*2* あ、私モブなのでお構いなく。
今日も午前中の授業を終えて、皆が友人達と語らいながら楽しむランチタイム。しかし私は前世に引き続きぼっち飯の真っ最中だ。
理由はごく簡単で、貧乏貴族の娘のくせに【星詠師】の資質を持った学費免除の特待生枠だから面白くないらしい。それでもそんなの私は前世から慣れっこなんで、全く気にならないのさ!
そもそも入学式が滞りなく終わるかと思っていたのが間違いだった。
ここは首都アルイーズにある由緒ある学園。勿論良家の子が多く集うだけあって幼等部からあるエスカレーター式。数少ない途中入学の特待生なんだから、名前を読み上げられてもおかしくはない。
それからというもの逆に有名人枠。そのせいで入学してからもう二ヶ月が経つのに私には友人と呼べる存在が一人もいない。
私としては悪目立ちしたくないから全く嬉しくないけど。
――と、言うか……。
昼休み中に次の授業の内容を読んどかないと危ないくらい、ここに通う子達と私の間に学力に差があるんだってば。やっぱりゲーム世界でも田舎の神童は都会じゃ井の中の蛙なのよね。
田舎の教育課程に神話の細かい授業なんてないもん。都会の高貴な方々とは一般教養の幅というか、部類が違うのだ。
いくら推しメン様ことクラウス様のストー……追っかけをしたくても、さすがに私を送り出してくれた両親や領民の皆の手前、勉学を疎かにすることは出来ない。
進級は絶対一発でしたいし、どうあったってゲーム世界のクラウス様達と過ごせるのはここでの三年間だけだもの。だったらきっちり三年で帰りたいもんね。
「えーと……だから【星詠師】は女神【ウィルヴェイア】の吐息から生まれた精霊をその身の内に迎え入れた信徒達の末裔であり――、と」
今は学生用のカフェテリアのコックさんに無理を言って作ってもらったオムレツサンドを食べながら、次の選択授業である歴史の復習の真っ最中だ。
でもカフェテリア内のテーブルやテラス席は仲良しグループに占領されているので、少し離れたベンチでノートと教科書が一気に見られるように広げてある。こうしておけば誰かに横に座られる心配もない。
そもそも六月の夏の前哨戦みたいにジリジリと照りつける、ほぼ日陰のないベンチに座る物好きは私ぐらいだ。しかしそのせいで嫌味なお嬢様方も近付いてこないので悪いことばかりでもないかな。
「本来【星詠師】が使用する天体望遠水晶は……ん、続きの走り書きがない」
片手に持っていた残りのオムレツサンドを口に押し込んで、両手でノートと教科書を漁る。
良家の子女達が日傘片手にベンチの横をすれ違う時に「やだ、あれ初等部で習うところだわ」とクスクス笑っているけれど気にしない。
知らないことは、知ろうとしなければ。それに勉強する上で無駄とも思える初歩の部分を怠れば、後々手痛い思いをするんだぞ?
「本来【星詠師】“と【星喚師】”が使用する天体望遠水晶は、女神【ウィルヴェイア】が信徒達に贈った夜の欠片だと言われている――だ。これは初等部で習うはずの部分だが、憶えていないのか?」
何と思いがけないことにベンチの下を覗き込んでいた私へ、記述が抜けていた箇所を補い、さらには飛んでいっていたメモを拾ってきてくれた親切な人が現れた……!
「こんな初歩の勉強を今更やっているとは……特待生が聞いて呆れるな」
――あ、違うわこれ、親切じゃなくて軽蔑されてる?
けど、今はそんなことどうでも良かった。だってそこにいたのは……。
「あ、はぁ……つまんないもの拾ってもらってごめん――スティルマン君」
うわぁぁぁぁぁ、生! 本物の推しメン様が目の前で虫けらを見るような視線で私を見てる――!
