第5話

 GAME OVER.

画面にそう表示され、「並んでいるお友達に変わってね!」とテロップが出たが、並んでいる人はいないので続けて1クレジット分の金額を払い、もう1回ハードモードに挑戦した。「この曲のハード難しいんだよねぇ。他の曲は簡単なのも多いんだけど」

「あ、私その曲できるよ」

「うっそ!?音ゲー得意なの?」

「そこそこね。リズム感はある方かも」

「なんか楽器やってたの?」

「ピアノくらいかなぁ。でもそんなに関係ないと思うよ」

「絶対それだ」

「いやいや、違うって。この前ドラマーの人がドラムワールドやらされてる動画見てたけど、全然できてなかったもん。その人の叩いてみた動画も見たことあるけど、ドラム自体はめちゃくちゃうまかったよ。だから関係ないって」

「ドラム自体は、って遠回しに卑下してなーい?」

「そういう意味じゃないって」

爆音が鳴るゲームセンターで、同じゲームを隣同士の筐体でプレイしながら、大声で会話していた。

 由芽は音ゲーは得意だが、UFOキャッチャーはまるで苦手だった。理愛にプレイに口を挟んでいる時も、懸命に獲物のぬいぐるみを狙い続けていたが、掴むまではいいものの、途中で何回も落としてしまう。

「あ、なんでそこで落ちるの?あとちょっとじゃん!」

由芽はぶぅーっと頬を膨らませていた。

「貸してみ?」

理愛が由芽に変わり、お金を投入する。

由芽がある程度進ませていたぬいぐるみは足を掴まれ、そのまま取り出し口まで運ばれた。

「え!凄い、上手いじゃん!」

「まぁね。これでも昔に結構練習したんだよ?」

「凄い凄い!ありがとう!」

「ふふっ。よかった、喜んでくれて」

由芽は、一生の宝物にする、とご機嫌だった。そこそこ大きいぬいぐるみを抱えたまま帰っていた由芽は通りすがりの人々の視線を集め、隣を歩いていた理愛は恥ずかしかった。一方、由芽はぬいぐるみを一生大事にする信念で頭がいっぱいだったので全く気にならなかった。由芽が自分の取ったぬいぐるみを大事そうに抱えているのを見て、理愛は恥ずかしさ混じりに少し嬉しかった。




 そんなこんなで、待ちに待った土曜日がようやく訪れた、この日をどれだけ待ち望んでいたことか、と言いたいところだったが、由芽にとって土曜日になるのは意外とあっという間だった。土曜日まで、毎日の時間が過ぎるのが速過ぎたのだった。

2名で予約したビュッフェに20分前に到着した由芽は、外から店内を確認してみる。予約待ちの椅子に理愛が腰かけている様子もないので、完全に早く来すぎたことに気付き、レジの前に置いてあるシートに自分の名字、人数を記入し、禁煙の欄に丸をする。とても混んでいる、という状態ではなかったが、シートを確認すると、どうやら私たちの前に4組ほど待っているらしい。私はまだ時間があるなと時計を確認し、店を出てその周りを散歩することにした。アパレルや雑貨屋など、最近オープンしたようなお洒落な店がずらっと左右に広がり、その間には木々が1寸の間隔の狂いもなく均等に置かれている。由芽は、その通りを目にした瞬間、何か別の新しい世界に足を踏み出してしまったかのような、新鮮な感覚に陥っていた。この辺に来たことは1度もなかったので、目に映るもの全てが、雑念が邪魔をする間もなく情報としてすっと入ってきた。

ふと、店頭に陳列されている小物に目がいった。そこは一角にある雑貨屋だった。大航海時代に周りの海賊を蹴散らし、その勢力を発揮したと言わんばかりの、強そうな船体が組み立てられたボトルシップ。しかしサイズはそんなに大きくなく、ラックに飾るのにちょうどいいくらいだ。

「…げっ!7,280円!?」

こんなに高いものかと、思わず声を上げてしまった。店内で商品を眺めていた客の何人かがこちらに視線を合わせてくる。私は恥ずかしくなり、身を縮めた。

「こんなに高いもんだっけ、ボトルシップって?」

小声で呟き、購入は一時保留しながらも、その精巧さに見蕩れていた。

「よくこんな再現ができるよなぁ。ボトルの中で組み立ててるんだろうけど、私だったら手が震えて途中まで完成した作品を崩しちゃいそう。」

「崩れてしまった部分をまた1から組み直すのも、案外楽しいものですよ」

店員がにこっと微笑みながら近づいてきた。完全に独り言を聞かれており、縮こまっていた身体が更に縮こまる。

「私も最初の頃は、途中で手元が滑って、全て台無しにしてしまって。でも、根気よく続けて、やっとの思いで完成させた際には、達成感が得られますよ。なんというか、すべてのピースがぴったりとはまるような。最近は、初心者でも組み立てやすいものもありますし」

