第14話:第四地区での冒険が始まりました。
壁の一箇所にぽつんと小さな門があった。門は堅く閉ざされており、両脇には二人の門番がいた。ここが、第四地区への入口のようだ。
「何者だ」
門に着くと、門番が行く手を阻んだ。エンデが雇った護衛たちが事情を説明しに向かった。しばらくして、ゆっくりと門が開いた。
「道中、お気をつけください!」
門の向こうには果てしない荒地が広がっていた。草木は殆ど生えておらず、人の気配もしない。辺りには砂嵐が吹き荒れており、何度も立ち往生する羽目になった。
「ほんとにこんなところに『絵物語』って物がありますの?」
私の不安をよそに、馬車は進む。しばらくして、小さな集落が見えてきた。
「あの村は比較的穏やかな場所だと伺っております。あそこで情報収集をいたしましょう」
だが、そこはとても「村」とは呼べない場所だった。人気が無くて薄暗く、民家は石の壁に布を括り付けてできている。壁という壁に黒い絵具で落書きがされており、道はゴミだらけだった。
「うひゃー……すごいねえ」
これにはさすがにモモも困惑しているようだった。第一地区とは明らかに生活の水準が違っていた。
私たちは馬車から降りて、村の中を散策することにした。村の中で一番広い通りを進んでいくと、民家の陰でカサコソと何かが動く音がした。どうやら、全く人が住んでいないというわけではないようだ。誰かに声をかけようと思い、音がするほうに近づいてみるものの、すぐに逃げられてしまった。
「なんだか、怪しまれているみたいですわね」
「そりゃあ、この地区で馬車を使って移動してる時点で目立ちますから……まだ仕掛けてはこないみたいですね」
「仕掛けてって……」
リデルはいつにもまして警戒心を剥き出しにしていた。リデルは私の袖を引っ張り、ハンスたちには聞こえないようにコソコソと話しかけてきた。
「ゲルダ、いい? ここにいる間は、モモとエンデさんから離れないようにしてください」
「ピリピリしてますわね……。護衛がいても警戒するほどの強敵が出ますの?」
「いえ、ハンスさんや護衛の方もいますし、敵への対処については大丈夫ですよ。ただ、モモが怪我をしないようにだけは気をつけないと……」
「え? ええ、それは勿論……って! もしかしてバッドエンドのフラグってことですの?」
リデルは深く頷いた。そういえば、最初のループでは私がリデルを庇っただけで「魔法で洗脳された」という誤解を生んでいた。第一王女を辺境まで連れてきて、怪我をさせたとなれば……本人が許しても周囲が赦さないだろう。
「メインキャラクター以外の人はシナリオの強制力に引っ張られやすいですから……ああ、ゲルダも怪我をしないでくださいね? なるべく皆さんと一緒にいてください」
「……あの、私たちが第四地区に来て『絵物語』を探すのも、シナリオ通りですの?」
「いいえ、元のシナリオとは全然違います。漫画を広めるのも、『絵物語』を探すのも、結果として悪い手ではないと思いますよ。私一人でループしていた時はシナリオ通り訪れたイベントをどう乗り切るかって方法になりがちでしたから……」
「あー、こっちから『漫画を広める』という目標を作って動き始めたことで、シナリオから外れたと……」
「はい。だからこそ、ここでバッドエンドを踏みたくありません」
リデルの言葉に、私も頷く。周回前提で物事を考えがちだったリデルが、自分から「バッドエンドを踏みたくない」と言ってくれたことが嬉しかった。
「おーい、二人共。離れるなよ!」
モモの声がする。私たちは急いでみんなのところへと戻った。
戻ってみると、ちょうどハンスが村の住民の女性と何か話しているところだった。
「うーん……」
ハンスはなんだか困っているようだった。
「あんああがあにあんあえでうかいなないえおええ、ひゃんおわあうおうにをおばをあなえっていっえんあよ!!!」
女性は終始こんな調子だった。
「このあたりは言葉の訛りが強いのかもしれませんね……」
