第16話:さっそく、ストーリーを考えました。
「……というわけで、お父様。宣伝用の漫画を全世界の壁面に2ページ分ずつ貼り付けるという形で進めていこうと思いますわ」
第四地区から帰還して数日後。私は計画を練り直し、改めて父であるカイウス・アナスンの元を訪れた。
当初は試し読みの漫画を設置する予定だったが、それを壁画という形に変更する。各地の壁に描かれた漫画をすべてつなぎ合わせると「鏡の国の女王」の物語が出来上がる。
そして、完全版の「鏡の国の女王」の漫画本と、新たに制作したオリジナルの漫画本二冊を売り出すという計画だ。
父はにまにまと笑いながら私に問いかけた。
「だが、これだとお前の友達の作業量が膨れあがるな」
「そこのところも対策済みですわ」
私がパチンと指を鳴らすと、ハンスが魔術書と大きな木枠を取り出した。木枠には薄い布が貼られており、布には透明な塗料が塗られていた。
「お父様の出版社がお世話になっている印刷会社から知恵を借りましたわ。こちら、スライム状の特殊な『紙魚』を原料とした塗料を使用しておりますわ。これと、『呪文化』の魔法を応用して、版を作りますのよ」
「ほう、そちらをあたったか」
「当然ですわ。書物と縁が深い世界ならば、出版に関わる技術だけではなく魔法もきっと存在すると思いましたの。思ったとおりでしたわ!」
私は得意げに胸を張りながら、転写の仕組みを説明するために木枠を手に取った。
「まずは完成した漫画にこの木枠を……」
「いや、仕組みの詳細は後で聞こう。つまり、私の提示した課題への対策は用意したわけだ」
「そういうことですわ! 版を作って転写する。これなら全身骨折状態のネコちゃんしか描けないハンスでも、神絵師の漫画を写し取れますわ!」
父はハンスの顔を見て楽しそうに笑っていた。ハンスは少しばつの悪そうな顔で私から視線を逸らしていた。
「ゲルダよ。お前はハンスに多くを求め過ぎだ。とはいえ……まあ、お前なりに課題の答えを用意したことはたしかなようだな」
父は布が張られた木枠をまじまじと見つめていた。ゴクリ、と息を飲んだ。
「そう緊張するな。お前らしくもない。まあ、お前の意気込みは伝わった。あとは好きにするがいい」
出版の許可が得られた瞬間、私は立ち上がってガッツポーズをした。これでようやく、私たちの「書の精・性癖開拓作戦」はスタートラインに立ったのだった。
「というわけで、早速中身の漫画を描いていきますわよ!!!」
私はリデルと愉快な仲間たちの前で高らかに宣言した。寮の一室に揃ったメンバーは四人。リデル、ハンス、モモ、そして私だ。
「ねえ、モモ。エンデさんはどうしましたの?」
「んー? なんか、後から来るってさ」
「そうなんですの? じゃあ、先に始めてましょうか。リデル、そっちの進捗はどうですの?」
リデルは数十枚程の紙束を取り出した。そこには、「鏡の国の女王」の漫画のネームが描かれていた。「鏡の国の女王」は、主人公・レイシーが親友・クリストフと共に鏡の国を冒険していく物語だ。リデルのネームでは、鏡の国の世界観が迫力たっぷりに描かれていた。
「おおぉ……神絵師はネームまで神ですわ……」
「『鏡の国の女王』は元の話が既にあるので、テキパキ進みました。あと、こっちはキャラクターデザイン。可愛い少年少女を描くのがあまり得意じゃないので、こっちはちょっと意見を貰いたいです」
そう言うと、リデルは主要人物の立ち絵のイラストを差し出した。リデルは「得意じゃない」と言ったが、私にはどの登場人物も魅力的に見えた。
どうやらリデルは動きのある絵が得意なようだ。少年少女が立っているだけのイラストであるはずなのに、まるで生きているかのような臨場感があった。
「私には、どれも神にしか見えませんけども……」
「でも、女の子のほうとか、ちょっと主役にしてはあまり目を引かない感じがしませんか?」
「んー、言われてみればそうかも? 頭にリボンとか付けたらいかがかしら?」
「そうですね、どこに付けましょうかね……」
そうしてみんなで意見を出し合い、ブラッシュアップを重ねていった。「鏡の国の女王」に関しては、キャラクターデザインが確定すればすぐに現行作業に移れるだろう。
