彼
red-panda
彼
「付き合って下さい」
私は人生で初めて告白というものをした。覚悟を決めるのに一か月はかかった。それでも抑えられない気持ちに負けて、今に至る。
「いいよ」
彼はいつもの笑みを浮かべて、了承してくれた。
「ウウッ・・・ヒック・・・」
私はうれしさのあまり泣いてしまった。彼には気持ち悪い女だなんて思われているだろうか。
彼は何も言わずにハンカチを差し出す。いつもの笑みを浮かべながら。
彼と初めて会ったのは、姉が家に連れてきた時だ。私は中三、姉は高一。姉は、写真部の仲間だと言っていた。その時は、彼のことを全く意識していなかった。
そして私は姉と同じ高校に生き、写真部に入った。
私にとって姉は理想の存在だった。成績優秀、容姿端麗、少し男っぽいところもあるけれど優しい人だ。子供の時から私をかわいがってくれた。
一歳しか差がないのに姉はすごく大人だった。
姉への嫉妬というものはない。姉は努力を怠らない人間だ。天才と言われているがそんなことはない。努力のたまものでしかない。
一方彼は、成績も普通、容姿は中の上くらい。特徴的なものがあるとすれば、いつも微笑んでるっということだろうか。急用で、雑用を押し付けられても、文句ひとつ言わず、嫌な顔をせずに受けてくれる。この人の良さは天才と言えるだろう。常に笑っている彼がかっこいいと思えた。すべてを受け入れているような器量大きさを感じたのだ。
私はそんな彼に惹かれた。かっこいい、そう思えた。
告白の一か月前、私は姉に彼と付き合っているかどうかを聞いた。姉と彼は仲良くしていたので、もしかしたらと思ったのである。
「ははは、そんなんじゃないよ。まあ、確かに仲はいいけど。小学校からなの親友だからな。ついでに、いま、あいつに彼女はいないよ。」
私はホッと胸を下ろす。
「あいつは、決して悪い奴じゃないよ」
姉は私の恋を応援してくれるらしい。
今日は彼との初めてのデートだ。早起きしてきっちり化粧して、おしゃれしていくはずだった。間覚ましを6時にセットして寝たはずだ。
約束な時間は9時。
起きた時間は10時。
昨日、楽しみすぎてなかなか寝付けなかった。目覚ましは無意識のうちに消してしまったのだろう。
私は急いで支度をした。人生で一番焦った。
結局、化粧もせず、髪だけちゃちゃっと整え、適当な服を着て出かける。
最悪だ。
待ち合わせ場所にはちゃんと彼がいた。
私は走って彼に近づく。彼の顔を見る前に私は頭を下げて謝る。
「ごめん。初デートなのに遅れてくるなんて、最悪だよね。怒ってるよね。」
「別にいいよ。気にしないで。」
彼はいつものように笑っていた。それを見て、私は安心した。
私たちは、そのまま映画館へと向かった。もともとそういう予定だ。
映画を見た後、昼食をとって楽しい時間を過ごす。
そのあと、ショッピングに行った。
初のデートは最高に楽しかった。
そんな初デートから一か月後。
あたしたちは毎週のようにデートに行っていた。さすがに迷惑かなと思って聞いてみたけれど、別に迷惑じゃないよと微笑みながら言ってくれた。遠回しにお前と一緒にいたいって言ってくれているのかな。うれしぃ。
いつものように待ち合わせて、いつものようにデートしていた。
すると、私の携帯に珍しく電話がかかってきた。今は友達とのやり取りはほとんどラインなので、電話がかかってくることはほとんどない。
スマホを見てみると、着信先はお母さんだった。
「もしもし」
すごい剣幕でお母さんがしゃべりだした。
「もしもし。今すぐ西の川病院まで来て。姉ちゃんが交通事故で病院に運ばれたんだよ!」
ツー ツー
電話の切れた音だけが聞こえる。
数分間、私は立ち尽くしていた。
お姉ちゃんが死ぬかもしれない。
おぞましい感覚が私を支配した。体がガタガタと震えてくる。
そうだ、早く病院に行かなくちゃ。
「お姉ちゃんが交通事故にあったって。西の川病院に行くから一緒に来て。」
「わかった」
彼はいつもどうり微笑みながら返事をする。
私たちは、駅まで全力疾走する。できるだけ早く西の川病院に着こうした。
私たちが着いた時には、お母さんもお父さんも集中治療室の前にいた。
「お母さん、お姉ちゃんは、大丈夫なの!?」
泣きそうになりながら聞く。
「今、意識不明の重体らしくて医者が言うにはわからないって。」
