◆一年生◆
*1* これがイベント発生ってやつか。
「今の言葉は酷すぎます。カインに謝って下さい」
「――断る。無能に無能と言って何が悪い?」
今日も今日とて始まった一日に数度学園内で繰り広げられるバトルに、生徒達は某・海をかち割った大賢者を前にしたかのように道を開けた。
確かさっき授業中に黒板を見たら“五月七日”とあったので、このバトルは後のヒロインと攻略対象の出逢いに関係する重要なシーンだった気がする。
「んー……あ、ちょっと思い出して来たぞ……?」
ヒロインのアリシアは最近市井から出てきた某貴族の愛人さんの子供ながら、王家の人間と同じ【星喚師】の資質を持っている。
それに目を付けた彼女の父親である某貴族が、これはしめたと政略の手駒に使おうと本邸に呼び戻したところで物語ゲームが始まるんだった。
なるほど、だとしたら彼女の他に【星喚師】の資質を持つのがあの私にしか見えていないエフェクトを持つ攻略対象達な訳だ。
無事にグエンナ王立学校に入学してから早いものでもう一月。
この学園は良家の子息や子女が通うだけあって、慣れない言葉遣いやら田舎貴族にはあまり縁のないコートマナーなどの授業が多く、すでに息切れし始めている私の目に、渦中の人物達はとても鮮やかだった。
ヒロインことアリシア・ティンバースは、綺麗なプラチナブロンドを腰まで流した清楚系美少女。スラリと長い手足に小さい顔。アーモンド型の黒い瞳がとても印象的な子だ。
私はといえばサラサラには程遠いけど一応真っ直ぐな腰までの栗毛に、薄い鳶色の瞳。田舎の野原に寝そべって過ごした幼少期が響いたのか、鼻の頭にはうっすらとソバカスがあるし、肌だって小麦色に近い。なんか全身茶色い……噛めば噛むほど味の出る
アリシアの隣に立てば、先述に併せて中肉中背の標準体型である私のなんとモブキャラの鑑であることか……。
そして案の定、授業を終えて講堂を出た瞬間発動する――たぶんこの世界では私にしか見えない星形の特殊エフェクトが周囲を彩った。今回の色は赤。ということは攻略対象のアーロン・ワーグナーだろうか?
正義感溢れる熱血漢の兄貴肌で実際一学年上のアーロンが、清楚で可憐なヒロインがクラスでも飛び抜けてドジなカイン・アップルトンを庇う姿に胸を打たれる……みたいなシーン。
アーロンは星の色で分かるように髪も瞳も燃えるように赤い。筋肉質で豪快なキャラで、周囲からの信頼も厚いタイプ。野性味溢れりゃ良いってものでもない私は、あまりお近付きになりたい感じじゃない。
因みに庇われる側のカインもこれまた攻略対象だ。気弱な美少年の彼はいつもヒロインに庇われる弟キャラ。同じ学年なのに弟キャラって需要あるのかな?
カインの星の色は水色。頭は良いはずなのに要領の悪いタイプ。サラッサラの髪は何となくお察しかと思うけど星と同じ水色で、この世界ではそうおかしくはないらしい。勿論、瞳も同色だ。
冬に見たら寒々しいカインと、夏に見たら暑苦しいアーロン。足して割ったらちょうど良い季節感になりそうだ。
私は目の前で繰り広げられる“イベント”を傍観しながら、生徒手帳の中のカレンダーページの今日の日付に赤い星を書き込む。この“イベント”だと得られるスチルはヒロインの日常絵だったかな?