「何を話しているのかわかりませんわね……すみません。私たち、『絵物語』というものを探しているのですけども」
「ああ!? あんえいっあんあ? おうわあんあいよ!」
全く会話にならなかった。訛りが強いのなら……と、私は試しに紙に「『絵物語』とは何なのか知りませんか?」という文章を書いて見せてみた。
「あん? あんあおおいんいくいんなおじは! いいあわああん!!」
……涙が出るほどに意味が無かった。それどころか、女性は苛立ちながら紙を投げ捨ててしまった。すると様子を見かねたのか、リデルも傍にやってきた。
「なんだか大変そうですね……」
「さっぱり話が通じませんわ。会話は出来ない。文章にしてもダメ。一体どうしろと……」
「うーん、会話も筆談も駄目となると……」
リデルはペンと紙を手に取り、漫画を書き始めた。棒人間の五人組が、第一地区の華やかな街からこの第四地区まで宝物を探しに来るという、台詞無しの漫画だった。
「なるほど……でも、これだと私たちが探している物が『絵物語』という物だということが伝わりませんわよ?」
「『絵物語』をどうやって絵に表せばいいかわからなくて……まずは、何かを探しに来たということから伝えようかなと」
リデルが漫画を女性に見せたところ、これまで喚いてばかりだった女性がピタリと黙り込んだ。女性はじっと漫画を見つめると、棒人間たちが探している「宝物」を表す宝箱の絵を指した。
「おえは? あに?」
相変わらず言葉の意味はわからないが、女性が指す物と声のトーンから、「探している宝物は何なのか?」という質問をされていることは読み取れた。
「や、やりましたわ!」
「やったあ、これなら意思疎通ができそうですね。あとは『絵物語』のことをどうやって伝えるかですけど……」
その時、突然何百枚もの紙を一度に破り捨てたかのような音が響き渡った。音がしたほうを振り向くと、民家の倍はありそうなほどの巨大な黒い蛇が私たちに向けて口を開けていた。
「ゲルダ様、お下がりください!」
ハンスの声がした瞬間、私たちと怪物の間に巨大な水の塊が現れ、盾の形となった。黒い蛇の突進を水の盾が受け止める。私が状況が掴めずに困惑していると、水色の栞を手にしたハンスが私の前に現れた。
「噂の怪物ですね……。ゲルダ様、リデルさん。すぐに対処いたしますので、少々お待ちください」
ハンスは腰に下げた銃を抜き、栞をかざした。蒼い光が渦巻き、その光はシリンダーへと吸い込まれていった。
ほぼ同時に、黒い蛇が水の盾を食い破った。
「ハンス、盾が…!!」
私が声をあげた瞬間、ハンスが発砲した。蒼い光を纏った銃弾が黒い蛇の口の中を撃ち抜く。弾はそのまま後頭部を貫通していった。撃ち抜かれた蛇は黒い煙へと形を変え、綿菓子のように分裂して飛び去ってしまった。
「な、なんとかなったみたい……ですわね?」
だがその時、背後でモモの悲鳴が聞こえた。振り向くと、先程の黒い煙が今にもモモとエンデを呑み込もうとしていた。
「うそ……!?」
エンデがモモを庇って前に出たが、反撃が間に合わない。先程リデルから聞いたバッドエンドの可能性が頭を過ぎる。二人を助けなきゃ……そう思って駆けだした瞬間、その心配は杞憂に終わった。突然空から一筋の光が射し、黒い煙を照らした。すると、黒い煙は内側から爆発して消え去ってしまった。
「全く、序盤からヒヤヒヤさせてくれますね……」
リデルが栞と魔術書を掲げながら呟いた。栞からは白い光が漏れており、今の魔法はリデルのものだということが見て取れた。私はすぐにリデルの傍に駆け寄った。
「せ、戦闘慣れしてますのね……?」
「何百周もしましたからね。このくらいはなんとかなります。それよりも、今はあの子のお話を聞くのが先かなと思いますよ。まさかこんなに早く出会うとはね……」
リデルは最初に黒い蛇が現れた場所を指した。そこには、身体のあちこちに黒い痣がある少女の姿があった。
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