*4* いきなり☆星詠み同好会合宿!〈2〉
内心の興奮から鼻血を出さなかったことが奇跡のような夕食を無事に終え、簡単な後片づけと虫歯予防のハーブティーでのうがいを済ませた後、私達は四阿から温室内の天井がすっきりと見える位置まで移動した。
星火石ランプの二つのうち一つは私とカーサが、もう一方はラシードと推しメンが手にして、ぼんやりとした明るさを頼りにしながらカーサを除いた三人が各々、自分の詠む星を探して温室内を歩く。
とはいえ後の二人と違い、私は正規の詠み方を最近覚えたばかりなので、どうにも彷徨く時間が長くなる。感覚として言い表すなら美術の風景画のスケッチだろうか?
画板を持ってさっさとスケッチ場所を決められるのがラシードと推しメンで、なかなか決められないで授業の時間を半分使って場所決め、残りの時間で絵を描かなければならないのが私。
はっきり言って効率が悪い上に、時間がなくなるものだから作品も適当になる悪循環にはまり込む。けれど二年生に上がってからは、そんな私の我流な星詠みもだいぶ厳しく手直しされて場所決めも短縮化された。
そんな私の後ろを興味深そうにくっついてくるカーサは、何だか鳥の雛みたいで可愛らしい。もっとも私とカーサの関係では、鳶が鷹を生んだようにしかならないけれどね。
「うーん……今夜はこの向きで良いかな?」
何とか掌に伝わってくる水晶の感覚を頼りにそれらしい位置に陣取った私は、水晶の表面に一度息を吹きかけて磨いてやる。勿論そんなことをしても特に感度が上がったりするわけではない。水晶に“頼りにしてるぞ相棒”と気持ちを伝える……要は気分の問題だ。
後の二人も場所を決めたのか、やや平たい二等辺三角形のように広がった。そのことから三人とも何となく、春の大曲線と呼ばれる弓形の軌道を気にしているのだと分かる。有名どころな星が一列に湾曲して並ぶ大曲線は、他の星の場所や距離を測りやすいからね。
――……なんて、知ったかぶりをしてみたところで、実のところ私にはあんまり関係なかったりするのだけれど。
そもそも大曲線だって最近ようやく見分けられるようになったくらいで、田舎の空はここよりうんと星が近かったから、どこから空を見上げても星は延々と海のように広がっていて。赤や青に輝く大きな星の他に瞬く屑星も、それはそれで美しく頼りになる星の欠片達だったのだから。
そんなことばかり考えているから、星の声がはっきり聴こえないのかもしれないけどね。【星詠師】としての心得は、ただ一つの星を自分の中に持つことからだと最近教わったけれど、だとしたら有名どころの星を選ぶ人は持ち星(?)が被ったりしないのだろうか?
……と、一瞬だけそんな疑問を感じたものの、元から絶対数が足りていない【星詠師】なのだから、それこそ星の数に満たない人間同士、職業同士でそこまで被らないのかもしれない。
「ねぇ、そういえば二人はどの星を核にして詠むの?」
だからふと二人がどの星を“自分の一番”にしているのか気になって訊ねてみれば、ラシードは「アタシはベルドギウスよ」と答え、推しメンは「……俺はカヒノプルスだ」という。
確かどちらも一等星だけれど、即答したラシードに比べて言い淀んだ推しメンの星の名前は授業以外での聞き覚えがあるような――?
それがどんな内容だったか思い出せない私の背後で、それまで静かに張り付くようにして立っていたカーサが痺れをきらしたのか、ややハスキーな声で「これが天体望遠水晶か。生憎星詠みの才がないから本物は初めて見るが、意外と小さい上に地味な物なのだな」と囁きかけてきた。
うぅむ……合図もなしにいきなり耳許で囁かれると、同性の私でもゾクリとくる美声だ。流石に乙女ゲームの男子に匹敵する人気の女子は違うわぁ。
「地味か~……確かにそれは私も思ったかな。もっと夕焼け色とか、朝焼け色とかあれば良いのにって。でも今だとこの色で良かったと思うんだ」
「何故だ? 可愛らしいものの方が気分が上がるものではないのか?」
「んー、確かにそうだけどさ、この闇を掬い取ったみたいな色の方が如何にも夜の空を眺める【星詠師】っぽいじゃない?」
私が「そうだよねぇ?」とラシード達に向かって訊ねれば「そうね、その解釈嫌いじゃないわ」「同感だ」と二人からも賛同を得られたので「ね?」と背後のカーサを振り返る。その表情が少し複雑そうに見えることに噴き出しそうになった。
ふふふ、カーサはきっと小学校の入学時にピンク色のランドセルとか選んで、高学年になって失敗したかもって思う口の人だな。
実際に小学校の高学年でやたら急に大人びる子もいるから、あのランドセル制度はちょっと可哀想なことがあったっけ。まぁ私は小中高一貫の私学だったから、小学校は地味な焦げ茶のランドセルだったけど……だからあのカラフルなランドセルが羨ましかったんだよなぁ。
少なくとも、将来的に恥ずかしいと感じる色でも、親が子供を喜ばせるために選ばせて購入したものだから。それだから、私はこの傷だらけな天体望遠水晶が大好きなのだ。
「ふむ、色についてはまぁ……分かった。それでこれで一体どうやって星を詠むのだ? 何か特別な呪文スペルでも唱えるのか?」
興味津々と言った様子で手許を覗いてくるカーサに思わず「そんな難しいことしなきゃ駄目なら、私に詠めるわけないから」と突っ込んでしまった。いつも思うんだけど、その期待はどこから来るんだよと。