正直私は“プレイした時から”この世界のシナリオが馴染まなかったから、主人公ヒロインサイドはみんな苦手なんだよね。あんまりにも“彼”の報われなさが可哀想で途中で円盤割りそうになったくらいだし。
ヒロインのアリシアに「人には誰しも得手不得手と言う物がありますわ」と怒られて「いいや、そんなものは努力を怠る人間の言い訳だ」と思ってもいない言葉を返す“彼”ことクラウス・スティルマン。
幼少期に片足に負った怪我の後遺症を、周囲にバレないように生きる苦労人の努力家キャラ……なんだけど、この世界ではお分かりかと思うけど悪役です。私のこの世界での推しメン様は彼だ。
噛ませ犬の悪役キャラである彼は、ダークブラウンの髪と瞳をした暗めの配色で当然星を持たない。短めの髪は緩く波打っていて、癖毛と言えばそれまでだけど見ようによっては優雅だし。
キラキラした世界の乙女ゲームの中で“前髪長すぎない?”的な長髪でもないし、リボンで髪を結わえていたりもしない硬派さが、私の中では燦然と輝く星なんだけどなぁ。
報われないのにヒロインに相応しくなるために必死で努力をする彼は、前世の自分にかぶって見えてやたらと感情移入してしまった。実際に
背は高くも低くもないけど華奢ではないし、顔も目立ったイケメンぶりではないけど、やや神経質そうな切れ長の目に、あまり動かない冷たい表情が好き。
本編では見切れたスチルばっかりだけど、一生懸命彼見たさにバッドエンドをやり尽くした。
というか、むしろそっちに重きを置きすぎて他のキャラクターのエンディングを見たはずなのに、あんまりゲームの詳しい内容シナリオを憶えていないんだよね……。
何か確か《星が導きし運命の……》あ、駄目だ続き何だっけ? シナリオに星が関係してる以外は何だかぼんやりしてる。これもたぶんこの学園で授業を受けたりしていくうちに徐々に思い出せると思うけど。
実を言うと十歳の時はもっと鮮明に憶えていたのに、十五歳の今となってはそれほど細かいところは憶えていない。
どれだけ忘れないようにとそれを細かくメモっておいても、いつも不慮の事故で燃えたり濡れたりで解読できない状態になってしまうからだ。
これについては絶対に何か偶然ではない力が働いているんだと思うけど、今のところはまだそんなに必要な出来事も起こっていないからよしとする。
まぁ――そんなことよりも、私の本命であるクラウス・スティルマン。
彼を一言で言い表すなら偽悪者っていうのかな。そういうキャラを頑張ってこなす彼のファンとしてはヒロインって見る目がないなー、とか思ってしまう。まぁ若い内には分からない大人の苦味みたいなものかもしれない。
だけどあれだよヒロインちゃん。カラメルのないプリンって美味しくないと思うんだよね。
いや、バッドエンドの場合はヒロイン殺した後に自殺しちゃうんだけどさ。この中でヒロインが憶えていないだけで攻略対象に出逢うずっと前……子供時代に出逢うのは実はこの彼だ。
さらに言うなら彼の足が不自由になった原因も、確かヒロインを助けようとしたせいだった。そのことで幼いながらも二人は恋心を抱き、将来を約束する。
そして数年後――学園で再会した彼は当時の初恋の君との約束をしっかり憶えていたというのに、肝心の彼女がすっかり忘れてたら普通険悪な態度になるよね?
このタイプの世界のヒロイン補正って、あれなんなの? ヒロインって心優しいみたいなテンプレがあるけど、ここまで無情に忘れてるのは心優しいことになるのか?
私は熱い視線をその背中に送って応援するけれど、ヒロインを庇おうと出てきたアーロンに「ふーん、じゃあオマエは失敗しないのか?」とか何とか言われて「失敗を“しないようには”出来る」と咄嗟に返事をしてしまう。
あ、ヤバいな。この“スチル”は見覚えがある気がするし、要チェックだ。学園の天恵てんけい祭……前世で言うところの体育祭みたいなものは十月頃だったから、このままだと私の推しメン様は全校生徒の前で無残な姿を嗤われることになってしまう。
まぁ私がバックにいるかぎりそんなことさせないけどな!
取り巻きに囲まれてアリシアとカインをつれて去っていくアーロン。良い気になるのも今のうちだからな! 憶えてろよ! と、私は三人の背中に向かって心の中で舌を出す。
見世物が終わって散っていくギャラリーの中で、一人だけその場に残っていた彼は、一瞬だけそのいつもは酷薄な色を持つ瞳に切なさを滲ませて去っていくアリシアの背中を見送っている。
……うん、大丈夫だよ、私の推しメン。
君を誰よりも良く知る私がこの【星降る夜は君のことを~星座に秘めたるこの想い~】の世界に“転生”したからには最後に彼女の隣に立つのは君だからね!
