*2* 新しい居場所と、正しい居場所。
本日は“四月十二日”。早いものでクラス替えからもうすぐ二週間。
窓の外は柔らかな春の日差しが降り注ぎ、新しいクラスの朝にもだいぶ慣れてきた今日この頃。私が如何お過ごしかというと――特にどうもしない。
一年生の時と同様に空気として教室内に棲息するという一点を貫いて、今日もモブとして慎ましやかに生きている。
クラス替え後の最初の二週間はカーサと推しメンの温室への出入りを禁止した。というのも、ラシードと相談した結果“最初の二週間くらいは新しいクラスに馴染むことに専念すべきだ”という結論に落ち着いたからだ。
卒業すればここから離れた領地に帰ってしまう私やラシードとは違って、中心部に近い二人は将来の為にコネクションを持つ必要がある。それが推しメンやカーサと違って社会人経験のある私達の見解だった。勿論その間の深夜の星詠みもお休みだ。私は一人でもやるけどね。
あの出入り禁止を言い渡した時の二人の顔といったら……いや、推しメンは『そうか。分かった』と冷静そのものだったけど、カーサが『二週間もルシア断ちとか辛過ぎる……!』と抱き付いてきた。
彼女の中で私はゆるキャラのようなものなのだろうなぁ。あんなに美々しいお嬢様方に四六時中囲まれていてはそうなるのも無理はないけど。綺麗なものばかり見ていると隙だらけのものが見たくなるよね。
普通に教室で授業を受けて、普通に一年の時にはモヤッとしたランクに分けてあった専攻授業が、完璧に能力値ごとに分けられた星詠みの授業を受けに訓練実習棟に向かう。勿論一人で。
別にクラスに【星詠師】の素質を持つ生徒が私だけというわけではないけれどね? 温室に行けばつるみたい仲間がいるのだから、特に同じクラスの子達とつるみたいわけでもない。
それでもたまに訓練実習棟の渡り廊下でAクラスの【星詠師】見習いの子達とすれ違う時は自然と推しメンの姿を探してしまう。Aクラスでぼっちになっていないか心配だった推しメンは、いつもヒロインちゃんを含む数名と歩いている姿を目撃できた。
渡り廊下ですれ違うほんの一瞬だけ、真正面から背筋を伸ばして歩いてくるその姿を脳裏に焼き付ける。視線を合わせるようなヘマはしない。時々空気を読まないヒロインちゃんが「リンクスさん!」と手を振ってくれるくらいだ。
内心では“うわぁ……止めて、推しメンにぼっちなのがバレるから”と思うのだけれど、考えてみれば私がぼっちだからと言ってどうという問題もないのだと、ここ数日で開き直った。
それに嬉しそうにほわほわと手を振ってくれるヒロインちゃんを見ていると毒気を抜かれるし。
推しメンとヒロインちゃんが並んでいると“良いスチルだ……”とか思ってたまに目頭が熱くなるけど。それにもっと困るのは「リンクス、調子はどうだ?」と推しメンが声をかけてくれる場合だ。空気読めよ、と。
いま君の傍にいるのはヒロインちゃんにAクラスの友人達だぞ? それを何を考えてCクラスのぼっちに声とかかけてるんだ。Aクラスでの君の評価が落ちるだろうが馬鹿め。
そこで役に立つのが前世での鉄仮面だ。最近クラスがかわってからというもの、出すのが上手くなってきた。なのでその鉄仮面を被ったまま「……まぁ、それなりに」とか返すことが出来るようになったのさ。
推しメン相手に素っ気ない態度とか凄いぞ私。成長したなぁ。
ただ、さっさと横を通り抜ける時に推しメンが何ともいえない表情をするのが気にかかる。もしかして実はクラスで虐められているのか? だったら部室で私に教えたまえよ。法に触れない程度に何とかしてあげるからね。
チラリとそう横目で語って通り抜けた私の背後で「感じ悪い奴だな」「何ですの、あの態度」というAクラスのモブの声がする。ふふふ、その程度の悪態などむしろ褒め言葉よ。
けれどその声に混じって「いつもは気の良い友人だ。虫の居所が悪い時は誰でもあるだろう」という推しメンの声が聞こえた。……ド辺境の田舎貴族を友人とか外で言うなよ、嬉しいけどさ。
あと二日で待ち遠しい二週間が来る。
振り返りたい、振り返れない。
そんな切ない渡り廊下の一幕。
***
「ふふ、何だかこうやって全員が揃うのも久し振りねぇ! ひとまずアンタ達は進級オメデトウ……なのかしら?」
待ちに待っていた“四月十四日”の放課後。
温室内に久し振りに揃ったメンバーをグルリと見回したラシードの第一声に、カーサが私の頭を“ワシャシャシャシャ”と高速で撫で回しながら頷いた。かなりの摩擦熱が生じているのか頭皮が熱いんだけど、久し振りだから止めてとは言い辛いんだよね……。