キョトンと私を見下ろすカーサが不思議そうに翳した水晶を眺めている。向こうでラシードが「本当におかしな子ねぇ」と笑う声と「発想は面白いな」と少し様子がおかしかった推しメンの声が届く。その声はいつもと変わらないようにも聞こえるから、私の気のせいだったのかもしれない。
――――二時間後。
「さて、と……。それじゃあ各自の揺れの部分をすり合わせた最終的な週間予測はこんなものかしらね?」
「こうやって見ると結構揺れが出たねぇ。主に私だけど」
「そのあっけらかんと言える精神力が凄いな。俺ならもう少し気にするが」
「ルシアはそういうところが良いんだ。スティルマンに何を言われたところで、余計なことは考えなくても良いぞ!」
四阿の中で四人、騒がしく紙の上に最終的な星の軌道と観測内容を書き込んで、その上に観測者の名前と簡単な説明を書き添える。
面倒だけれど、こうすることで揺れのすり合わせをする上での揉め事を減らすのが重要なのだ。将来就く仕事が何であれ、自分の考えを説明出来る能力は伸ばしておくに越したことはない。
三人分の観測結果から、最終的に天気は週末にかけて徐々に下り坂になり、翌週はずっと小雨が降ったり止んだりする“花散らし”のお天気のようだ。
「これを細分化させるのは明日にしましょう。アタシはもう寝るわ。睡眠時間の長さ云々はともかく、疲労はお肌の大敵だもの」
「うむ、そうだな。美容云々はともかく、肉体疲労には睡眠の長さは多少影響するものだ。ワタシも今夜はもう休むぞ」
「ええ……そんなこと言ってもまだ十一時ですけど。二人とも良い子だね?」
「何とでも仰い。アタシはいつもこの時間に寝てるんだから。観測し足りないなら、スティルマンの後でもついて行けば良いじゃないの」
言われて四阿内を見回せば、成程、推しメンの姿はどこにもなかった。直後に温室のドアが閉まる音を耳にして、咄嗟に目の前の二人からそちらへと注意が向いてしまう。
「そうだぞ。ワタシ達は先に休むが気にしないでくれ。星火石ランプも一つ置いていってくれれば構わな……ふわぁ……」
我が道を行く二人はそれだけ言うと、まだお泊まり気分を楽しみ足りない私を四阿から追い立てて就寝準備に入ってしまった。派手な見た目のわりにとても健康的な生活に乙女ゲームの裏側を見た思いだ。もっと色々話をして楽しんだりしたかったのになぁ……。
とはいえ、推しメンがまだ起きているのならまだ希望は捨てずとも良い。
私は二人に「分かった。それじゃあお休みね」と声をかけて推しメンの後を追うことにした。
***
温室のドアをくぐって、すぐに夜空を見上げている推しメンを見つけた私は、その背中に「スティルマン君」と控え目に声をかける。すると声をかけられることを全く考えていなかったのか、推しメンはこちらが驚くほどの勢いで振り返った。
自らが手に持った星火石ランプの淡い灯りに照らし出された推しメンの表情は、その灯りのせいかほんの僅かに寂しげに揺れる。男の子で、そこまで線の細い体格というわけでもない推しメンを相手に“儚い”と思うのは失礼かもしれないけれど、その一瞬の推しメンを取り巻く空気は、そう表してもおかしくなかった。
「――よ、どうしたの? 一人で出て行くなんて水臭いなぁ。観測し足りないなら一緒に誘ってくれたら良いのにさ」
私は服の中から星火石の首飾りを引っ張り出して自分の顔の横で揺らす。首飾りが放つ淡い光に熱はなく、柔らかく私の頬を撫でていく。何となくそのまま動かずに推しメンの方を見つめていると、言葉を忘れたように固まっていたスティルマン君は、こちらに向かって手を差し伸べてきた。
まるで“この手を取りに来て”というようなその動きに、私はそうっと二人の間にある距離を縮める。距離にしてたったの三歩。だというのにそれは、星と星とを繋ぐ距離ほど長く感じられた。
目の前には差し伸べられた掌があって。
私は少しも躊躇わずにその掌に自分の掌を重ねる。
すると推しメンは僅かに微笑んで、私の手を握り返した。そのまま無言でグイッと引っ張られて、転ばないために一歩踏み出す。
今夜は私達が言葉を交わさなくても、そのぶん夜空の星が随分お喋りに瞬くから。私は無言のまま手を引いて歩き出した推しメンの後をついて歩いた。
そうして手を引かれるままに辿り着いたのは、いつも二人で天体を観測していたあの裏庭で。私は何があるのかと立ち止まった推しメンの背中を眺めた。
「――ルシア、上を」
突然推しメンが口を開いたと思ったらそう告げられたので、私は馬鹿みたいに言われるままに空を見上げたのだけれど――。
「あ、わ、あぁぁぁ……流れ星!!」
一つ、二つ、三つ、四つと……小さな星が白い尾を引いて真っ暗な空を一瞬だけ大きく輝きながら滑り落ちていく。星座に満たない屑星が、星としての命を終えるその瞬間だけは、こうして地上にいる私のように星座に疎い人間にも分かるように瞬いて心を震わせる。
思わず繋いだままの手のことなどすっかり忘れて力を込めれば、同じように力を込め返す手があることに気付いて前を見た。
「さっきもらった刺繍の礼には少し足りないかもしれないが、すまんな。今はこれしか持ち合わせがない」
そうどこか寂しげに微笑んだ推しメンは、何者にもなれずに夜空を滑り落ちていく星達よりも、やはりどこか儚く見えた。
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