華奢で物腰が柔らかそうな、綺麗な女性の店員だった。首に下げた銀色のネックレスが、天井の照明を反射してきらきらと輝いていた。

どうやら、私が目を奪われていたボトルシップの下には、初心者用のボトルシップが置かれていたらしい。言われてみれば値札プレートの隅の方にちょこんと、初心者用と黒のマーカーで書かれていたが、もっと分かりやすく大きく書いて欲しい。しかし、組み立ても簡単で、且つそこまで値段もしないようなので、初めて買うにしてはいい代物なのかもしれない。

「うーん、でも私、結構不器用なんですよね。こういうちまちましたものとか苦手なもんで」

えへへ、と困った表情を見せる由芽に、共に微笑みながらも、店員はあくまで丁寧に返す。

「そちらの初心者用のボトルシップは、あまり細かい作業が得意で無い方でも楽しめるようになってるんですよ。全く初めての方でも、30分ほどで完成できると思います」

店員がボトルシップを手に持ち、さっき私が眺めていたボトルシップと並べて細部度合いを分かりやすく説明してくれた。並行して置いてあるのを見比べてみると、両者の細かさの違いが目に見えて分かる。

説明するたびに動く店員の髪は、つやがあってさらさらしていた。保湿成分を多く含むトリートメントを使用していると、顔ならぬ髪に書いてあるようだった。同性だが、この店員のことがなんだかすごく素敵な人に思えた。この店員の紹介する雑貨だったら全て購入しても構わないような、そんな錯覚に襲われた。

そもそも、この店員もいかに買わせようか、と躍起になっているようにも思えず、ただ趣味のひとつにボトルシップがあり、少し知識があるから説明の幅が広がったというような印象を受けた。そのためか押し付けがましい感じはない。初心者の私でも上手くできたから、あなたもどうですか?という断りやすい誘いを受けているようだった。そんな雰囲気が妙な安心感を与えてくれた気がした。

「じゃあ、せっかくだし買ってみようかな…」

「ありがとうございます。こちらの初心者用のセットでお間違いないでしたかね?」

「はい、これで大丈夫です」

私が返答するや、店員はにこっと笑い、包装された商品がございますのでこちらにどうぞ、とレジに案内してくれた。天使はいるんや、と何故か関西弁で心情を刻んでいた。


 結論から言えば、遅刻した。

レジの店員さんに、ボトルシップを作ったことがあるんですか?と質問したところから話が盛り上がり、次の客がレジに並ぶまで店員と話し込んでしまった。店を出る際にイタリア語で付けられた店名をしっかり確認し、イタリア語を使っているだけあっておしゃれな店名だったわけだ、またあの店員さんに当たらないかなと思い出に浸りながら、歩きながら買った商品のパッケージに記してある作業手順や、どこの会社から発売されているかなどの情報をくまなく確認していたちょうどその瞬間にビュッフェの約束を思い出し、携帯を確認したところ、内蔵されている時計は集合予定時間の40分後を指していた。それと同時に理愛からの着信履歴が5件ほど入っていたことに気付き、さっきまで縮こまっていた背筋が焦りで伸び切った。

急いでビュッフェに引き返して理愛を探したところ、どんぐりをこれでもかと口に頬張ったリスのような顔をしてふくれていた理愛の姿があった。前にも見た気がするよ、それ。

「遅い!!!!!」

感嘆符が5つ付きそうなほど大声を上げて不機嫌さを表した理愛を横目に、店を出る前に記入したレジ前のシートを確認すると、「マツモト、2名、禁煙」の欄は飛ばされ、その後の3つの名前に横線が書き込まれ消されていた。店員に「マツモト」が来た旨を伝えた理愛は、席に案内された時から、ウェイターに注文し終わる時まで遅い遅いと連呼し、私の耳はこの15分で、あまりにも同じ単語を聞いたことで聴覚的ゲシュタルト崩壊を起こすかと思った。鼓膜が破れて聴力を失うのではないかとびくびくもしていた。

理愛の表情が笑顔に変わったのは、遅刻したお詫びとして私が奢ることとなった、トルネードパフェと呼ばれる、何層にも重なりボリューミーなパフェがテーブルに届けられた時だった。食後のタイミングでアイスクリームの適度な溶け具合を楽しんでもらうため、この商品は最初の注文時に店員に言わないと食べられないらしい。注文の品との組み合わせを考え、厨房側と連携し、提供するのだそうだ。その為数量限定であったが、今日は頼む人がそんなにいなかったためか注文できた。客側もそんなに気を張ってデザートを食べたくないのかもしれない。

バニラアイスクリームとミルフィーユの絶妙な絡み具合が堪らないらしいそのパフェを堪能している理愛は美味いを連呼していた。遅いの後は美味いかい。

 他方の耳も潰されかねないと思うと同時に、この子は連呼することが趣味なのかと少し心配になった。連呼はしているものの、声の音量はさっきに比べだいぶ小さくなってきたので、私は遅刻した経緯を話すことにした。

「ごめんごめん、少し時間があったからおしゃれな雑貨屋さんを見ていたら、ボトルシップを勧められて購入していたの。店員さんも優しくて、いい店だったよ」

理愛はしばらくはパフェを食べながら私の話を聞いていたが、私が大体話したいことを話し終えた頃合いを見計らって口を開いた。

「私、ボトルシップやってたよ。結構神経使うんだよね、あれ」

「え?やってたの?でも確かに理愛はボトルシップとかやってそうだし、得意そうだよね」

なんとなく手先が器用な印象があったが、ボトルシップも組み立てられるらしいし、この前のUFOキャッチーも上手かったしで、なんだかんだで私の理愛に対する眼は鋭かった。