「ああ、当然だぞ。むしろ何故疑問系なのだ? スティルマンは良く学び、良く学業を修めたな。それにルシアは可愛いだけでなく頑張り屋だ。ワタシはいたく感動したぞ」
「ありがたいのだが……ベルジアン嬢は褒め方の温度差が露骨だな」
「男を褒めてもつまらんだろう。それにスティルマンは褒め甲斐がない。ワタシはルシアくらい素直な反応が欲しいのだ」
依然として高速で頭を撫で回していたカーサからのその発言に、一瞬で感情が振り切れた私は「あああ、カーサ大好きぃっ!」とその親近感と友情を感じる胸に飛び込んだ。
カーサの方も私の奇行に対して「う、うむ、ワタシも大好きだぞ!」とガバッと抱擁を返してくれる。ちょっと苦しいけど良い匂いがするし、美女の抱擁とか役得過ぎて嬉しいぞ! ちなみにラシードは安定のAクラスで、カーサの方は意外性のあるBクラスだった。
何故Bクラスなのかを訊いても良いのかと思っていたら「星詠みの能力がないにしても、星詠みの神話を
ただし、他の全教科は満点ということでこれは少し残念な結果だった。
そしてそんな風にじゃれ合っている私達をスルーすることにしたのか、ラシードと推しメンは早速祝杯用の茶色の小瓶を持ち出している。この二人は意外に飲兵衛なのだなぁ。
「そうだ、ルシア。ルシアの初めての進級を祝おうと思ってプレゼントがあるんだ。受け取ってくれるか?」
そんな思わず同性であってもクラッと来てしまいそうな言い回しに顔を上げれば、絶世の美女がこちらを見下ろして微笑みかけてくれる。ふむ……これは死ぬ前にお迎えに来て下さるという星女神の使者かな?
――まぁ、そんな馬鹿な妄想は置いておいてだ。
「カーサってば進級しただけでプレゼントくれるの? ……と、そうだ。私もここ二週間ここでラシードと遊んでるだけだと出禁にした二人に悪いと思って、プレゼント出来そうなもの作って待ってたんだよ。せっかくだからそれと交換しようか?」
貢ぎ癖のありそうなカーサの発言に、若干将来ダメンズを引き当てそうな恐怖を感じながらそう言うと、最早酒を紅茶で割っているのか、紅茶で酒を割っているのか分からない物を飲んでいたラシードがこちらを向いた。
「ああ、あれね? アタシは先にもらったけど、ガサツなルシアにしてはなかなか良い出来だったわよ」
「ほう、そうなのか? ワタシはルシアのくれる物なら何でも良いぞ。ルシアが選んでくれる物なら石ころだって可愛いに違いないからな!」
「ちょっとカーサ、流石にそれは期待が重いよ? 辺境生まれに洗練された感性求めないで」
「世話になっているラシードの分だけではなく人数分作ったのか? 君はあまり仕送りがないと日頃から言っている割に、経費の管理が甘いな。後で制作にかかった材料費を教えてくれ」
どわっと会話が飛び交う空間にちょっとだけ胸の内側が熱くなる。そこで初めて自分がこの期間中ちょっと寂しかったのだと思い知らされて驚いた。ラシードも三年生に上がったら以前よりも鍛練場に行く機会が増えたのか、毎日はここに顔を出せなかったものなぁ。
思わずウルッときかけてしまった私に気付いてくれたラシードが「そうだわ、アタシちょっとイイコト思いついちゃった」と二人の視線をさらってくれる。その隙を逃さないように目許に浮かびかけた水を拭う。この水は零れなければ“涙”にはならないから、今のはセーフだ。
「それは何なのだラシード? 出し惜しみをしないで早く言ってくれ。ワタシはお前のこともルシアの次くらいに信頼しているのだから、きっと面白い試みなのだろう?」
「ルシアじゃないけどアンタ期待が重いわねぇ? そこまで期待されるほど大したことじゃないのよ?」
「いや……ベルジアン嬢ではないが、ラシードは大したことがないことをわざわざ口にしたりしないだろう」
くっ……絶対に言い出したのが私だったらこうならないであろう推しメンの反応に、助けてくれたばかりのラシードに嫉妬しそうになるぞ。何だよその絶対的な信頼感! だがしかし“イイコト”の発案者がラシードなら、悔しいけれど私だって早く聞きたい。
ピイピイと雛のように騒ぎ立てる私達を見たラシードは苦笑しながら「しようがない子達ねぇ」と前置いてからニッコリと微笑んでこう言った。
「プレゼント云々は一旦置いておいて……明日は学園も休みでアタシ達もそれぞれ新しい環境で疲れちゃったし、今夜はここでパーッと同好会っぽく星詠みでもしてみない?」
ああ、ほらね?
ラシードの提案はいつも嬉しい変化球なんだ。
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