“スティルマン君”とか、まさか自分の口で呼ぶ機会が来るなんて思ってもなかったからヤバい。何これ、何これ……すっごい照れるな。
思わず引ったくるみたいにしてメモを受け取って、乱雑に書き殴られた下書き用のノートに挟み込む。挙動不審極まっているとしても、たぶん私の顔はいま真っ赤に違いないのだから勘弁してほしい。
学生の頃は勉強について行くのに必死で“名前呼んじゃった”だとか“廊下歩いてて肩がぶつかった”とか、そういう些細で甘酸っぱいことに一喜一憂してる同級生達を内心煩わしく感じてたけど……これは……。
確かに――絶対今日の日記に付けてこのメモは永久保存にしようとか思うわ。それで何回もその頁読み直してバタバタする。幸いにも私は一人部屋だし……絶対するわ。
ここで生徒手帳に書き込む訳にもいかないので、私は記念すべきこの初会話の日付“六月十日”を個人的に国の生誕祭レベルで祝うことにした。
“ギュウウウウウ”とノートを胸に抱きしめて、いま起こった出来事を許容量の少ない脳の貴重な空き容量に刻み込む。うん、これはゲームにない私だけのスチルゲットだわ。
胸の高鳴りというか、拗らせた初恋というか……まぁ、そんな綺麗な物じゃない感情を抑え込んで溜息を一つ振り返った。
――って、あれ? 見間違いでなかったらなんだけど……。
「あの……何でまだここにいらっしゃるんでしょう、か?」
てっきりすでに立ち去ってしまったとばかり思っていた彼が同じベンチの隅に座っているではありませんか。しかもその手には何故か私の書き込みの酷い教科書とノートがある。
彼は私の見辛いノートや教科書を交互に見比べながら、一頁を凄い勢いで読み進めては時々小さく頷いたりしていた。
こんなご褒美イベントがあるならもっと綺麗にノート書いとけば……これだと頭も悪くてそのうえ字も汚いとか思われてしまうじゃないか。絶望的だな!
しかし私の渾身の声かけにも関わらず、スティルマン君……って、呼んでもいいかな? 勿論口に出したら嫌がられるだろうから、心の中で呼ばせていただきます、はい。
まぁ、とにかく。スティルマン君は私の清書していないノートを無言でパラパラとそれで読めているのかというスピードでめくっていく。
私はしばらく答えを待っていたのだけれど、それがいかにも無駄なことに思えてきたので、ここにいるスティルマン君のことはスクリーンショットだとでも思うことにした。
まだ浮ついていたいのは山々だけれど、何も予習復習は歴史だけではないのだし。仕方がないので私は他の授業の教科書を鞄の中から漁って読みふけることにする。
重要そうな所には線を引いたり、頁の端を折って授業の後で先生に質問できるようにしておく。無駄なく、簡潔に。
ここでこうして勉強出来る時間は家族と領地の皆の上にあることだから。しっかり、がっつり憶えて前世の“コレどこで使うの?”という納得のいかない公式みたいなのじゃない、生きた学問を吸収すべく意識を集中させる。
面白味のない“学問”を機械的に分かったような気になって取り込んで、テストで結果を出せば褒めてもらえると信じた前世の愚かな私。
そもそもが、私と違い面白いと思ってその学問を吸収していく人間に及ぶはずがないのだ。相手にもその学問にも失礼だし、好きでたまらない人間にその分野で敵うはずもない。
しかし今世は何を学んでも、前世とかけ離れた知識で大抵知らないことだから面白いし、新鮮。だから勉強するのも苦痛ではあるけれど楽しいし、手紙にしたためて家族に送れば手放しで褒めてもらえる。
どの学科も面白いし興味深いけれど、特に国を挙げての取り組みでもある天候の記載は必須。季節ごとに雲の描く空の絵画は、後の天気を読み解く重要な鍵になる。
いくら【星詠師】の端くれと言っても、精々三日間分しか天気を当てられない私には、雲の読み解き方一つ取っても大変興味深くて為になるのだ。
