*3* いきなり☆星詠み同好会合宿!〈1〉


 ラシードの思いついた“イイコト”により、


 《何となく突発的なイベント発生。発生条件は“友人”》


 《イベント内容。夜の学園の部室でワクワクお泊まり天体観測会》


 というような楽しそうなイベントが進行中だ。現在推しメンが、職員室で教師に一晩部室に泊まり込む許可を交渉しに行ってくれている。いきなりのことだから断られる可能性も高いのに、私達は誰も推しメンが交渉を失敗する可能性は考えていなかった。


 だから私達は推しメンを待つ間に全力で今晩を楽しむために、各々が必要だと感じる物を確保しに散らばる。


 私は図書館の受付で無理を言って星火石ランプを二つ一晩借りる許可をもらい、ついでに女子寮の食堂で今夜の仕込みをしていたおばさんに声をかけて、食堂で使っていなかった小鍋にスープを四人分わけてもらう約束を取り付ける。


 それから食後と観測する時に飲むお茶用にポットにお湯を……と、やや欲張りすぎたので、全部運ぶのに結局三往復することになってしまった。小鍋とポットを一気に運んでも良かったんだけど水物は重いし、零したら後が面倒だ。己の腕力を過信してはいけない。


 それにしても、この学園のお嬢様方はその素晴らしいくびれを維持するためにあまり夜の食事を食べないから、スープなんかは残りがちなのでおばさん達にはかえって喜ばれてしまった。


 女子力的な意識の低い私なんかは、テスト期間前なんかは良くマグカップにわけてもらって、自室で飲むことがあるくらい美味しいのに。冷めても美味しいスープは珍しいと思うんだけどなぁ?


 その間にラシードは鍛練場の倉庫から遠征訓練用の寝袋を四人分、どうやって説得したのか新品を持ち出し、カーサはファンの女の子達からもらったどこそこのお屋敷お抱え料理人が作った、香りも見た目の素晴らしい焼き菓子やパンを持って帰ってきた。食べなくても分かる美味しさがオーラとしてにじみ出ている。


 ――と、そこへ……ようやく真打ちがご帰還なされた。


「ラシードがいきなり言い出すから手間取ったが……何とか無事に今夜ここに泊まり込んでの星詠み許可をもらってきたぞ」


 ラシードの唐突な発案を受けて、その許可を取り付けるために夕方に温室から出て行った推しメンは、もう夜が近付いてくる時間帯まで粘ったせいかやや疲れた表情をしている。


 それぞれが適材適所に色々な物をかき集めて戻っていた温室内で、推しメンを讃えて出迎えようとした私よりも先にカーサが「おお、流石スティルマンだな。口で教師達を丸め込むのが上手い」と全く悪気なく爆弾発言を口にするものだから、瞬間スッと推しメンの双眸が細められ、眉が神経質につり上がった。


「言われてみればそうねぇ。ここの場所を見つけたときも、何だか上手い具合に教師の気に入りそうなことをでっち上げて同好会を仕立てたんだったわ。スティルマンは学生のくせに、妙にそういう裏工作的なことに手慣れてる感じがするわよね」


 拙いと思った私はラシードの背中を平手で叩き、カーサの二の腕をムニッとしてやった……と思ったんだけど、あんまり摘まめない。思わず自分の柔らかい二の腕をポニョって確認してしまった。


 に、二の腕は胸の柔らかさなんだから! 決して負け惜しみじゃないぞ!


「コラコラ、二人ともそのお陰でこうして天体観測出来るんだから、功労者の神経を逆撫でしちゃ駄目だってば」


 取りあえず二の腕ショックを引きずらないようにそう声をかければ、二人は「やだ、ちょっとしたお茶目な冗談じゃない」「ふふ、そうだぞルシア。ただの冗談だ」と笑う。この二人は正反対の性格なように見えて、こういうところが似ていると最近気付いた。


 推しメンもそれが分かっているからか「この二人の発言に真面目に反応していたら、ルシアの方が保たないぞ」と笑われる。その名もビターな笑み、略して苦笑。


 危うく“いえいえ、ご心配なく。今の表情で癒されました”とか言っちゃうだろう。お願いだから不用意にスチルをばらまかないで、配布制にしてくれると助かる。こう“今から笑うよ”的な予告が欲しい。


 そうでなくとも最近離れていた期間が長すぎて、推しメンが普通に瞬きしているのを見るだけでも胸が苦しくなる時があるのに、これではただの変態だ。


 そんな自分にゾッとしていたら、推しメンを含めた三人はさっさと早めの夕食の準備を始めている。慌ててその輪の中に加わって簡単な配膳を済ませた。


 四阿のミニテーブルに並んだ今夜の夕食メニューはこうだ。


 まずストーブで温め直したジャガイモと生クリームのポタージュに、おばさん達がオマケでくれたチーズが少し。それからカーサが微笑みを交えて練り歩くだけで手に入れてきた、どこでも食べやすいように小さく焼かれたふわふわのパン。(ちなみに夜食の焼き菓子はこれとは別に大量にある)


 ポタージュを全員分のマグカップに均等に分け、おばさん達にもらったチーズをストーブの上でサッと炙って、パンに挟んだ物を二つずつ。男の子には足りないかと心配していたら、ラシードがどこに隠していたのか、お酒のおつまみに食べるビーフジャーキーやドライフルーツを出してくれた。


