第17話:作戦会議をしました。

 ルードヴィヒは眉間に皺を寄せながら部屋の様子を見つめていた。リデルがモモと談笑している様子を見て、


「クッソ忌々しい……」


と呟いた。モモたちに私たちを手伝うように指示したのは、他でもないルードヴィヒだというのに随分な言い草だ。

 すると、エンデが私に話しかけてきた。


「というわけで、ルードヴィヒも手伝わせる。……いい?」


「私は構いませんけど……ルードヴィヒ様はやる気が無さそうですわよ?」


「だいじょぶ、出させる」


「無理しなくてもいいんですのよ?」


 エンデはルードヴィヒの服の襟を強く引っ張りあげた。


「こっから『制作班』と『広報班』がいる。多分、ゲルダさんはまとめ役。とっても大変。過重労働だよ」


「お、お気遣いありがとうございますわ」


「……なのにルードヴィヒは、婚約者ががんばってるのに手伝いもしない。人としてサイテーだ」


「心の底から同意いたしますわ!!!!」


 私は力強く拳を握った。さすが乙女ゲームの攻略対象。優しい。紳士的だ。今なら出会った頃のリデルが「みんな悪い人ではない」と言っていた気持ちがよくわかる。「こんな優しい婚約者がいるモモは幸せ者だ」と思った。


「んで、俺とモモとリデルさんで、制作班。広報班に、ハンスとルードヴィヒ。ゲルダさんが、全体のまとめ」


「採用ですわー!」


私は早速ルードヴィヒの耳を引っ張りながらハンスのところへと向かった。


「ハンス。今度はルードヴィヒ様に振り回されちゃ駄目ですわよ。こう、猛獣を躾けるようにビシバシとやりますのよ!」


「そ、そうは言われましても、ゲルダ様の婚約者ですし……」


「『俺は穀粒より重い物は持てない』だなんて仰ってましたから、鍛え直してさしあげなさい。私が許可しますわ!」


 そう言った矢先に、ルードヴィヒは私の手をふりほどいた。


「ったく、ジャジャ馬が……。絵なんか描かねえって言ってるのに」


「ご安心くださいませ。広報班は各地に漫画を転写してくるのが仕事ですわ。ルードヴィヒ様はハンスの馬車馬として軽快に走り回ってくださいまし」


「は? 逆だろ。なんで俺様が執事を運ばなきゃならね……んがっ!」


 いつのまにか、エンデがルードヴィヒの頭を押さえつけてお辞儀の姿勢をさせていた。きっとこれはモモの前では見せない表情なのだろう。エンデはルードヴィヒを見下ろしながらニヤリとほくそ笑んでいた。


「エンデ。テッメぇ……」


「何考えてるか知らないけど。一人だけ高見の見物でいられると思うなよ?」




 制作班は翌日から早速漫画の制作に取りかかった。全体のコマ割りと人物をリデルが描き、モモが背景を描く。エンデはベタ塗りや集中線などの効果担当だ。

 まずは既にネームまでできている「鏡の国の女王」の原稿からとりかかった。私はリデルが下書きにペン入れをしていく様子をじっと見つめていた。


「あの、ゲルダ。じっと見られるとやりにくいんですが……」


「神絵師のメイキングですわ。見ると神パワーが得られますわ」


 リデルは早速ペンで主人公であるレイシーの絵を描き始めた。書初めの時のように、じっと息を止め、静かに手を動かして輪郭を描く。動きのある場面では強弱を付け、髪の毛などの繊細な部分は細く柔らかい線を使う。出来上がった絵を見て、私は思わず声をあげた。


「なるほど、わからんですわ!」


 神絵師のメイキングを見ても、これっぽっちも画力は得られなかった。人物を描き終わると、リデルはモモに原稿を手渡す。モモはサラサラと軽快にペンを走らせて背景を描いていった。二人の神絵師の活躍により、原稿は順調に進んでいた。

 制作班の原稿作業を観察していると、ハンスが私の肩を叩いた。


「失礼します、ゲルダ様。広告の設置場所についてご相談させていただきたいのですが……」


 ハンスは私の前に第一地区から第四地区までの地図を広げた。これから、原稿が出来上がり次第、各地の壁面に少しずつ漫画を転写していく。問題はどこにどのような順番で載せていくか──だ。

 最も広告効果が高く、書物を購入する人の割合が高いのは第一地区だ。しかし、全国を巡る形で漫画を載せていくとなると、第一地区からスタートすることがベストかどうかはわからない。


「一番購入に直結するのは第一地区だと思いますけど……当然、他の作品の広告や、本以外の物の宣伝も多いですわよね?」


「そうですね。第一地区の住民のほとんどは裕福な貴族の方々ですから。収益につながるのでしょう」


「埋もれますわね?」


「埋もれますね」


 私は頭を抱えた。スタートは大切だ。可能な限り目立たなければ、広告としての意味が無い。


「ではいっそ、第四地区に設置してみるというのは? あの地域に文字と絵を組み合わせた広告があると目立つと思いますわ!」


「第四地区はそもそも人が安全に暮らせる集落が少ないですし、経済活動自体があまり盛んではありません。広告効果は薄いかと」


「難しいですわ……」


 そうなると、第二地区と第三地区のどちらかになる。だが私は生まれてこの方、ほとんど第一地区から出たことがない。そこで、私はリデルを呼んだ。


「リデル。第三地区はどんな場所か教えてくださる?」


「ちょっと荒れてる田舎町ですね。第四地区よりはマシですが、殆どが貧しい農民です。学校に行っていない子も多いので、字が読めない子も多いですし。あ、でも人口はまあまあ多いですよ。農業の手伝いとして、子供をたくさん作る家庭が多いんです」


 次に、ハンスに尋ねた。


「ハンス。第二地区はどんな場所ですの?」


「庶民が住む街としては最良の場所かと。第一地区ほど発展してはいませんが、商売も盛んですし、庶民でも多くの方が文学に関心を持っておられます。人口はおそらく第一地区よりも多いのではないかと思います」


 私は両者の話を聞いて考えた。どちらの地区も人口は多く、広告を設置する意味はありそうだった。だが、最初に設置する場所はどちらが適切か……私は更に質問を続けた。


「二つの地区の間って、人の出入りは盛んですの?」


ハンスとリデルは顔を見合わせた。


「第二と第三はそれなりにあるんじゃないですか?」


「はい。一般庶民は殆どがこの2地区に住んでおりますので。一応、第二地区と第三地区という区切りはございますが、地区の分かれ目も曖昧ですし、住民の殆どはあまり意識していないかと思います」


「そうそう。私の地元の村では、第二地区に出稼ぎに行く人とかもいましたよ。逆に行商の人が第二から第三に来ることもあります。」


 私は二人の話に耳を傾けながら、制作班が描いている原稿と、ドロティアから貰った絵物語を見比べた。第四地区に行った日のことを思い返してみる。壁いっぱいに描かれた落書きのこと。人々が文字を読めないせいもあるのだろうか。第四地区では、絵が人々にとっての主な自己表現の手段となっているようだった。

 思い返してみると、道中でも何度か落書きを見たような気がする。あれはたしか第三地区の民家の壁だった。


「リデル。ちょっとよろしいかしら」


「なんですか?」


「前にリデルは同級生にいじめられてましたけど。地元でもいじめられたり、何か噂されたことってありました?」


 リデルは軽く笑いながら答えた。


「ああ、ありましたね。私が魔力持ちだとわかった時とか、この学園への入学が決まった時とか。たった一晩で広まっちゃってびっくりしました」


 その一言で、私の意志は固まった。

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