そりゃ本当は星の動きや瞬きだけで天気を予知出来たら良いけど、少なくとも今の私には無理だ。
だったら最初っから星だけに頼らないで日中の雲の動きなんかも読めた方が望ましい。中途半端な予想に雲を正確に読み解ける能力があれば、急な嵐にも対応できるもんね。
……なんて賢そうなことを考えてはみても、だ。
ついついチラリと教科書を読むフリをして盗み見る、彼の思慮深そうな横顔にキュンときてしまう。うぅむ、なんて贅沢なショットだ。
私がちょっぴりそんな甘い気分に浸っていたその時――。
「おい、疑問符が付いていた頁は……これで全部か?」
突然教科書とノートから視線を上げてそう言ったスティルマン君の、鋭い声と視線に思わず背筋が伸びる。
「えっと、はい、たぶん……」
内心ノート返してくれなきゃ分からんよと思いながらもそう返事をすれば、不機嫌そうな表情のまま押し付けるようにノートを返してくれた。
私は緊張しつつも、彼のその不機嫌に刻まれた眉間の皺にすらときめいてしまう自覚のある変態だ。
「さっきは、悪かった」
「え? 何が?」
「だから――お前が【星詠師】の素質があるというだけで田舎から物珍しさで出てきた人種だと勘違いしたことだ」
「あぁ~……何だそんなことかぁ。スティルマン君じゃなくても普通そう思うよ。実際うちド田舎のギリギリ田舎貴族だし。下心ありでここに入学したのも、勉強についていけてないのも本当のことだよ」
もう今後そうそうこんなチャンスがないだろうと踏んだ私は、大胆にも推しメン様相手に会話チャレンジを試みることにした。
だってガードの堅い彼相手に、この後の三年間で今日の会話以外接点を持てる気がしないんだもん。コミュ障の私だって多少食いつきもする。
そんな私に少しだけ目を見張った彼の表情を、またまた容量の少ない脳に叩き込む。クッソ……可愛いかよぉぉぉ!
「――いや、そうだとしてもだ。出来なくても努力する奴はすぐに伸びる。途中で投げ出さなければ、だがな」
ほんの少しぎこちなく口許を緩めた彼の皮肉屋な微笑に、貴重な脳の許容量がガンガン減っていくのが分かる。このまま直視していたら危険だ。憶えた物が全部圧縮されて内容が潰れてしまう。
「あ、ありが、とう」
自分の意思とは関係なくブワワっと頬に熱が集中する。口にしたお礼の言葉も切れ切れで情けない。さっきまでグイグイ会話をしていた私の急な変化に、彼が訝しげに首を傾げた。
「えっと、ほら、ここ暑いじゃない? ちょっとのぼせたのかも!」
咄嗟に口から出たにしてはマトモな言いわけに納得したのか、彼も頷く。
「そうか。確かに田舎貴族とは言っても子女には違いない。気が付かなくて悪かった」
彼は天性のヘイトを稼ぐ気質なのか余計な一言をクッションにした後、ベンチから立ち上がる。
「次からは図書館で勉強することをお勧めする」
「うーん、そうだね、そうするよ。それと、貴重な昼休み使わせちゃってゴメン。ありがとうね」
隣に座ってくれていて嬉しかったはずなのに、彼が立ち上がった瞬間ホッとしてしまう根性なしの私。自分では分からないけど、へにゃっとした表情になっているに違いない。
「……図書館の窓が少ない西側の一番奥だ」
意味が分からずポカンとする私に彼が若干苛立った様子で眉をひそめる。
「君がいま読んでいた神話の載った本は、そこが一番多い」
それだけ言い残して去っていくその背中に、この場で転げ回りそうなほどときめく。何あのぶっきらぼう気取り。良い子すぎる……!
――うん、待っていろよ、推しメン様。
今日から黒子に徹して君の明るい未来の為に、私が必ず一肌脱いであげるからな! と心を新たにした昼休みだった。
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