「これ各自でパンの一つは膝の上に置いた方が良いわねぇ。少し狭いわ」


「ああ~……確かにそうかも。前はこの広さで充分だったんだけどね。今度ミニテーブルをもう一脚いつもの中古雑貨屋さんで探して来るよ」


 ラシードと並んで眺めたミニテーブルの上は“飽食”と名付けてデッサン出来そうな状態になっている。それに全部並べれば意外にも結構しっかりした食事に見えるけれど、ただミニテーブルの上に直に置いては味気ない。


 ふとそう考えてから、ちょうど良いことを思いついた。隣のラシードもそれを思いついていたところなのか「あれ、今あげたらすぐに役に立つんじゃない? アタシもいま持ってるし」と提案される。


 その視線がポットでお湯が沸くのを眺めているカーサと、星火石ランプの光量を調節している推しメンの方へと向けられた。確かに私が暇を持て余してここで作っていた“あるもの”を推しメンとカーサに渡すとしたら今が一番喜ばれそうだ。


 麻の葉、七宝しっぽう矢絣やがすり青海波せいがいは


 前世の記憶を頼りにこれらをあしらってチクチク刺したそれは、ハンカチよりも少し大きくて、ランチョンマットよりやや小さい。無地の布に一色の糸で同じ模様を延々と縫いつける刺し子は、私が前世乙女ゲームの他に一瞬だけはまった趣味である。


 はまった理由は浪人している間の焦燥感を紛らわせるためという、どうにもしんどい物だった気もするけれど……それなりに安価で出来て、無地の布地に段々と柄が浮かび上がってくるのが楽しかったのだ。


 けれどそれも就職してからは、そのうちに仕事が忙しくなったのと“こんなに作ってどうするんだ”という思考のループにはまって止めてしまった。


 幸いこちらでは冬の間家から出られないので、春に町で売れそうなこれらを作製していたので腕もまだ落ちていなかったから、クラス替えでぼっちになった私は再びこの趣味にハマることにしたのだ。


 “だって悲しいかな、今いるここが前世の一番の趣味の中なんだもんな!”というのは置いておいて「そうだね。そうするよ」とラシードに頷き返す。


 ラシードにあげたのは、深くてやや落ち着きのある赤地に黒い糸一色で麻の葉を施した物。ちょっと妖しい色気を感じさせるラシードをイメージして作ったので、本人に気に入ってもらえて嬉しい。


 残っているのは淡いピンク地に明るめな紅色の糸一色で七宝を施した物と、紺色より明るいけれどやや沈んだ青地に金色の混じった白糸一色で青海波を施した物。それから山吹色に近い地に濃紺で矢絣を施した物だ。


 順にカーサ、推しメン、私のイメージで作ってあるから気に入ってもらえると嬉しいんだけどなぁ。そう期待半分、不安半分で食事の席についた二人にそれぞれの刺し子を渡したのだけれど――。


「パンの下にルシアの刺繍を? 馬鹿だな、両手にパンを持って食べれば何の問題もないぞ」


「いや、駄目だよカーサ。それマナーの点でいえば絶対問題しかないから」


「ほう、この隙間だらけの物が刺繍か……。確かに柄の形は斬新で色味も美しいが……初めて見るな」


 感動しっぱなしのカーサと違い、推しメンは縫い目と柄を眺めながら困惑気味な表情を浮かべる。うっかりしていたことの一つに、ここが西洋圏の刺繍文化であったことが推しメンにそんな顔をさせてしまった原因だろう。


 ラシードと私は前世の記憶に合致する要素が多いから、出身国も一緒だということで美的感覚も似ているけれど、推しメンは完璧にこちらの美的感覚だ。刺繍は多色で細かく盛り上がるように刺すもので、平べったく単色の色を使ったものを見たことがなかったのだと思う。


 推しメンの横に座っていたラシードが「ちょっとアンタねぇ……」と文句を言おうとしてくれたのを察し、視線だけで“止めて”と伝える。私の隣ではおろおろとカーサが慰めの言葉を探してくれるけれど、それもテーブルの下で手を握って“大丈夫”だと伝えた。


 一番糸選びなどに気合いを入れたから内心がっかりしたけれど、それはこちらの勝手な期待だったので仕方がない。


「うーん……遠い国の刺繍だからこの辺りではあんまり認知度がないんだよ。ああでも、普通の刺繍が良かったら、何か好きな柄を言ってくれたら作り直すから言ってみて。農閑期には良く刺繍をするから、こう見えても刺繍は得意なんだ」


 せっかくの楽しい食事がちょっと気まずい雰囲気になりかけたので、慌てて推しメンの手から刺し子の布を奪い返そうと手を伸ばす。


 でも――、


「そうか。そんな珍しい物をわざわざ調べて作るのは大変だっただろうに。だとすればこれはこの同好会のメンバーしか持っていない貴重なアイテムだな」


 そう言って推しメンがちゃんと“嬉しそう”に笑ってくれたから、私は一瞬脳内に保管した過去のスチルを全部消し飛ばして、引き伸ばしたそのスチルを上書き保存してしまうところだった。っはああ、危ない!!


「俺も今夜だけはベルジアン嬢の意見に賛同して食事をすることにしよう。ありがとうルシア」


 ――――うああ、嬉しいけどもうデレるのを止めてくれ!!


 危うく食事をとるだけで、私が星になるところだから!!


 推しメンの可愛さで小刻みな震えが止まらない私を心配するカーサに「大丈夫じゃない」とポツリと漏らせば、向かいから「はいはい、さっさと食べて星詠みするわよぉ~」というラシードの呆れた声。


 あれだね……これはもう今夜の私は、一月どころか二月分の星詠みで的中させられるかもしれないわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る