*39* 新年早々、冬期休暇も楽じゃないね。


 「――コレと、コレでしょ、それからあとはコレも……と。これで大体アンタの化粧下地やら整髪剤は揃ったわね。それとルシア。こういうのは継続的に使って効果が現れる物なんだから、今度からはなくなる前にちゃんと言いなさいよ?」


 手許が見えないようなスピードで買い物かごを一杯にしたラシードが、そう言って私を振り返る。私はといえば、その買い物かごに放り込まれたアイテム達がいま自分で使っている物なのかを確認する作業に気を取られていて、ついつい「はぁい、以後気をつけます」というおざなりな返事を返すことしか出来ない。


 しかしパッケージデザインはどれも似たものばかりなのに、良く見分けがつくものだなと感心してしまう。同じところから発売されている商品の香り違いや色違いなんて、もう全く見分けが付かないけどなぁ……。


「――良いわよアンタはどうせ忘れるでしょうから。アタシが先に気付けるようにした方がマシだわ。アンタってば、さっきから自分が使っている商品の名前も憶えてなさそうなんだもの」


「いや……うん、それは流石に手厳し過ぎま――せんね。何でバレたの?」


「静かに後ろくっ付いて、かごに入れた商品を片っ端からひっくり返してれば誰だって分かるわよ。このお・馬・鹿!」


 トスッと額に突き付けられた人差し指に「ごめんってば」と苦笑して誤魔化したら、今度は頬をつねられた。解せぬ。


 本日は“一月七日”。天気は雲がすっかり空を覆い尽くす曇り空。


 そんな天気の上に数日前に降った雪が寒さで溶けずに積もっているものだから、せっかく買い物に出てきた町も人影がまばらだ。雲で蓋をされた空からは少しの日差しも恵まれず、地上は寒がりな私にとって地中や水中と変わりない感覚である。


 あの聖星祭からの流れで冬期休暇が始まってからもうすぐ二週間が経つ。


 あの部室での騒動の翌日には領地に帰ってしまうベルジアン先輩に、推しメンは『ここは新設したばかりの同好会なので部員はこの三人だ。入部するには一応資格がいる』と告げたものの、同好会の名前を聞いた先輩が『入部したいのだが……残念ながらワタシに星詠みの才はないのだ』とうなだれてしまった。


 しかし前々からもう一名ほど部員が欲しかったのと、男女比率を一緒にしたかったのとで(性別上ね)私が無理を言って推しメンとラシードが頷いてくれたのだ。


 事実以前そのことで部室に来る前に教職員に呼び止められて、不快な思いをしたこともある。学園側的に男子生徒二人、女子生徒一人では含むところがあったようだ。大抵は私の顔と、あとの二人の顔面偏差値を見て大丈夫そうだと太鼓判を捺して帰って行くんだけど、あれはあれで腹が立つぞ。


 ――モブ顔だからって別に雑用係とかじゃないですからね?


 四人目でいきなり特例処置を作るのもおかしな話だけれど、特別に星詠みが出来ないベルジアン先輩を入部させることで四人体制になったので、私とラシードは現在新学期から入部するベルジアン先輩のアイテム調達にやってきている。


 ……ちなみに冬期休暇の十日はすでにトレイを破損したことへの反省文と、単位にちょっと届かなかった分のレポート作成で消えた。


 とはいえトレイの反省文は“もうしません”を丁寧に文字数だけ多くしたものなので、ほとんど手間にはならなかったけどね。こういう時ばかりは前世培った社会人の謝罪スキルも馬鹿に出来ない。


 問題はレポートの方で、図書館でラシードに手伝ってもらいながら何とか片付けた。レポートというものは一学年先輩がいるだけで格段に作製するスピードが上がる! だけどそのお陰で、何とかギリギリ進級出来ることになったのだから良いや。


 もうラシードに頭が上がらな……うん、前からか。


 その間に気になったことといえば、図書館で一度もホーンスさんを見かけなかったことだろうか。でも別に彼も四六時中図書館にいるわけではないようなことを以前言っていたし、そういうものなのだろう。


「どうしたのよ、急にボーッとして。疲れたならどこかでお茶にする? 向こうの通りに先月から可愛いお店が出来てるのよ」


 そう言うラシードはさり気なく私の分の荷物まで持ってくれて、お出かけ相手のエスコートに慣れているのが良く分かる。これは老若男女問わずモテるわ。


 ピンク色の紙袋を両手一杯に持っているラシードを見ていると、まだ真冬なのに春めかしい気分になるな。それに異国情緒漂うラシードの肌の色には背景の雪の白が特に良く映える。


「ああ、そうじゃなくて……夏期休暇は勉強ばっかりだったし、友達もいなかったから退屈でさ。それが今回はラシードが一緒でしょう? 冬期休暇の間は誰も寮に残るとは思ってなかったから嬉しいなぁ~って」


 去年の前半はそんなことを考えている余裕がなかったから特にそう思う。でもその分、後半からの“乙女ゲーム的”追い上げが働いてくれて、結果的には良い感じにおさまってくれた。ラシードのエフェクトの輝きもそのままで、あのダンスで心動かされなかったヒロインちゃんに少し敬意を表してしまうぞ。


