*41* 新年ですね、全員集合!


 温室内に持ち込んだストーブの上に小鍋を置いて、ラシードと二人でミルクティーが温まってふつふつといいだすのをマグカップ片手に待っていたら、不意に温室の建て付けの悪いドアが開いて刺すような冷気が吹き込んできた。


 前世から寒さにもの凄く弱い私が「寒い!?」と叫ぶ横で、いち早く入ってきた人物達に向き直ったラシードが苦笑混じりに片手を挙げる。


「なんだか二人とも久し振りねぇ。今日から通学出来るようになったの?」


「ああ、うちの領地でも一昨日の晩にようやっと馬車を出せるようになったところだ。それよりこの温室内は火気厳禁だっただろう?」


「それなんだけど、この寒さで雪が溶けないからこのままじゃボロい部室が雪で潰れるって抗議したら、意外とあっさり許してくれたのよ。言ってみるもんよねぇ」


 安定感のある再会の対応をする二人の横で、私はストーブにギリギリまで近付いたまま、そういうことにまだ不慣れそうな長身の美女を手招く。


 隣にやってきた彼女が「ひ、久し振りだな、ルシア」と緊張しながら名を呼んでくれる姿に「うん。カーサも久し振りだね」とほっこりしていたら、危うく小鍋のミルクティーをふき零しかけた。


 慌てて沸騰しかけた小鍋を火から下ろしていた私の隣で「カーサ……カーサか、良いな」とブツブツ言っているベルジアン先輩、可愛いかよ。


 えーと……本日はなんと“三月四日”。


 天気はここ一ヶ月と少し荒れ狂っていた吹雪が止み、ようやく落ち着きを取り戻した通常程度の雪。二月ですか? そんな脆弱な子は知りませんね。別に貴重なイベントが一つ潰れたとか思っていませんからね、ええ。


 前世のバレンタインにあたる“双雪祭”は二月二十二日にある。乙女ゲームらしく二が横並びで恋人の日とは……ぼっちに死ねということだろうか。それとも“うちのゲームで元気出して”的な製作会社側の圧力。期間限定アイテム買わせたいなら推しを出せと言いたい。


 どちらにせよ、そんな美味しいイベントを一つ落としてしまったのはとても痛い。警戒心の落ち着いてきた最近のヒロインちゃんなら、義理チョコくらいならくれそうだっただけにとてつもなく惜しかった。


 ……密かにヒロインちゃんが推しメンにチョコをあげてくれたら、私もどさくさに紛れて義理チョコをあげられたのになぁとは思っている。でも残念だけど時期がずれたし、自室の机の中にあるオレンジピールのチョコレートはもう自分で食べてしまおう。


 結局あと二人分のミルクティーを追加した、計四人分のマグカップが並んだミニテーブル。余裕があった四阿の中は、カーサの加入でちょうど良い埋まり具合に。


 休みの間にラシードと頑張って探してきた、少し落ち着いたローズピンクとバニラホワイトの二色マグカップは、カーサの好みにドストライクだったみたいで、悶えながら使って頂けた。推しメンの若干引いてる様が可愛くてこっそりスチル保存してしまう。ふふふ……幸先良いぞ。


「いや~、それにしても……休暇の最終にあたる週からの怒涛の豪雪、凄かったよねぇ。スティルマン君とカーサのご実家は被害とか大丈夫だった?」


 学園側が予定していた休暇期間を大幅に越えての自宅待機の解除に、二日前からようやく女子寮にも生徒が戻ってきたところだ。


 それというのも一月の三週目を目前に実に四十年ぶりの大寒波が発生したとかで、大気が大荒れに荒れて冬期休暇明けの予定日に間に合わず、休校措置をとったから。


 普通の学校なら“その期間の勉強が遅れる!?”となるところだけど、ここはお金持ちの多く通う学園なので、皆お家に家庭教師がいるせいか学力面にはあまり焦りはないようだ。ちなみに数が少ない寮住まいの生徒は普通に授業が始まったので、私とラシードの勉強に遅れはない。


「ああ、ワタシのところはあまり大きな被害はなかった。昔からの無骨な石造りの家が意外と強くてな。最近建てた可愛らしい色煉瓦の家の方が被害が出やすかった。強度と見た目は伴わないという結果が出てしまってとても残念だ……」


 しょんぼりと肩を落とすカーサは、迫力のある美貌を忘れてしまうくらい可愛らしい。きっと自分のマグカップみたいな色煉瓦を使った領地にしたかったんだろうね。口には出来ないけど、色煉瓦だけの町並みとか目がチカチカしそうだから実現しないで良かったかも。


 ラシードも苦笑しながら「そうねぇ……色煉瓦は例年の気候だったら問題なかったとは思うけど、今回みたいな事例には弱いのかもしれないわぁ」と言葉を濁している。私と目が合うとイケメンな微笑みスチルを頂いてしまったけれど、ゴメン、脳の容量が足りないからスルーします。


「それで、スティルマン君の方は大丈夫だった?」


「ベルジアン嬢のところと似たようなものだな。うちの領地には色煉瓦を用いたものはないが、代わりに木造の牛舎が全壊した。前年に別の石造りの牛舎が完成していたので大事にはならなかったがな。ルシアとラシードの実家は大丈夫だったのか?」


「さあ……? 隣国とは言ってもここからだと国境まで結構あるし、アタシには何の連絡もなかったから平気でしょ」


 そう言ったラシードの表情が一瞬だけ冷たくなったような気がして、私は思わず「あー、ここ最近の郵便物が全部止まってるからね。私の方も連絡がないけど、領地の方どうなってるかなぁ?」と声を上げてしまう。実際本当に郵便が止まっていたし、私もいま領地がどんな状態になっているか分からないからそれほど大根役者感は出なかった。


