瞳は深紅、それは人ならざる者の姿だ。彼女の唇はわずかに開き、何かを語ろうとしているかのようだった。絵の上方からはわずかな光が差し込んでいるが、絵の一番下の部分は底知れない闇に沈んでいる。少女はその狭間に、茫洋と漂っているかのように見えた。片方の手が、絵の外側から彼女を見つめる者へと、差し出されていた。

 次のページでは、彼女は森の泉のほとりに立っている。その顔には幸福そうな笑みが浮かび、熱っぽい眼差しが空から舞い降りた一人の若者に注がれていた。顔や姿かたちはぼやかしてあるが、彼は羽毛を綴り合せたような衣をまとっていた。

 その後に続く数枚の絵の中で、二人は手を取り合ったり、水と戯れたり、花をつんだり、眩しいくらい幸福な時を共に過ごす。けれどやがて別れの時が訪れ、一枚の羽根を残して飛び去る若者を、少女が今にも泣きそうな表情で見上げる。けれど立ちつくす彼女の足には泉から生え出す水草が絡みつき、決して彼の跡を追って飛び立つことはできないのだった。


 蒼にも見覚えのあるあかね野の風景のスケッチを時折挟みながら、その絵は一綴りの物語になっていた。不思議な少女の輪郭をそっとなぞり、蒼は息をついた。

「一目見た瞬間から、この絵が忘れられなくなった。こんなに綺麗な青色を見たことがなくて…それで、あんたにちゃんとそれを伝えたくて、つい持ち帰っちまったんだ。心配させて悪かったな」

「…こんなの、ただの落書きなのに」

 思いがけずしっかりした返事があった。小鳥は初めて、光を宿した目で蒼を見ていた。蒼の胸が、歓喜にざわめいた。

(ああ、こいつ、やっと俺を見た)

 ざあっとっ風が吹き、花びらと蒼の髪と小鳥のワンピースの裾を巻き上げる。蒼は強く小鳥を見返した。

「俺はそうは思わない。この絵にこめられているのは、あんたの心とか魂とか、そういう大事なものだ。俺の歌や演技みたいに」

「歌?演技?」

「俺、学校の演劇部で女役を担当してるんだよ。十月の文化祭で、シェイクスピアの『お気に召すまま』を上演するんだけど、主役のロザリンド姫役に決まったから、その練習をしてたんだ」

「ああ、お芝居の練習だったの。やっと分かった。随分大きな声で独りごとを言う人だなと思ってたから」

 蒼は頭を抱えたくなった。

「それ、ただの頭のおかしいやつだろ…あんた、俺をそういう目で見てたわけね。そりゃ逃げ出すわな…」

「ごめんなさい。今は、違うってちゃんと分かってるわ」

 小鳥はひそやかに言い、小さく笑った。嬉しそうなのに、見る者の胸が締めつけられるような、どこか儚さを感じさせる笑みだった。

「今の蒼くんは、ソフィアの友達。私の絵をほめてくれた人、だから」

 蒼はわずかに耳を赤くしてそっぽを向いた。

「そりゃ、よかった。ああ、言っとくけど、俺もあんたと同じように、来たい時にここへ来て練習するからな。うるさいとか気が散るとか言うなよ」

「言わない。むしろ、聴きたい」

 小鳥は予想外の興味を見せて目をわずかに輝かせた。変なやつ、と思いながらも、なんだか楽しくなってきて、蒼はそっぽを向いたままこっそり笑った。

(退屈しない夏休みになりそうだな…)

 スケッチブックを返すと、小鳥は大事そうにそれを抱きしめた。




 涼しさを感じるような夜には、小鳥とソフィアはどちらからともなく台所に集まって、ハーブティーやココアを作ってぽつぽつお喋りしながら飲むのが習慣になっている。お喋りと言っても、大抵はソフィアが喋って、小鳥が相槌を打つだけだ。けれどその日の夜は、珍しく小鳥から話を切り出した。

「ソフィアの友達に会ったわ」

 冷たい生クリームを乗せ、ミントの葉をあしらったぬるいココアをすすっていたソフィアは、あやうくむせそうになった。

「友達…って、誰?」

「水谷蒼くん」

「蒼?!あいつに会ったの?!」

「やだ、ソフィア、髪にココアが飛んでるわよ」

 困ったように眉を下げてティッシュを差し出してくる小鳥に、ソフィアは飛びつくように訊ねた。

「いつ?どこで?なに話したの。変なちょっかい出されてないでしょうね」

「いつだったかな…何日か前よ。朝食が食パンだった日」

 湯上りの髪をふわふわの白いタオルでくるみ、ソフィアのお下がりの紺色のパジャマを着た小鳥は、茫洋と答える。ソフィアは口元まで出かかった山程の質問をぐっと飲みこみ、落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせた。小鳥の時間軸は常人よりあやふやで、朝の会話の続きを夕方始めたり、数日前の出来事を唐突に思い出したりする。それに加え、今の小鳥は、二つ以上の質問に一度に答えることが、少し難しいのだった。

「あのね、まず蒼は私の幼馴染だよ。そういえば随分会ってないな。それで、小鳥はあいつと何を話したの?」

「絵をほめてくれたの」

 小鳥はそれだけ言って、ココアをすすった。今にも寝てしまいそうな顔をしている。おかげでソフィアは、驚愕の表情をなんとかごまかすことに成功した。

(絵って、小鳥がいつも持ち歩いてるスケッチブックに描いてるやつ?私だってまだ見せてもらってないのに?)

 胸がもやもやする。そんなソフィアには気づかず、小鳥は夢見るように呟いた。

「蒼くん、いい人だし面白いわね。ソフィアの友達だからかな。目と声が綺麗だったわ」

「そ、そう?私にはすぐ突っかかるし、皮肉屋で猫かぶりだと思うけど…」

 ぶつぶつ言いながらも、ソフィアは改めて注意深く小鳥を観察し、ほっとした。小鳥の声も表情も静穏で、リラックスした様子は崩れていない。蒼との出会いは、少なくとも彼女の『調子』にとって悪影響にはならなかったのだろう。

 ソフィアは立ち上がって小鳥の背後に移動し、タオルを取って優しく髪を梳かし始めた。小鳥は心地よさそうにされるがままになっていた。

 壊れ物を扱うように、小鳥の肩をそっと抱き、ソフィアは優しく言った。

「蒼は、あなたに優しくしてくれたんだね。よかった。夏休み中に、一度三人で遊ぼうか。私も、部活の合間に時間つくるから」

「うん。素敵ねそれ」

 小鳥のくぐもった声が、柔らかく答える。ソフィアは嬉しそうに微笑む。

(よかった。小鳥が一人でも、初対面の人と会話できて。蒼に今度会ったら、お礼を言わなきゃなあ…その時は、小鳥も一緒だったらいいなあ)

 その時が案外早くやってくることを、ソフィアはまだ知らないでいたのだった。

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