 私のご機嫌さが通じたのか、ラシードも「ま、そうね。アタシもいつも長期休暇は暇してたから、これくらい騒がしい方が良いわ」と笑ってくれる。この世界で前世の記憶持ちだった人がラシードで良かったとつくづく思う。


「それじゃあこのお店で買いたかった物は大体買ったから、一旦さっき言ったお店で休憩して、次はカーサの分を何か見に行きましょうか?」


「そうだね、ピンク色とか、レースの小物類とか。マグカップは絶対ピンクと白だよ。頑張って見つけてあげようね」


 会話の端々から薄々感じてはいたけれど、彼女は根っからの可愛い物好きであるにも関わらず、いざお店に入ったら格好良い系やセクシー系のアイテムばかり勧められるらしいのだ。そんなことを聞かされてしまえば、ここは入部祝いに是非とも可愛いマグカップを支給しなければ!


 重大任務の前に取りあえず一つくらい荷物を持とうと思って手を伸ばした私から、ラシードはあっさりと身をかわして「行くわよ」と先に立って歩き出す。


 その大きな背中に遅れないようについて行こうと思って慌てたけれど、ラシードがそんな気遣いを出来ない奴ではないと忘れていた。足の長さが全然違うのに、不思議とぎこちなくなることなく横に並んで歩ける速度に親しい距離感。


「冬期休暇明けにベルジアン先輩のことカーサって呼ぶの、楽しみだねぇ」


 “カサンドラ”や“ベルジアン”だと呼びにくいので、あの場で愛称呼びの許可をもらってはいたのだけれど、なかなか許可が下りてすぐ呼べなかった私は、未だにベルジアン先輩を愛称で呼んだことがないし、推しメンに至っては『特に必要ない』と姓で呼ぶことを貫くらしい。


 ラシードと私のことは男子扱いだから名前で呼んでいるけれど、何故か女子の名前を呼ぶのにはびっくりするくらい頑ななのだ。でも考えてみたら、ヒロインちゃんのことも未だにティンバース嬢と呼ぶものなぁ。夢の中でだとあんなに素直に呼んでいたのに――。


 そこまで考えて、不意にズキリと鈍い痛みが胸を襲う。それから自分でも馬鹿だなぁ、と。そう思えて笑ってしまうのだ。沈みかけた気分を立て直そうと周囲を見回せば、すぐ近くに郵便所があった。


 郵便所は前世でいうところの郵便局と同じような働きをするのだけれど、少しだけ違うのはどこも個人経営だというところ。どの郵便所も郵便を送ってくれるのは勿論なのだけれど、使う移動手段が違うのだ。


 例えば飛脚便のように人間が走って届けるもの。この場合のデメリットは届くのが遅いことと、大きな荷物は頼めないこと。メリットは安さと手紙の傷みの少なさかな。


 馬を使うところは小包までなら配達可能。この場合のデメリットは料金がちょっと高いことと、手紙の集配量が多いのでその分荷物や手紙の傷みが多いこと。メリットは当然飛脚便より各段に早いことと、もし予定していた日に届かなければ手数料の三分の一が戻ってくるところ。


 最後は馬車を使うところで、荷物は割と大きな物を運んでくれる。この場合のデメリットは少ない荷物は受け付けてくれないことと、他の二種より荷物が多くて重いので配達物がちょくちょく破損すること。メリットは小包なら三つまでは同料金で良いところと、破損した物への弁償金が戻るところ。


 見つけた郵便所には馬を一頭描いた看板がぶら下がっていることから、先に挙げた二番目のタイプだろう。


「あ、ごめんラシード。ちょっと手紙出してきても良いかな?」


「ああ……故郷のご両親とスティルマンにでしょう? 休暇に入ってから三通も送ってまだ一通も返事がないのに、ご苦労様ねぇ。良いわ、ここで待っててあげるから早く行ってらっしゃい」


 私の唐突な申し出に、ラシードはお見通しとばかりに頷いてくれる。思わずオネエさんの気遣いにキュンときてコートの胸ポケットに触れると、そこに忍ばせておいた封筒が“カサリ”と小さく音を立てた。


「うーん……スティルマン君は領地経営で忙しいとは分かってるんだけど、いつ闇堕ちしちゃうか分からないからね。返事が来なくたって、私とラシードはいつでも味方だって伝えたいんだ」


「……お馬鹿ね、アタシはアンタの心配だけで手一杯よ。その手紙勝手に連名にしたりしてないでしょうね意気地なし」


「い、意気地なしじゃない、気遣いだ! 好きでもないただの友人から何通も手紙来たら、推しメンに気持ち悪く思われるでしょう? だからお願いします、お名前を使わせて下さいませ。休憩するお店で何か奢るから」


 実は一通目から勝手に連名にして出していたのだけれど、まさかこんなに早く見破られるとは……侮れないオネエさんだ。


 けれど肩をすくめて笑ってくれたラシードが直後に口にした言葉に、一瞬だけ時間が止まったように感じる。



「もうアンタも今年で二年だし、アタシとカーサに至っては最終学年なんだから。隠せるうちは隠してあげるけど、ちゃんとその時になったらアタシの影から出られる覚悟を決めときなさいよ?」




 きっとラシードなりに心配してわざと牽制を含ませたのであろうその言葉は、ざっくりと胸の深いところに食い込んで、私を少し不安にさせた。

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