 とはいえラシードには言っていなかったけれど、当たるか当たらないかは別としても練習の成果の一環として、毎月星詠みで立てた半月予測を両親に出してある。きっとあの両親のことだから、天気が荒れ出す前に届いたであろう愛娘わたしの予測をきっちり役立ててくれたと信じよう。


 それでもこちらに視線を寄越してきたラシードの唇が“ヘタクソ”と動いたことに苦笑を返す。相変わらず援護射撃させてくれないオネエさんだ。


「そうだわぁ、せっかく部員が全員集まったことだし、何か特別なオヤツでも食べましょうよ。ほらルシア、この間二人で食べたあれ持ってきて頂戴」


 ポンと軽く手を打ったラシードの発言に、三日前に食べたオヤツを思い出した私は「は、アレですか! 了解です隊長!」と調子づいて立ち上がる。そんな私達を見ていた推しメンが「先に食べたことがあるんじゃないか」と苦笑し「だがワタシは楽しみだぞ!」とカーサがはしゃいだ声を上げる。


 とはいえ冷静な推しメンはともかく、カーサの期待しているようなご大層なものではないんだけどなと、心配していたんだけれど――。


「このフワトロ感! 可愛くて美味いな、正直これならいくらでも食べられそうだ。だがルシア、本当にこれがマシュマロなのか? ルシアが嘘を吐くわけはないが……それでもワタシはあまりあのお菓子は好きではないから――」


「あ、うんうん、分かるよ。私もあのままは好きじゃないけどこうやって串に刺して火で炙ってとろけたやつを……こうして、ビスケットに挟む! この食べ方が一番だよね~」


 感動しているカーサに同意しながらも、新たなマシュマロを串に刺してストーブの火で炙る。全体がフワッと膨らんで飴化した表面が少し焦げた程度で引き上げて、用意しておいた麦芽ビスケットに挟む。麦芽ビスケットにすることで気分だけでもカロリーオフ。


 町が豪雪に閉ざされる前にラシードと雑貨屋さんで購入した白と、薄桃色の大きめのマシュマロ。これに禁断のチョコレートを一欠片埋め込んだものを、おずおずと横から差し出されたカーサのお皿に載せてあげる。


 一口齧った瞬間カーサの表情がだらしなく緩む。……美女に餌付け。うむ、なかなかに心くすぐられる甘美な遊びだ。


 その顔を真横で眺めながら小さくガッツポーズを取っていると、向かいに座った野郎二人から「気をつけろルシア、下卑の顔になっているぞ」や「やだわ~……アンタの性癖広いのねぇ」という非常に不本意な評価をもらってしまった。


 何だよ、綺麗な子がお菓子をがっつく姿は可愛いじゃないか! ――と、思ったけれど口にしたらより引かれることは目に見えているので黙っておこう。


 次々に焼きあがるマシュマロビスケットを男子陣が食べなくなったので、残りは私とカーサでモフモフと頬張る。温室内に甘ったるいけれどどこかビターな香りが充満して、皆で過ごすだけでも楽しいのに、お腹と身体が温まるとさらに幸せな気分になるね。


 なんと言っても目の前に推しメンがいるのが大きい。ラシードと行動するのも大好きなんだけど……ときめくかと聞かれれば違う。ラシードは何というか私の人生において崇める対象と化している。


 私達の甘いものループに眉をひそめる推しメンに向かって、ラシードが「あの子達はお菓子で忙しそうだから、アタシ達はコッチね」と茶色の小瓶を取り出した。それを見たカーサが「校内での飲酒は――」と言いかけて「バレない程度にしろよ」と唇を尖らせる。


 ああ、優等生はこうして巻き込まれるのか……。あと、あっさりとラシードから小瓶を受け取って中身をマグカップの紅茶に落とす推しメンは意外と悪いな。だがそこが良い! 真面目なのにちょい悪とか尊みを感じる。


 ラシードに「もうすぐ二年生の気分はどお?」と訊ねられた推しメンが「その前にクラス替えだな」と答えているのを聞いて、そういえばそんな行事もあったなと思い出す。前世の私は友人がいなかったからあんまり考えてなかったけど、そうか……学生である以上は避けようのない重大イベントだよね。


 紅茶に落とされたブランデーがフワリと香って、より一層この空間に華を添える。カーサと二人でその香りに鼻をひくつかせていると、ふとラシードがマグカップを目の高さまで持ち上げた。


 キョトンと首を傾げる私とカーサの前で、ラシードの行動の意味に気付いた推しメンがマグカップを同じように持ち上げる。そこで私達もようやくその意図に気付いて互いにマグカップを持ち上げて――。



「それじゃあ星詠み同好会の新メンバーも揃ったことだし……今年もよろしくやるわよぉ!」


「「おお~!!」」


「……騒ぐなら程々に節度を持てよ?」



 それぞれに思い思いの声をかけあってマグカップをぶつける。外はまた少し吹雪いているのか、寒々しい風の音がするけれどここはとても暖か……、



「さあ、一旦空気が悪いから入れ換えるわよ~!」



 直後にラシードの無慈悲な宣言と同時に、換気の為に勢いよく開かれた温室のドアから吹き込んでくる外気に私達は震え上がった。


 換気と寒気だけにね……って、ラシードの馬鹿ぁ!! 

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