「ボトルシップに得意不得意とかないでしょ。でもまぁ、結構シリーズ集めてたなぁ。当時、って言っても2年前くらいだけど、流行ってたアニメに出てくる海賊とコラボしてて、全海賊の船体組み立てたなぁ。部屋のラックに全部飾ってあるよ」

「え、見たい!今度遊びに行っていい?」

「いいよ。ちょっと埃かぶってるかもしれないけど、払えば問題ないだろうし」

やったー、と片手を挙げて喜ぶ由芽は、急に大はしゃぎしていることが恥ずかしくなり咄嗟に腕を下ろして縮こまっていた。なんだろう、この恥ずかしさは前にも感じた気がするし、今日は縮こまってばかりな気がする。冷や汗をかく由芽を横目に、忙しい奴だなと理愛は心の中で笑っていた。




 サラダ、パスタ、ドリンクなどを何種類か選び、そろそろ食べ飲み放題のタイムリミットが迫っていた。理愛はトルネードパフェを完食してもなお、デザートのケーキの切れ端をこれでもかと皿に載せ、平らげていた。由芽は、そんなに食べるのにそのスリムな体型を維持できるのは何故だろうと頭を捻らせていた。もしかしたら裏で過酷な量の運動をしているのもしれない、と冗談半分に推理していたら、丁度終了時間が来たので、会計をし店を後にした。

「食った食った」

理愛は通学鞄をリュックのように背負い、お腹を撫でていた。

楽しそうにしている理愛に由芽も自然と顔が綻んだが、その際、教室で見た意外な表情の理愛を思い出していた。携帯を1人で触っている顔。理愛の横顔故に、美しくはあったが、なんだか思い出したその顔が、とても悲しい表情をしているように思えた。由芽は笑った理愛の顔しか知らない。そう思い、急にあのときの表情の意味を知りたくなった。

実は意味なんてないのかもしれない。しかし、分からないことを調べないでもやもやしてしまうような感覚が由芽を襲った。もやもやしたものが今度はぐるぐるし、いつまでも頭の中から抜けないみたいに。あのときの理愛の表情について触れないと、納得がいかないというか、収まりが悪いというか、なんとも言えない気持ちに陥りそうだった。

「…理愛」

「ん?」

いきなり立ち止まって親友を呼ぶ声に対し、理愛はいつものように笑って私を見てくる。

この表情が崩れるかもしれない。そんな恐怖に陥った。しかし、分からないことは聞かずにはいられない性分だった。

「理愛って、友達多いような印象を持ってたんだけど、実際どうなの?」

「ん?友達?」

「私、この前一緒に帰る前にトイレに行ったでしょ?教室に入る前にふと理愛を見たら、ひとりでいたから。理愛って、私の中のイメージだと、友達がたくさんいて、わいわいしてる感じだから、少し意外だなって思ったの」

理愛は驚いたような顔で、口を半開きにしていた。

「あ、ごめん。言いたくないこととかあるよね。私、変なこと聞いちゃった…」

由芽は、しまった、と思い撤回するが、

「いや、そうじゃないよ」

理愛は、ふぅと溜息をついた。

「あんたって、そういう細かいところまで見てるんだなぁ、って思って」

「え?」

「別に深い理由じゃないけど、私結構ひとりでいるのが好きなんだよねぇ。小学校の時は少し無理してみんなに合わせてたり、ノリがいいとこ見せてたけど、なんか家でひとりになったときにどっと疲れちゃって。あ、もちろん楽しかったんだけど、中学上がってからは、なんかもっと適当でいいかなーって思ったんだ。それだけっていうか、そんな感じかな」

「…そうだったんだ」

私もどちらかというと、ひとりの方が好きだ。もちろん友達と遊んで楽しい時もあるが、ひとりの方が無駄がないし、相手の時間を奪わなくて済む。そんな思考を持ち合わせてるのは、私が地味だからだと思っていた。私が地味で、理愛のような派手なタイプとは対照的な立場にいるからだ、と思ったのだ。

でも、理愛のようなタイプにもひとりの方が好きな人がいることを知って、少し安心した。理愛と共通した部分があるということを知って、急に親近感が湧いた。

「ふふ、ふふふ」

「なんだよ、どうした?」

「ふふ、なんでもない」

「なんだそれ。少し気持ち悪いな」

「ええ?ひどーい!」

「ひどくないって!本当に、なんか気持ち悪いから!」

理愛と体をぶつけ合いながら、談笑して家に帰った。いつまでもこうして理愛と笑っていたいと思った。どこにいてもいいから、この笑顔だけを見ていたい、と。ずっとそばで見ていたい、と。

「ん?どうしたの、由芽?」

「なんでもないよ。はやく帰ろう」

そう告げると、2人で最寄りの駅へ向かい、途中の駅で理愛と別れた。

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