第13話:みんなでお出かけすることにしました。
「じゃあ、早速お出かけといこうか。しゅっぱーつ!」
モモの声を合図に馬車が動き出した。
先日の話のとおり、私達は「第四地区」と呼ばれる辺境の地に向かい、「絵物語」について調べることにした。
同行者はリデル、ハンス、モモ、エンデ。そしてエンデが雇った二名の護衛。なかなかの大所帯だ。浮かれ気味のモモとは裏腹に、馬車の中は緊迫した空気に包まれていた。
私はハンスが腰に下げているものを指した。
「それ、なんですの。いつもはそんな物、身につけていませんわよね?」
今日のハンスは革製のベルトが付いたポーチのような物を身につけていた。しかし、よく見るとポーチの口から金属製の持ち手のような物がはみ出ている。
前世ではゲームや漫画の中でしか見たことが無く、現世では普段殆ど目にする機会が無かった物だ。
「これですか。銃ですよ。あまり治安が良くない地域らしいので、念の為に用意いたしました」
この世界、銃、あったのね……。隣に座っているリデルも、見慣れないポシェットを身につけていた。
「リデルは何を持ってきましたの?」
「戦闘用の栞をいくらか。あとは魔術書ですね」
リデルも戦闘モードに入っている。私達とは別の席に座っている護衛達も武器を所持していた。私やモモも、普段よりも地味で庶民的な服装で行くように指示されていた。
私はようやく自分たちが置かれた状況が呑み込めてきた。
「あの、もしかしてなんですけど……私たち、結構危ないところに行こうとしてますの? してますのね?」
モモ以外の全員が深く頷いた。私が青ざめていると、エンデが少し驚いた顔をした。
「……意外。ゲルダさんは、もっと好き放題に周りを振り回す方かと思ってた。結構慎重なんだね」
私は俯いて黙り込んだ。前世でも今世でも、銃が必要となるような場所になんて行ったことがない。……少し、怖かった。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ! その為に護衛もいるんだし!」
モモだけが警戒心の欠片も無い顔で笑っていた。エンデがモモの様子を見て溜息をついた。
「……モモ。護衛がいても危険な場所には変わりないから、勝手に先走ったり、迷子になったりするなよ」
「わかってるって!」
「とりあえず、ずっと俺の傍にいればいいから」
モモは瞳をきらきらさせながら頷いた。……さすが、乙女ゲームの攻略対象。さらっとこういうことを言う。すると、エンデはハンスにこう尋ねた。
「……とは言いつつ、実は俺も第四地区には行ったことがないんだけど。なんでそんなに危ないの」
「あはは、そうですよね。まあ簡単に言えば、世界の中心である第一地区から第四地区へ遠ざかるほど、書の精の加護が弱まるからなのですが……まあ、詳しくご説明しますね」
この世界は書の精がいる神殿を中心に四つの地区に分かれている。
最も書の精に近い第一地区は、王家を初めとした有力貴族が住んでおり、最も栄えている地区だ。王家や貴族はほぼ全ての人が魔力を持って生まれるため、書の精を守護する「司書」は殆ど第一地区から生まれる。私やモモ、エンデは第一地区の出身だ。
第二地区は所謂中産階級が住む地区だ。たしか、ハンスはこの地区の出身らしい。庶民の中では安定した生活を送っている人が多い地区だそうだ。また、庶民は基本的に魔力を持たないが、この地区では稀に魔力を持った人が生まれることもあるらしい。ハンスはそういった人の一人だったのだろう。
第三地区は第二地区よりも書の精の加護が及ばず、土地もやせ細っている貧しい地域だ。リデルはこの地区の出身だそうだ。魔力が持つ者が生まれることはまず無く、何か芸や職を身に着けて成りあがっていく者も殆どいない。……その話が本当だとすれば、リデルが魔力を持って生まれ、第一地区の魔法学園に入学したというだけでも、奇跡のような出来事なのだろう。
第四地区は第三地区よりも更に貧しい地域だそうだ。ハンスとリデルによると、殆ど荒野のような場所らしい。人々に余裕が無いことはもちろん、書の精の加護が及ばないことにより、
ハンスによる説明を聞き終えると、私は青ざめながら叫んだ。
「め、めちゃくちゃ危ないじゃありませんの! というか、リデルはまだしも、ハンスはなんでそんなところに行ったことがあるような顔してますの!?」
「僕はアナスン侯爵に連れられて鍛錬に行きましたから。たしか、アナスン家にお仕えするようになってすぐのことでしたね。アナスン侯爵に『娘を任せるからには、このくらいのことには対処できんとな』と言われまして……」
「幼い少年を化け物の園に放り込むなんて! その職場、絶対ブラックですわよ!」
「あはは、ゲルダ様のお家なんですけどね」
どおりで、父が第四地区で使用されている「絵物語」について知っていたわけだ。様々なバッドエンドの可能性が頭に浮かび、暗い気分になりかけた……その時、モモが私の目の前で一冊の本を開いた。すると、まるで仕掛け絵本のように本の中から色とりどりのマカロンが入ったバスケットが飛び出してきた。
「ほらほら、そんな暗い顔しなーい! せっかく見たことのない場所に行くんだよ? たしかに化け物の危険はあるけどさ、優秀な執事と護衛とあたくしの婚約者がいるんだから、だいじょーぶさ。だから、楽しもうよ!」
そう言って、モモは全員に一つずつマカロンを配った。甘くて柔らかくて、優しい味がした。
「美味ですわー!」
私が王室特製のマカロンを大事に頬張っていると、モモは更に本の中から紅茶とクッキーを取り出した。
「ほらほら、まだまだあるよ!」
「その本、すごいですわね」
「だろ? シェフに作ってもらったお菓子を『呪文化』して、本に定着させて持ってきたのさ。お菓子を文字にして、本にしまえるんだよ」
本の中を覗いてみると、シェフが創り上げたクッキーが如何に素晴らしい出来であったのかが文章で表現されていた。「思わず時を忘れる程の香ばしい香り」「焼き上がりを一目見ただけで笑顔が零れた」など、一頁半ほどに渡ってクッキーのことだけが書かれていた。
物を「呪文化」することで、元の質量を無視して持ち運ぶことができる。この世界では、書物は書いて読む為だけに使う物ではない。生活の一部として無くてはならない物だった。
「なんだか御伽の国みたいですわ! ロマンチックですわね」
私がモモとしばらく談笑していると、突然周囲の景色が一変した。それまでは森の中の街道を進んでいたはずだが、一本の小川を境に突然草木が殆ど生えていない荒野に出た。民家も殆ど無く、まばらに見える畑は荒れ果てている。人気の無い民家の壁には黒い絵具で落書きがされていた。
「このあたりが第三地区です。それで……ああ、あの門を越えると、第四地区ですよ」
馬車の行く先に巨大な壁が現れた。第三地区と第四地区を隔てる壁は果てしなく続いている。民家の数倍ものたかさがあり、この壁を超えて先に行こうなどとは考えられないほどの威圧感があった。
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