ソーッと立ち位置を移動して推しメンの寂しげな横顔を脳内スチル置き場に焼き付ける。はわわわ、ご馳走様です!
――って、おっと、次の授業の予鈴が。
私はまだまだ名残惜しかったけれど、佇んでいた彼がこちらを振り向く前にこっそりとその場を立ち去った。
***
「……あぁ、クラウス様が格好良すぎて辛い! 脳内スチルがいつでも見られるアイテムボックスが欲しい……!」
学校が終わり一人戻った寮の一室で、私はベッドで転げ回って熱い心の内を叫んだ。一度目の人生で私の学生生活に青春なんて甘酸っぱい物はなかったから、実質この世界で初めて噛みしめている真っ最中です。
結構アイドルの追っかけに歳取ってからハマる人がいるとは聞いていたけど、まさにそんな感じ。画面の中の彼が立体で同じ世界に存在しているのだから、これで興奮しない訳がない。
そして私程度の家の子なら本来は三人部屋か、良くても二人部屋のはずなんだけど、今年は外部受験者が少なかったそうでこの部屋は一室丸々自由に使って良いと初日に言われた。
だからどれだけ転げ回って「クラウス様、素敵!」とか叫んでも全然問題ないのですよ。素晴らしい。
「しかも同じクラスで専攻の授業もほぼ同じ! 講堂内の席も斜め後ろとか偶然が怖い。毎日幸せすぎるから」
小・中・高・大・社会人と“鉄仮面”の徒名がついて回っていた頃の私を知る人間がいたらさぞや驚くだろうな。でも生まれてから十五年、溺愛されて構築された人格は前世と違ってそれなりに根アカなのだ。
「……いかん。そろそろ今日の復習と明日の予習しとかないとな」
脳内スチルの再生を堪能した私はのそのそとベッドから起き上がり、部屋の入口に放り出してあった鞄から教科書とノートを取り出して机に向かう。
無理をして入学に漕ぎ着けたのだからこうして学力の差が出る前に地道な努力をしておかないと、すぐに授業で置いて行かれてしまう。これは前世で実証済み。
「凡人は百回書いて、百回読むべし、と」
今日の授業は特に興味があったので教科書は走り書きだらけだ。私はメモ魔なので、そのままだと意味不明な怪文書のようになっている。だから二度手間でも内容を精査して、ノートにきちんと清書していく必要があった。
「えー……っと、なになに? 我が国は古くから星の女神【ウィルヴェイア】を祀る占星術が盛んであり、現王家は星の女神の子孫とされ――、」
要するにこの国は昔から占星術を駆使して天候を占う能力を持つ人間が僅かに生まれ、そのお陰で農業や酪農が盛んな豊穣の国なのだそうだ。
多くはそう強い力を持たないけれど、私のようにたった三日でも当てられる程度の人間が星の女神の欠片から生まれたとされる【
そういえば、私は当初全くもって頭からすっぽ抜けていたこの学園の学費が、うちみたいなギリギリ貴族ではとても払える金額ではなかった。
これには一瞬“転生してまで学費に悩まされるのか?”とか思ってしまったけれど、幸いにも私の微々たる【星詠師】の資質が考慮されて、学費免除の特待生枠に滑り込めた時は心底ホッとしたな。
それでまぁ、後者の【星喚師】の多くは王家から輩出されるので、王家の人間は星の女神の子孫だとされている――と。
「そうそう、何かそんな話だったわ。でも肝心のヒロインとクラウス様の出逢いがどんなだったか分かんないなぁ……」
その後は特に見覚えのある記述も見つからずにその日の分の予習復習が終わってしまった。だけど昔の人は言ったものだ。急がば回れ、と。
なので私はのんびりと、学業を修めて帰る日を領地で待っていてくれている両親に手紙をしたためることにした。
無理を通して出てきた都会だもの。せめて一週間先の天気まではピタリと当てられるようになってやるんだから。机の引き出しから天体望遠水晶を取り出してそのひんやりとした感触を掌で転がす。
「えっと、書き出しはどうしようかな。やっぱりいつも通り“皆さんお元気ですか?”で良いかな?」
……前世の記憶を持っている私には、そんなことすらもくすぐったくて嬉しいのは言うまでもない。
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