「お姉ちゃん大丈夫だよね!大丈夫だよね!」
私は縋り付くように聞く。
「わからないって言ってるでしょ!」
気まずい空気が流れる。
「ごめん」
私は走っていった。あんなに気まずい空間にいてられなかった。こんな現実受け入れられなかった。
私は知らない間に病院を出ていた。近いところにあったベンチに座る。
顔を伏せて泣いていると、隣に人の気配を感じたので振り向いてみる。
彼だった。
「お姉ちゃん、大丈夫だよね?」
彼は何も答えず、いつもと同じように微笑んでいる。
私は彼に抱きつき、大声で泣いた。
彼はいつまでも胸を貸してくれた。
そして、お姉ちゃんは死んだ。
葬式には彼も来ていた。彼はいつも通り微笑んでいた。
私は、穴の開いた心を彼に埋めてほしかった。
葬式があった夜、私の部屋に彼を呼んだ。彼はいつも通り微笑んでいた。
それに猛烈な違和感を感じた。お姉ちゃんが死んでから、彼の涙を一度も見ていない。それどころか我慢している様子すら見えない。
お姉ちゃんが死んで、ヒステリックになっていた私は彼に問い詰める。
「なんで泣かないの?かなしくないの?ねえ、お姉ちゃんが死んで悲しくないの!?答えて!答えてよ!!」
「悲しくない」
彼はいつもの微笑みを浮かべながら答えた。
私はぞっとした。今まで見ていた彼が全く別物のように見えた。
「お姉ちゃんが死んで悲しくないなんて。小学校のころからの親友だったんでしょ。なんで!?なんで悲しくないの!?おかしいよ、あんたなんて人間じゃない!!」
彼はいつもの微笑みを保ちながら淡々と答える。
「僕は感情がほとんどないんだ。そして、他人の感情も読めない。君の言った通り、僕は人間ではないと思う。」
「じゃあ、人間じゃないあんたがなぜお姉ちゃんの親友なの?意味わかんない!」
私は叫ぶ。いろいろなことが起こりすぎて、心のキャパが限界だった。
「彼女が僕に生き方を教えてくれたんだ。常に真顔で、人の感情のわからない僕は誰一人として友達がいなかった。それどころか、気味悪がって誰もかかわろうとしてこなかった。教師も同じだった。しかし、これは社会生活において致命的だ。それは理解していたが、どうしていいかわからなかった。そんな中、君のお姉さんが私に言ってくれたんだ。常に笑ってろ。楽しそうなやつに人は群がる。だから、僕はいつだって笑っている。」
私の心のキャパは完全に崩壊した。もはや何も考えられなかった。
そんな中、私はふとした疑問をつぶやく。
「なんで、私と付き合ったの?」
「断る理由がなかった」
「へー」
もうどうでもよかった。でも、どうしてこんな男と付き合うって言ったのにお姉ちゃんは止めなかったのだろう。
「ねぇ、お姉ちゃんはあんたの感情がないことを知っていたの?」
「知ってた」
ならばなぜ、お姉ちゃんは私の恋を応援したの?
(あいつは、決して悪い奴じゃないよ)
私はこの言葉を思い出した。そして、あることに気づいた。
彼は人の感情が読めないだけなんだ。別に悪意があるわけじゃない。でも、感情のない彼と付き合って何の意味があるのだろう。私のただの自己満足にすぎない。ならばなぜ、お姉ちゃんは私が付き合うことを了解したのだろう?私の自己満足だけだったら絶対に了解はしない。なぜだ?なぜだ?
いろいろと思考している間に一つの結論へと達する。
彼にも私が必要だったんだ。感情のない彼が社会に溶け込むには人間と触れ合って、学んでいかなければならない。お姉ちゃんはその中で彼い感情が芽生えることを期待したんだ。これは愛とは言えないだろう。でも、相互に利益があり、最後には愛のある関係へと発展する希望はあった。お姉ちゃんはそこに賭けたんだ。だから、付き合うことを了承したのだろう。
私は本当の彼に私の気持ちを告白する
「付き合ってください」
「いいよ」
彼はいつも通り、微笑みながら返事をした。
現状は何も変わっていないかもしれないでも、これから、これから私たちは変わっていくのだ。本当の彼を私は知った。
彼は、人とは言えないだろう。
でも、人になれる可能性はある。お姉ちゃんが賭けたように私も賭けようと思う。
今日も私はデートの準備をする。
彼 red-panda @red-panda
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