問題は、もう一冊のオリジナル作品のほうだ。リデルは白紙のネタ帳を広げながら呟いた。
「オリジナル作品って、どんな物を描けばいいのか全然思い付かないんですよね……。多様な愛の形が伝わる作品で、万人受けする話。それって何? って感じで……」
言われてみると、かなり難しいお題をリデルに要求している。だが私たちの最終目標は「書の精に多様な愛を理解させ、友情エンドを認めさせる」ことだ。少なくとも「多様な愛の形が伝わる作品」というお題は外せない。最初は複数冊の作品を読んでもらう予定で考えていたが、媒体を漫画に切り替えたことで、この一冊で多くのことを伝えなければならなくなった。
「うーん、とりあえず万人受けというのは外して考えていいですわよ。リデルが気が乗らないようなものを描かせても、後が辛いだけですわ」
「え、ということは趣味をさらけ出していいと?」
「そういうことですわ」
リデルは真っ青な顔で震え上がった。
「ゲルダ。あなた、おじさんとお爺さんが裸で抱き合う天国を世界中に広めるつもりですか……!?」
「さ、さすがにいきなりR-18は控えていただきたいですわ……。というか、忘れてるかもしれませんけど、ハンスやモモが聞いてますわよ?」
「え? あ……っ、いたた……」
ハンスとモモはきょとんとした顔をしており、二人の視線に気づいたリデルは頭を抑えた。……さすがに、何も知らない二人を腐った天国作りに加担させるわけにはいかなかった。
モモ王女様に裸の老人同士のR-18本制作を手伝わせた罪でバッドエンド……なんて展開になったらどうしてくれようか。やはり、最初から性癖の原液100%の劇物を世に出すのは危険だ。
「うーん、リデルは素敵なおじ様やお爺様が好きなんですのよね? 好きなシチュエーションとか、ストーリーとかはありますの?」
「裸……」
「R-18以外で」
リデルはしばらく考えこんだ。
「そうですね……軍人とか、主従とか、あとはホームズとワトソン的なバディものとか好きですよ」
リデルめ、さらりと前世の知識を混ぜてきている。趣味の話となると、我慢がきかなくなるようだ。
とはいえ、リデルから出てきたアイディア自体は悪くないと思った。
「探偵ものっていうのは悪くないかもしれませんわね。お爺様探偵がいてもおかしくなさそうですし、相棒のおじ様との絆! 友情! うーん、アリですわ」
「探偵ものでしたら、犯人側にも様々なネタを挟めますよ。同性愛でも偶像愛でも家族愛でも、それをきっかけに事件を起こしちゃった犯人を出してしまえばオッケーです!」
「これですわ!」
「これですね!」
私とリデルはお互いの手をパチンと叩いた。前世のように、こうして漫画のことで盛り上がったのはこれが初めてだ。
ふと、私はリデルと出会った日のことを思い出した。あの時のリデルは私を拒絶し、当たり障りの無い反応しかしない「善良なヒロイン」の仮面を被っていた。
あの時の私は、なぜリデルと「友達」になりたいと思ったのだろう。きっと、その答えが今のこの時間だ。好きなものの良さを共に分かち合い、楽しんでいく──きっと、私はこういうことがしたかったのだろう。
「じゃあ、探偵ものってことで、キャラとかストーリーを考えてみますね」
「頼みますわ!」
オリジナル作品の方向性も決まり、順調な滑り出しだ──そう思った時、突然部屋の外から物音と怒鳴り声が聞こえた。
私が様子を見に行こうとした時、ノック音と共に扉が開いた。エンデが扉から顔を出して手を振った。
「エンデさん。お待ちしておりましたわ」
「遅れてごめん。それと、ゲルダさん。アシスタント、一人追加」
「はい?」
私が聞き返そうとした瞬間、エンデは長身の男性を部屋の中へと突き飛ばした。
「おい、エンデ。おま、テメっ」
私はその男性のことをよく知っていた。私が最初にアシスタントを頼んだ人物。そして、乙女の切なる頼みを「俺は穀粒より重い物は持てない」というふざけた理由で断った人物だ。
「……ルードヴィヒ様。なにしてますの?」
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